Side.なのは

 

「はっはっはっはっ…」

 

わたしは今、学校帰りの並木道を走っている。

声。

そう、声が聞こえた気がする。

まるで遊星さんと出会った時のように。

 

「ちょっ! なのは! アンタそんなに足速かったっけ!?」

「何でも、遊星さんに色々と教えてもらってるらしいよ?」

「何者なのよアイツは〜〜〜!!」

 

後ろから親友たちの声が聞こえる。

そう、今のわたしの動きは遊星さんのおかげだ。

体が軽い。

息切れもしていない。

まるで遊星さんがわたしに翼をくれたみたい。

しっかり遊星さんにお礼を言わなくちゃ。

 

ふみっ

 

「みぎゃああああああああああっ!?」

 

 

 

 

 

Turn.4「始まり」

 

 

 

 

 

「全身に傷や打撲はあるけど、命に別状は無いわ。」

「「「良かった〜」」」

 

此処は『槙原動物病院』。

先程並木道で怪我をしていたフェレットを此処まで運んで治療してもらった。

何もなくて良かったよ〜…

 

「でもこの子、一体何があったのかしら? 特に尻尾の方のダメージが酷いわ…」

「……ごめんなさい。」

 

遊星さんの事を考えてたら、頭に響いてた声が意識の外に行っちゃって…

そのままフェレット君を通り過ぎちゃっただけなら良かったんだけど…

こう…ふみっ…とね?

思いっきり尻尾を踏んじゃいました…

 

 

 

Side.遊星

 

「声?」

「はい。」

 

俺は今、なのはと二人で夕食の後片付けをしている。

居候だからこのくらいはと言ったんだが、なのはは自分の意思で手伝ってくれている。

本当に優しい子だ。

 

「何だか…最初に遊星さんを見つけた時みたいに、頭の中に声が響く感じがして…声のする方向に走って行ったら…」

「そのフェレットがいたと言うわけか。」

 

夕食の時に話してくれたのは、怪我をしていたフェレットをアリサやすずか達と一緒に助けたと言う事。

俺の時と言い、なのはには何か不思議な力があるのだろうか。

 

「はい。あ、その時走ったって言いましたけど、体がすっごく軽くって!遊星さんのおかげです。ありがとうございます!」

「俺は何もしていない。それはなのは自身の力だ。」

「でも、支えてくれたのは遊星さんです。ありがとうございます。」

「……ふっ。どういたしまして、だ。」

 

事実、俺は特に何をしたとは思っていない。

元々なのはには運動の素質があったのだろう。

俺はほんの少しのきっかけを与えただけにすぎない。

そして…

俺にはもう一つ気になる事があった。

 

「………」

 

右腕。

恐らくはなのは達がフェレットを見つけた時と同じ時間帯。

声は聞こえなかったが、右腕に妙な疼きを感じた。

もどかしいような、熱いような、それでいてどこか懐かしいような。

その疼きも数分で治まったため、特に気にすることも無かったのだが…

謎のフェレット。

なのはが聞いた声。

右腕の疼き。

これらが重なった事が偶然とは考えにくい。

そのフェレットは高町家で預かることになり、明日なのは達が学校帰りに引き取りに行くらしい。

時間が合えば俺も一緒に行った方が何か分かるかも知れないな。

 

「あらあら♪ こうやってみると仲の良い新婚さんみたいね♪」

「ふにゃあ!?」

 

つるっ

 

「おっ…と。」

 

パシッ

 

突然の桃子さんの登場に驚いたのか、なのはが洗っていた皿を滑らせる。

無事にキャッチできたので問題は無いが…

 

「桃子さん、いきなり背後から話しかけるのは止めてやってくれ。なのはが驚いている。」

「あらあら。ごめんなさい。」

「驚いたのは内容なんだけど…」

「?」

「な、何でもないです!/////

 

赤くなってどうしたんだ?

