Turn.6「不安」

 

 

 

Side.???

 

ピッ…ピピッ…ピッ…

 

ヴンッ

 

――――――――――

「よう。久しぶりだな。」

――――――――――

「そっちも元気そうで何よりだ。悪いが早速本題に入らせてもらう。」

『――――――――――』

「昨日……いや、1週間くらい前からになるか。精霊たちが騒ぎだしている。」

――――――――――

「お前の方では心当たりは無いのか?」

――――――――――

「……ジュエルシード…? ロストロギアだと? なんだってそんなもんが…」

――――――――――

「直接の被害はねえよ。まあ、そっちが対応してくれるんならそれでいい。」

『――――――――――』

「は? 闇の書だぁ? ったく。どうなってるんだよ、そんなレア物が一斉になんて…」

――――――――――

「頼むぜ、全く……そう言えば……『彼』に会ったぜ。」

――――――――――

「ああ、まさか本物を見れるとは思って無かったがな……確かに本物だ。色々な意味でな。」

――――――――――

「良い目をしてした。人としても、決闘者(デュエリスト)としてもな。」

――――――――――

「おう。それじゃあ、またな。親友。」

――――――――――

 

ぷつんっ

 

通信が切れた。

手元にある数枚のカードを眺める。

 

「『彼』を主と定めたか。それとも……」

 

答えの出るはずの無い問いは静かに消えて行った。

 

 

 

Side.アリサ

 

事実は小説よりも奇なり。

意味。

現実は作られた小説よりもよっぽど不思議で複雑で波乱に満ちた物である。

まさかそれを自分で体験することになるなんてね…

 

「うふふ、可愛い〜。」

『♪』

 

すずかが可愛いと言っている物、それは遊星が『召喚』したモンスター…《異次元の精霊》だ。

『チューナー』と言うあたし達の知らないカード……と言う事はともかく、『ただのカードが実体化している』のだ。

喋るフェレット。

親友が魔法使いになった。

記憶喪失の友人の記憶が戻った。

だが彼は異世界人だった。

本当にね…この『事実』よりも『奇』がある小説があるなら読んでみたいわよ全く…

道理でカード会社の社員リストにも名前が無い筈だわ…

 

「ぷにぷに〜。」

 

つんつんっ

 

『♪♪♪』

 

……順応力が高いわね、すずか。

 

「信じてもらえたか?」

「これだけされて、信じないわけにはいかないでしょうよ。」

「でも、大丈夫なの? なのはちゃん。」

「大丈夫だよ! 遊星さんも手伝ってくれるって言うし。」

 

先日の事はちょっとしたニュースになっている。

槙原動物病院の窓と、その付近がまるで怪獣が暴れたみたいになっていた事。

フェレット…ユーノの話によると、それはジュエルシードって宝石が原因で、全部で21個あるそれを、なのはが魔法使いになって集める手伝いをすることになった。

そして遊星はそんななのはを手伝うことに決めた…と。

怪我したフェレットが大丈夫なのか心配してたのに、実際に大怪我したのは遊星だと言う。

大怪我をしながらも、目の前で大怪我をされながらも、それでも手伝う道を選んだ二人。

……この二人って、実は案外似た者同士なのかもね。

 

「あたし達には何か出来る事無いの?」

「ジュエルシードは何時発動するか分からない。そしてそれを封印する事が出来るのはなのはだけだ。
 二人はジュエルシードを見つけたら俺かなのはに伝える事。そしてもしなのはが動きにくい状況の時、なのはが動けるようにしてほしい。」

「つまり、塾や学校の時間に何かあったら、周りに気付かれないようになのはを逃がせって事ね?」

「その言い方はちょっと傷つくの…」

 

なのはが何か言ってるけど無視。

それよりも今の説明で気になった事を聞くことにする。

 

「封印できるのはなのはだけなんでしょ? 言い方悪いけど、遊星に連絡する必要はあるの?」

「もちろんなのはに連絡がつけばそれで良い。
 だがさっきも言ったように、なのはが自由に行動できない場合、封印は出来なくとも暴走を抑える事なら俺にも出来るだろう。」

「そういう事ね…なのはが来るまでの時間稼ぎか…」

 

