Turn.3「日常

 

 

 

Side.遊星

 

至れり尽くせり。

とはこの事を言うのだろう。

俺が高町家で暮らすようになって1週間。

まだ記憶は戻っていない。

 

「いらっしゃいませ。」

 

高町家は俺の衣食住を完備してくれた上、仕事まで与えてくれた。

感謝の言葉しか無い。

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

「あ、あの、いつも此処で働いているんですか?」

「はい。喫茶翠屋は定休日以外、休まず営業しております。」

「えっと…そうじゃなくて…」

 

なのはの友達、アリサとすずかとも会った。

2人とも優しく良い子たちだ。

類は友を呼ぶと言うが、流石はなのはの友達と言ったところか。

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりください。」

「あ、あの! 電話番号聞いても良いですか!?」

「はい。そちらのメニューに記載されているのが当店の電話番号でございます。」

「へ? いや、あの…」

「ごゆっくりどうぞ。」

 

此処で働き始めて1週間になるが…

こう言った接客にはまだ慣れないな…

 

「遊星くーん。ごめんね、ちょっと見てもらえる?」

「分かった。」

 

調理器具が故障したのだろうか?

先日高町家のオーブンを修理してから、そう言った事も任せてもらっている。

俺で良いのか聞いたところ…

 

『専門の人よりも遊星君の方が早いし丁寧だもの。』

 

と、言う事らしい。

それだけ信頼してくれていると言う事だろう。

ならばその信頼に精一杯応えたい。

 

 

 

Side.アリサ

 

「………」

「………」

「………(汗)」

 

恐い。

何が恐いって?

親友2人から発せられる黒いオーラが恐い…

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

「あ、あの、いつも此処で働いているんですか?」

「はい。喫茶翠屋は定休日以外、休まず営業しております。」

「えっと…そうじゃなくて…」

 

あたし達は3人で喫茶翠屋に来ている。

ケーキを食べに来た兼、元怪我人の遊星の様子を見にだ。

 

先日、あたしとすずかはなのはに連れられてやってきた遊星と出会った。

いや…再会した?

まあそれはどっちでもいい。

無表情と言うか、そんな近寄りがたい雰囲気があったけど、話してみるとあの人が良い人なのはあたしにも良く分かる。

何があったのかは知らないが、なのはが良く懐いている人と言う事もあって、あたしとすずかも割とあっさり打ち解けた。

ちなみに遊星自身が『俺の事は遊星で良い。』と言うので、あたしは『遊星』と呼んでいる。

接していると、なのはが懐くのが良く分かる。

冷たく見えるが、温かい人だ。

その点は好感を持てる。

遊星のスキルを見たすずかは、遊星に憧れみたいな物を抱いている。

工業系が好きなすずかなりに、何か感じる物があったのかもしれない。

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりください。」

「あ、あの! 電話番号聞いても良いですか!?」

「はい。そちらのメニューに記載されているのが当店の電話番号でございます。」

「へ? いや、あの…」

「ごゆっくりどうぞ。」

 

「「……………」」

 

黒いオーラが濃くなったように見えるのは気のせいなの…?

遊星が来てから翠屋の売り上げが上がったって話だったけど、こういうことだったのか…

確かに遊星の顔の造形は悪くない。

むしろ良いと言えるだろう。

それは子供のあたしでも分かる。

だが、それは同時に、俗っぽい言い方をすれば『悪い虫』が寄ってくる理由にもなるわけで…

驚異的な鈍感スルースキルで遊星は回避し続けてはいるが…

やっぱり、彼に懐き、憧れを持つ子達にとっては面白くないわけで。

 

「「…………………」」

 

端的に言おう。

誰か助けて〜〜〜〜〜!!

 

 

 

Side.遊星

 

「これで良いだろう。」

「ありがとう、遊星君。本当に助かるわ。」

「問題ない。」

 

無事に修理は完了した。

だが、一部のパーツが大分すり減っていたな…

 

「近くにジャンク屋はあるか?」

「え? 確かあったと思うけど…どうして?」

「パーツが大分摩耗している。予備のパーツを用意しておいた方が良いだろう。」

「それは分かったけど…新品の部品じゃダメなの?」

「………」

 

確かに…

新品のパーツの方が色々と融通が利くだろう。

何故俺はジャンクパーツを買おうとした?

俺の過去に関係有るのだろうか…

 

「…すまない。俺にも良く分からないが、自然と口に出してしまったんだ。」

「そう。ならそれは、遊星君の記憶に関わる事かもね。」

「そうかもしれない。今度改めて新品のパーツで修理を…」

「いいえ。ジャンクパーツでお願いするわ。」

「…何故だ?」

「貴方の記憶が、そうしろと言っているんでしょう? なら、記憶を取り戻すきっかけになるかも知れないじゃない。」

「だが、それでは店に迷惑を…」

「迷惑なんてとんでもないわ。遊星君の腕は信頼出来るもの。」

「………」

 

この人は、本当に俺の事を信頼してくれている。

 

「分かった。全力を尽くす。」

「ありがとう。」

 

桃子さんが俺に微笑んでくれる。

親子だからか、なのはに良く似ていると思った。

 

「遊星君、良いかい?」

「なんだ?」

「はい。」

「?」

 

そう言って店の奥から出てきた士郎が俺に渡してきたのは封筒。

とりあえず受け取って、中身を確認する。

…これは…金?

