Side:シグナム


しかし幾ら幻影とは言え、主なのはに刃を向けるのは、矢張り少しばかり抵抗があるな?
幻影の主も、私が何も言わない事を戸惑っておられるようだし――致し方ない。虚言を吐くなど騎士にあるまじき行為だが、必要な嘘は方便と言うからな。

「主なのは、ジュエルシードは既に全てを回収し終えています。
 もう、貴方があれを探す必要はありません――貴女は夢を見られているのですよ。」

「ほえ?そうなの?此れは夢なの?」


その通りです。
その証拠に私の騎士服をよく見て下さい、現実世界の私の騎士服はこのような漆黒のモノではないでしょう?


「確かに……シグナムの騎士服は目の覚めるような青色に設定した筈だから、黒いのは確かにおかしいかも……」

「貴女はがむしゃらに頑張り過ぎて、少しばかり疲れて眠ってしまわれたのです。
 ですが――此れが夢だと言うのならば、私と一戦交えて頂けませんか?我等の主たる貴女がどれ程のモノか、一度本気で戦ってみたかったので。」

「そんな事を言うなんて…本当に此れは夢なんだね。
 だけど夢なら……いいよ、思いっきりやろうシグナム。夢の中なら、ドレだけやったって何処にも何の影響もないんだから。」


如何やら巧く誘導できたようだな。
ならば、後は還してやればそれでおしまいだ……尤も、ジュエルシード事件時代の幻影とは言え、主なのはが相手である以上、油断は禁物だがな。


「其れじゃあ行くよシグナム!手加減なしの全力全開で!」

「はい……参りますよ、主なのは!!」













魔法少女リリカルなのは〜夜天のなのは〜  夜天60
『Fragment of Dark memorys』











飛竜一閃!!

ディバインバスター!!



――バガァァァァァアァァッァン!!


ちぃ……幻影とは言え、流石は主なのは、いざ戦闘ともなれば実に手強い。
いや、果たしてベルカの騎士を相手に此処まで戦える魔導師が存在するだろうか?…幻影で此れならば、本物の主なのはは一体どれ程なのだろうな。

恐らく、主なのはは魔導師でありながら、やろうと思えば近接戦闘だって高い水準で行う事が出来る筈だ。
今はまだ足が不自由故に、遠距離からの砲撃が主体になってはいるが、五体満足な状態になれば不得手はなくなると見て良いだろう。

マッタク持って、凄まじい人が我等の主となられたモノだと改めて実感させてくれる。


「はぁ、はぁ……やっぱり強いねシグナムは……今のバスターで決める心算だったんだけど、飛竜一閃で相殺されちゃったよ。」

「ふふ、私にもヴォルケンリッターの将としての誇りがありますので、如何に主なのはが相手と言えど簡単に負ける訳にはいきませんから。」

「にゃはは……其れは何とも頼りになるね。
 だけど悔しいなぁ、せめて夢の中で位はシグナムに勝てると思ったんだけど、やっぱり歴戦の騎士様に追いつくのは簡単じゃないよねぇ……」


千里の道も一歩からです。
何よりも、私と主なのはでは、失礼ですが潜って来た戦場の数が違いますから、私の方が戦いにおける年期は遥かに上ですから早々負けませんよ。

ですが、其れは其れとして貴女が稀有な資質を持った方であるのは間違いありません。
貴女は誰よりも高く、そして速く空を飛ぶ事が出来る稀代の魔導師であり、我等ヴォルケンリッターが真に使えるべき夜天の王なのですから。


「シグナムにそう言われると照れちゃうけど、少しだけ自信が持てるよ。
 ………だけど、だからこそ夢の中で位は負けたくない!――もう一度だけ、乾坤一擲の大技で勝負だよシグナム!!」

「良いでしょう、その勝負受けて立ちます!!」

ジュエルシードの時の主なのはがベースであるならば、若しかしたら『アレ』を開発する前である可能性もある。




いや、ジュエルシードを集めてる頃の主であるならば、未だ集束砲には開眼して居ない筈故に、必然的に放たれるのは高威力の直射砲撃に限定できる。
ならば、対処そのものは至極容易い!!


