Turn.2「同居」

 

 

 

Side.なのは

 

遊星さんが目を覚ましてから5日。

同時に、わたしが遊星さんを見つけた日からちょうど10日。

遊星さんは無事に退院した。

5日間も寝たきりだったと言うのに、遊星さんは『少し体が重いが、たいした事は無い』だって。

お医者さんもびっくりしてたけど…

ひょっとして、遊星さんは昔から体を鍛えてる人なのかな?

点滴のチューブが繋がれていた腕は逞しかったし、その考えは間違ってはいないかも。

今わたしと遊星さんは、お父さんの運転する車で家に向かっている。

遊星さんが着ている服は、最初に遊星さんが着ていた服。

お母さんが洗ってくれた物を渡してあった。

お母さんに渡した時には破けていた所もあったはずだけど、流石お母さん。

どこが破けていたのか分からないくらい綺麗に繕ってあった。

 

「士郎、仕事の手伝いと言うのは何をしたらいいんだ?」

「気が早いね遊星君。まあ一つずつ説明していくさ。それに、この街にも慣れてもらった方が良いだろうしね。」

 

遊星さんはお父さんの事を『士郎』と呼んでいる。

遊星さんの方が年下…だよね?

けど、お父さんが何も言わなかったので、特に気にしないことにする。

これも、遊星さんの過去に繋がるのかな?

遊星さんはあまり敬称をつける人じゃないってことかも。

 

「あ、遊星さん。」

「なんだ?」

 

ふと、思い出した事を尋ねてみる。

 

「落ち着いてからで良いので、わたしの友達にも会ってもらえませんか?」

「なのはの友達と言うと…一緒に俺を見つけてくれた子達の事か?」

「はいっ。遊星さんが目を覚ましたって伝えたら、すっごく嬉しそうでした。
 ただ、習い事とかが重なっちゃって、お見舞いには来れませんでしたけど…」

 

アリサちゃんもすずかちゃんも、本当に残念そうに、申し訳なさそうにしていたから、出来れば会ってほしい。

 

「気にしなくて良い。と伝えておいてくれ。俺もその子たちにお礼を言いたい。」

「ありがとうございますっ。」

 

良かった。

後で2人に予定を聞いておかなくちゃ。

あ、そろそろ家に着くね。

 

 

 

「大きな家だな…」

「そうですか?」

 

生まれた頃からこの家に住んでいるので、良く分からない。

それに…あの2人の家はもっとすごいし…

 

「2人とも、立ち話もなんだし、家に入ろう。」

「あ、はーい。」

「ああ。」

 

わたし達は3人揃って家に入る。

リビングに行くと、家族全員が待っていた。

 

「「「お帰り(なさい)。」」」

「「ただいま。」」

「失礼する。」

 

まだ遊星さんの言葉は固いな…

まあ、初めましてだし、しょうがないか。

そんな事を考えていると、お母さんが近づいてきた。

 

「初めまして遊星君。なのはの母、高町桃子です。」

「不動遊星だ。」

「2人から話は聞いているわ。自分の家だと思ってゆっくりしてね。」

「すまない…しばらく世話になる。」

 

さっすがお母さん。

次に、お兄ちゃんとお姉ちゃんが。

 

「高町恭也。なのはの兄だ。」

「長女の美由希です。よろしくね、遊星さん。」

「こちらこそよろしく頼む。」

「あたしの事は美由希で良いよ。恭ちゃんもね?」

「ああ。」

 

良かった。

遊星さんが迎え入れられて良かった。

何だか自然と笑顔になっちゃう♪

 

「あ、そうだ遊星君。これ、その服に入っていた道具や何やらね。」

 

そう言ってお母さんはドライバーやら何やら…色々な道具を遊星さんに渡していく。

そして遊星さんはその道具を自分の服にしまって行く。

その動作は淀みなく、頭が覚えていなくても、体が覚えているのかなとわたしは思った。

って、一体その服のどこにそれだけの道具が入るの…?

 

「それじゃあ、遊星君の部屋なんだが…なのはと一緒の部屋で良いかい?」

「俺は構わないが…」

「ふえええええええええっ!?」

 

お、お父さんいきなり何言ってるの!?

それに遊星さんもそんなにサラッと言わないで!

そりゃ、遊星さんならわたしも別に構わないけど…/////

 

ピキッ

 

「遊星…俺と決闘しろぉ!!」

 

お兄ちゃん!?

 

「なのはと同室など…誰が認めても俺が認めん!」

「まーた始まった…」

「俺は別にどこでも良いんだが…勝負なら受けて立つ。」

 

呆れているお姉ちゃんを尻目に、遊星さんはあっさり勝負を受けちゃった。

マズイよ! お兄ちゃんはお父さんに剣術を習ってたのに!

 

「良い度胸だ…付いて来い!」

 

先に歩きだすお兄ちゃん。

それに付いて行く遊星さんとお姉ちゃん。

どうしてこんなことにぃ…

 

「これで遊星君も、この家に馴染むかな?」

「ええ。きっと。」

 

お父さんとお母さんの声は、3人の後を追うわたしには届かなかった。

 

 

 

10分後。

 

「………」

 

リビングでお兄ちゃんが突っ伏している。

結論から言うと、お兄ちゃんは負けたのだ。

遊星さんに。

何と言うか…近くで見ていても良く分からなかったけど、凄く滑らかな、自然な動きだった。

お兄ちゃんの剣を躱したと思ったら、そのままアッパーでK.O.

遊星さんって、何か戦い慣れてる…?