 

「これは…?」

「君の給料だよ。」

「給料って…これは受け取れない。居候させてもらって、仕事まで用意してもらっているのに、これ以上は…」

「それは君の正当報酬だよ。君にも君の必要な物があるだろう?
 本当の給料日には少し早いけど、そういった意味ではむしろ遅すぎたくらいだ。すまないね。」

「謝る必要は無いが…」

 

本当にこの人たちは、どれだけ優しいのだろうか。

どれほど温かいのだろうか。

 

「あのバイクの修理だって、パーツが必要だろう?」

「………」

 

否定できない。

事故の衝撃からか、いくつかのパーツが破損していたから。

 

「それに話は聞いてたよ。店の予備の部品の購入用に少し多めに入れてあるから、時間が出来たら買っておいてくれないか?
 あいにく私達にはそう言った知識は無くてね。君に任せるよ。」

 

本当に…至れり尽くせり、だな…

 

「分かった。任せてくれ。」

「うん。それじゃあ、そろそろお客さんも落ち着くと思うから、遊星君は先にあがって良いよ。」

「いや、まだ大丈夫だが?」

「実はね? 昨日なのはから遊星君を貸してくれと頼まれてね。アリサちゃんもすずかちゃんも君を待っているようだし、一緒に行ってあげてくれないか?」

「…そういう事なら、了解した。先にあがらせてもらう。」

「うん。お疲れ様。」

「お疲れ様、遊星君。はい、これお店までの地図ね。」

「ありがとう。」

 

ロッカーに向かい、着替えて、なのは達のいるテーブルへと向かう。

なのはとすずかの周りに、黒い霧のようなものが見えた気がしたが…

 

「「遊星さん♪」」

「はぁ…助かったぁ…」

 

俺を見つけると2人は笑顔になり、その霧も消滅したので気にしないことにする。

だが…何故アリサはそんなに疲れた表情をしているんだ?

 

 

 

どうやら3人は俺のバイクの修理を見たいと言う事で今日集まったらしい。

すずかはこう言った物が好きらしいが、他の2人は見ていて面白いのだろうか?

とりあえず、目的地が高町家ならば、先にジャンク屋に寄ってからにしようと言うことになった。

 

「へー…こんな所があったんだ…」

 

アリサはぼんやりと呟いた。

桃子さんから貰った地図に従って、ジャンク屋へと到着した。

確かに、大通りから多少外れた店ではある。

店に入ると俺達の他に客はいなかった。

 

「いらっしゃいませ〜。」

 

店の雰囲気とは裏腹に、明るい声が店内に響く。

声のした方向を見ると、レジと思われる場所にいたのは、この場所には不釣り合いと思われるほどの美少女だった。

年は…美由希と同じか少し上くらいだろうか。

 

「「「綺麗…」」」

「あら。うふふっ。ありがと。」

 

3人の呟きに嬉しそうに礼を言う少女。

3人は少女と話しながら店内をきょろきょろと見回していた。

特にすずかは目を輝かせていたように見える。

とりあえず俺は目的のパーツを探すことにしよう。

 

 

 

Side.すずか

 

第一印象は「綺麗な人」

第二印象は「気さくな人」

遊星さんと一緒にやってきたお店…ジャンク屋さんの店員さんはそんな感じだった。

遊星さんは色々と部品を探している。

私達は待っている間、店内をきょろきょろとしていたのだが、店員さんが話しかけてくれた。

 

「若いお兄さんとお嬢さんが3人か、珍しいお客さんね。」

 

確かに…

遊星さんの腕前は知っているが、それ以前に私達3人はこの場所にとても不釣り合いに思える。

まあそれは、目の前の店員さんにも言えることなのだが…

 

「あっちのお兄さんは…誰かのお兄さん?」

「えっと…」

 

ちらっ

 

私はなのはちゃんの方を見る。

 

「あ、えっと、親戚のお兄さんなんです。最近こっちに引っ越してきて…」

「へー。カッコいいお兄さんね。」

「あ…えへへ…」

 

なのはちゃん、遊星さんが褒められて嬉しそう。

 

「そういう店員さんも、なんだか珍しいって言うか…こんな事言うの失礼ですけど、この店に合って無いって感じがしますよ。」

「あら、そう?」

 

アリサちゃんがストレートに言う。

私達も同感だ。

 

「はい。店員さん…」

莉奈(りな)よ。花咲(はなさき)莉奈(りな)。」

「莉奈さん、美人ですから、なんだかこういう店にいるのが不自然に思えて…気を悪くしたらごめんなさい。」

「良いのよそんなの気にしなくても。」

 

そう言って店員さん…莉奈さんは楽しそうに笑う。

 

「此処はね、私のおじいちゃんが始めた店なの。私も最初はこの店が嫌いだったの。古い物。捨てられた物を集めて売って、何になるのかってね。」

「「「………」」」

 

私達は莉奈さんの話を静かに聞いている。

 

「みんなは綺麗って言ってくれたけど、私、昔は酷かったのよ? 不良だったし、家に帰らない日も多かった。ケンカも一杯したしね。」

 

私達は茫然とした。

目の前にいるこの人が、そんな事をやっていたようには思えなかったから。

 

「なんていうのかな…何も分からなかったのよね。自分の未来って言うのかな。
 自分がこの先どうなるのか。どうなりたいのか。そんな物が何も見えなくて、イライラしてたのかもね。」

「………」

 

