Side:闇の書の意志


終焉までの時間はあと僅かか……矢張り今回もまた、私は主を喰らい、そして全てを破壊しつくすのだろう――この身の呪いを解く事は叶わなかった…。
騎士達に心を与え、私に名を送ってくれると言って下さった、この心優しき小さな主の命も直に失われてしまう……私は真に『呪われた魔導書』だ。


今の私に出来る事は、せめて主が心穏やかに、苦しまずに逝けるように幸せな夢を見せてやる事だけ……仮初の幸福で誤魔化す事しか出来ない。


「痛みも苦しみも何もない世界……有ったら夢のようだね……有ったら…」

「貴女が望むならば、私は其れを叶えます……私に出来る事は其れ位ですので……」

眠ったと思ったが、未だ虚ろながらも意識は保っていたか。
だが、こうなった以上は幸福な幻想に抗う事は不可能――終わりが訪れるその時まで、如何か心安らかに眠って下さい……


「…………」


終焉まで秒読みとなったこの状況をひっくり返す事が出来たならば、其れは正に『奇跡』以外の何物でもないだろう。
だが、奇跡と言うのは起きないから奇跡だ……もしもこの状況をひっくり返す事が出来たのならば、それはもう奇跡を超えた『奇跡』だろうな。

もっとも其れが起きる可能性は限りなく低いが――


――ドォォォォン…!!



「!?」

この衝撃は!!……外ではまだ戦いが続いている!?
まさか……この絶望的状況に置いても、お前はまだ諦めないと言うのか!?限りなく0に近い可能性から奇跡を掴み取ると言うのか――シグナム!!!










魔法少女リリカルなのは〜夜天のなのは〜  夜天54
『A.C.S〜奇跡を掴み取る力〜』











No Side


レイジングハートの補助を受け、更にエクセリオンモードの効果を受けたシグナムと、暴走する闇の書の意思の戦いは苛烈さを増していた。
右手にレヴァンティンを握り、左腕にバスターカノンモードのレイジングハートをマウント装着したシグナムは、苦手間合いのない完全無欠の騎士と言える。


付け焼刃とは思えない程に正確な射撃を展開し、闇の書の意思と一進一退の互角の戦いを展開しているのだ。


オォォォォォォォォォ!!!

覇ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


夜空に、紅色と闇色の魔力光が迸り、時に爆発し、其れがシグナムと闇の書の意思の戦いがどれ程激しいかを物語っている。


「穿て!!」

『Short Buster.』


競り合いから間合いを離したシグナムは、すぐさまショートバスターを放って闇の書の意思を牽制するが、闇の書の意思だってこの攻撃は読んでいた。
難なくショートバスターを躱すと、急加速からの急上昇を利用した打ち抜き式のアッパーカットでシグナムを強襲!

流石のシグナムも此れを完全に躱す事は出来ない。
だが、其処は流石に歴戦の騎士。すぐさま攻撃の点をずらし、更に自分から後ろに飛ぶ事でダメージを最小限に抑え、転がる事でダメージを分散する。

尤も、その転がった場所と言うのは、結界内に発生した無数の黒い柱と言うか、石柱と言うか、石で作った植物のような『何か』であるのだが――


ともあれダメージをギリギリまで最小限に抑えたシグナムは、体勢を立て直して石柱の頂点に着地。
同時に闇の書の意思もまた、別の石柱の頂点に降りたつ。


「付け焼刃の砲撃、通ると思ってか?」


付け焼刃と言えば、確かにそうなのだろう。
シグナムが得意とするのはクロスレンジでの、それも刀剣類を使っての格闘戦であり、ロングレンジでの射撃・砲撃戦は決して得意ではない。

そうであるにも拘らず、極めて精度の高い射撃を使い、そして高威力の砲撃を放つシグナムの戦士としての才覚は凄まじいモノであると言えるだろう。


だが、だからと言って状況が好転したかと言えば其れは否。
確かにレイジングハートの協力もあり、シグナムは闇の書の意思と互角に渡り合っているが、闇の書の意思を止めるには至って居ないのだ。


調停者としての真の力に覚醒し、更にレイジングハートの協力を得てこの状況と言うのは芳しくないが――


「押し通す!!」

『A.C.S Standby.』


――轟!!


