Side:アインス
あふ……もう朝か。
見慣れない天井とベッドだが……カシウスの仕事の都合で一週間ほどグランセルに滞在する事になり、私達もグランセル城で過ごす事になったの
だったな、正直落ち着かない気がしたのだが、クローゼの人柄のおかげで不要な緊張をしなくて済んだ。
さて、起きろエステル。
――ぺチッ!ぺチ!!
駄目だ此れ起きる気配がない……それ以前に私の方が先に目覚めて、主人格であるエステルを起こす為に自分の頬を叩いていると言うのは端
から見たら可成り奇妙な光景なのではないだろうか?
起こす相手がヴィータや将であったのならば少々強めにチョップでも喰らわせている所だが、自分自身の身体では其れも無理か……下手に強く叩
いて身体が壊れても問題だしな。
「アインス、お前さん自分の事叩いて何やってるんだ?」
「おはようカシウス。
いや、エステルがまだ寝ているのでね。起こそうと思って叩いているのだが一向に目覚める気配がないんだ――普段はお転婆で体力無尽蔵の
エステルでも、流石に女王陛下や姫殿下との対面は精神的に疲れる部分があったのかもしれないな。」
「エステルが?アイツにそんな細かい神経があるとも思えんが……寧ろ長旅の疲れじゃないのか?――否、そっちの方があり得んか。」
「その言葉、エステルが起きたらそっくりそのまま伝えておくよ。」
「お前さんね、其処は黙っておくのが情ってモンだろうに……マッタク、『娘が二人いると父親は立場がなくなる』と言うが、本当に其の通りだな。
クールで理知的な姉と、底抜けに明るくてお転婆な妹の組み合わせは、まぁ良い感じではあると思うが……お前さんとエステルが本当の双子だ
ったら俺の身が持たなかったかも知れん。」
そうだろうか?お前ならば其れでも案外何とかしてしまう様な気がするのだが……と言うか、絶対何とかするだろうに。正直言って、カシウスは底
が知れなさすぎる。
下手をしたら高町なのはや将とタイマンで戦っても勝ってしまうのではないかと思う位だからね。
其れは其れとして、此れから如何するか?
朝食は部屋まで運んで来てくれるから良いとして、丸一日此の部屋で過ごすと言うのも退屈だから、エステルが目を覚ますまで城内の探索でもし
てみるか。
夜天宿した太陽の娘 軌跡7
『王城での一時。平和が一番だ』
そんな訳でまずは朝食なんだが、まぁ普段の食事とそれ程大きな違いはない――まぁ、当然だな。晩餐会でも開いたのならば兎も角、良き王族で
ある程、普段の暮らしは庶民とそれほど変わらないモノだからね。
普通にパンとスープ、其れからソテーされたベーコンと卵サラダ、後は付け合わせの生野菜……うん、よく見るメニューだからホッとする。尤も、これ
程の城で使っている食材だから、相当に厳選されているのは間違いないだろうけどな。
「いただきます。」
「うん、いただきます。ってエステルはまだ起きないのか?」
「あぁ、さっきから起きろと言ってるのだが全く目覚める気配がない――最悪昼まで起きない可能性がある。」
「ヤレヤレ……身体の本来の持ち主が寝腐れてるとはどうなんだかなマッタク。時にアインス、お前さん何してるんだ?」
何って……パンにベーコンのソテーと卵サラダと生野菜を挟んで食べているんだが?……あ、このソテーベーコンじゃなくてパンチェッタだ。いい感
じのレアで美味しいな。
と言うか、サンドイッチを知らない訳じゃないだろう?