で、その遊星さんはと言うと…

 

ヴーーーーン…

 

「良し、直ったな。」

「凄いわ…ありがとう、遊星君!」

 

キッチンの方で調子が悪くなっていたオーブンを直していた。

先程受け取った工具で、いともあっさりと。

修理の時の動作は迷いなく、流れるような動きだった。

遊星さんは、こういう科学・工業系の職業に就いていたのかな…?

まあなんにせよ、遊星さんがこの家に馴染んだ事は確かだ。

わたしはそれが嬉しかった。

 

 

 

わたしは夕食後、遊星さんの部屋を訪れた。

ちなみに言っておくと、わたしの部屋では無い。

庭にある離れ。それが遊星さんの部屋になった。

理由としては、遊星さん自身が、自分は居候だから、そんなに上等な扱いをしなくて良いと言った事と。

遊星さんの乗っていたバイクが仕舞ってあると言う事からだ。

居候だからとか、別に気にしなくても良いのに…

まあ、バイクとかの修理を考えると、仕方ないよね。

ちょっぴり、残念だけど。

 

カチャカチャカチャッ…

 

部屋の中では遊星さんがバイクを修理している音が響いている。

どちらも何も話さない。

けど、気まずいとは感じない。

むしろ、とても心地良い空気だと思う。

 

「良い家族だな。」

「えっ?」

 

その沈黙を破ったのは意外にも遊星さんの方だった。

 

「士郎も、桃子さんも、恭也も、美由希も…みんななのはの事を…家族の事を想っているのが良く分かる。この家は優しい温かさに満ちている。」

「………」

 

何だか…くすぐったい。

家族の事を褒められるのは、自分の事を褒められるより嬉しい。

遊星さんは嘘なんか言ってない事が分かるから余計に。

 

「だからこそ、申し訳なくも思う。」

「えっ…」

「俺のような部外者が…異物がこの温かさの中に割り込む事が…さ。」

「そんな事ありません!!」

 

わたしは大声で叫んでいた。

 

「遊星さんは部外者でも、異物でもありません!!」

「なのは…?」

「確かに、わたし達と遊星さんは血は繋がっていないかもしれないです。
でも、そんなこと関係有りません! 遊星さんはこの家の一員です! 家族です!」

 

遊星さんは無言でわたしの叫びを聞いている。

わたしは…寂しかった。

遊星さんはみんなに認められていると言うのに。

遊星さんだけが、自分を認めていない事が。

 

「血の繋がりとか、過ごした時間とか、出会いの形とか、そんな物は重要じゃありません!」

 

だから、わたしは叫ぶ。

ありったけの想いを込めて。

遊星さんに届くように。

 

きゅっ…

 

遊星さんに近づき、手を握る。

 

「今此処にわたしがいて、遊星さんがいる。この『絆』が一番、何よりも大切な物だと思います。」

 

 

 

Side.遊星

 

「今此処にわたしがいて、遊星さんがいる。この『絆』が一番、何よりも大切な物だと思います。」

「………」

 

『絆』

その言葉が俺の心に響き渡る。

まるで欠けていたパズルのピースが嵌まるように、その言葉は俺の中に浸透していく。

彼女の手から、体温だけでは無い温かさが伝わってくるようだ。

 

「ありがとう。なのは。」

「………」

「俺は…心のどこかで不安だったのかもしれない。俺には記憶が…過去が無い。
 すべてを思い出した時、俺は此処にいる資格があるのか…と言う事が…」

「………」

 

自分と言う存在が、彼女達を害するのではないか。

もしそうなってしまったら、俺はどうやって償えば良い?

記憶の無い今の俺では、自分がどういう存在なのかも分からないと言うのに…

 

「だが。」

 

俺は続ける。

 

「俺は…少なくとも『今の俺』は、此処にいたいと…そう思っている。
 俺が何者なのか。どんな過去を持っているのか、何一つ分からない。
 そして、たとえ俺が何者だとしても、俺はなのはを…お前達を守りたい。
 これが今の俺の、嘘偽りの無い本心だ。」

「………」

 

なのはは静かに俺の声を受け止めている。

 

「先の分からない、当てにならない人間だと自分でも思う。だが…俺に、此処に居させてくれるか? 俺に…守らせてくれるか?」

「…当たり前です。」

 

先程まで泣きそうな顔で叫んでいた少女。

その顔が微笑みに変わる。

 

「此処は、遊星さんの家です。遊星さんの居場所です。たとえ遊星さんがどんな人でも、どんな過去を持っていても、それは変わりません。
 此処に…居てください。遊星さん。」

 

目尻に浮かぶ涙。

同じ物の筈なのに、今では違って見える。

 

「でも、わたし達は遊星さんに守ってもらうだけじゃありません。」

「?」

「家族、仲間、友達…それは、守る人と守られる人じゃありません。
 互いに互いを支え合える人たちだと思います。
 ですから、遊星さん…」

 

なのはの目が俺の目を見つめる。

 

「わたしにも、遊星さんの事を守らせてください。遊星さんを支えさせてください。
 わたしは、本当の意味で遊星さんと絆を結びたい。
 今はまだ弱いわたしだけど…いつかきっと、対等な関係になりたいから…」

 

ふっ…

全く、いくら記憶が無いと言っても情けない。

こんな年端も行かない少女に、こんなにも教えられるとはな…

 

「なのは。」

「………」

 

想いの全てを言葉に出来るとは思えない。

だからこそ、想いの全てを込めて。

 

「ありがとう。」

 

そして。

 

「よろしく…頼む。」

「あ……はいっ!」

 

満面の笑み。

俺と言う存在が何をもたらすのか、それはまだ分からない。

だが、きっと。

何が起ころうと、たとえ俺の過去が牙を剥こうとも。

この笑顔と、『絆』を絶対に守って見せる。

手の中にある確かな『絆』を感じながら、俺は自分に誓った。


















   To Be Continued…