Side:シグナム


なんだ?姉さんの様子がオカシイ――何が起きていると言うのか……


「分からんけど、せやけど相当に切羽詰まった状況言うんは、流石の私でも分かるで?
 ……如何考えてもこのまま何もなく閉幕とは行かんやろ絶対に…!」


あぁ、行かないだろうな。
だが、私の過去の記憶を探っても、姉さんが完全暴走を前にこんな状態になった事は無い。――まさか、若しかして主なのはが目を覚まされたのか?

あくまでも可能性に過ぎんが、もしそうであるのならば此れは最大の好機だ。
主なのはが意識を保っておられるのならば、暴走した姉さんの力も幾分弱くなるからな?――其処を叩く位は造作もない!!


「なんや、随分と分かり易いもんやね?」

「だが、同時に闇雲に攻撃しても効果は薄いし、我等の力を悪戯に消費する結果にしかなり得ん。
 何とかして、主なのはが目を覚ましたと言う確証があれば、迷いなく最大の一発を放てるのだが――不確定状況では、悪手に直結しかねんのでな。」

「そらまた、何とも儘成らんもんやなぁ?
 せやけど、急いて事を仕損じたら、其れこそなのはちゃんが――引いては地球がなくなってまうから、慎重を期すに越した事はあらへんね……」


そう言う事だ。




だが、タイムリミットまでは残り時間も僅かだ――もしも目覚めているのならば、我等にそのお声を聞かせて下さい、主なのは!!









魔法少女リリカルなのは〜夜天のなのは〜  夜天55
『NANOHA Das Nachimmel』











Side:闇の書の意志


「思い出した…全部思い出した!
 なんで、こんな事になっちゃってるのか、何でこんな事になっちゃったのか――全部、全部思い出した。
 こんな事になってるのは、私が絶望したから、隼人さん達が消えたのと、目の前でお母さん達が殺されて、ヴィータちゃん達が消えた事に絶望したから!
 だけど、アリアさんとロッテさんが言いかけた何かを考えれば、殺されたお母さん達は本物じゃない!そうなんだよね!?」


確かに、惨殺された者達は偽物であり、貴女の本当の家族ではありません。
ですが、既に暴走は最終段階にまで来てしまったが故に何人たりとも止める事は不可能です……!

「ですから、どうか再びお休みを、我が主――
 あと何分もしないうちに、私は私の呪いで貴女を殺してしまいます……だからせめて、心だけでも、優しい夢の中に――!!」



――スッ……



「優しい気持ち、ありがとう。……貴女は本当に優しい子なんだね……」


我が……主?


「その気持ちは嬉しいけど、だけど其れはダメだよ。
 貴女は永遠にも等しい時間を、ずっと後悔したまま生きて来た――自分では如何しようも出来ない事ばかりを抱えて……凄く、凄く辛かったよね……?
 だけど、忘れちゃダメだよ?今の貴女のマスターは私で、貴女も私の大切な人だから。」


如何して……如何して貴女は其処まで優しいのですか、我が主!!
そう言ってくださるのは私だって嬉しい……ですが、リヒトが止まりません!!暴走も、もう!!!


「!!……諦めるにはまだ早いよ?
 大体にして、私の意識がハッキリしている以上、諦めるなんて事は絶対に有り得ない事だから!―――止まって!!!」



――ギュオォォォォォォォォォォ!!!



!!!此れは、ベルカ式の魔法陣!?
そんな、まさか本当にリヒトの暴走を止めると言うのですか、我が主よ……!!








――――――








No Side


意識を取り戻したなのはが命じた『停止』は、闇の書の意思を止めるには至らなかったが、しかし外部との通信は可能としていた。


シグナム、はやてちゃん…ううん、この際誰でも良いから力を貸して!!


「なのはちゃん!!」

「主なのは!!」


黒蛇に全身を拘束されて苦しむ闇の書の意思の中から聞こえて来たなのはの声に、シグナムとはやては当然の如く反応する。
同時に、其処に一筋の可能性を見出した――なのはの意識は生きているのだから、まだ如何にか出来る――終焉に至る道は切り崩せたのだから。


聞こえてるなら、お願いがあるの!……この子に纏わりついてる黒い塊を―――――!!


なのはからの訴えは続く。


と、同時に……


『聞こえますか皆さん、アミタです!』

『キリエで〜す♪……なんか、凄い状況になってるみたいね〜〜ん?』



アミタとキリエからの通信が!
其れはつまり、通信が可能なレベルまで結界の封鎖レベルが低下した事を意味していると同時に、闇の書の意思の力が低下している証でもあった。


「アミタ!」

「キリエさんも!どないしたん!?」

『シグナムさんとはやてさん!
 お父さんが言うには、融合状態でなのはさんが意識を保っているのならば、書の本体と防衛プログラムを切り離す事が出来るかもしれないんです!』


同時にもたらされたのは、この上なく有益かつ最上の一手のヒントだった。
本当にギリギリだが、グランツは夜天の魔導書と後付けの防衛機構であるリヒティガルードを引き離す手段をついさっき見つけ出していたのだ。


だが、ギリギリであろうとも、間に合ったのは最大の好機だろう。


「具体的に、どうすれば良い?」

『な〜〜にも難しい事はないわよ〜〜?
 シグナムさんと、はやてちゃんの純粋魔力砲であの黒い塊をブッ飛ばすだけ!手加減抜きの全力全壊、TZZでね!!!』


「其れはまた何とも――単純明快な一手だ!」

「この上なく分かり易いわ!!」

『『I think so!』』


――轟!!