「はぁぁぁぁぁ……ディバイィィィィン……バスターーーーーー!!!

『Divine Buster.』


「ふぅぅぅぅ……翔けよ、隼!!

『Sturmfalken.』


主なのはの砲撃は、幻影であっても真っ直ぐで、力強くて、そして美しい。
だが、幾ら姿形を似せたところで所詮は幻影――その砲撃では、光速で飛翔する我が炎の隼を止める事は出来ん!……貫けぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇ!!


――ドガバァァァァァァァッァァアァァアァン!!



「きゃぁぁっぁあぁぁぁあぁっぁ!!」

「も、申し訳ありません、やり過ぎました――大丈夫ですか、主なのは?」

「うん…何とか――って、アレ?」


――シュゥゥゥ……


……如何やら夢の時間が終わるようです。さぁ、お目覚めの時間ですよ?


「うん、そうみたいだね?
 ん?だけど夢が終わるのに、どうして私が消えるんだろう?」

「其れは夢の空間での戦闘に於いては、敗北した者が夢を見ている本人であった場合、消滅の演出と共に目覚める事と相場が決まっているからです。」

「あ、そうなんだ♪って言う事は大分消えてるから、そろそろ完全に目が覚めるのかな?
 変な言い方かもしれないけど、目覚めたら今日も宜しくねシグナム♪」


御意に。


――シュゥゥゥゥゥン


完全に消えたか。恐らくは還せたのだろうが――


『シグナムさん、アースラのエイミィです。』


リミエッタか、如何した?


『はい、今シグナムさんが戦っていたなのはちゃんなんですけど、其れは本物じゃなくて幻影なんです。
 闇の書の闇の残滓が、自らを砕いた者の記憶をアトランダムに幻影として再生してるみたいで……』


「もしやと思ったが、矢張りか。
 差し詰め、この幻影は『闇の欠片』と言ったところか?……それで、この闇の欠片の出現による悪影響は何かあるのか?」

『正確な事は分かりませんが、闇の書の闇の残滓である以上は捨て置く事は出来ないと思います。
 再生された闇の欠片が、一堂に集ってリヒティガルードを再構成でもされたら厄介どころの騒ぎじゃないですから。』



だろうな。
了解した、主なのは達にもこの事を伝え、適宜闇の欠片の破砕に向かう事にする。アースラの方で何か分かったらまた連絡を貰えるか?


『勿論その心算です。
 あ、それからクロノ君がそちらに向かいましたので、会った時には宜しくお願いしま〜〜す。』


ハラオウン執務官も此方に?
……まぁ、彼の生真面目な性格からして、自分が関わった事件の拭き残し的な今回の事態を見過ごせるはずはないか。

彼の実力ならば、闇の欠片程度は相手にならんだろう――例えそれが、私や主なのはの幻影であってもな。現実に戦ったら負ける気は一切ないが。


ん?そう言えば、記憶をアトランダムに再生すると言う事は、必ずしも私の記憶を再生したからと言って私が現れると言う訳ではないのか?
極論を言うならば、私の記憶にある者達もまた再生されると言うのだろうか?――だとしたら、少しばかり面倒であるかも知れないな。








――――――








No Side


シグナムから事の詳細を聞いたなのは達は、当然すぐに出撃していた。
シグナムからの連絡が、丁度デバイスの性能確認の為の模擬戦が終わった直後だったのは、グッドタイミングであったと言って良いだろう。

そして、出撃した面々がやる事と言えば至極簡単各個撃破!
闇の欠片を見つけたら即刻砕くという、シンプルかつ効果的な方法だ――と言うよりも、現状ではこれ以外の対処方法が無いのだが。