時間稼ぎと言う言い方も悪いが、あんな惨状を作れる『モノ』相手に時間を稼ぐ事も簡単にできる事じゃないだろう。

『封印』は出来なくとも、遊星は『戦う』事が出来る。

いや、『封印』と言う『勝利条件』が無い分、遊星の『戦い』は無謀とも思える。

……だがきっと、遊星は戦うのだろう。

街を、人々を守るために。

自分の世界ではない世界を守るために。

似た者同士、じゃないわね。

なのはが遊星を見つけたのって、『類は友を呼ぶ』なのかしら。

 

「あの…遊星さん、少しいいですか?」

「なんだ?」

 

今まで《異次元の精霊》のほっぺたをぷにぷにしてたすずかが急に真面目な顔つきになる。

 

「遊星さんは…何時か自分のいた世界に帰っちゃうんでしょうか?」

 

 

 

Side.なのは

 

「遊星さんは…何時か自分のいた世界に帰っちゃうんでしょうか?」

「!!」

 

一瞬、時間が止まったかと錯覚した。

すずかちゃんのした質問は当然の疑問で。

でもだからこそ、考えないようにしていた事だった。

そう。

遊星さんは『異世界』に住む人。

『此処では無い世界』に住む人。

ううん。

それどころか、本来はこうやってお話しすることすら出来なかった人。

何の偶然か、それとも奇跡か。

いずれにせよ、どちらかと言えば『今』の方が異常な状況と言える。

でも。

わたしは考えないようにしていた。

気付かないフリをしていた。

だって…

それを認めてしまったら、遊星さんがいなくなっちゃう事を知ってしまったら…

わたしは…

 

「………」

 

遊星さんは無言。

『帰らない』と言ってほしい。

『ずっと此処にいる』と言ってほしい。

だけど…

遊星さんがそうは言わない事。わたしには良く分かってしまう。

短い間だったけど、ずっとそばにいたから…

 

「……そう…だな。きっと俺はいつか帰ることになるだろう。」

「っ!」

 

背中を冷たい汗が流れた気がした。

 

「それが何時になるのかは分からない。明日かもしれないし、十年後かもしれない。
 だが俺は帰らなければならない。
 俺は俺の世界でやるべき事が残っているからな。」

 

分かっている。

遊星さんが抱えている物。

それは自分のいた世界の未来。

それを捨てて…元の世界の数え切れないほどの人の命を捨てて、自分だけこの世界で生きていく。

なんて選択は絶対にしない。

それが遊星さんだ。

 

「だが実際の所、さっきも言ったように帰る方法も分からない。赤き竜がその時になれば導いてくれるのか。それとも俺が自分で道を作る必要があるのか…」

 

遊星さんなら世界だって渡ってしまう。

普通なら有り得ない話だ。

だけど、そんな確信があった。

 

「だが…」

「「「「?」」」」

「俺の意思で戻る事が出来るなら、俺はまだ戻らない。」

「遊星…さん…?」

「今の俺には、この世界でやるべき事が残っている。それを放っておいて元の世界に戻る事は出来ない。
 ……いや、そんな事をして戻ったら、仲間達に怒鳴られるな。」

 

話の内容はともかく、遊星さんは笑っていた。

きっと素敵な人たちなのだろう。

だからこそ、頑張らなければ。

遊星さんが安心して帰れるように。

遊星さんが友達…仲間のいる場所へ戻れるように。

そう…

わたし一人が我慢すれば良いんだから…

 

 

 

Side.遊星

 

アリサとすずかに説明してから数日。

類は友を呼ぶと言うが、この世界に来てそれが良く分かった。

なのは。

なのはの家族。

アリサやすずか。

 

「アリサやすずかに話した事は正解だったな…」

 

彼女たちなら理解してくれると言う思いもあった。

だがそれ以上に、あれだけ心を許している友人の支えは、なのはにとって大きな力になるだろう。

本当に、なのはの周りには良い人間が集まっている。

いや、なのはの周りに限った事じゃない。

この街は不思議な温かさに包まれている。

サテライトとは違う。

シティとも、トップスとも。

今の一つになったネオ童実野シティとも違う。

言葉にするなら、『優しさ』に満ちた街だ。

絶対にこの街を…

この街に住む人々を傷つけさせはしない!

