Side:アインス


人格交代をする所を見られていたのは迂闊だったが……今更それを嘆いても仕方のない事だ――リシャールと名乗った軍人と思しき人物と暫し雑
談に興じると言うのもまた楽しいだろうからな。
だが、リシャールは名乗ったのに、お前が名乗らないというのは如何かと思うから、取り敢えず自己紹介だけでもして来いエステル。



《えぇ!?自己紹介って、ちょっと難易度高わよ!!》

《自分の名前を言えば其れで良い――欲を言うのであれば趣味なんかも言って欲しい所だが、今のお前に其れだけの余裕があるとは思えないか
 らね……まぁ、頑張ってくれ。》



――シュゥゥゥゥン……




「又しても髪の色が変わった……君は一体何者なのだ?」

「アタシはエステル……エステル・ブライト。その、宜しく。」



女王陛下やクローゼの時とは、また違った意味で緊張しているみたいだなエステルは……まぁ、まだ6歳の子供が現役の軍人に話しかけられたら
緊張もするか。
……決してリシャールと一緒にいる赤毛の少女の鋭い視線に怯んだ訳では無いと思う。多分。









夜天宿した太陽の娘 軌跡9
夜天と剣聖を継ぐ者との邂逅』










「ブライトだと?……君はもしやカシウス大佐の娘なのか!?」

「カシウス・ブライトはアタシのお父さんだけど……お兄さん、お父さんの事を知っているの?」

「知っているどころか、先の大戦では彼の部下として働いていた……娘さんが一人いるとは聞いていたが、まさかこんな場所で見える事が出来る
 とは、運命や縁と言うのは何処で交わるか分からないモノだな。」



ホントに其の通りだな……よもやカシウスが軍に居た頃の部下と出会うなんて言う事は、私も予想していなかった事だからね――そうだエステル、
折角だから彼に軍人だった頃のカシウスの事を聞いてみたらどうだ?
意外なエピソードが聞けるかもしれないぞ?



「えぇ?」

「む、如何かしたかね?」

「えっと、アインスがお兄さんに軍人だった頃のお父さんの事を聞いてみたらどうかって……意外な話が聞けるかもって。」

「軍に在籍していた頃のカシウス大佐か……そうだな、私見を言わせて貰うのならば、彼は人間としても軍人としても最高の存在だったと言えるだ
 ろう――もしも彼が居なかったら、先の大戦でリベールは帝国に併合されていただろうからね。
 作戦立案能力に先を見通した戦術眼、そして戦場における圧倒的な強さ――其れがあったからこそ、あの反攻作戦は成し得たのだと考えている
 次第だ。
 無論、リベールの兵が彼の作戦を実行出来るだけの力を持っていた事も大きいが、やはり彼の存在失くして先の大戦でリベールが生き残る事は
 なかったと考えてるよ。」

「お父さんってそんなに凄いの?……家では、只の飲んだくれ親父に過ぎないから、其れを聞かされてもパッとしないわね……」

「ブッ!!リ、リベールを救った英雄も、娘にかかれば飲んだくれ親父とは……油断してた所にまさかの一撃が……!!」

「カノーネ君、失礼だぞ。……私も一瞬吹き出しそうにはなったが……」



……まぁ、エステルの言ってる事は間違いではないな。
晩酌ならばまだしも、遊撃士の仕事が非番の日には昼間から飲んでる事も有るからなカシウスは……仕事をしているから良い物の、事情を知らな
い人が見たら、『母親が居ないのに、娘をほったらかして昼間から飲んでるダメ親父』と思うのではないかな?序にそう思われても文句は言えない
気がする。

時にリシャール、その赤毛の彼女は何者だ?……先程私達に物凄いメンチギリをしてくれてたんだが……



「お兄さん、アインスがそのお姉さんは誰かだって。」

「あぁ……彼女はカノーネ君と言って、まだ17歳の士官学校生なのだが、実地研修として実際に軍の現場で働いているんだ。
 私は、彼女の教育係と言った所さ――カノーネ君、君も名乗りたまえ。」

「は、はい!!カノーネ・アマルティアよ。」

「エステル・ブライトです!」



カノーネと言うのか……其れじゃあエステル、交代だ。



「うん。」



――シュゥゥゥン



「そして、私がアインスだ。」

「ま、また髪の色が変わって、話し方も変わった!?」

「ふむ……一つの身体に二つの人格があるのは間違いないようだ……噂でそう言う人が居るらしいという事は聞いた事があるが、この目で見る事
 になろうとは。
 アインス君と言ったね?君とエステル君、主人格と言うのは何方になるのだね?」