紅色のベルカ式魔法陣と、白銀のミッド式魔法陣が重なり合い、其処から凄まじいまでの魔力が溢れだす。
迷う事など何もない。己の一撃でなのはを助け出す事が出来るのならば、それこそ出し惜しみ不要!全ての力を注ぎこんだ全力全壊をぶちかますだけだ。








――――――








Side:なのは


前に約束したよね、貴女に名を送るって。
アレから随分と時間が経っちゃったけど、いまこそ約束を果たすとき――貴女に新たな名を送る時だよ。


「我が主………」

「闇の書とか、呪われた魔導書なんて二度と呼ばせない、私が言わせない。――貴女に名を送るって約束した時から、ずっとずっと考えて来た名前なの。」

夜天の魔導書の主として、汝に新たな名を与える。
強く支える者、幸運の追い風、そして祝福のエール――汝が新たな名は祝福の風『リインフォース』。


「リインフォース……」

「そう、其れが貴女の新しい名前。これからの貴女の本当の名前……」




――ピキ……パキ……バリィィィィィィィィィィィィィン!!!!



さぁ、行こうリインフォース?絶望に別れを告げて、希望が待つ未来を一緒に掴み取ろう?――絶望の過去は、もう貴女には必要ないモノだよ!!








――――――








No Side


なのはが夜天の魔導書の管制人格に新たな名を送ったのと同時に、現実世界でもまた魔導書の呪いを吹き飛ばす準備が完了していた。
シグナムのレイジングハートとはやてのアロンダイトには凄まじいまでの魔力が集中している。

2人とも、マガジン1個分だけを残し、それ以外のカートリッジを全てロードして極限レベルまで魔力を集中しているのだ。
しかもシグナムに至っては、其れに加えてレヴァンティンのカートリッジまでも追加で使用している――これぞ正に全力全開と言うしかないだろう。


「即興だが、我等に出来る最大の一撃を此処に放つ!!」

「即興殲滅コンビネーション!超魔導バーストストリーム!!」


「「夜天を蝕む呪いを吹き飛ばせぇぇぇぇぇ!!!!」」


レイジングハートからの極大砲撃が放たれ、一泊遅れてアロンダイトでの斬撃砲が炸裂し、更に追撃として無数の魔力弾が放たれ目標を撃ち貫く。
圧倒的な質量と破壊力は対象を完全に包み込む、そして飽和状態となった力は爆発四散!


無論その効果は絶大だ。




「異常プログラム、管制融合騎及び防衛人格との分離を確認!!」

「よぉぉぉぉし!!」

軌道上で待機中のアースラでは、リヒティガルードが夜天の魔導書から切り離された事を観測していた。


『リンディ提督、此方でも分離は確認した。
 娘達を現場に向かわせたから、地上の方は大丈夫だ――止めは頼むけれどね。』


「大丈夫よグランツ博士、此方もクロノが現場に向かっているし――何より、なのはさん達が此れだけ頑張ってくれたんですもの。
 万が一にも仕損じないように、万全には万全を重ねて最後の一撃を準備しています。」


更に地上のグランツとも通信が繋がり、状況の把握もより正確となる。
奇しくもなのはが意識を取り戻した事により、事態は急速に動き始めていた。


「さて…切り離しに成功したと言っても、未だ終わりじゃないわ。アルカンシェル、発射準備!!」

「「「「了解!!」」」」






同じ頃、クロノはアミタ達よりも少しばかり早く現場に入って居た。
その手には、リーゼ姉妹を通じてグレアムより託された『対闇の書用』として開発されていた『氷結槍デュランダル』が。

「デュランダル、少し力を借りる……」

クロノの思いもまた強いだろう。
11年前の事に対する自分なりの決着を付ける心算なのだ――書を正常に戻す事こそが、亡き父に対する最大の弔いだと、そう考えていたのだから。








――――――








Side:なのは


――ふわり……


リインフォース――それと、リインフォースとよく似た、褐色肌の貴女はナハトヴァールだよね?

「夜天の防衛機構ナハトヴァール、貴女のおかげで本来の姿を取り戻す事が出来ました。」

「夜天の魔導書と、其の管制人格リインフォース、そして防衛機構ナハトヴァール……私達の全てを掛けて、御身を御守りいたします。
 ですが、リヒティガルードの暴走は止まりません。
 切り離された膨大な力は、直に全てを飲み込まんと暴れ出すでしょう……」


其れは何とも面倒な事だけど、まぁ、何とかできるよ。
外ではきっとシグナムやはやてちゃん達が待ってる筈だから――だから、行こうかリインフォース、ナハトヴァール?


