Side:闇の書の意志


……僅かとは言え、将は己の過去を思い出したようだな……本当にお前には辛い思いばかりをさせてしまった。
だが、此度の主の下でなら、私は呪いを超えられるかもしれない……ナハトも苦しみから解放されて元に戻るかも知れない。

そうなった時には共に生きよう将……姉として、お前と共にしたかったことは沢山あるんだ……私はそれら全てをしてみたい……其れが私の願いだ。


「夜天さん、どうかしましたか?」

「あぁ、スマナイ……少しばかり物思いにふけってしまってね……1000年近く生きていると過去を思い出す事も少なくないのでな。」

彼女――市の事も考えなければならないな。
偶発的とは言え蒐集し、半ば書に居候してる彼女だが何時までもこのままと言う訳にも行かないだろう。
完全に蒐集したのならば兎も角、彼女の人格と意思は残っている故に其れすら我が身に取り込むのは憚られる……将達と同じような存在にするか。

私としても彼女の存在は、覚醒までの退屈を解消してくれた『友人』だ……消したくはないからね。

「時に市、この部屋は何だ?」

「茶室ですよ夜天さん♪どうせお茶を楽しむなら茶室は有った方が良いじゃないですか。」


そう言う物なのか?……確かにあの虚無だらけの空間では何もないのだが……だからって色んなものを想像で構築しないでくれ。
余り内部のデータが増えすぎると、其れがオーバーフローを起こして暴走の引き金になりかねないのでね。


「そうなんですか?……じゃあ此処までですね―――あ、でも冬に備えて火鉢か炬燵は欲しいですよね〜〜♪」

「……オーバーフローを起こさないレベルで好きにしてくれ……」

はてさて一体どうなるのやら…












魔法少女リリカルなのは〜夜天のなのは〜  夜天31
『闇の書の意志は未来を願う』











さて、私の一日の始まりは、我が主を起こすところから始まる。ヴィータは既に目覚めているけどね。
紐を引っ張ってカーテンを開け、其の後で主を揺さぶる。……起床時間ですよ、我が主。


「ん……あふ……おはよう闇の書♪」


はい、おはようございます……毎朝、我が主の笑顔を見る事が出来ると其れだけで今までは味わった事のない感覚を覚える――此れが歓喜か。
我等を道具扱いせずに、家族として迎えてくれた我が主なのは……貴女には感謝してもしきれない程です。
故に、私とナハトは我が身の呪いを超えて、そして貴女に誠心誠意尽くさねばこの思いは伝えられそうにない……此れも初めての感覚だな。

さて、我が主とヴィータよ、まだお寝坊さんが居るようだが如何したモノだろうか?


「ん〜〜〜……取り敢えず起こさないとだよね……ほら、起きてはやてちゃん!今日は学校だよ?」

「うみゅ〜〜〜〜……キリエさんが、キリエさんが分裂増殖しとる……アカン、このままやったら地球はキリエさんに支配されてまうで!?」

「「ドンな夢を見てるの!?」んだよ!!」


全くだ……はやて嬢も悪い子ではないのだが、時折エキセントリックな発言をする事が有るから油断は禁物だ。
しかしキリエとはあの子の事だよなぁ?……アレが世界を支配したら世の中はピンクに染め上げられるのかもしれん…其れだけは阻止しなくてはな。

取り敢えず、何時までも寝惚けてないで目を覚ませ。


――ゴイン!