私は無意識になのはちゃんの方を見た。

幸いなのはちゃんは莉奈さんをじっと見ていて、私の視線には気付かなかった。

未来に何も見えない。分からない。その言葉が、前になのはちゃんが私達に話してくれた事を思い出させた。

 

「両親は元々放任主義だったし、学校も何もしてくれなかった。でもね。おじいちゃんが私を探して、見つけて、叱ってくれたの。思いっきりね。」

 

話の内容とは裏腹に、莉奈さんは嬉しそうだった。

 

「この世に無駄な物なんか無い。そこにある限り、必ず必要とされている。それは物も人も同じ。お前の命は、人生は、存在は。必ず意味がある。
 おじいちゃんはそう言ってくれたの。」

 

そう語る莉奈さんの瞳は輝いていて…

 

「だからこそおじいちゃんはこの店を作ったの。新品じゃない、古い、捨てられた物を救う店をね。
 おじいちゃんにそう言われてからかな。なんだかこの店にいる物達が違って見え始めたの。
 この子達も、必要としてくれる誰かの為に、この店で待っているのかな…って。
 そう考え始めたら、なんだか昔の私と同じに見えちゃってね。
 だから思ったの。おじいちゃんみたいになりたい。おじいちゃんの店を守りたいってね。」

 

とても、誇らしげだった。

 

「まだまだ半人前どころか、4分の1人前以下だけどね。」

 

そう言って屈託なく笑う莉奈さんは、とっても素敵だった。

 

「っと、こんな話、子供たちに聞かせるような話じゃないよね。」

「「「そんなこと無いです!」」」

 

困ったように笑う莉奈さんに、私達は声を揃えて返す。

 

「莉奈さんのお話…聞けて良かったです。」

 

それは私の…私達の嘘偽りの無い本心。

 

「…ありがと。なんでだろうね…あのお兄さん、私のおじいちゃんと似てる気がするんだ。
 見た目とかじゃなくて、雰囲気って言うか…纏っている空気って言うのかな…」

 

莉奈さんの視線の先には、真剣にパーツを選んでいる遊星さん。

 

「もし貴女達が未来に迷っているなら、変化を、きっかけを大事にしてね。」

「きっかけ?」

「そう。些細なことでも、それが大切な意味を持っていたりする。
 たとえば誰かを助けたい。
 たとえば何かを作りたい。
 たとえば…新しい何か。誰かとの出会い。」

「………」

「くすっ。貴女は何か、心当たりがあるようね?」

 

莉奈さんはなのはちゃんに問い掛ける。

なのはちゃんの心当たり…それはきっと、遊星さんとの『出会い』。

 

「それが当たりかどうかは分からない。でもきっと、無駄な物なんて無い。
 きっとそれは、貴女達の未来に繋がる糧になるから。
 な〜んて! これも全部おじいちゃんの受け売りなんだけどね♪」

 

目の前にいる女性は本当に楽しそうに笑う。

未来への不安を抱えながら、それを乗り越える強さを持っている。

そう、感じた。

 

ジャラジャラッ

 

「これを…すまない、話の途中だったか?」

「はいは〜い。大丈夫ですよ。え〜っと合計で…」

 

パーツの物色を終えた遊星さんが、レジに品物を持ってきた。

莉奈さんは軽やかに計算を初め、会計を行っている。

 

「お兄さん、良い目してるね〜。毎度ありっ!」

「ありがとう。」

「これからも御贔屓にね〜。そっちの子達も、いつでも来てねっ♪」

「「「はいっ!」」」

 

お気に入りのお店がまた一つ増えた。

そんな瞬間だった。

 

 

 

Side.遊星

 

パーツを買った後、俺達は高町家に戻った。

見ていて面白いのかは分からなかったが、アリサとすずかはなのはと一緒に俺の作業を見ていた。

が、夕方になったため、なのはと一緒にそれぞれの家まで送り届けた。

 

カチャカチャ…

 

夕食の後、今度は一人で作業を再開する。

作業は順調と言えるだろう。

破損していたパーツをジャンク屋で買ったパーツに交換していく。

合わなければその都度調整していく。その繰り返し。

自分に関することは何一つ思い出せないが、体が覚えているのか自分でも驚くほど体が滑らかに動く。

そして…

 

きぃぃぃぃぃぃん…

 

うぉんっ

 

機体が直った。

産声を上げるかのように、真紅の機体から音が聞こえてくる。

 

 

「ふぅ…」

 

安堵の息をつく。

喜びも当然ある。

だが、『喜び』よりも、『いつもの事』と感じている自分がいる。

俺にとってはこれの修理…あるいは調整は日常的な事だったのだろうか。

 

ガラガラガラッ

 

「遊星さん、調子は…わぁ…直ったんですか!?」

 

扉を開いて入って来たのはなのはだった。

 

「ああ。とりあえず動くようになった。」

「あはっ♪ おめでとうございますっ!」

「…ああ。」

 

この子は…俺の事だと言うのに、自分の事のように喜んでくれている。

先程は感じなかった『喜び』

彼女が喜ぶと、俺も一緒にそれを感じる事が出来た気がする。

 

「わぁ…遊星さんのバイクってなんだか普通のバイクと違うんですね…音も静かだし…これって、カーナビ? ですか?」

「さあな。」

 

ピッピピッ

 

なのはに答えながら、画面を操作する。

 

ヴンッ

 

キンッ

 

ぉぉぉぉんっ

 

カシャッ

 

シャシャシャシャシャッ

 

『デュエルモードON。オートパイロット、スタンバイ。』

「ふえっ!? えっ!? えっ!?」

「………」

 

機体から声が聞こえてきた。

なのはは動揺しているが、俺は不思議と落ち着いていた。

それこそ、聞き飽きるほどに聞いている。そんな感じだ。

 

「えっと…アレって…デュエルモンスターズ…ですよね?」

「知っているのか?」

「はい。わたしも持ってますよ。結構人気のカードゲームです。」

「デュエル…モンスターズ…」

 

初めて聞く単語。

だが、初めて聞く気がしない。

俺はこいつを知っている?