 

「よう兄さん。」

「ん? 店長か。」

 

俺は桃子さんに頼まれて食材の買い出しを終えた帰りだ。

そんなに多く無い量だったために徒歩だったのだが、『カードショップKIRA』の前を通った所で店長に声をかけられた。

 

「今日は一人かい?」

「ああ、あいつらはまだ学校にいるだろう。」

「そうかい。ま、ちょうど良かった、かね。」

「?」

「ん。」

 

スッ…

 

店長が差し出してきたのは3枚のカード。

それは俺も良く知っているカードで、だが、どこか違うカードだった。

 

「やる。」

「……は?」

 

また突拍子も無い事を言われた。

 

「デュエルで使えとは言わない。デッキに入れろとも言わない。だが、持っててくれ。そして、アンタが思うようにこいつらを使ってやってくれ。
 ……カード達がそれを望んでいる。」

 

そのカード達を受け取り、カード達と、店長を見る。

 

「……アンタは一体…」

「俺か? 俺はしがないカード屋の店長さ!」

 

そう言って清々しく笑うと彼はさっさと店へ戻って行った。

まさか彼にも見えるのだろうか。

カードの精霊が…

 

『『『   〜♪』』』

「!」

 

慌ててカード達に視線を落とす。

もちろん、ただのカードだ。

それ以外には何も見えない。

気のせいとは思えなかったが…

今ならば分かる。

彼もデュエルモンスターズを愛する決闘者の目をしていた。

信頼出来る人物だ。

その彼が持っていろと言うなら、俺は彼とカード達を信じるだけだ。

カード達を懐に仕舞い、高町家への道を歩き出す。

 

 

 

「お帰りなさい、遊星君。」

「ああ、ただいま、桃子さん。」

 

帰宅し、頼まれていた食材の入った袋を渡す。

その時…

 

ずくんっ

 

「!?」

 

痣の疼き。

そして、先日『影』と戦った時のような、不思議な感覚があった。

まさか…

 

「遊星君?」

「すまない。ジュエルシードが目覚めたのかもしれない…」

「! 分かったわ。気をつけてね。」

「ああ!」

 

玄関を飛び出し、一度離れへと向かう。

 

ガラッ

 

「遊星さん!」

「ユーノ! 今のは…」

「遊星さんも感じたんですね…恐らくジュエルシードです!」

「分かった!」

 

すぐにD・ホイールにまたがり、起動させる。

 

「なのはも向かっています! 行きましょう!」

「ああ! しっかりつかまっていろ!」

 

 

 

「はっはっはっ…あ! 遊星さん!」

「なのは! 乗れ!」

「はい!」

 

途中でなのはを見つけ、後ろに乗せる。

そして辿り着いたのはこの街の神社。

 

「しっかりつかまっていろ! 舌を噛むなよ!」

「ふぇっ!? 遊星さん! 階段! 階段〜!!」

 

うぉんっ

 

ぎゅいいいいいいいいっ

 

ガガガガガガガガガガガッ

 

「!?!?!?!?!?」

 

エンジンをふかし、一気に階段を駆け上って行く。

後ろから声にならないような声を聞いた気がするが、とりあえず後回しだ。

 

ガガガガガガッ!

 

うぉぉぉんっ

 

だんっ

 

ぎゅいっ

 

階段を登り終え、勢い余って飛んでしまったD・ホイールを着地させ、停止させる。

 

「ゆ…遊星さん…無茶しすぎです…」

「すまない。」

 

なのはに謝罪しつつ、ジュエルシードの暴走体…と思われる怪物に視線を向ける。

 

「原住生物を取り込んでる…」

「ど、どうなるの?」

「実体がある分、手強くなってる!」

 

取り込んだのは獣…多分だが…犬だろうか?

その足元には一人の女性が倒れている。

ただの犬がこれほどまでに凶悪なモンスターになるとは…!