《エステル、此処から先は暫く私が彼等と話をさせて貰っても良いか?》

《むしろお願い。軍人さんとお喋りとか無理……それと、カノーネさんがちょっとおっかない。》

《……釣り目だしな。》

エステルからの許可も貰ったから、此処からは私が相手をすることにする、

何方が主人格かと聞かれれば、其れはエステルだと答える事になる――そもそもにして、エステルの身体にはエステルの人格しか存在してなかっ
たのだが、何の因果かある日突然私が彼女の身体に憑依してしまってね。
其れだけならばまだしも、ガッチリと身体と人格が結び付いてしまっているから離れようにも離れる事が出来なくなってしまったんだ。
そんな訳で、私はエステルの第二人格として過ごさせて貰っているのさ。



「エステル君の身体に憑依?……だが、そうなると君の人格を持っていた人は?」

「私の身体は滅び、その魂も天に召される筈だったのだが……如何やらそうはならなくてな。若しかしたら、女神が悪戯をしたのかもしれないね。」

「女神の悪戯か……言い得て妙だが、そうなると君は既に亡くなっている訳か――女性に歳を聞くのは失礼だと重々承知しているが、君は何歳な
 のだアインス君?」

「最低でも1000年は生きているな。」

「せ、1000年だと?」

「そんな、冗談に決まってますわ!!」



カノーネの反応が普通なのだろうが、実際に私は1000年は生きてたからな?……終焉と覚醒を繰り返しではあるが。
まぁ、なんだ――お前には誤魔化した所で即ばれてしまうだろうから言ってしまうがリシャール、私はこの世界の人間ではないし、そもそもにして人
ですらない存在だ。



「君からは不思議な感じがしたが、この世界の人間ではない上に人ですらない、だと?」

「そうだ、其れを説明するが、この事は他言無用で頼む――この事を知っているのはカシウスとエステル、其れと女王陛下とクローゼだけだしね。」

「分かった。私とカノーネ君の胸の内にだけ留めておこう。」








――説明中。詳しく言うならA's~A'sPORTABLE GOD迄に起きた事と、私が消滅した事を説明中……取り敢えず言わせてくれ、レヴィは可愛い。








「呪われた闇の書に、その呪いを砕いた勇敢な少女達か……俄かには信じがたいが、君が言っていることが嘘でない事は分かる――人を見る目
 には自信が有るのでね。
 しかしその話、この世界ならば創作の物語として世に出しても良いかも知れないな?……1000年の呪いに立ち向かった勇敢な少女とその仲間
 達の英雄譚として大人気になりそうだ。」

「そうだな……エステルが成人しても手に職を持つ事が出来なかったら、生活をして行くための最終手段として考えておこう。」

《ちょっとアインス!其れって失礼じゃない?》

《もしもの話だ。お前ならば、その内何時の間にか自分の進むべき道を決めているだろうから、この保険が必要になる機会は訪れない筈だ。》

《信用されてるのかどうか分からないわ。》



少なくとも私はお前の事を信用して信頼しているよエステル――お前の裏表のないその性格は、全てを優しく照らす太陽みたいなモノだから、今は
子供だが、大人になったその時には、お前のその力は最大の武器になると思っているからね。



「しかし1000年と言う永き時を生きて来たのならばさぞや様々な経験をして来た事だろう……ならばこそ聞きたい。
 アインス君、国の平和を維持するにはどうすれば良いと思うかね?……先の大戦で、リベールには軍人、民間人を問わずに多数の死者が出た。
 いや、リベールだけではなくリベールと帝国の周辺の集落でも決して少なくない犠牲者が出てしまった……二度とあのような惨劇は繰り返しては
 ならないと私は考えているのだが……その為には何をすればいいのか分からなくてね。
 良ければ、君の意見を聞きたいのだが?」

「国の平和の維持か……難しい問題だが、方法はいくつかある。
 先ずは他国を圧倒する武力――分かり易く言うのであれば強大な兵器を開発してその脅威を持ってして周辺国を委縮させる方法だな。
 次は、交易を盛んにして国を豊かにし、経済大国となる事で他国からの攻撃をされないようにする方法だ――多数の国との交易を行っている貿
 易大国ならば、おいそれと攻撃をする事は出来ないからね。
 次は、外交努力で他国との信頼関係を構築していく方法だ――此れは国のトップの能力に左右されるが、リベールの女王陛下であれば、時間は
 かかっても其れを成し遂げる事は出来ると考える。」

まぁ、何れの方法も恒久的な平和を実現する物ではないけれどね――だが、その中でも武力の脅威でもって周辺国を黙らせる方法だけは絶対に
お勧めしない。
その先に待っているのは破滅の未来だからな。



「其れは何故かな?」

「他国を圧倒的な武力で委縮させようとした場合、他国も負けじと強力な兵器を開発し、結果として互いに強力な兵器の開発合戦となり、その末に
 行きつく先は人類その物を滅ぼしかねない最終兵器の開発だ。」