 

「遊星さんもデュエルやるんで…やってたんですね。きっと。」

「…そうかもしれないな。」

 

恐らくはそういうことなのだろう。

機体にセットされているカードは使い込まれている感じがする。

何回も、何十回も、あるいは何百回、何千回と、数え切れないほど使い続けてきたカード達。

記憶は無くとも、そのカード達は自分が大切に使っていたカード達だと断言できる。

 

「じゃあ、今度みんなでやりませんか? 何か思い出せるかもしれませんし!
 …って、そう考えるのは都合良すぎですよね。」

 

そう言ってなのはは苦笑いをしている。

だが。

 

「いや、なのは達が良ければ、むしろ俺から頼みたい。」

「ふえっ?」

「何故かは分からないが…このカード達の事は俺にとって重要な事のような気がするんだ。
 俺の過去に深く関わっている…そんな気がするんだ。」

「………分かりました! 明日またアリサちゃんとすずかちゃんに連絡しておきますね!」

「ああ、よろしく頼む。」

 

デュエルモンスターズ…か…

このカードが俺の記憶を取り戻す鍵になる。

そんな不思議な感覚が俺の中にあった。

 

 

 

数日後。

 

「遊星君、ちょっと良い?」

「ああ、なんだ?」

「なのはったら、お弁当忘れちゃったみたいなの。そろそろ4時間目が終わるころだし、届けてくれないかしら?」

「分かった。行ってこよう。」

 

いつも通り翠屋の手伝いをしていたのだが、今日は少し違った。

なのはが珍しく忘れ物をしたと言う事で、今俺はなのはの通っている小学校へと向かっている。

あれからも作業は引き続き行い、あの機体の修理はほぼ終わっている。

なので、一度高町家へ戻ってから、あれで向かっても良かったのだが…

駐車スペースやなのはを探す時間の事を考えて、徒歩で向かっている。

 

「ここか。」

 

誰に聞かせるでもなく呟く。

『私立聖祥大付属小学校』…ここがなのは達の通っている学校か。

話には聞いていたが、随分と立派な所だな…

門は…開いている。

不用心なのか、この街が平和だと言う証か…

なんにせよ、ここで突っ立っていても仕方が無い。

入るとしよう。

 

昇降口に到着した。

なのはの教室はどこだろうか…

内部の見取り図でもあれば…

 

「そこで何をしているのですか?」

 

声のした方を振り向くと、そこには初老の男性が立っていた。

 

「すみません。3年生の教室はどこになるのでしょうか?」

 

口調に気を付けて尋ねる。

もしこの事が噂になれば、困るのは俺では無くなのはだ。

いつもの感じでは無く、敬語を意識した方が良いだろう。

 

「何の御用ですかな?」

「忘れ物を届けに来たんです。この弁当を。」

 

桃子さんから渡された包みを掲げて見せる。

 

「ふむ…貴方は…御家族の方ですかな?」

 

嘘を吐く事は簡単だが、それでは信じてはもらえないだろう。

話せる限りの事を話すべきだ。

 

「私は不動と言う者です。此処の3年生の、高町の家に世話になっています。」

「ふむ……」

 

初老の男性は俺の目をじっと見つめている。

 

「3年の高町と言うと、なのはさんですね。彼女のクラスは今グラウンドで体育をしています。付いて来てください。」

 

信じてくれたのだろうか。

とりあえずは後に付いて行くことにする。

 

 

 

Side.なのは

 

「わ、わぁっ!」

 

こちらに向かって飛んできたボールを何とか、かろうじて、よたよたと避ける。

 

「あ、アリサちゃん! 少しは手加減してよ!」

「何言ってんのよ、手加減したら試合にならないで…しょっ!」

「にゃあっ!」

 

再びアリサちゃんから放たれたボールを慌てて躱す。

今は体育の時間。

グラウンドでドッヂボールをやっている。

やっているのだが…

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「な、なのはちゃん? 大丈夫…?」

「だ……大丈…夫じゃ……ない…かも……」

 

同じチームのすずかちゃんが心配して来てくれる。

心配させたくは無いのだが…

正直言ってそんな余裕は無い。

まだこのゲームが始まってほんの数分。

なのにわたしの息はすでにこれでもかと言うくらい上がっている。

うー…

なんでわたしってこんなに運動が苦手なんだろ…

4時間目が終わるまであと少し。

もう少しだけ頑張ろう。

そう思っていた私の耳に、コートの外から話し声が聞こえてきた。

 

「ねえねえ、あの人カッコよく無い?」

「え? どこ?」

「ほら、校長先生の隣にいる…」

「あー! ホント! カッコいい!!」

「どこの人だろ?」

「先輩? 卒業生?」

 

声が指し示す方向をチラッと見る。

そこにいたのは校長先生と…

 

「遊星さん!?」

「なのはちゃん! 前!」

「ふぇっ? きゃあっ!」

 

バシンッ

 

「いっ…たぁ〜〜…」

「ちょ…ちょっと大丈夫!?」

 

すずかちゃんが声をかけてくれなかったら絶対に当たってた。

と言うより、今こうやってキャッチ出来ている事が不思議でならない。

うぅ…手がジンジンする…

そのボールを投げた本人であるアリサちゃんも心配そうに声をかけてくれる。

でも…なんで?