 

「でも…きっと大丈夫! ねっ。遊星さん!」

「ふっ…ああ!」

 

なのははD・ホイールから降り、ユーノも俺の懐から飛び降りる。

俺はまだD・ホイールに乗ったままだ。

まずはあの女性を助けなければ…

 

「遊星さんはあの人をお願いします。その間はわたしが。」

「任せろ。」

「行きます! レイジングハート!」

「ちょ! なのは! 起動パスワード…」

『Stand by ready, setup.』

「えっ!?」

 

ユーノの驚きの声と同時に敵は高く跳び上がり、こちらへと向かってくる。

だが、奴がジャンプした事で道が開いた。

 

ぎゅおんっ

 

バッ

 

ぎゅいんっ

 

D・ホイールを一気に加速させ、そのスピードのまま気絶している女性を拾い上げ、そのまま走り抜ける。

すぐに離れた場所へ避難させ、なのはの方を確認すると、そこには先日も見た白い服を纏ったなのはがいた。

いや、正確にはなのはと、エネルギーが切れたようにへたり込んでいるモンスターがいた。

 

「そんな…起動パスワードも無しに…この子、どれだけの才能を…それにあれだけの攻撃をほぼノーダメージなんて…」

 

ユーノの呟きが聞こえる。

起動パスワードとやらは分からないが、どうやらなのはの持つ魔法の力はかなりの物らしい。

あれなら『封印』も容易…

 

ずくんっ

 

「!?」

 

痣の疼き。

これはさっきとはまた違う。

『発動した』と知らせている感じでは無い。

『危険だ』と警告している!

 

「なのは!」

「ふぇっ?」

 

グルァァアアアアアアアアアアア!!

 

「きゃああっ!?」

《スピード・ウォリアー》!!」

『………!』

 

ギャインッ

 

バキィッ

 

素早くデュエルモードを起動し、1枚のカードをセットする。

《スピード・ウォリアー》の蹴りがヒットし、新たな襲撃者は後方へと弾かれる。

 

「無事か! なのは!」

「は、はい!」

「そんな! 2個連続で暴走するなんて!」

 

封印直前、気が緩んだ俺達に襲いかかって来たのは犬とは違うモンスター。

雰囲気からすると狐でも取り込んだのか?

まるで九尾の妖狐だな。

 

「いや、元々2個同時に覚醒していたが、俺達はその内の1体に気を取られてしまったと言う事だろう。
 場所も近かったようだし、『重なった2つの反応』を『1つ』に勘違いしてしまったんだ。」

「ど、どうしましょう!?」

「なのははまずそいつの封印を優先してくれ。2つのジュエルシードが融合でもしたらマズイことになる。
 こっちは俺に任せろ!」

「はい!」

 

グルルルルルルルル……

 

狐は9本の尾を踊らせ、臨戦態勢に入っている。

 

ガアアアアアアアアアッ!

 

一気に距離を詰めると、その爪は《スピード・ウォリアー》を切り裂き、光の粒子へと帰る。

 

「くっ…」

「遊星さん!」

「大丈夫だ。急がず、確実に封印するんだ。」

「っ……はい!」

 

とっさの事だったので、今はライディングでのデュエル状態。

だからと言って走りまわればその分なのはへの攻撃ルートを開いてしまう。

ならばこのまま戦うしかない!

 

「俺のターン!」

 

ドローしたカードを確認し、笑みを浮かべる。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!《ジャンク・シンクロン》の効果により、墓地に存在するレベル2以下のモンスター、《スピード・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

そうして揃ったのはチューナーとそれ以外のモンスター。

俺の世界の進化の象徴。

可能性を宿す召喚方法が成立した!

 

「行くぞ! レベル2の《スピード・ウォリアー》に、レベル3、チューナーモンスター、《ジャンク・シンクロン》をチューニング!
 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光射す道となれ!シンクロ召喚! 出でよ!《ジャンク・ウォリアー》!!」

 

《ジャンク・シンクロン》がレバーを引くと、自身が緑のリングとなる。

それを《スピード・ウォリアー》がくぐり、光の柱が貫く。

そして降臨したのは、紫を主とした戦士。

 

「シンクロ…召喚…」

「行け!《ジャンク・ウォリアー》! スクラップ・フィスト!!」

 

《ジャンク・ウォリアー》は自身のブースターを唸らせ、狐に渾身の拳を叩きこむ。

 

ガアアアアアアアアッ

 

狐は成すすべも無く吹き飛ばされ、地面に倒れ込んで動かなくなる。

痣の疼きも無い。

どうやら終わったようだな。

 