私が最後に生きた世界には、まさにそんな兵器が存在していたらしい――核爆弾と言う、投下された場所を確実に滅ぼす悪魔の兵器だよ。
核が投下された場所は、その衝撃波と熱戦によって動植物や建物を全て焼き尽くし破壊する――たまたま物陰に居て衝撃波と熱戦を遮断する事
が出来た例外を除いてね。
更に核は、投下時の破壊に留まらず、その後撒き散らされた放射能と言う毒物によって生き残った者達を殺したそうだ――しかも最悪な事に、核
の毒を妊婦が喰らった場合、胎内の子供にまでその害は及ぶらしい。
其れだけの最終兵器を多くの国が持ち、其れを以てして互いに牽制し合う危ういバランスの上に成り立っていたのが私が居た世界だった。この世
界はそんな事にはなって欲しくないな。



「何とも恐ろしい兵器があったモノだ……よもや人類その物を滅ぼしかねない最終兵器が存在しているとはな――君の存在と合わせて、この事は
 私の胸の内に秘めておく事にしよう。」

「そうしてくれリシャール。」

「約束しよう……だが、今日は君と話が出来て良かったよアインス君――君のおかげで、私がやるべき事が見えて来た、そう思えたからね。」



そうなのか?ならば良かった。
私も、カシウスの部下だという貴方と過ごした時間は有意義だったよリシャール。――機会があれば、また語らいたいものだな。



「そうだな……その時が来る事を願っていよう。――偶に、手紙でも贈ろう。君達との繋がりは、此処で終わらせるには勿体ないモノだからね。」

「そうか、手紙が来たその時は私達も返事を書こう。」

《アタシ達から手紙を出すかもだけどね!!》



ふ、確かにその可能性はあるな……人格交代を見られてしまったのは迂闊だったが、そのお陰でお前と話が出来て楽しかったよリシャール。


さてと、其れじゃあ書庫に行ってカーネリアの続きを読むとするか。其れから、貸し出しの手続きをして何冊かロレントに持って行く事にしようかな?
此の書庫にある本は、ドレも面白そうだし、私が読んだ本で得た知識は、そのままエステルの知識にもなる訳だから悪い事は無いからね。








――――――








Side:リシャール


フフ……アインス君とエステル君の真実には少々驚いたが、1000年を生きた異世界の存在であるアインス君と、カシウス大佐の娘であるエステ
ル君が一緒にいるのならば、将来的に彼女達はきっと凄い存在になる筈だ。

そして、私は其処にリベールの平和を見出すことが出来た……リベールに必要なのは彼女達の様な存在だったのだと気付いたからね。

此れは、早急に計画を練る必要があるな……リベールの未来の為ならば、このアラン・リシャール、逆賊の汚名如き幾らでも被ってみせよう。私が
逆賊になる事など、彼女達が英雄となる事に比べたら些細な事だからね。

全ては彼女達が大人になった時――10年後が勝負だ……その時の為に、準備は慎重に進めなければな。








――――――








Side:カシウス


女王陛下から依頼された仕事だが……コイツは思った以上に厄介な相手が先の大戦を引き起こしたのかも知れんな?――『身喰らう蛇』とか言う
秘密結社が関与していることが略確定したからな。
帝国にリベールのある事ない事を吹き込んで戦争に向かわせたか……そのせいでレナが死んだのかと思うと怒りしか湧いてこないが、怒りと言う
モノは冷静な思考を奪うから此処は抑えるべきだろう。


だがしかし、謎の秘密結社か……あくまでも俺の勘だが、コイツ等とは長い付き合いになりそうな気がしてならんな。



「カシウスさん?」

「何でもない――少なくとも先の大戦は身喰らう蛇とやらが起こした事だけはハッキリしたのだから、調査は此処までにしておこうユリア。」

「……ハッ、了解です。」



女王陛下が協力者として寄越してくれた王族親衛隊の若きエースであるユリアは真面目で腕も立つんだが、其れだけに少々杓子定規な所がある
のが気になるが、これだけの実力があれば何れは王族親衛隊の隊長になる事だろう。
俺の剣も少し教えてやったからな。

何にしても、身喰らう蛇との戦いは一朝一夕では終わるまい――最低でも10年の戦いを覚悟しなけりゃならないかも知れん……はぁ、マッタク面
倒な事になったもんだ。
取り敢えず、エステルとアインスが平和に生きて行ける世界を造らないとだ――片親である俺が娘にしてやれる事は、其れ位しかないだろうしな。


身喰らう蛇……何者かは知らんが、必ず叩き潰さねばならん相手だろうな――この世界の為にもな。







 To Be Continued… 





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