それに桃子さん、俺ではなのはのような良い子には釣り合わないと思うんだが…

 

バンッ

 

「遊星ぇっ! 俺と勝負だぁっ!!」

「意味は分からないが、洗い物が終わってからだ。」

 

なのはと美由希の溜息が聞こえた気がする。

ちなみに勝負の内容は割愛するとしよう。

恭也の名誉のために。

 

 

 

数時間後。

俺は最早日課となっている機体の調整を行っていた…が。

 

ずくんっ

 

日中と同じ、いや、あの時よりも強い右腕の疼きによってそれは停止した。

 

カタッ…

 

「?」

 

小さな物音が聞こえ、外を確認すると、なのはが外に出ようとしていた。

時計を確認すると、普段ならなのはは寝る時間の筈だが…

 

ずくんっ

 

右腕の疼き。

これは俺を呼んでいるのか。

それとも、俺に行けと言っているのか。

 

「………」

 

思案は数秒。

俺はすぐに機体を準備する。

その時、何故か何かに呼ばれた気がして振り向くと、そこには俺のデッキがあった。

なのは達とデュエルする時のデッキでは無い。

俺が元々持っていた、使い方の分からないカード達が入ったデッキだ。

俺はそのデッキを機体に収納し、静かに機体を発進させた。

 

 

 

タッタッタッタッタッ…

 

ぃぃぃぃぃぃん…

 

ギィッ!

 

「ふぇっ?」

「なのは、こんな時間にどこに行くんだ?」

「ゆ、遊星さん!?」

 

人の足とこの機体ではスピードの差は歴然。

先に出て行ったなのはにはすぐに追いついた。

 

「お前が出て行くのが見えてな。気になってついてきたんだ。」

「あぅ…」

 

もし用事があるのなら、あんなにコソコソしたりはしないだろう。

家族に何も言わずに出て行くほど、なのはは礼儀知らずな子では無い。

そのなのはが誰にも見つからないように出て行く理由。

 

「…声が聞こえたのか?」

「! 遊星さんにも聞こえたんですか!?」

「いや。ただの勘だ。」

 

半分は嘘。

この疼きが何か関係していると仮定した場合、現時点で考えられるのはそれしかない。

 

「………」

「行きたいのか?」

「……はい。」

「分かった。乗れ。」

「えっ…」

 

なのはは驚いた顔で俺を見上げる。

恐らく、俺が自分を連れ戻しに来たと思っていたのだろう。

 

「もしまた、俺やフェレットのように誰かが助けを求めているなら、助けたいんだろう?
 俺は、そう思うなのはを助けたい。案内してくれないか?」

「あ……はいっ!」

 

ヘルメットを渡し、後ろに座らせる。

なのはが言う目的地は、フェレットを預けた『槙原動物病院』。

 

 

 

ぴぃぃぃぃんっ……

 

「!?」

「な、何!?」

 

俺達が動物病院に辿り着いた時、言葉にしにくい不思議な音が鳴り響く。

それと同時に周囲から色と音が失われる。

まるで外と中を切り離されるような感覚…

 

オオオオオオオオオオオオッ!!

 

轟音。

それと同時に動物病院の窓が割れ、中から出てきたのは小さな動物と…

 

「何…あれ…」

 

なのはが驚く…いや、脅えるのも無理は無い。

小さな動物…恐らくフェレットを追っているのはおよそ生物には見えない。

『影』あるいは『闇』と称すべき存在だった。

 

「! フェレット君! 助けなきゃ!」

「ああ!」

 

呆然としていた俺達だったが、あの『影』の攻撃によって宙に放り出されたフェレットを見て行動を再開する。

機体を走らせ、なのはが無事にフェレットをキャッチする。

 

「き……来てくれた…の……?」

「!?」

「しゃ、喋った!?」

 

フェレットが喋った。

九官鳥やオウムのように、『喋っているように聞こえる』訳ではない。

本当の意味で『喋って』いる。

 

「!」

 

『影』はフェレットを見つけたのか。

それともフェレットと共にいる俺達をも敵と認識したのか。

この機体で逃げる事は可能だ。

だが、恐らくこいつは俺達を追ってくる。

街の被害など考えるはずも無く。

ならば…!

 

カシィィンッ

 

タッ…

 

俺は驚くほど自然な動きで。

自分でも初めて見るはずの板のような機械を左腕に装着し、『影』と向かい合う。

それにはすでに、俺が持っていたデッキが装填されている。

 

「遊星さん!?」

「ここは俺が喰いとめる。なのははそいつを連れて逃げるんだ。」

「そんな!」

「早く!」

「っ…」

 

なのははフェレットを抱え、少しずつ遠ざかっていく。

 

「ふっ…」

 

思わず笑みがこぼれる。

全く、何をやっているんだ俺は…

この機械、何をするものかは分からないが、デッキが装填してあると言う事はデュエルに関係する物なのだろう。

だが、所詮これはカードゲーム。

こんな化け物に対抗できる手段などでは無い。

精々、奴の攻撃を防ぐ盾に出来れば良い方だ。

俺にとっては命がけ。

奴にとっては時間の無駄。

だが、付き合ってもらおうか。

あいつが…

なのはが逃げ切るまでな!

