Side:アインス
さてと、今夜はエステルとヨシュアが準遊撃士になった事と、初任務達成のお祝いだから、腕によりをかけて料理を作ってみたんだが如何だったか
な?
麻婆春巻きは勿論だが、酢豚も可成りの自信作なんだが。
「ほう、コイツは驚いたな?……随分と前に東方の国で同じ料理を食べた事があるんだが、その時食べたモノよりも此方の方がずっと味わいが深
いモノだ。
お前さんの料理の腕前は元々見事なモノだったが、最近は更に腕を上げたみたいだなアインス?」
「ホント、父さんの言う通り更に腕が上がったわよねアインス?
春巻きはパリパリの皮の中から出て来るジューシーな麻婆茄子が堪らないし、炒飯のパラパラ具合も最高!極めつけはこの酢豚って料理よ!!
甘みと酸味と塩味のバランスが良くて、此れなら幾らでも食べる事が出来ちゃうわ!!」
「確かに、此れは『無限に食べる事が出来る』ってレベルだと思う――其れこそ、店だって出せるんじゃないのかな?」
店もか……其れも良いかも知れないな?
まぁ、其れは多分ないだろうと思うけれどね――準遊撃士になったばかりだが、エステルもヨシュアも、其れ程時間を掛けずに正遊撃士になってし
まうだろうから、料理屋などやる暇はきっとない筈だ。
其れに何より、私自身も遊撃士の仕事と言うモノをちゃんとやってみたいと思ってるからね。
「しかし、此処まで上等なモノが出発前に食えるとは思わなかった。」
「………出発前?」
《どこかに行くのかカシウスは?》
「アインスが何処かに行くのかだって。アタシも同じ事思ったけど。」
「父さん、ひょっとして……」
「うむ……急な仕事が入ってな。暫く家を留守にするぞ。」
急な仕事?……アイナから預かったあの手紙だろうか?
確か、仕事関係だと言ってたが、アレは外国支部からの手紙だった筈――となると、リベール以外の国からの仕事の依頼と言う事か……其れなら
ば、暫く家を空けるのも仕方ないかも知れないな。
夜天宿した太陽の娘 軌跡16
『Geh auf eine Reise』
「ちょ、ちょっと待って?其れって何時からなの?」
「明日からだ。」
いやいやいや、ちょっと待とうかカシウス・ブライト。
夕方に手紙を受け取って明日出発とか幾ら何でも急すぎると言うか、手紙を出した奴はもっと余裕を持って仕事を依頼して来いと言うか、急転直下
にも程が有るだろうに。
……其れではエステル、遠慮なくいけ。
「あんですって~~~!?
幾ら何でも急すぎるわよ!?」
――シュン
「エステルの言う通りだぞカシウス。まぁ、手紙の内容が急を要するモノだったのかも知れないが、だからと言って明日とは行き成りすぎるだろ?」
――シュン
「そうよ!大体にして準備とか出来てるの!?明日の朝になって『あれがない、此れがない』って言われても困るんだけど!!」
――シュン
「お前ならば準備に関して心配はしていないが、話があまりにも急だから、そうなるとちょっとしたウッカリをしているかもしれないから、持って行く物
の再チェックをした方が良いぞ?」
――シュン
「そう言う事!分かった!?」
「あ~~……分かった。分かったから人格交代を連続して行いながら夫々で喋るのはなしにしてくれエステル、アインス……見た目と話し方が目ま
ぐるしく変わられたら、流石の俺も混乱しそうだ。」
「……ヨシュア、この程度で父さんが混乱すると思う?」
「いや、全然マッタク思わない。混乱どころか、父さんには毒も麻痺も火傷も凍結も効かない気がする。」
ヨシュア、其れは多分正解だと思うぞ?
カシウスにはこの世に存在するありとあらゆる状態異常が通じないだろうね……そして恐らくは、『残りHPの○%分のダメージ』も効かないだろう。
全盛期の私の夢の空間に捕らえても、強引に出てきそうだからね。
「まぁ、其れは其れとして……さっきの手紙だね?何か事件でも起こったの?」
「何、単なる調査だ。色々な場所を回るから、一カ月くらいはかかるだろう――そう言う訳で、留守は頼んだぞ?」
調査、ね。
恐らくは嘘ではないのだろうが、大事な部分はぼかしている感じがするな?……幾らカシウスが凄腕の遊撃士とは言え、態々外国から只の調査
を依頼されるだろうか?
お前は如何思うエステル?
《ん~~~……普通なあり得ないって思う所なんだけど、父さんならアリかと思うのよね?十年前も、女王様から直々にお仕事任された事があった
から、其れを考えると外国から依頼が来てもオカシクはないかも。》
《言われてみれば確かにそうだな……だが、カシウスを引っ張り出さねばならないような調査とは、一体何なんだろうな?……聞いてみるか?》
《ん~~……聞いても多分教えてはくれないと思うわ。父さんって、昔から仕事の詳細は教えてくれた事ないし。》
《……確かにな。――だが、本当に急だな?》
「はぁ~~……まったくもう、いっつもいっつも碌に相談もしないで勝手なんだから!母さんが生きてたら、笑顔で頭の上にトレイが叩き落されてる
わよ?」
「……其れはちょっとバイオレンスすぎない?」
「トレイか……其れで済めば御の字だな。フライパンが落ちて来たら、流石の俺でも只では済まんだろうからな……レナは割と本気でやって来るか
らシャレにならん事があったな。」
「父さん、良く死ななかったね。」
マッタク持ってその意見には同感だよヨシュア。
しかしだ、カシウスが外国に行ってしまうとなると、カシウスが受けていたロレント支部の仕事は如何するんだ?既に受けていた仕事をキャンセルし
たら信用問題にかかわると思うぞ?