――
シグナムに諦めの色は見えない。

紅色の魔力が逆巻き、同じ色の6枚もの魔力の翼がレイジングハートに展開される。
グランツが、なのはとレイジングハート・エクセリオンの切り札として設定した新システム『Accelerate Charge System』、通称『A.C.S』。

瞬間突撃システムとも言われ、本来ならば対象との距離を一瞬で詰め、そしてクロスレンジに持ち込むためのモノで砲撃魔導師には無用の長物だろう。
だが、グランツが敢えて其れをレイジングハートに搭載したのは、このシステムを使えばなのはの砲撃を、文字通り『一撃必殺技』に出来ると考えたからだ。

一気に距離を詰め、略零距離での極大砲撃を喰らえばどんな相手だって無事では済まない。
当然自分にも反射ダメージはあるが、そのデメリットを考えて尚メリットの方が大きい上に、反射ダメージはバリアジャケットの強度で軽減も可能なのだ。
それらを複合的に考えた結果、この形態が搭載される事となったのだ。

その究極の切り札を切ったと言う事は、シグナムも乾坤一擲の大勝負に出たと言う事なのだろう。


「レイジングハートが力を貸してくれている。我等の主と、そして私の姉を救ってやれとな!」

『Strikeframe.』


更に砲身の先端に、真紅の槍先が展開され、6枚の翼には夫々真紅の刃が展開される。
其れと同時に、紅色の魔力の逆巻きはドンドン強くなり、遂にそれは魔力の逆巻きなど生温いと思わせるほどの『魔力の柱』へと変化し、虚空を貫く。


エクセリオンバスターA.C.S――ドライブ!!!


――轟!!


いや、魔力の柱どころではない。
圧倒的な魔力の奔流に、シグナムの『魔力変換資質・炎』が加わり、其れは燃え盛る炎の柱。
そして其処から、超高速で飛び出したシグナムもまた炎を纏い、その姿はまるで夜空を舞う転生の炎を纏った不死鳥の如し。

同時に、その突撃スピードはグランツが想定したモノよりも遥かに速く、闇の書の意思も回避は不可能と判断し直撃ギリギリで防御壁を張るに留まる。
だが、防御に阻まれたとてシグナムは止まらない!

その勢いのまま……否、更に速度と圧力を上げ、その勢いにモノを言わせて闇の書の意思を押していく。
槍先と防御壁の一点での微妙なバランスから、点をずらす事も出来ず、闇の書の意思も押されるしかなく、そこかしこにある石柱を貫きながら押されている。

「オォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

「く……この!!」

一本、二本、三本……石柱を貫きながら、しかし貫く毎にシグナムの力は増し、身に纏う炎もその激しさを増していく。
更に其処から五本の石柱を貫き、都合九本目の一際大きい石柱に激突したところで漸く突進は止まった――闇の書の意思を其処にハメ込む形で。


「届けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


――轟ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!


其処からさらに3発のカートリッジをロードし、真紅の槍先と刃が鋭く大きくなる。

「う……く…!!」

この圧力には流石の闇の書の意思も、押し返すのが精一杯。
だが完全に押し返す事は出来ず、それどころかレイジングハートの槍先がバリアを貫通してきた。突撃の威力がバリアの防御力を超えたのだ。

そして一度貫通してしまえばバリアと言うのは存外に脆い物だ――突進の勢いのまま、更に槍先は深く打ち込まれていくのだから。
同時に、バリアを貫通したのならば其れはシグナムにとって最大の好機!

槍先に魔力が集中し、更にシグナムが纏っていた炎も其処に集中していく。
此れこそがA.C.Sの真骨頂である『零距離砲撃』!正に肉を切らせて骨を断つ、一撃必殺、乾坤一擲の必殺技を超えた超必殺技だ!

「まさか――!!」

貫けーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

『Breakshoot!!』


――キィィィィン……ドガァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!



放たれた零距離での極大炎熱砲撃は、石柱を完全粉砕し大爆発を起こす。
並の魔導師なら、この一撃で消し飛んでしまうだろう。一流の魔導師だって戦闘不能は免れない――其れだけの一発だ。


「く………」

勿論それを放ったシグナムとて無事ではない。
砲撃の反射ダメージで、騎士服のあちこちが千切れ飛び、身体に幾つもの裂傷が刻まれている……使用者がこうなるほどに凄まじい一撃だったのだ。


――略零距離、障壁を抜いての砲撃直撃……此れでダメなら――!!