まぁ、この面々が闇の欠片に後れを取る事など先ず無いだろう。
戦況がいかなるモノか、少しばかり見てみるとしよう。



・CASEヴィータ


「テンメェ、アタシの姿してやがるとか何モンだ!!
 しかも猿まねのクセして、異様に手強いし……大人しくテメェの魔力を寄越しやがれぇぇぇぇぇ!!!」

「ったく、自分の幻影と戦うってのも結構きついよな。」

ヴィータが遭遇した闇の欠片は自分自身。それもなのはが主となる以前の自分だ。
何も考えず、何も思わず、只主の言うままに魔力を蒐集していたころの悲しい自分――ある意味で最も戦い辛い相手だと言えるだろう。

だがしかし、そうだとしても騎士としても不完全な過去を再生した幻影が、今最高の主を得たヴィータに敵うかと言えば其れは絶対に否でしかない。
今の紅の鉄騎の鉄槌は、なのはに仇成す下郎を砕く為にある――信念なき鉄槌など端っから相手ではないのだ。

「誰がやるかよ!テメェこそ大人しく眠ってろ、アタシの残留思念が!!」


――バガァァァァアァァァァァァン!!


「そ、そんな……アタシのアイゼンがブチ砕かれるとか嘘だよな………嫌だ、魔力を集めないとアタシは……!!」

「そんなに怖がんなよ……テメェは悪い夢を見てるだけだ。
 夢が覚めれば、最高の主様がテメェの目覚めを待ってるから安心しな……アタシはテメェを悪夢から救うために来てやったんだからな。」


ヴィータのアイゼンが、闇の欠片のヴィータのアイゼンを文字通り粉砕して完全勝利!
如何に自分自身とは言え、今のヴィータに、過去の自分の幻影などは大した脅威ではなかったようだ。







・CASEアミタ


アミタは目の前の闇の欠片に困惑していた――何故なら、其れはキリエだったから。
いや、ただそれだけならばアミタも『此れは闇の欠片』と割り切って戦闘を行っていただろう。要は其の見た目が問題だったのだ。


「め、目が痛いですよ此れは……」

闇の欠片のキリエのプロテクトスーツは、本物のキリエが使っているイエローではなく、悪趣味と言って過言ではないピンクだったのだ。
キリエは元々、髪の色がピンクであるせいでこの全身ピンクモードは非常にキツイ!なにがって、主に視覚が痛いのである。


「もう少し柔らかい色を使いなさい、この不肖のピンク!」

「不肖のピンクって、その言い方は聞き手の取りようによっては物凄く卑猥に聞こえるんだけどアミタ!?」

そんなに目に痛い格好をしている貴女は『不肖のピンク』で充分です!!」

「その理論、幾ら何でも力押し!?」

「力押しでも理論は理論!寧ろ、大概の事は気合と根性で何とかなります!!」

「其れ色々間違ってる!?」

……酷く下らないかもしれないが、多分アミタは大丈夫だろう。







・CASEアリサ


アリサがまずエンカウントしたのはシャマルの幻影だった。
夜天の魔導書の守護騎士とは言え、シャマルは直接的な戦闘力は決して高くない。故に其れの再現でしかないシャマルの幻影ならばアリサでも余裕…



の筈だったのだが……


「あら、可愛い魔導師さんね……此れはリンカーコアを摘出する際に、可愛い悲鳴が聞けそう……ウフフフフフフ……」

有ろう事か、再生されたシャマルはこれまたなのはが主となる以前のものだった。
今のシャマルからは想像もつかない程のサディスティックなセリフと雰囲気に、何時も強気なアリサもドン引き状態であるのだ。


「ねぇ、フレイムアイズ……アタシ今物凄くこの場から逃げ出したい気分なんだけど……」

『その気持ちは分からんでもねぇが、諦めろや。
 それ以前に、あの闇の欠片はやる気満々だからなぁ?……リンカーコア摘出される前に、ブッ飛ばししまった方が良いだろうよ。』


「だと思ったわよコンチクショウ!!!
 物凄く気が進まないけど、放置する事も出来ないからね……悪いけど砕かせてもらうわよシャマル!!」

だが退く事は出来ない。
自分がやらねば誰がやる!その思いを心に秘め、アリサは幻影のシャマルと全開バトル!