「いや知ってるが、出てきたメニューをその場でサンドイッチにする奴は初めて見たぞ?」
「夫々とても美味しそうだったのだが、此れをサンドイッチにしたら絶対に美味しいだろうと言う衝動に抗う事が出来なかったと言う事にしておいて
くれ。
其れよりもカシウス、お前は食事が済んだら直ぐに仕事か?」
「ん?あぁ、その予定だ。
一週間と言う時間があるとは言え、そう簡単な仕事ではないからな……日中はお前さん達と過ごしてやる事は出来そうにもない。すまんな。」
いや、仕事であるのならば仕方ないさ。
其れに、此処ならばロレントの自宅とは違って退屈はしなさそうだから私もエステルも適当に過ごさせて貰うさ――どうしても退屈になったその時
は、何処かで釣り竿でも借りて城の前で釣りをしたり、街中を散策したりさせて貰うよ。
「そうか。
だが、城の外に出る時はちゃんと守衛の人に声を掛けてからにしろよ?そうすれば誰かが一緒に付いて来てくれるだろうからな――流石に六歳
の子供が一人で王都に繰り出すのは安全ではないからな。」
「私は子供ではないが……まぁ、その通りだな。」
私が表に出ている場合でも、身体が子供では本来の力を発揮する事は出来ないから、何かあった時に如何にもできない可能性があるからね。
まぁ、其処はちゃんと守って生活するから、お前は仕事の方を頑張ってくれカシウス。
「そうだな。女王陛下から直々に頼まれた仕事だ……相応の結果を出さねばならん。」
今更だが、女王陛下から直々に仕事を受けると言うの相当な事だ。
元軍人とは言え、今は退役して遊撃士となったカシウスに女王陛下が直々に仕事を頼むとは……其れだけ女王陛下からの信頼が厚く、カシウス
の能力が高いと言う事なのだろうな。
何故軍を辞めたのかは知らないが、カシウスの退役はこの国の軍にとって大きな損失だったのは間違いないだろうね。
さてと、ごちそうさまでした。……食事をすれば、身体が感じた食事の味でエステルが目を覚ますんじゃないかと思ったが駄目だったか。
《エステル、いい加減起きろ。朝食は済んでしまったぞ?》
《ヘラクレスキングオオカブトとエンプレスルシフェルオオクワガタ……ついに伝説の大物を捕まえたわ……》
《いや、どんな夢を見てるんだ?と言うか、何なんだ其の無駄に強そうな昆虫は……》
《あ~~……ヘルドカイザーオニヤンマも……Zzz……》
《ダメだこりゃ。》
此れは、本当に昼まで目を覚まさないかも知れん……エステルの人格は眠っていて、私が起きてこの身体を動かしていると言うのも奇妙な感じが
するが、エステルが目を覚ますまでは私の好きにさせて貰うとしようかな。
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と言う訳で、朝食を終えた私は城内にある書庫を訪れている訳なんだが……凄い書物の数だな此れは?創作物から歴史書までありとあらゆる書
物があるじゃないか……若しかしたらリベール中の本が此処にはあると言っても過言ではないかも知れないな。
それで、その中でも気になった『カーネリア』と言う全11巻からなる小説を読んでいるんだが……ふむ、中々面白いな此れは?洗練されたストーリ
ーに作り込まれたキャラクターと読み手を物語の中に引き込む要素が多彩な上に文章も書き方が見事だ。
我が主の居た世界ならば間違いなくメディアミックスと言うモノが成されて、コミックやアニメ、実写ドラマなんかが作られたかもしれないな。
《ちょ、ヘラクレスキングカブトが降って来たぁ!!……って、夢か!!》
《……おはようエステル。随分とお寝坊さんだったな。》
《あ、おはようアインス。寝坊って……今何時?》
《11時だ。因みに朝食は既に終わってカシウスは仕事で出掛けた。そして朝食後の2時間で私はカーネリアを2冊読み終えた。そろそろ3冊目も
読み終わる。》
《えぇ!?アタシ、そんなに眠ってたの?》
あぁ、熟睡通り越した爆睡だったよ。
お前を起こす為に自分の頬を叩いたり、お前の精神に直接呼びかけたりしたが全く効果がなかったからな……マッタク持って、寝坊助を起こすの
が此処まで大変だとは思わなかったよ。
で、お前が起きるまでは私が表に出ていたのだが如何する?私としては、主人格であるお前が出ていた方が良いと思うんだがな。
《ん~~……でも、折角の読書の邪魔をするのも悪いし、今読んでる其れが終わったら交代しましょ。》
《分かった。とは言っても、残り数ページだから5分も待たせないけれどな。》
で、3分後には3冊目読破完了。今日はここまでにして、続きは明日読む事にしよう。――さて、変わるぞエステル。
――キュゥゥゥン
「あ~~!なんだが不思議な感じ。起きた直後で身体立ってるとか中々出来ない体験よね~~?此れも貴重な体験ってやつよね間違いなく♪」
まぁ、二重人格でない限りは体験できない事だろうな。
そして、私達のように互いの存在を自覚して、自由に人格交代が出来る二重人格など早々居ないのではないだろうか?……そう考えると、私達っ
て凄くレアな存在なのかも知れないね。
《どれくらいの価値があるのかしら?》
《この世界の通貨の単位で言うのならば……そうだな、最低でも100万ミラは下らないんじゃないか?或はゼロが1個増えるかも知れん。》
《1000万ミラ!?其れって、ストレガー社のスニーカーが何個買える!?》
《最新モデルのストレガーマックスの人気カラーのブラック&レッドが600~700個買えるな。》
《うっそでしょぉ!?》
私からしたら高々スニーカーが1万ミラ以上する事の方に驚きなのだがな……まぁ、我が主の居た世界でもブランド物のスニーカーには1万円以上
の値が付いていたからな。特にN○KE製のスニーカーはな。
其れよりもエステル、此れから如何するんだ?どう過ごすか決まってるのか?
