Side:アインス


何の因果か、エステル・ブライトに第二人格として憑依してしまった訳だが……如何やらこの世界は、完全に私が居た世界とは異なる世界のようだ。
エステルとカシウスの話を聞く限りでは、此処、ゼムリア大陸ではつい2ヶ月ほど前まで戦争が起きていたとの事だ……その戦争は、カシウスの活躍
で、3ヶ月と少しで終わりを迎えたらしいが、その戦乱の中でエステルは母を失ってしまったとはな。
今は底抜けに明るい子だが、僅か6歳の子供が母親を失うと言うのはこの上なくつらい経験だったろう……にも拘らず、卑屈にならず、此処まで明る
い子でいられると言うのは、エステルの心が強かったからなのだろうね。



「アインス、何か考え込んでるみたいだけど如何したの?」



いや、何でもない。只単純に、お前は強い子だなと、そう思っただけだ。



「強いって言われても、自分じゃよく分からないわ。
 って言うか、強いのはアインスじゃない?……貴女の事を聞かせて貰ったけど、魔導書の人格として、望まない目覚めと終わりを何度も経験したに
 も拘らず正気を保ってるってあり得ないでしょ普通は!!」



普通はな……だが、私は常識何て言うモノを遥か宇宙の彼方のブラックホールに蹴り飛ばしてしまった存在だから、一般的な常識には当て嵌まらな
いのさ。
其れに、望まぬ覚醒と終焉ではあったが、私は此れはもう自分ではどうしようもないと諦めていたからな……其れを打ち破った、あの小さな勇者達に
は本当に感謝しかない。
此れまで、私を封印しようとしたり破壊しようとした輩は幾らでも居たが、私の事を救おうとしてくれたのは彼女達が最初で最後だった……だからこそ
私は心穏やかに終わりを迎えられのかもしれん――尤も、終わりは訪れずに、お前に憑依してしまった訳だがな。



「其れは、もう言いっこなしで。
 アタシを通してだけど、アインスには此の世界の事を知って欲しいの……だから、勝手に消えたりしたら絶対に許さないからね!!」



其れは怖いな、肝に銘じておこう。
それにしても、今日もまたカシウスは帰りが遅いな?……軍を退役して遊撃士として働いているとの事だったが……帰りが遅いのは感心出来ない上
に、エステルを家に残しておくと言うのも看破できん。
此れは、ちょっとビシッと言ってやった方が良いかも知れないな。










夜天宿した太陽の娘 軌跡2
太陽と夜天の日常風景』










「ただいま~~……今日も一日ご苦労様だ。エステル、変わりはないか~~?」



と思った矢先にカシウスが帰宅したか……エステル、少し代わってくれ。



「うん、分かった。」



――シュゥゥゥゥン……



「おかえりカシウス。」

「エステル?いや、アインスか。……気のせいかも知れんが、お前さんなんか怒ってないか?」

「別に、怒ってはいないぞ。只、少しばかりお前に物申したい事があってな……少しばかりエステルと代わって貰った次第だ。」

「……俺、お前さんに何かしたか?と言うか、その威圧感を少し抑えてくれんか……幾ら俺であっても、お前さんの威圧感には少しばかり気圧されて
 しまうからな。」



……エステルの身体を借りているとは言え、私の威圧感を受けて『少しばかり』で済むお前に驚きだ……身体つきや身のこなしから、武術の達人で
あるのは間違い無いのだろうが、この男なら全盛期の私とでも普通にやり合えるような気がしてならないんだがな。

「お前が直接私に何かをした訳では無いが、私がお前に言いたいのはエステルの事だ。」

「エステルが如何かしたか?」



あのな……カシウスよ、エステルはまだ6歳で、母親を喪って片親状態だろう?で、あるにも拘らず略毎日、家に一人きりと言うのは流石に如何かと
思うんだがな?
無論お前がエステルの為に働いているのは理解しているが、だからと言って年端も行かない子供を家に一人きりにさせると言うのは感心出来ない。
いや、勿論エステルだって一人で家に閉じこもってるなんて事は無いんだが、子供では行動範囲も限られてくるから、家から一番近いロレントまで行
くのも難しいのは分かるだろう?
エステルの為に仕事を頑張っているのは分かるんだが、だからと言ってエステルに寂しい思いをさせてしまっては本末転倒ではないのか?