どうして遊星さんが此処に?

 

「きゃあっ♪ 今目があったよ!」

「何言ってんの! 私を見たのよ!」

「クールな表情…冷たい瞳…ステキ…」

「あーん、もう、早くチャイム鳴らないかな〜。」

「うんうん。メルアドとか教えてもらおうかな私〜♪」

 

あれ、なんだろう。

手の痺れも呼吸の辛さもどこかに行っちゃった。

 

「ひぃっ!?」

 

なんでアリサちゃん、わたしを見て震えているんだろう?

まあ良いや。

遊星さんがわたしを見ているかどうかは分からないけど、せめて、この一球を、全力全開で!

 

「えぇぇぇぇぇいっ!!」

 

わたしの渾身の力で放たれたボール、それは見事に…

 

へろへろへろっ

 

ぽすっ

 

見事な山なりの曲線をゆっくりと描いて、無事にアリサちゃんがキャッチしてくれました。

 

「え、え〜っと……えいっ。」

 

ぽこんっ

 

「あうっ。」

 

アリサちゃんの両手から優しく放たれたボールは、軽くわたしの足に当たり、地面に落ちる。

 

キーンコーンカーンコーン♪

 

「うぅ〜〜〜…」

 

無情にもチャイムが鳴り響く。

遊星さんにカッコ悪いところ見せちゃった…

 

「死ぬかと思った…」

 

なんでアリサちゃんの方がそんなに息切れしてるの?

 

「ボールはちゃんと片付けてねー。はい、解散!」

 

先生の言葉が響き、みんなが片づけを始める。

 

「ほら、なのは。」

「ふえっ?」

「なのはちゃんの分は私達がやっておくから、行ってきなよ。多分遊星さん、なのはちゃんに用があるんじゃないの?」

「えっ、え〜っと…」

 

確かに、まだ翠屋で働いている筈の遊星さんが此処にいる理由。

少なくとも、遊星さんとこの場所を繋いでいる物はわたし達3人しかいない筈。

そして、その3人のうち2人は、その理由がわたしだと思っている。

 

「ごめんね、ありがとう。行ってくる!」

 

心当たりは無いが、行こう。

…他の子達が片づけを終える前に。

 

 

 

「お疲れ様。」

「あ、はいっ! ありがとうございます! 遊星さんっ。」

 

笑顔でそう言ってくれる遊星さんに、わたしも笑顔で返す。

 

「校長先生も、こんにちは。」

「はい、お疲れさまでした、なのはさん。」

 

校長先生、全校生徒の顔と名前とクラスと時間割を全部覚えてるって話だったけど、本当だったんだ…

 

「あの、それで遊星さん。どうして此処に?」

「忘れ物を届けに来たんだ。」

「…あっ!」

 

遊星さんが掲げて見せてくれた包み。

そう言えば、今日の朝はやけに鞄が軽かった事を思い出す。

 

「すいません、遊星さん…わざわざ学校まで…」

「気にするな。失敗は誰にでもある。それに、なのはの頑張っている所を見られて良かった。

 ……怪我は無いか?」

「ふえっ? あ、あの、ちょっとだけ手がヒリヒリしますけど、何とも無いです!」

「そうか、良かった。」

 

遊星さんはそう言って微笑む。

さっきの子達は言っていた。

遊星さんはクールだと。

冷たい瞳をしていると。

だが、この温かい笑顔が、瞳が、今自分だけに向けられていると思うと、それが凄く嬉しかった。

 

「あまりよそ見はしないようにな。」

 

すっ…

 

「うぅ…はい。」

 

差し出されたお弁当を受け取る。

わたしはちょっと恥ずかしくてうつむいてしまった。

 

スッ…

 

なでなで

 

「ぁ…」

「午後の授業もしっかりな。」

「あ…はいっ!」

 

笑顔でわたしの頭を撫でてくれている遊星さんに、わたしも笑顔で返す。

 

「俺もそろそろ店に戻る。じゃあな、なのは。」

「はいっ。あの、遊星さん!」

「ん?」

「ありがとうございました!」

「ふっ…またな。」

「はいっ♪」

 

 

 

Side.遊星

 

「ありがとうございました。えっと…校長先生。」

「いえいえ。大したことはしていませんよ。」

 

無事に荷物を届け終えた後、俺は校長先生と共に校門へ向かっている。

 

「私の目も、まだまだ腐ってはいないと言う事が確認出来ましたしね。」

「?」

「これでも長く生きていますからな。人の目を見れば、その人がどんな人なのか。
 少なくとも、善人か悪人かは分かります。そして、貴方は前者です。」

「………」

「そう感じたからこそ、私は貴方を案内したのです。そして、それは間違ってはいなかった。」

「?」

「私が間違っていたなら、貴方が悪人であったのなら、彼女はあんな目をしたりしないでしょう。」

 

彼女、とはなのはの事だろう。

 

「子供とは純粋な物です。故に、人の心を、本質を見抜く力を持っている。
 彼女があんなにも慕っている人間が、悪人である筈がありませんから。」

「………」

 