「遂に闇の書が行った!?」

「ハードカバーの背表紙って、相当痛ぇだろ此れ……」


大丈夫だ、ちゃんと手加減したから………本気でやるなら角で行ってる。


「ふええ!?か、角はダメだよ危ないよ!!」

「うい〜〜〜〜……ハードな目覚ましやなぁ……ゴッツ効いたでこれ。せやけど背表紙は危険やからハリセンの方がえぇと思うで〜?」

「「確り目が覚めた!?」」


成程ハリセンか……だが、蒐集した魔力にはそんな魔導はなかったな……期待には応えられそうにはないな、スマナイ。


「蒐集した魔力にはハリセンを使うような魔導はなかったから期待には応えられないって。」

「んなモンあったらこっちが吃驚するて……しっかし、なのはちゃんはホンマに闇の書と意思疎通が出来とるんやね。」

「うん、闇の書が言わんとしてる事が、分かるんだよね♪」


私の意思をハッキリと読み取れる主も貴女が初めてですよ。
と、そんな事より急いで着替えて下さい、このままでは遅刻してしまいます。


「にゃ?制服持って来てくれたんだ、ありがと闇の書♪」


いえ、此れくらいは容易い事ですので……物言わぬ本の姿であっても出来る事は以外と多いようだな。
さぁ、着替えてリビングに参りましょう。将達ももう揃って居る筈ですから。


「うん……じゃあ一緒に行こう♪」


はい、お供いたします……何処まででも。



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さて、我が主が学校に行っている間は主と共に在るとは言え中々に暇なモノだ。
学校で私が宙に浮いていたら大騒ぎになってしまうから、我が主の鞄の中で大人しくしているより他ないのだが……大丈夫か市?


「大丈夫です……大丈夫ですけど、美味しそうですよねぇこの時代の料理って……食べてみたいです……」

「書が完成した暁には、君をプログラム生命体として再構築して書の外に出す心算だからもう少しだけ待っていてくれ。」

今回は暴走を引き起こさずに書の完成がなされるかもしれないからな……そうなれば私とナハトを苦しめている後付けのプログラムも消去できる。
近い内にきっとそれはなされるはずだ……だからもう少しだけ待っていてくれ。


「分かりました。
 …ところで夜天さんの本当の名前は何て言うんですか?名前は無いって言ってましたけど、そんな事はないですよね?」


いや…今の私に名は無い――もう随分昔に名を失い、果たしてどんな名前であったのかすら思い出せん。
呪われた闇の書と言うのが私に対する認識だからね……だが、我が主は私に名を送って下さるらしい……どんな名を賜れるのか楽しみだ。


「確かに其れは楽しみですね♪」

「あぁ……どのような素晴らしき名を送って下さるのか……本当に楽しみにしているんだ。」

お前が仮の名として呼んでいる夜天と言うのも悪くはないのだがな。


「だけどどうせなら己の主から名を賜りたい……夜天さんは武士の気概を持っているのかもしれません。
 己が主から名を賜ると言うのはこの上なく名誉な事であり、仕える臣下としては至高の喜びですから……私も生前は随分名を贈ったモノですから。」

「そうだったのか…」

主君より名を賜る……確かにこの上ない幸福かもしれない。
本来の名を失って幾星霜……漸く出会えた優しき主は一体どのような名を私に送って下さるのだろうか……期待に胸が膨らむな。



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さて、今日は如何やらこの家で『お泊り会』らしい。
アリサ・バニングスに月村すずか、テスタロッサ姉妹が我が主の部屋に集まっているからな。


「それで、そいつは怖くなってその場から全力で走り去ったんだけど、イキナリ身体が動かなくなったのよ…金縛りにあったみたいにね。
 恐怖に駆られた男は更なる気配を感じたわ……そう、ついさっきまで一緒に落し物を探していた男の気配をね。
 当然男は恐怖から動けないんだけど、自らの意思とは無関係に首は後ろを向いて、追って来た男の事を見ようとする……
 必死に抗いながらも其れは叶わず、男は追って来た相手を見てしまった……そして、追って来た男はこう言った…『探してくれてありがとう』って。
 だけど相手が男だと思ったのは単純に服装からよ……だってその男は良く見たら首から上と右手首がなかったんですもの……
 そこで男は気付いたのよ…『1997年に起きた井之頭公園のバラバラ殺人事件は未だ未解決で右手首と頭は未だ見つかって居なかった』ってね。」