「俺が家に居ない位でエステルが寂しい思いをしているとは思えんのだが……」

《寂しくはないわね、アインスが居るし。ただ、お父さんが居ないとつまらない部分はあるけど。》

「……寂しくは無いがつまらないらしいぞ?」

「何、そうだったのかエステル!?」

《そりゃそうでしょ?アインスと話すのは知らない事も一杯聞けて楽しいけど、お父さんが居ないと何だかつまらないのよね?……折角釣りで大物を
 釣り上げても、褒めてくれるのアインスだけだし。
 何て言うか、お父さんが居ないと張り合いがない?そんな感じ。》

「序に張り合いがないような感じらしい。」

「いやいや、父親と何を張り合うって言うんだ娘よ。」

《何となく。
 あ、でもお父さんって遊撃士として色んな所に行ってるんだから、時々一緒に連れて行って欲しいと思う事はあるわ!其れ位は良いんじゃない?》



張り合いが無いと言うのは何となくらしい。
だが其れよりも、遊撃士としてあっちこっち飛び回ってるんなら、偶には自分の事もどこかに連れてってくれと言っているぞ?……そして、その意見に
関しては私も同感だカシウス。



「エステルだけじゃなくてお前さんもかアインス?」

「まぁな。
 この世界は私にとっては未知なる世界だから、この世界についての見聞を広めたいと思うのは当然だろう?
 この世界に来て1週間ほど経ったが、私が知っているのはこの家の周りの狭い世界だけ、近くにロレントと言う街と、ロレントとは逆方向にミストヴァ
 ルトと言う場所があるらしいと言う事、そしてつい最近まで戦争が有ったと言う事位だ。
 私はもっとこの世界の事を知りたい。だから、エステルと一緒に私の事もどこかに連れて行って欲しい。」

「うぅむ……気持ちは分からんでもないんだが、遊撃士の仕事ってのはピンキリだからなぁ?
 簡単な仕事の時なら兎も角として、魔獣退治みたいな危険な仕事もあるから早々仕事序に何処かにと言うのは難しいぞ?……とは言っても、お前
 さんもエステルも其れじゃあ納得しないだろう?」

《うん、絶対しない。》



しないな、エステルもそう言ってる。



「仕方ない……三日後で良ければ一緒に出掛けるとしよう。
 遊撃士の仕事とは別に、ちょいと野暮用でグランセルまで行く予定があったからな。エステルもアインスも其れで構わないか?」

「あぁ、其れならば異論はない。」

《私も!》

「エステルも異存はないそうだ。」

「そうか……考えてみれば、一緒にロレント以外の場所に行くのは随分と久しぶりだな?
 戦争があったせいとは言え、最後に一緒に出掛けたのはもう半年以上も前の事か……俺とした事が、ついつい仕事にのめり込んでしまっていたら
 しい。生活基盤は大事だが、娘の事はそれ以上に大切にしなけりゃならんな。
 こりゃ、今夜は夢の中でレナに説教を喰らうかもしれん。」

「ふふ、其れは甘んじて受け入れるんだな。」

「はいはい……お前さんが来た事で、俺へのエステルからの小言が少しは減るかと思ったが、倍になった。娘が二人ってのは中々に大変らしい。」



……私もお前の娘なのか?