「遊星さんっ。」

「なのは。封印は…終わったようだな。」

「はいっ! 遊星さんのおかげです!」

「礼はいい。向こうの封印もよろしく頼む。」

「はいっ。」

 

なのはは狐に駆け寄り、ジュエルシードを封印すると白い服を解除し、元の服となる。

 

「ユーノ、彼女の記憶を少しだけ消すことは出来るか?」

「可能です。ジュエルシードに関する記憶を消しておきます。」

「ああ、頼む。」

 

したたたたっ

 

ユーノは女性に駆け寄り、淡い光を放ち出す。

記憶を消す…と言うのはあまり気が進まないが、事態が事態だから仕方ない…な。

 

「あの、遊星さん。」

「ん? どうしたんだ、なのは。」

「さっきの『シンクロ召喚』って…」

「ああ、あれが俺の持っていた白いカードを召喚するための方法。『シンクロ召喚』だ。
 俺の世界ではシンクロ召喚は進化の証とされている。」

「そう……なんですか……」

「…どうした?」

「いっ、いえ! なんでもありません!」

 

一瞬なのはの顔が暗くなった気がするが、次の瞬間には元の明るい顔に戻っていた。

 

その後俺達は女性が目を覚まし、神社から立ち去るのを見届けた後に帰宅した。

 

 

 

「ごちそうさま…」

「あら。もういいの?」

「うん。部屋にいるね。」

 

ぱたぱたぱたっ

 

ぱたんっ

 

明らかになのはの様子がおかしい。

いつもの元気が無い。

 

「なのは、どうしたんだろ…」

「遊星。何か心当たりは無いのか?」

 

心当たり。

ある。

なのはの様子がおかしくなったのは、先日アリサとすずかに事情を説明していた時。

いや…

正確には俺は俺の世界へと帰らなければいけないと言ったあたりだったか…

あの時はまだ、なのはは元気があった。

…違う。

元気があるように振舞っていた。そう感じていた。

 

「心当たりはある…と思う。俺に任せてくれないか?」

「……なのはを泣かせたらただじゃ済まさないからな。」

「ああ。」

 

 

 

夕食後、なのはの部屋の前までやって来た。

ユーノはすでに俺の部屋へ帰している。

俺が原因だとして、その俺に何ができるのか分からない。

それでも、俺はなのはには元気でいてほしい。

それが俺の本心だ。

そのために、俺に出来る事なら何でもやってやろう。

なのは。教えてくれ。

お前の心を。

 

コンコンッ

 

俺はなのはの部屋の扉をノックした。

 

 

 

Side.なのは

 

「はぁ……」

 

わたし、何をやってるんだろう…

遊星さんはこの世界の人じゃない。

それは分かってた筈なのに…

みんなにも心配かけちゃってる…

こんなんじゃダメ。

我慢……我慢しないと……

 

コンコンッ

 

『なのは。入って良いか?』

「遊星さん? ど、どうぞ…」

 

ガチャッ

 

「………」

 

すっ…

 

遊星さんはわたしを見ると、何も言わずにわたしの隣に腰を下ろす。

わたしはベッドに背を預けて床に座っていたので、ベッドの横に二人が並んでいる状態になる。

 

「なのは…俺はお前に何かしてしまったのか?」

「ふぇっ?」

 

唐突な遊星さんの問い。

何故そうなったのだろうか?

 

「俺は情けない奴だ。お前の様子がおかしい事は分かっていても、その原因が分からない。
 それをお前に聞くのは本来やってはいけない事だろう。
 だがそれでも、俺にはお前に直接尋ねる事しか解決策が思いつかない。
 だから…俺に答えられるならで良い。俺はお前に…何かしてしまったのか?」

「そんな! 遊星さんが謝る必要なんて無いです! わたしが勝手に…」

 

落ち込んでいるだけ。

そう言おうとして、その言葉を呑み込んだ。

ダメ。

言っちゃいけない。

心配を掛けちゃいけない…

 

「……なのは。」

「はい…?」

「あの夜…俺の記憶が戻った夜に、俺が言った事を覚えているか?」

「はい…」

 

忘れるわけがない。

あの時の遊星さんの言葉。

一字一句間違えず覚えている。

 