《それは決まってないわ……そうね、いっその事女王宮に突撃してクローゼを街に引っ張ってくってのは如何かしら?》
《とても魅力的なアイディアだとは思うが、絶対に出来ないから止めておけ……と言うか、其れを実際にやってクローゼが怪我でもしてみろ、トンデ
モナイ事になってしまうだろう?
幾らカシウスが女王陛下からの信頼を得ているとは言え、孫娘が怪我をしたとなったら只では済まないだろうからな。》
《あ~~……其れもそうね。
それじゃあ、女王宮のバルコニーで釣りでもして楽しみましょ♪》
《いや、其れも色々とおかしいから。》
それ以前にどこの世界に一国の王城の、其れも女王宮と言う特別な場所のバルコニーから釣り糸を垂らす奴が居ると言うんだ!と言うか、ドレだ
け長い糸を海に垂らす心算だお前は!!
100アージュか?其れとも200アージュか!?
「狙うは深海のギガンゴラー……400は必要ね。」
……釣りバカ日誌エステルだな此れは。――だが、その突拍子もない釣り計画も、若しかしたら出来るかも知れないぞエステル。
「へ?其れって如何言う事よアインス――」
「……おはようございますエステルさん。」
「わひゃぁ!?お、おはようクローゼ!!」
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「ううん、うん、大丈夫。」
ふふふ、つまりはこう言う事さ。
まさか、クローゼと会うとは思ってなかったが、城内とは言え姫殿下であっても自由に動き回る事が出来るとは意外だったな?リベールの王族は
そんなに規律に縛られてはいないのかな?
「クローゼ、アインスが『まさか、クローゼと会うとは思ってなかったが、城内とは言え姫殿下であっても自由に動き回る事が出来るとは意外だった
な?リベールの王族はそんなに規律に縛られてはいないのかな?』って言ってるんだけど?」
「あぁ、其れは私が特別なんです。
お祖母様は『クローディアはまだ子供なのだからさせたい事をさせた方が良い』と言って、城内であれば私が好きなように動く事を認めていてくれ
るんです。
お陰で、私は城内でも窮屈な思いをしないで済んでいます。」
「そうなんだ。」
成程な。
でだ、エステルよ件の釣りの事は聞かなくて良いのか?
《ん~~……やめておくわ。
其れよりも、今日はクローゼと一緒に過ごす事に決めたわ!外出だって、守衛さんに言えば護衛位は付けてくれそうだし……何よりも、クローゼ
と一緒なら楽しい事がありそうだしね!》
《そうか……だが、相手は未来の女王陛下だと言う事を忘れるなよ?……何事もほどほどに、な。》
《分かってるって♪》
……正直な所、お前の『分かってる』程アテにならない物はないんだがな……まぁ、其処はエステルを信じるしかないか。――事と次第によっては
強制的に人格交代をすればいいだけだしな。
クローゼとの一日を楽しむとしようじゃないか!!
――――――
Side:???
城に立ち寄ったのは陛下に用が有ったからだったのだが……そこで私は不思議な少女を目にした――年のころは五~六歳と言った感じだったの
だが、書庫で真剣な顔で書物を読むその姿に何故か目を奪われた。
綺麗な銀髪を二つに纏めた可憐な少女だったのだが、3冊目の本を読み終えた瞬間に、銀髪が栗色に変わり、纏う雰囲気も年相応の物に一変し
てしまった……そう、まるで別人になったかのようにだ。
だが、栗毛の少女からは銀髪の少女とはまた違った力を感じた……彼女は一体何者なのか――少し……否、とても興味が湧いて来たと言う事は
否定出来まい。
自分自身の事だからな。
私が彼女を見かけたのは単なる偶然か、其れともエイドスの導きなのか……何れにしても、彼女とは一度話をしてみたいものだ。
彼女……特に銀髪の少女との話は、このアラン・リシャールに天啓を与えてくれそうな気がするからな。
「リシャール少尉、あの少女がどうかしましたか?何やら注目していたようですが……は、まさか少尉はロリ……」
「カノーネ君、それ以上言ったら殴るよ?」
「は、失礼いたしました!!」
若干17歳で軍属となったカノーネ君は優秀なのだが、時々思考がぶっ飛ぶ事があるのが珠に傷だな……同期のユリア君が王族親衛隊のホープ
として頑張って居る事に対する対抗心の空回りなのかも知れんがね。
取り敢えず、何とかして彼女と接触する機会を作った方が良いかも知れないな。
To Be Continued… 
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