「エステルの別人格であるのならば俺も娘と言っても良いだろう?……アインス・ブライトと言うのも良い響きだと思うがな。」

「アインス・ブライトね……確かに悪い響きではないな。」

《アタシの身体に居るんだから、そう名乗っても良いわよね。》



そうだな。他の誰かに名を名乗る時はアインス・ブライトと名乗る事にしよう。……さて、カシウスに言いたい事は言ったから交代するぞエステル。



――シュン



「おぉ、エステルに戻ったか。」

「うん。改めて、おかえりお父さん!晩御飯出来てるわよ♪」

「へ?お前が作ったのか?」

「アタシじゃなくてアインスが作ったの。
 主って言う人から習ったらしくて、マダマダ主さんには遠く及ばないけど、せっかく作る事が出来るんだからって言って作ってくれたの。」



特別やる事も無かったし、些か暇だったからね。
其れにだ、折角夜天の魔導書とは完全に切れて、エステルの身体を借りてるとは言え一個体の生命としてある程度の自由を手にする事が出来たの
だから、趣味の一つでも見つけなければ退屈で死んでしまうだろうからな。
我が主から習った料理を趣味にしてみようと思っただけだ。



「そいつは楽しみだな?今夜のメニューは何だ?」

「え~っと……」
《なんだっけアインス?》



我が主の得意料理の一つであるカレーライスだ。
本来ならば豚肉を使うのが主流なのだが、生憎と豚肉が無かったので鶏肉で代用したが、味の方は保証するよ……我が主と比べたら、マダマダ未
熟であるのは否めないがな。



「カレーライスだって。主さんに比べたら未熟だけど、味は保証するって。」

「アインス、お前さんの主ってのは一体何者なんだ?」



最後の夜天の魔導書の主にして、若干9歳の薄幸系美少女。
家事全般が得意で、特に料理の腕前に関しては子供であるのに大人顔負けで、小さき勇者の母親であるプロのパティシエールが舌を巻く位だ。
……此処だけ聞くと凄いと思うだろうが、その実態は巨乳好きのセクハラ少女……私も何度『スキンシップ』と称して胸を触られた事か――主でなか
ったら、確実にカウンターでブッ飛ばしていたんじゃないだろうか。



《アインス、其れそのまま伝える?》



いや、伝えなくて良い。料理上手な人だ位に言っておいてくれ。



「とっても、料理が上手な人で、プロの料理人が舌を巻くほどだって。」

「そりゃ凄い……だが、其れ程の人から習ったと言うのならば、未熟とは言っても期待が出来る。早速いただくとしようかな。」

「ちょっと待ってね、今温めてくるから!」



ふふ、良いな此の空気は。
我が主の家とは違うが、ブライト家の団欒の空気も良い物だ……ふふ、この温かい空気に再び触れる事が出来るとは思わなかった――何故私がエ
ステルに憑依してしまったのかは未だに謎だが、其れも此の空気の前では些細な事なのかも知れないな。



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食事を終え、風呂に入って後は寝るだけか……五感はエステルと共有しているから、エステルが食べた物の味も分かるし、風呂の湯加減も分かると
言うのは、一週間経った今でも奇妙な感覚だな。
まだ試しては居ないが、私が表に出ている場合はエステルがこの感覚を味わう事になるのだろうか?



「かもね。今度やってみようか?」



そうだな、機会があればやってみよう。
時にエステル、今度訪れるグランセルと言うのは一体どんな場所なんだ?



「グランセルは、リベール王国で一番大きな街で王都と言われる場所よ。
 おっきなお城があって、其処に女王様が居るの!去年、女王生誕祭の時に行った事があるんだけど、この辺とは比べ物に成らない位の大きな街
 なの!アインスもきっと驚くわ!」



城があるのか?……そして女王か。
女性の王と聞くと、どうしても戦乱期のベルカに於いて、自らの命を投げ打ってまで戦乱を終わらせようとしたかの聖女を思い出してしまう……彼女と
顔を合わせたのは戦場で一度きりだったが、あの強い瞳は今でも覚えている。……あの頃の私は、未だ壊れていなくて良かった。



「聖女って、誰?」



其れはまた今度話してやる。
大分夜も更けて来たからそろそろ寝ようエステル……子供の身体では、眠気を我慢するのは難しいだろうからね。



「あふ……そうね。其れじゃ、お休みアインス。」



あぁ、お休みなさい。
何とも奇妙なやり取りだが、このやり取りはもう当たり前になってしまったな。


それにしても、王都グランセルか……楽しみだ。




この時は、私もエステルもグランセルで一生モノになる出会いが待ってるとは、マッタク持って思っても居なかったのだけれどね。










 To Be Continued… 





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