俺は肯定も否定も出来なかった。

俺が善人なのか悪人なのか。

それを誰よりも知りたいのは、きっと俺自信だから。

 

「まあ、たとえ私の目が腐っていたとしても、問題はありません。」

「?」

「私は『先生』です。『生徒』が信じている人を、私達が信じなくてどうします?」

 

校長先生は楽しそうに言う。

此処は良い学校だ。

今の俺に『学校』に関する知識はほとんどないが、目の前の人を見ていると、そう断言できた。

 

 

 

「えっ? わたしの動き…ですか?」

 

夕食の後、俺となのはは高町家の道場にいる。

今日の学校で見た、なのはの動きについて気になった事があったためだ。

 

「う〜ん…これと言って特には…ただ、お兄ちゃんやお姉ちゃんが剣術をやっているのを見て、綺麗だなって思って、それを真似してる部分はありますけど…」

 

なのはの動きを見たのはほんの数分だったが、違和感があった。

何と言うか、『なのはに合っていない』気がしたのだ。

 

「恐らくはそれだろう。」

「?」

「恭也や美由希はすでに体が出来あがっている上に、土台から剣術用に鍛えられている。
 だが、なのは。お前の体はまだ成長途中。それに、剣術の稽古をやっているわけでは無いんだろう?」

「はい…」

「剣術に限らず、何かを極めている人の動きと言う物は一つ一つが洗練されていて、細かな動きにまで意味がある物だ。
 だが、今のお前はそれを理解しているわけじゃ無く、形だけを模倣しているにすぎない。
 だからお前の体には、実際の動き以上の負担がかかっている可能性がある。」

「え〜っと…?」

 

少し難しかったか。

 

「簡単に言うと、今のなのはの動き方はなのはに合っていない。
 10の動きをするために、20、30の力を使っていると言ったところだ。」

「そうなんですか!?」

 

なのはは驚いているが当然だろう。

自分の兄達に憧れて、せめて形だけでもと真似したのが、逆に自分の運動能力を下げていたのだから。

俺は今、この上無く残酷な宣告をしてしまったのかもしれないな…

 

「お前はまだ若い。矯正もそれほど辛くはないだろう。それに今は無理でも、体が成長すれば出来るようになるかもしれない。
 だが今は、今の体を大事にすべきだと俺は思う。」

「………」

「今すぐに答えを出せとは言わない。今度恭也や美由希にしっかりと見てもらえば…」

「遊星さんは…」

「?」

 

2人にしっかりと見てもらえば治せる。

その言葉はなのはの言葉に遮られた。

 

「遊星さんは、わたしの動きを治せますか?」

「……少なくとも、負担がかからない動きを教えること。そしてその動きがなのはに合っているかどうかを見ることくらいは出来る。」

「じゃあ、遊星さんにお願いしてもいいですか? あ、もちろん、遊星さんが嫌じゃなければ…ですけど…」

「俺は構わないが、俺で良いのか?」

「はいっ。遊星さんにお願いしたいです。」

「……分かった。全力を尽くそう。ただし、無理はしないこと、俺に対する要望は素直に言うこと。
 そして何かあるならばすぐに美由希や桃子さんに相談すること。良いか?」

「はいっ!」

 

良い返事だ。

俺ではなのはの…と言うより、女の子の事は良く分からないからな。

後で美由紀と桃子さんにフォローを頼んでおこう。

 

「今すぐ大丈夫か?」

「はいっ。」

「じゃあまずは柔軟から始めようか。」

「分かりました!」

 

柔軟をしているなのはの背中を優しく押す。

予想以上に体は柔らかいな。

これならきっと、今以上に動けるようになるだろう。

 

「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」

「はーい、恭ちゃん、あっちに戻ろうねー。」

「ま、待て美由希! なのはが、なのはがぁぁぁぁ!!」

 

騒がしいな…

何かあったのだろうか?

 

翌日。

学校から帰って来たなのはが、体が軽くなったこと、体育のドッヂボールで2人をアウトにした事を報告してくれた。

そして、これからも練習に付き合ってくれないかと頼まれた。

もちろん、すぐに了承した事を追記しておく。

 

 

 

数日後。

 

「遊星さん、次のお店の定休日、何か予定はありますか?」

 

夕食の時、なのはが訪ねてくる。

 

「次の定休日は…」

 

ちらっ

 

「構わないよ。」

「だ、そうだ。」

「良かった♪」

 

俺の視線を察した士郎がそう答えると、なのはは嬉しそうに微笑む。

 

「アリサちゃんの家で、デュエルモンスターズをすることになったんですが、遊星さんも一緒に来ませんか?」

「ああ、分かった。」

「♪」

 

あのカード達の事が分かるのか…

あれからカード達に触れてはいるものの、記憶も使い方も分からない。

ルールを説明されれば何か思いつくだろうか…

 

 

 

翠屋定休日。

 

ぃぃぃぃぃぃぃんっ!

 

ぎゅいいいいいっ!!