「俺はお前の事を仲間だと思っている。大切な存在だと思っている。
だからこそ…お前には笑っていてほしいんだ。」

「………」

「お前が辛いなら支えたい。苦しいなら一緒に背負いたい。困っているなら助けたい。そして嬉しいなら…分かち合いたい。」

「………」

「俺はなのはと…本当の『絆』で結ばれた、対等な関係になりたいんだ。」

「………」

「…なのは? どうしたんだ?」

「えっ?」

 

ぽろっ

 

「えっ? あれ?」

 

ぽろっ

 

ぽろっ

 

「あれ? なんで…」

 

涙。

わたしの両目から溢れ出る大粒の涙。

それが止まらない。

あの日遊星さんが言ってくれた言葉も。

それ以前にわたしが遊星さんに言った言葉も覚えている。

忘れた事なんて無い。

それを撤回するつもりは無い。

だけど…

今はその言葉が重くのしかかる。

だって、遊星さんは…

別の世界の人だから。

此処じゃない場所に、帰るべき場所がある人だから。

支え合っても、助け合っても、絆を結んでも。

いつか必ずいなくなってしまう人だから。

 

「ふっ…ひぐっ…うぇ…」

「………」

 

すっ…

 

なでなで…

 

遊星さんはわたしの頭を優しく撫でてくれた。

それで、限界だった。

 

がばっ

 

ぎゅっ

 

「ふうっ……ふっ…うわあああああああん!!」

 

泣いた。

遊星さんの胸にしがみつき、思いっきり泣いた。

今まで泣く所なんて誰にも見せた事ないのに。

だけど。

それでも遊星さんは何も言わず、ただ優しく頭を撫でてくれていた。

ずっと、ずっと…

 

 

 

Side.遊星

 

「……落ち着いたか?」

「ぐすっ……はい。ありがとうございます…」

 

まだ目は赤いが、大丈夫そうだな。

……後で恭也に…いや、みんなに殴られるくらいは覚悟しておこう。

 

「遊星さん、聞いてくれますか…?」

「ああ。」

 

なのはは俺に抱きついた恰好のまま、自分の事を語ってくれた。

数年前、士朗が怪我で入院し、幼いなのは一人で家にいる事が多くなった事。

それが原因で、一人と言うことに不安を覚えるようになった事。

 

「もちろん、今はそんな事思ってませんよ?
 お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、アリサちゃんやすずかちゃんだって傍にいてくれたから……でも……」

 

少し前、学校で将来について考えると言う授業があったらしい。

士朗達は仕事。

恭也達は剣術。

アリサやすずかも自分なりになりたい物を思い描いている。

だが、自分にはそれが無い。

 

「そんな時、遊星さんと出会ったんです。そして…何となくですけど、直感したんです。
 『この人と一緒にいたら、何か見えるんじゃないか』って…」

「………」

「莉奈さん…ジャンクショップの店員さんが言ってたんです。誰かとの出会いを、変化を大切にって。」

「彼女が…」

「たとえ記憶を失ったままでも、記憶が戻っても、遊星さんとの出会いが、遊星さんと一緒にいる事が、何かのきっかけになると思ってました…」

 

なのはの表情がまた少し暗くなる。

 

「遊星さんと出会った事、後悔なんて絶対にしません。出会わない方が良かったなんて思いません。
 だけどそれでも…遊星さんは別の世界の…此処じゃない世界の人だって知ってしまったから…」

「………」

「なるべく考えないようにしてました。ずっと一緒にいられるって…そう自分に言い聞かせてました…嘘を、吐いてました…」

 

別れ。

それは形はなんであれ、必ずやってくる。

大人だって辛い物なのに、なのはが…たった9歳の少女が辛くない筈が無い。

 

「我慢しようって思いました。わたしが我慢してれば…わたしが我慢しないと、遊星さんは安心して友達のいる所に帰れないから…」

 

…自分の心を殺してまで他人の事を…

この子はどれだけの優しさを持っているんだ…

 

「でも、それも無理でした。我慢しても、嘘を吐いても、考えないようにしても、いつの間にか遊星さんの事を考えてるわたしがいるんです…
 それに…『シンクロ召喚』…わたしにとってはただのカードゲームだった筈なのに、綺麗な召喚だったのに、それが…」

 

ぎゅっ…

 

なのはがさっきとは違う、弱々しく俺の服を掴む。

 