『シグナム!』

「!!!」

だが、其れを受けて尚、粉塵の中から現れた闇の書の意志は無傷のノーダメージ。
最大の切り札も、結果だけで言うならばシグナムが一方的にダメージを負う結果となってしまったようだ。


「もう少し、頑張らねばならんな。」

『Yes!』

だとしても、まだまだシグナムは諦めず、とことんまで足掻き切る姿勢は崩さない。





――が、実は今の一撃は現実世界では効果が無いように思えても、書の内部には確りと影響を与えていた。



「違う……私は……私はまだ――

微睡んで居たなのはの意識が、今の一撃の影響で叩き起こされ、急速に覚醒を始めていたのだ。
とは言え、其れは寝起きのような状態で何処か『ぼ〜〜』っとするのは否めないが、なのはは頭を振ってそのモヤモヤを吹き飛ばそうとする。


「え……?」

そして、半分ほど覚醒した意識で最初に認識したのは、涙を流しながら自分を見やる夜天の魔導書の管制人格の姿だった――








――――――








Side:はやて


「ゴメン姉やん……その気持ちはゴッツ嬉しいけど、せやけど私は行かなアカンのや………」

「………ゴメンは、我の方だ――本当は分かっていた。
 だが、例え夢であっても、一時の幸福な幻想であっても、我はお前と共に居たかったのだ――


此れは…アロンダイト!
何処にもないと思たら、姉やんが持ってたんかい……


「だが、お前が行くと言うのならば我はもう止めぬ――待っているのだろう?大事な友と優しい者達が……」


アロンダイトを………!!


――ぎゅ……


「う…く……ゴメン……ゴメンなぁ姉やん……!!」

「何を謝る必要がある?我はお前の姉ぞ?――その姉が妹の選んだ道を応援してやらずして如何する。」

「うん!うん!!……ありがとう姉やん………大好きや!!」

「我も……大好きだぞはやて。」


――シュゥゥゥ………


現実でも、この様に過ごす事が出来たら、どれ程幸福であったのだろうな――


姉やん――ありがとう……私は戻る!!そしてなのはちゃんを助け出して見せるで!!絶対に……私の魂に誓ってな!!








――――――








No Side


「ウオォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


「ちぃ!!」

現実世界での戦いの苛烈さは更にヒートアップしている。
シグナムがいかに正確な射撃を放とうとも、闇の書の意志は其の強固な防御力にモノを言わせ、魔力弾を弾きながら突進し、殴り付けてくる。

その威力はすさまじく、現に今も防御壁を砕かれてシグナムは吹き飛ばされる。
其処に当然追撃が来るが、其れを馬鹿正直に受けてやるシグナムではなく、僅かに身を躱すとカウンター気味にレヴァンティンで一閃!

その一撃を腕部武装状態のナハトヴァールで防ぎ、逆カウンターとなる拳打!――だが、それも今度はシグナムがレイジングハートで完全にガードする。
完全な拮抗状態。

いや、被ダメージの事を考えればシグナムの方が不利だろうが、其れであるにも拘らず互角の戦いを続けているのは驚愕に値すると言うモノだ。


「何故だ!何故諦めない――どんなに足掻いても奇跡など起きないのだぞ!!!」

「確かに普通ならばそうかも知れないが、今日と言う日ならばどうだろうな?
 この聖夜に限っては、どんな奇跡だって起きる――いや、何時だって、どんな時だって最後まで諦めなければ必ず道は開けるんだ!!」

「そんなモノは幻想だ!!」

「ならばその幻想を現実にする!!」


――ガキィィィン!!!


『史上最強の姉妹喧嘩』と称しても過言ではない戦いは、そのまま今度はクロスレンジでの打ち合いになり、レヴァンティンとナハトヴァールが火花を散らす。


そして、この激しい戦いとは別にアリサ、すずか、フェイト、アリシア、市もまた小型の闇の書の意思と激しい戦いを展開している。

だが、このままでは所詮は泥仕合――なのはが完全に目を覚まさない限り、この戦いが終わる事はないのだ――








――――――








泥仕合の様相を呈して来た現実世界とは別に、書の内部でははやてが現実世界へ帰還しようとしていた。
旧八神家であった風景は一変し、まるで教会か神殿の大広間を思わせる石造りの荘厳なモノへと変化し、その部屋の中心にはやてが居た。

「ほな行こか、アロンダイト?」

『応よ……行くぜ大将!デスティニーフォーム!!』

アロンダイトを起動し、更に切り札であるデスティニーフォームを展開し、アロンダイトが身の丈5倍はあろうかと言う超巨大な大剣に変化。
其れを一振りし、そして掲げる……この動作だけで、石造りの部屋には亀裂が入っっている。