 

「着いたぞ、なのは。」

「………」

「なのは?」

「ふにゃあ〜…」

 

ヘルメットを外し、後ろを見るとなのはは目を回している。

 

「どうした?」

「どうしたってぇ〜…遊星さんのバイク、早すぎですよぉ〜…ジェットコースターみたいでしたぁ…」

「そうか…すまない。」

 

機体の修理を終えた事を伝えると、せっかくだからそれで行こうとなのはが言い出したのだが…

まあ俺も、久々にこいつに乗ったせいだろうか、少し飛ばし過ぎたかもしれない。

帰りはもう少しゆっくり走るとしよう。

 

「なのは、遊星、いらっしゃ…大丈夫?」

「なんとかぁ〜…」

 

アリサが出迎えてくれた。

隣にはすずかも一緒だ。

 

「とりあえず、バイクは向こうに。なのはも一緒に運んであげて。」

「分かった。」

「ふにゃあ…」

 

手で押して、言われた場所まで進む…が、話には聞いていたが、随分と大きな家だな…

まさに豪邸だ。

 

「これで良し…なのは、歩けるか?」

「頑張ってみます〜…」

「無理はするな、乗れ。」

「ふえっ?」

 

まだ機体に乗っているなのはに背を向ける。

 

「え、え、え、えっと、あの、その…」

「どうした?」

「お、お願い…します…」

 

すっ…

 

なのはが背中に…乗った…のか?

体温は感じるから間違いは無いと思うが…軽い。

やはり、まだ子供と言う事か。

 

なのはをおぶったまま、アリサとすずかの案内について行く。

 

ぎゅっ…

 

「えへへ…」

 

どうやら、気分は良くなったみたいだな。

一安心だ。

なのはの調子を悪くなんてしたら、後で恭也に何と言われるか分かったもんじゃないからな。

 

 

 

Side.アリサ

 

「えへへ〜…」

 

さっきまで調子が悪そうだったなのははこれでもかと言うくらいにやけている。

まあそれは、理由が分かり切っているので放っておこう。

問題はこっちだ。

 

《ミスフォーチュン》を発動。アリサのフィールドにいる《F・G・D》を選択し、その攻撃力の半分、2500ポイントのダメージを与える!」

「そ、そんな…」

アリサ LP2000→0

 

遊星はルールも分からない(正確には思い出せない)と言っていた。

なのでとりあえず、あたしが持っているカードを適当に取り出して、デュエルをしながらルール説明をしていた。

適当に選んだカードの束の筈なのに、シナジーなんて皆無の筈なのに。

なんであたしのデッキが手も足も出ないのよ!?

 

「なんていうか、カード達が遊星さんに応えてる感じだったね。」

「いや、それどこのファンタジーよ。」

 

すずかに突っ込みつつも、否定できない自分がいるのも確かだ。

 

「まあ良いわ、納得できないけどとりあえずはまあ良いわ。それで、遊星が持ってるカード見せてみてよ。」

「ああ、これだ。」

「………何、これ?」

 

遊星から渡されたカードは、確かにデュエルモンスターズだった。

あたし達の知っているカードもいくつかある。

だが…

 

「スピードスペル?」

「チューナー?」

「シンクロモンスター?」

 

見たことも聞いた事も無い魔法カード。

普通のモンスターカードだが、良く分からない言葉が書いてあるモンスター。

そして、真っ白で綺麗だが、どうやって召喚するのかも分からないカード。

 

「お前達も分からないのか?」

「ええ。あたし達も結構詳しい筈なんだけど、見たこと無いわ、こんなカード。」

 

ひょっとして…

突飛も無い発想だが、遊星が記憶を失っている事と、このカード達は何か関係があるのだろうか?

まさかね。

仮に遊星がカード会社の社員で、これはまだ未発売のカード達だとしても、それで記憶を失うなんてどうかしてる。

そう、そんな非現実的な事、ある筈がない。

 

「どうしましょうか…」

「悩んでても仕方ないでしょ。使い方が分からないカードを抜いたら、遊星のデッキは40枚に足りないんだし。これからショップに行かない?」

「ショップ?」

「ええ。カードショップ。近くにあるから。色んなカードを見たほうが良い気もするしね。」

 

そういうわけで、あたし達はカードショップへ行くことになった。

…念のため、後でじいやに、カード会社の社員リストを調べてもらうように頼んでおこう。

 

 

 

Side.遊星

 

移動は徒歩だ。

あれの馬力で言えば、子供3人くらい何ともないが、流石に危険だからな。

途中でなのはの目線が泳いでいたが…

っと、着いたのか。

『カードショップKIRA』。

 

「そんなに大きい店じゃないけど、品揃えは凄いのよ。」

 

アリサが説明に納得しつつ、俺達は店に入る。

人は少なかったが、店には大量のカード達が所狭しと並べられていた。

普通のパックや、1枚1枚のバラ売りまでしている店らしい。

成程。アリサが品揃えが良いと言うのも頷けるな。

 

「いらっしゃい。」

 

店の奥から店長らしき人が出てくる。

名札プレートは…『吉良飛鳥』?

きら…あすかと読むのだろうか?

 

とりあえず店内を物色することにする。

………

成程。

3人の言う通り、この店のどこにも『チューナーモンスター』や『シンクロモンスター』、そして『スピードスペル』は見当たらない。

思いつくのは、アレがまだ未発売のカードと言う事か、それとも非公式に作られたカードかと言ったところだが…

気にしても仕方が無い…か。

記憶が戻れば思い出すかもしれないな。

っと。

それよりもまずはカードを買うんだったな。

士郎から貰った給料は、以前ジャンクパーツを購入した以外はほとんど手つかずで残っている。

不自然なのかもしれないが、こうやって手元に金があっても使い道が思いつかなかったのだ。

そのためほぼ全部残っているわけだが…

まあ、この為に残しておいたと考えることにしよう。

だが、一体どんなカードを買うべきだろうか…

少なくとも、ショーケースに並んでいるカード達は…

 

「相変わらず高いわねぇ…」

「にゃあっ!? これ1枚でわたしのお小遣い3ヶ月分だよ!?」

「あ、こっちのカードの値段上がってる…」

 

そういうわけだ。

無難にいくつかパックを買うとしようか…ん?