数分後、シャマルは実はドSだったと言う事を暴露した幻影は、アリサの紅蓮の炎によって焼き尽くされて消えた――矢張り幻影如きは敵ではなかった。







・CASEザフィーラ


ザフィーラが対峙した闇の欠片はアミタだった。
欠片のアミタは、ザフィーラの事をジュエルシードを収集する敵として認知していたようだが、ザフィーラの防御は闇の欠片如きに砕かれはしない。
幻影のアミタの攻撃を全て捌き、時に受け止めそしてその都度的確なカウンターをかましていく。


戦闘開始から5分が経ったとき、戦場で立って居たのはザフィーラのみであった。
矢張り歴戦の戦士にとって、如何に高レベルの魔導師や騎士の記憶を再生したとは言え、所詮コピーでしかない闇の欠片など、そもそも敵ではないのだ。


『あ、ザフィーラ、聞こえるかい?』

「アルフか…如何した?」

『いや、今し方アンタの姿をしてる奴と戦ったから、本物はと思ってさ……まぁ、大丈夫そうだね。』

「私の欠片か……迷惑をかけたな。」

其処で入った通信から、アルフも闇の欠片を撃破している事が明らかになった。
しかも幻影であるとは言えザフィーラを倒すとは、アルフの能力は可成り高いのかもしれない――まぁ普通に近接の肉弾戦ならば敵は略皆無だろうが。


『いや、幻影とは言え、アンタと戦えたこと自体は良い経験になったから気にしないでくれるか?
 其れよりも困ったのがアンタの幻影が獣の本能全開だった事さ……強さは兎も角として、なんか発情してたみたいで襲われかけてね……』


「もう本気で色々とスマン!!」

が、アルフからの報告を聞いて、ザフィーラは思わず光学ディスプレイに向かって直角90度に腰を折って全力で謝罪!
どうやら、アルフの前に現れた闇の欠片のザフィーラは獣の本能全開であったらしい……何の本能が全開であったかは推して知れ、若しくは察すべしだ。


このアルフの報告を受けたザフィーラが、この直後、鬼神の如き強さで闇の欠片を撃滅していったことは言うまでもないだろう……








――――――








Side:なのは


よし、此れで3体目!このペースで行けば、全ての闇の欠片を砕くのは難しくないだろうね。
護衛を兼ねて、リインフォースが付いて来てくれてるから、万が一何があっても大事には至らないからね……尤も何が来たところで負ける気は皆無なの!



なんだけど、この闇の欠片は何とも戦いたくはなかったなぁ……


「貴様…何故闇の書を貴様が持っている?
 其れは我等のモノだ……即刻返して貰おうか――聞き入れるのならば斬り捨てるぞ?」


まさかシグナムの幻影とはね。
多分私と出会う以前の記憶なんだろうけど、此れはあまりにもひどすぎるよ。

「違うよシグナム、此れは闇の書じゃなくて『夜天の魔導書』――私がその主で、そして大事な仲間と共に闇の書を夜天の魔導書に戻したんだよ?」



「…嘘を吐くならばもっと巧く吐くのだな。
 貴様の様な未熟な魔導師が、闇の書の主に成れる筈がない。仮にそうだとしても、その矮小な融合騎では真面な戦闘を行う事など不可能だ。
 今のそいつは壊れて本来の機能を失っている……言うならば片翼を失ったような状態でいるのだからな。」


――ブチィ!!


「……黙れ。」

「ん?」

黙れって言ったんだよ闇の欠片。
私が未熟な魔導師って言うのは、まぁ許容するよ?実際マダマダ未熟な部分を乗り越えないとだからね。
だけど、私の騎士達を嘲る事だけは絶対に許さない!!リインフォースを貶める事は絶対に許さない!やっと手にした平穏を踏みにじるのは許さない!!


貴女は私の逆鱗に触れた……例え姿形がシグナムであろうと、塵の欠片も残さずに粉砕する!
リインフォースの事を『矮小な融合騎』なんて揶揄した事を、思いっきり後悔させてやるの!――さぁ、殲滅開始だよ!!














 To Be Continued…