「はい、我が主――!」

「共に戦いましょう、マイスターなのは!」


うん!一緒に行こう!
そうなれば先ずはヴィータちゃん達を元に戻さないとだね?

「……管理者権限発動、リンカーコア復帰。守護騎士、破損回帰――


――ポウ……



コア状態になった、リインフォースとナハトヴァールに加えて、赤と蒼と翠のリンカーコア――ヴィータちゃんと、シャマルと、ザフィーラのコア…戻って来た。
皆で一緒に戦おう?――おいで、私の大切な騎士達。








――――――








No Side


――ドゴォォォォォォォン!!!


シグナムとはやての極大純粋魔力攻撃による大爆発が起きた場所では、粉塵が晴れると同時に桜色の魔力柱が天と海を貫くように現れた。


「あの魔力光って、なのはのよね!?」

「なのはちゃん……戻って来るんだ!!」

そして爆発と同時に、アリサ達が交戦していた小さな闇の書の意思もまた消え去り、皆が一堂に集まって居た。



――キュイィィィン



桜色の魔力の柱が現れた直後、今度は赤、蒼、翠、そして紫のベルカ式魔法陣が天と海を貫いた魔力柱が発生した場所を中心に展開される。



其処に現れるは守護騎士、
赤の魔法陣のヴィータが、蒼の魔法陣にザフィーラが、翠の魔法陣にシャマルが、紫の魔法陣にナハトヴァールがその姿を現した。

更に、其れが合図だとでも言うように4つの魔法陣の中央に桜色の球体が現れ――


――バリィィィン!!


其れが砕けて、中からなのはが!
しかも只現れただけではなく、左手に『夜天の主』の証である『剣十字』をあしらった金色の杖を携えて、堂々の登場であった。


「「「なのは!!」」」

「なのはちゃん!!」

「なのはさん!!」

「主なのは!!」


その、なのはの登場に、シグナムもはやても、アリサもすずかも、フェイトもアリシアも、そして市も歓喜の表情を浮かべる。
なのはもそれを見て薄く笑うと、剣十字の杖を掲げて高らかに宣言する。


「夜天の空に祝福の風を!リインフォース、ユニゾン・イン!!」


其れは夜天の主としての真の覚醒となる物。
なのはの宣言を受けて、闇色のリンカーコアがなのはに近付き、そしてその身体に入り込んだ。


コアの正体はリインフォース。
そして此れこそが、夜天の魔導書の管制融合騎である彼女の真骨頂であるユニゾンに他ならない。

融合をした直後、なのはには何時ものバリアジャケットに、何処かベルカの意匠を取り入れた防護服が展開されていく。
更にリインフォースがなのはのリンカーコアと同調し、直後になのはの髪が極薄い金色となり、瞳が蒼空を思わせる鮮やかな蒼に変化する。

それだけに留まらず、その背に左右3対、計6枚の漆黒の翼が展開され、その姿は惑う事なき『夜天の王』その物であった。


かくして夜天の王は、聖夜の空に覚醒を果たした。


気の遠くなるような時を経て、呪われし闇の書は、その本来の姿である『夜天の魔導書』へと戻る事が出来たのだ。



そして、此れは同時にどんな状況にあっても諦める事をしなかったシグナム達が、流れる運命から掴み取った紛れもない『奇跡』そのものでもあった。








――――――








だが、その奇跡の裏でも暗躍する者は居る。
自身に認識障害と防音の魔法をかけていたヴォクシーは、この奇跡を目にしても尚その顔には邪悪なる笑みが浮かんでいた。

「呪いを超えたか高町なのは。
 だが、呪いを超えたと言うのならば切り離された力がある筈だ――其れが闇の書を闇の書たらしめていたと言うのならば、その力を我が物にすれば!」

ヴィクシーの狙いは、如何やら夜天の魔導書から切り離されたリヒティガルードへと変わったようだ。
確かに、夜天の魔導書を闇の書へと変貌させるだけの力を持った物であるのならば、其れを手中に収めない手はない。

殊更、夜天の魔導書の力を掠め取ろうとしていたヴォクシーならば尚更だ。


「ククク……これが、この闇その物と言える淀みがそうなのか!
 素晴らしい、実に素晴らしい力だ!!此れを手にすれば、僕は何者にも負けない、文字通り世界の王となる!!その力、貰い受けるぞ!!」

其れを手にせんと、閃光の魔導書を掲げるが――如何せん、その力には埋めようのない差がある。



――ギチィ!!



「ごは!?」


取り込むどころか、逆に淀みの中から伸びて来た触手にヴォクシーが捕らえられ、そのまま淀みの中に引き込まれる。

先ず無事ではないだろう――いや、下手をすれば死んでいてもおかしくはない。



だが、ヴォクシー自身がどうなろうとも、リヒティガルードの浸食暴走体に最悪の悪意が取り込まれた事だけは確かだった。






――リヒティガルードの完全暴走まで、残り10分――













 To Be Continued…