「お父さん、お母さん、姉やん――夢でも、幻想でも、会えて嬉しかった。
 せやから、行ってきます……私が、いま生きる世界に――生きるべき世界に!!!」

夢を超えたはやてに迷いはない。
力強い瞳に宿る光が見据えるのは、取り戻せない過去ではなく、無限の可能性を秘めた未来――きっと此処から、はやての本当の未来が始まるのだろう。


「運命やない……未来は自分の手で切り開くモンや――そうやろなのはちゃん!!
 私は夢の世界から帰る!せやからなのはちゃんも、そろそろ目を覚まし!――震天動地!!!


――斬!!


はやての裂帛の気合に呼応するが如く、アロンダイトは更に巨大化して夢の空間を切り裂き、そして砕いて行く。







「!!!」

そしてその衝撃は、またも思わぬ効果を生み、半覚醒状態だったなのはの意識を完全に呼び戻す原動力となって居たのだった。








――――――








しかし、現実世界での戦いは拮抗状態が崩れ始めていた。


「ぐ……うあぁぁぁぁぁあ!!」


如何に戦闘能力が互角とは言え、シグナムと闇の書の意思では超えられない絶対的な壁――『疲労』と言う物が存在する。
プログラム生命体とは言っても、疲労と言う物は存在するし、まして限界を超えて動いていればその反動もダイレクトに身体に返ってくるのは避けられない。

だが、リヒティガルードに浸食されている闇の書の意志には無尽蔵とも言えるエネルギーがあり、疲労する事が無い……その差が戦闘に現れていた。

動きが鈍り始めたシグナムに対して、闇の書の意志は猛攻を加えて吹き飛す。


水切りの如く水面を走って行ったシグナムを、更にチェーンバインドで拘束し、振り回して石柱を使って貼り付け状態にして一切の動きを完全封殺する。


「ぐ……!!」

当然シグナムも其れを外さんとするが、もがけばもがくほど締め付けはきつくなり、抜け出す事が出来なくなる。


「………」

闇の書の意志は、其れを確認すると、更なる魔法を発動して高度を上昇させていく。


――ズン……


虚空に現れしは、螺旋機構を持った巨大な『黒槍』。
古代ベルカの戦乱期に、戦艦を破壊する目的で編み出された一撃必殺の破壊魔法――其れが闇の書の意思によって現代に再現されていた。


「眠れ!!」

「!!!!!」


そして放たれた一撃!
巨大戦艦をも一撃で撃沈する魔法など、如何に一線級の騎士であっても防ぐ事などは不可能――流石のシグナムにも絶望の色が浮かぶが……



――シャキィィィィン!



直撃するギリギリで、白銀のミッド式魔法陣が展開され、書の内部から帰還したはやてが、黒槍をアロンダイトで縦一文字に一刀両断!!
更にシグナムを拘束していたチェーンバインドをも斬り捨てた。


「はやて嬢…!!」

「ゴメンなぁ、少しばかり時間かかってもうた。」


拘束を解かれたシグナムと、帰還したはやては夫々紅色のベルカ式魔法陣と白銀のミッド式魔法陣を展開し、デバイスを携えて闇の書の意思を見やる。





――状況は好転した。





そう思って間違いの無い状態だったが、しかし―――



――バチィ!!


「ぐぅ……!!!!!」


此れまで腕部武装だったナハトヴァールが、無数の黒い蛇へと変化し、闇の書の意思に纏わりつき始めたのだ。


「何やあれ…!!」

「……タイムリミットが近いようだな……」


其れは暴走の最終段階の予兆――最早一切の予断を許さない状況にまで陥って来ていた。
普通なら此処で終わりだろうが……はやての帰還は、誰も予想だにしない副作用を齎していた――他でもない書の内部に。








――――――








Side:なのは


――思い出した、全部思い出した!
なんで、こんな事になってるのか。何でこんな事になっちゃったのか……全部、全部思い出した――!!


未だ終わりじゃない……ううん、終わるどころか始まってすらいない――始まる前から終わるだなんて、そんなのは絶対に嫌!絶対に認めないから――



終焉の幕はまだ降り切ってない――だったら、此処から新章への幕開けをするだけなの!!!



もう終わりにして見せる――大昔から続いて来た負の連鎖を、今度こそ断ち切る――夜天の主の名に誓って、必ず断ち切って見せるから!!!!!














 To Be Continued…