「わたしと…『高町なのは』と『不動遊星』は、絶対に相容れない存在なんだって見せつけられてるようで…」

「………」

「わたし…嫌な子ですよね…遊星さんの記憶が戻って嬉しい筈なのに、記憶が戻らなければ良かったのにって思ってる……本当に…嫌な子…」

「そんなことは無い。」

「えっ…」

 

なのはが顔を上げる。

 

「誰かと別れる事が辛くない人間なんていない。最後に別れてしまうなら、最初から出会いも要らないと思うことだって当然の事だ。
 だがなのは。お前は目を背けず、ちゃんと向き合っているじゃないか。自分の弱さと。自分の心の闇と。」

「心の…闇…」

「なのはは嫌な奴なんかじゃない。なのは、お前は凄い奴だ。俺はお前と仲間になれた事を誇りに思う。」

「………」

 

そうか…

今のなのははあの時の俺と同じだ。

ブルーノにアンチノミーとしての記憶が戻り、戦うしか道が無かった、あの時の俺と…

そして、なのははあの時のブルーノとも同じ。

自分を偽り、仲間を想う心。

自分を犠牲にしても俺を前へ歩かせようとする心。

だが…

そんな事はもう二度とさせない!

 

「なのは、右手を出してくれ。」

「?」

 

すっ…

 

こつんっ

 

なのはの右手に、俺の右拳を軽く当てる。

 

「絆はそう簡単に切れたりはしない。壊れない。たとえ世界が違っても。
 俺は…『不動遊星』は『高町なのは』の仲間だ。」

「遊星…さん…」

 

ぽろっ

 

またなのはの目尻から涙がこぼれる。

だがそれには触れずに続ける。

 

「俺はなのはを忘れない。絶対に。そして必ず、俺はまたお前に会いに来る。」

 

たとえこの先、赤き竜の力が無くなってしまったとしても。

必ず成し遂げてみせる。

仲間を犠牲にして俺だけが前へ進むんじゃない。

仲間と共に、俺は前へ進んでみせる!

 

「お前は一人じゃない。だからもう…一人で泣かなくても良いんだ。」

「遊星さっ……うっ……」

 

ぎゅっ

 

さっきとはまた違う。

優しく、だが強く。なのはは俺にしがみつき、涙をこぼす。

だがその泣き声も、悲しくは聞こえなかった。

 

 

 

暫くして泣きやんだなのはの顔には先程までの暗さは残っていない。

いつもの…俺の知っているなのはの笑顔があった。

 

「今日は本当に…ありがとうございました!」

「気にするな。俺がやりたくてやった事だ。」

 

きっとなのははもう大丈夫だろう。

そしてふと、1枚のカードを取り出す。

 

『クリ〜♪』

 

ふっ…

そうか…

お前も同じ気持ちなんだな。

 

すっ…

 

「なのは。お前にこのカードを持っていてほしい。」

「え?」

「デッキに入れろとも、デュエルで使えとも言わない。ただ、持っていてくれ。
 カードと…俺がそう願っている。」

「遊星さん…はいっ! ありがとうございます! 一生…大切にします。」

 

1枚のカードがなのはの手に渡る。

その瞬間、なのはの背後に小さな何かが見えた気がした。

 

「そろそろ俺は部屋に戻る。おやすみ、なのは。」

「はいっ。お休みなさい。遊星さん。」

 

なのはを守ってくれ。

そう願って俺は部屋を出た。

 

 

 

Side.なのは

 

不思議なカードだ…

このカードと同じ名前のカードは知っている。

見た事もある。

けど、イラストが違う…

ウィンクしてるこのカードは初めて見た…

 

「大事に…します…」

 

遊星さんは言ってくれた。

必ず会いに来てくれると。

普通ならそれは、子供に言い聞かせるような優しい嘘。

だけどわたしには、そうは聞こえなかった。

遊星さんならきっとやる。

そう思った。

 

「わたしも…絶対に忘れません…遊星さんの事…」

 

遊星さんがくれた物。

それは絶対に切れる事の無い『絆』。

そして、1枚のカード。

 

「よろしくね。《ハネクリボー》。」

『  〜♪』

 

不思議な声が、聞こえた気がした。


















 To Be Continued…