 

 

 

Side.なのは

 

遊星さん…

遊星さん。

遊星さんっ。

遊星さん!

遊星さん!!

 

わたしは走る。

遊星さんが逃げろと言ったから。

でも、逃げたくない。

遊星さんを置いてなんて逃げたくない!

 

「泣かないでください…」

「えっ…」

 

思わず立ち止り、目元に触れる。

自分でも気付かず泣いていたようだ。

理由は一つしかない。

遊星さん。

不思議な人。

温かい人。

優しい人。

大切な人。

その人が今、あんな化け物と戦っているのに、自分は逃げる事しか…守られる事しか出来ない。

守りたいと言ったのに。

支えたいと言ったのに…っ!

 

「ごめんなさい……」

「えっ…」

「アレは僕の探し物が原因で暴走しているんです……止めるには魔法の力が必要で、でも僕の力じゃ足りなくて…お願いします!力を貸してください!」

「力を貸してって言われても…」

 

そんな力があるならいくらだって貸してあげる。

今、遊星さんを助けられるのなら!

でも、魔法の力なんてそんなものわたしには…

 

「貴女から魔法の素質を感じます。僕なんかより、よっぽど強い魔法の力が…」

「そ…」

 

ドガンッ

 

「かっ…はっ…!」

 

ズシャッ!

 

「遊星さん!?」

 

わたし達の所に飛んできた…いや、『飛ばされてきた』のは、所々服や体が裂け、血に濡れている遊星さんだった。

ぶつかった衝撃からか、遊星さんが背を預ける電柱が傾く。

 

「なのは…逃げろ…」

 

遊星さんはこんな時でも。

自分が死にそうな時でも、わたしの事を考えてくれている。守ってくれている。

…心を、支えてくれている。

 

「……フェレット君。わたしなら、アレを倒せる?」

「きっと。」

「わたしなら、勝てる?」

「はい。」

「遊星さんを助けられる?」

「必ず!」

 

ごめんなさい遊星さん。

逃げろって言ってくれましたけど、それには従えません。

だって…

 

「どうしたらいいの? わたしの力を貸すから、貴方の力を貸して!」

 

今がきっと、逃げずに立ち向かうべき時だから!

 

 

 

Side.遊星

 

なのは…

くっ…

体が動かない…

早く…逃げるんだ…!

 

「我、使命を受けし者なり。」

「…我、使命を受けし者なり。」

「契約のもと、その力を解き放て。」

「えと…契約のもと、その力を解き放て。」

 

ずくんっ

 

フェレットの言葉と、それに続くなのはの言葉。

それに反応し、赤く輝くなのはの持つ宝石。

それに呼応するかのように強く疼く、右腕。

 

「風は空に、星は天に。」

「風は空に、星は天に。」

 

疼きは鼓動のように響き、俺の身体に浸透していく。

 

こぉぉぉぉぉぉっ

 

「!」

 

その疼きが形を成すかのように、右腕が赤い輝きを放ち出す。

竜を模した紋章となって!

 

「!!」

 

瞬間。

俺の中に鳴り響く物があった。

 

デュエル・モンスターズ。

ライディング・デュエル。

ネオ童実野シティ。

サテライト。

D・ホイール。

                         モーメント。

 デュエルディスク。

カード。

                  シグナー。

                              ゼロ・リバース。

         治安維持局。

                       赤き竜。

ダーク・シグナー。

イリアステル。

WRGP。

   アーク・クレイドル。

               チーム5D’s。

ジャック。

クロウ。

アキ。

龍可。

龍亞。

アンチノミー。

いや…

ブルーノ。

そして…

 

「そして、不屈の心は。」

「そして、不屈の心は……っ!」

 

ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

『影』がなのは達を見つけ、その牙を向ける。

だが、そうはさせない。

思い出した。

俺の世界での戦う術を!

 

「デュエル!!」

 

瞬間、デュエルディスクに組み込まれているモーメントから虹色の輝きが溢れだす。

立ち上がる事は出来そうにない。

腕を持ち上げるだけで体に激痛が走る。

だが、それでも、やらなければいけない。

邪魔はさせない!

 

「ドロー! 来い!《スピード・ウォリアー》!!」


















 To Be Continued…