「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」


で、何が行われているかと言うと怪談大会……うん、背筋が寒くなる話だな今のは。
私も参加してみたいが……ふふ、少し悪戯をしてみようかな。


「次は私の番だね?」

「ふっふっふ…今のアタシの話はとっておきよ?……なのは、これ以上の恐怖を出せるかしら?」

「甘く見ないでなの、アリサちゃん……怪談なら得意なんだから。
 コホン……此れは渋谷である女子大生が経験した恐怖の体験談なの。
 その日その女子大生は、友人と共に渋谷に繰り出してウィンドウショッピングやら何やらを楽しんでた――休日のお遊びだね。
 沢山遊んで、日々のストレスを発散してたんだけど、ある交差点で信号待ちをしている時に、その女子大生性は反対側の歩道に何かを見つけた。
 其れは旧日本軍の軍服に身を包んだ男の人……『ドラマの撮影でもしているのかな?』そう思って友人に其れを話したけど友人は見えないと言う。
 見えない?ならばあれは何?……そう思っているうちに信号は青になり、女子大生達は交差点を渡って行った。
 同時に軍服の男子も此方に……近づくにつれて男性が『異質』な存在であると言う事が女子大生にはひしひしと感じられて来たの。
 そしてすれ違うその瞬間、軍服の男性は血にまみれた顔を向けて女子大生に向かってこう言ったの…『見えているんだろう?』ってね…」

「「「「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」

「怖かった?」

「怖い!派手さは無いけど、ぞっとする怖さがアンで此れ……」

「なのはの語り口の巧さもあるよね此れ……背筋に悪寒が走ったよ〜〜。」

「あはは……お化けなんて怖くねーです……纏めてアイゼンで叩き潰してやるです…」

「ちょ!確りしなさいよヴィータ!!」

「にゃはは……ちょっとやりすぎちゃったかな……………!!!???」

「ど、如何したのなのはちゃん!?」

「あ、アリサちゃんの後ろ……!!」

「アタシの後ろ?………いぃ!?
 な、何よ此れ……一体何処から出て来たってのよ!?……白いローブの幽霊……!う、嘘でしょう!!!!」


…………本当は見えているんだろう?


「「「「「「「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」」」


効果覿面♪
此れは流石に、予想以上の反応だ………私ですよ我が主、皆の怪談話を聞いて参加してみたくなってしまったのです。


「や、闇の書!?……お、驚かさないでよ……本物の幽霊かと思っちゃったよ〜〜。」


ふふ、申し訳ありません、余りにも皆が楽しそうだったのでつい。


「ん〜〜〜其れなら仕方ないけど……だけど今の怨霊の演出は見事だったの……真夏の肝試しに是非参加してほしいかな。」


御指名とあらば喜んで……ふふ、こんな悪戯をしてみようなどとは今までは思い至らなかった事だな。
願わくば、この本の姿ではなく、ナハトと共に本来の姿で貴女と語り合いたいものです……そしてその願いは夢物語ではないかも知れない。

この願いが成就されんことを、私は願っています……貴女達ならばきっとやってくれると信じて居ますから。
ふふ、本来の姿で貴女の前に現れる事が出来たその時には、とっておきのベルカの怪談を披露させていただきますね♪


「うん、楽しみにしているね♪」


はい……約束いたします我が主、高町なのは。





因みにだ……『テメェ少し考えろよ!マジでビビったじゃねぇか!本気で怖かったんだからな責任とれ!』とヴィータが文句たらたらだった。
いや、責任以前に今の私には如何しようもない事だからなぁ?……よし、じゃあ今度はもっと怖い演出を考えてみよう。


「ふざっけんな!!!!」

「ヴィ、ヴィータちゃん落ち着いて〜〜〜〜〜〜!!!闇の書も無駄に煽らないで〜〜〜〜!!!」


煽って等いませんよ……只ヴィータを弄っているだけです。
扱いやすいと言うか何と言うか、ヴィータは構いたくなるモノですからね……ふふふ、温かい世界故にな。

絶対に暴走はしない……この素晴らしき世界を壊す事を私はしたくないからね。


ともあれ、あの4人の騎士達は漸く仕えるべき主を見つけた……あの子達に優しくしてあげてください。
そして、何よりも貴女自身が幸福でありますように……これが、私の偽らざる願いです……どうか、この願いが成就しますように…















 To Be Continued…