レジの近くに並んであるカードパックを眺めていた俺の視界に入ってきた物。

それはそれ一つでデッキになっているとさえ思えるほどのカードの束を包装した物だった。

 

「すまない、これは…?」

「ああ、こいつはオレが作った、ウチの店のオリジナルパックさ。
 50枚で300円! 安いだろ!」

「はあ…」

「ま、ぶっちゃけると人気の無いカードの寄せ集めなんだがな。」

「寄せ集め?」

「弱いカード、使いにくいカード、雑魚カード、ゴミのように捨てられていたカード。
 そんな奴らを集めたパックなのさ。」

「………」

 

そんな店の内情を話していいのか?

そう思う前に、俺はこのカード達に惹かれていた。

いや、あるいは怒りを覚えていたのかもしれない。

そこに存在するカードを、不必要な物として扱う、顔も知らぬ誰かに。

 

「オレが言うのも何だが、こんなのより向こうのカード買った方が強いデッキを組めるぜ。」

「いや、これを…そうだな、3つくれ。」

「……良いのかい?」

「ああ。」

 

店主…吉良は意外そうに俺を見ている。

 

「………」

「………」

「兄さんは本物の『決闘者(デュエリスト)』みたいだね、気に入った! お代は要らねえ! 持って行きな!」

「……は?」

 

楽しそうに笑ったと思ったら、いきなり何を言っているのだこの人は。

俺達の会話を聞いていたのか、なのは達もこちらにやってきた。

 

「な〜に。最近はただ強いカードを使っただけで、自分は強いと勘違いしやがる似非(エセ)決闘者(デュエリスト)が多くてよ。
 久々に本物の決闘者に会えた事が嬉しいだけよ。
 それに兄さんみたいな人に使われるなら、こいつらも本望だろうよ。」

「………」

「どうしたんでぇ?」

「ありがとう。だがそれではアンタに悪い。代金はちゃんと支払う。」

「……真っ直ぐなんだねぇ。よっしゃ。なら、900円いただくぜ。」

 

チャリン

 

差し出された手のひらに、代金を支払う。

 

「こいつはおまけだ!」

 

そう言って店主は7つのパックを袋にまとめる。

 

「ついでに嬢ちゃんたちも、ほれ!」

「ふえっ?」

「えっ?」

「わっ。」

 

そして1つずつ、なのは達にそのパックを放る。

 

「これは…」

「気にすんな! その代わり、これからもちょくちょく来てくれよ! 毎度あり!」

「……ああ。約束する。ありがとう。」

 

俺達は揃って店を出る。

 

「ラッキーだったわね。」

「うん♪」

「でも、良いのかな…?」

「良いんじゃない? 遊星が気に入られたっぽいし。」

 

俺には苦笑を返すことしかできない。

今の俺には『決闘者』と言う物はまだ良く分からない。

だが、あの店主も間違いなく『決闘者』なのだろうと思った。

 

 

 

《海皇の長槍兵》に、《下剋上の首飾り》を2枚装備! アリサの《F・G・D》に攻撃!」

「え〜っと…レベル差は10で、×500ポイントの、それが2枚だから…」

「11400ポイント。6400ポイントのダメージだね。」

「だからなんでよぉぉぉ!!」

アリサ LP5600→0

 

 

 

あの後何回かデュエルをしてみて、体が覚えているのか、自然と体が動く感覚があった。

やはり、このゲームは俺と深い繋がりがあるのか…?

3人に手伝ってもらいながらも、一応はまともなデッキが出来た所で夕方となり、お開きとなった。

今はなのはを後ろに乗せて、ゆっくりと機体を走らせている。

そこで俺は、ふと思いついた事を実行に移すことにする。

 

ぅぅぅぅぅん…

 

きぃっ

 

「着いたぞ、なのは。」

「え? 此処は…」

 

そこはショップへ行く通り道だった公園。

もちろん、此処に寄った理由がある。

 

「食べたそうにしてたからな。」

「み、見てたんですか!?/////

 

移動型のクレープの屋台。

ショップに行く途中、なのはが目で追っていたのを見逃さなかった。

 

「で、でもでも、今食べたら晩ご飯が…」

「まだ少し時間はある。なんなら此処から歩いて帰れば大丈夫だろう。」

「………」

「どうする?」

「遊星さんは食べないんですか?」

「俺じゃなくて、なのはが食べたいと思ったんだが…」

「じゃあ、一緒に食べましょう?」

「……ああ。」

 

この子はきっと、俺が食べないと言えば、自分も要らないと言うだろう。

出会って日も浅いが、簡単に予想できた。

クレープを2人分買って、近くのベンチに腰掛ける。

 

「いただきま〜す。はむっ♪」

 

もぐもぐ

 

「うにゃあ〜〜。おいし〜〜♪」

 

パクッ

 

「はむはむ……♪」

 

俺にはまだ、金の使い道は良く分からない。

欲しい物も思い浮かばない。

だが…

 

「♪」

 

この笑顔が見れるのならば、金を稼ぐと言う事も、悪くない。


















 To Be Continued…