「父さん、アインスが『ロレント支部の仕事は如何するんだ?』って。
確かに既に受けていた仕事をキャンセルしたら信用問題にかかわるとおもうんだけど……」
「うむ……お前さん達の言うように、5、6件ほどの依頼を受けている。
……其処で考えたんだが――お前達、俺の代わりに幾つか依頼を受けてみないか?」
「え?其れって、父さんがやる筈だった仕事の事?」
「うむ。新米のお前達でもやれそうな仕事を回してやろう。難しそうなのは、シェラザードに頼む事にする。どうだ?」
っと、此れは予想外の展開になったな?
確かに、新米でもやれそうな仕事を回して貰えば、エステルにもヨシュアにも、そして私にもいい経験になるのは間違いないし、私達では難しそうな
のはシェラザードに頼めば、其れもまたシェラザードの経験にもなると言う訳か。
《さて、如何するエステル?って、聞くまでもないかも知れないがな。》
《モチのロン!言うまでもないでしょアインス!》
「やるやる!やるに決まってるじゃない!ね、ヨシュアも良いよね?」
《準遊撃士の下積みとして、やっておける事は何でもしておいた方が良いと思うからね……カシウスの提案は、私達にはメリットしかないよ。》
「アインスも、メリットしかないって言ってるから!」
「言われなくても、勿論僕もやる心算だったよエステル、アインス。いい経験になるだろうしね。」
「決まりだな。
明日、出発前にギルドに話を通しておこう。」
「ん~~、俄然やる気が出て来たわ!
父さんの名前を落とさない為にも、気合を入れて取り組まないとね!!」
「おぉ、泣かせてくれるじゃないかエステル……天国の母さん、見ているかい?俺達の娘は、こんなに良い子に育ってくれたぞ……」
「……だって父さんもういい歳だから、此処で信用なくしたら後がないし、協力してあげるのが娘の義務よね。」
オイコラ、良い感じにまとまって来た所でお前は何を言ってるんだエステル?カシウスの名を落とさないように頑張るって、其れを聞いて私も感心し
ていたのに、その直後で落とすな。
色々と台無しだこのおバカ。
「なにぃ?俺はまだ四十五だ。バリバリの現役だっつーの!」
「あ~~……父娘漫才も程々に。
ところで父さん、明日はどっちの飛行船に乗るの?王都行き?其れともボース行き?」
……多少強引だが、ナイスだヨシュア。
お前が止めなかったら、私が強制人格交代をするまでこの愉快な父娘漫才は続いていただろうからね……リベール初の父娘漫才師として売り出
すのは、多分無理だな。
「王都行きだ。朝の十時に出発だな。」
「だったら明日は、少し早起きしなくちゃね。目覚まし時計、セットしとこっと。」
目覚まし時計……まぁ、セットしておくに越した事はないが、私達にとっては保険みたいなモノだな。
お前が寝坊しても、私が目を覚ませば身体を動かす事は出来る訳だし、お前自身が目を覚まさねばならないと言うのならば、精神世界でお前の事
を起こしてやればいいだけの事だからね?
《いや、アレはちょっと勘弁してほしいわ。
ほっぺをピシピシとか、デコピンなら兎も角、あんまり起きないからってルーアンクラブは勘弁してほしいわ……背骨が折れるかと思ったわよ。》
《精神世界で骨が折れても現実世界には影響しないがな。》
因みにルーアンクラブとは、私のいた世界のボストンクラブに相当する技――要するに逆エビ固めだね。アメリカのボストンが存在しないからリベー
ルのルーアンと言う事なのか、その辺は良く分からないけどね。
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食事を終えて、風呂に入って、あっという間にエステルは寝てしまったか……まぁ、今日は一日色々あったから疲れていたんだろうね――寝てしま
っても、夢の中では私と会っているのだがね。
さてエステル、今日の私はどんな感じだ?
「髪と目の色は何時もと同じだけど、服装が違うわね?……タイトスカートにシャツに、其れから其れって白衣よね?如何言う格好此れ?」
「……成程、今回は『暗黒医療会』の長である私か。」
「……何それ?」
……前の世界で、宴会の余興として行った寸劇だよ。その中で、敵方のラスボス的存在を演じた時の衣装なんだ此れは……暗黒医療会の長は、
大凡ラスボスとは言えないキャラだった気がするがな。
まぁ、其れは良いんだが、カシウスがロレントを発ったのを皮切りに、何かが起きそうな気がしてるんだよ私は……只の思い過ごしならば良いんだ
が、何かが引っ掛かっていてね。
「大きな事件が起きるかもしれないって事?」
「あくまでも、その可能性があるレベルだけれどね。」
「ん~~……アインスがそう言うってのは気になるけど、まぁ多分大丈夫じゃないかしら?
其れこそ国を巻き込むような戦争でも起きない限りは、大抵の事はアタシとアインスとヨシュアで何とか出来ると思ってるからね♪アインスだって
そう思ってるんでしょ?」
「……まぁ、な。」
この漠然とした不安は、或いはカシウスが回してくれた仕事への興味の裏返しなのか――だとしたら、初めて学校に登校する小学生か私は!!
精神年齢は、相当に高い筈なんだが……まぁ、此れに関してはこれ以上考えるのは止めておこう。
其れでエステル、今日はどんな話がご希望だ?
「そうねぇ……久々に、オリヴィエとクラウスの話が聞きたいわ。あの話、大好きなのよ。」
「未来へと希望を繋いだあの話か……十年前にグランセル城で話してから、何度もしてやったっけかな……では、久しぶりに聖王と覇王の物語を
語らせて貰うとしよう。」
世界広しと言えど、夢の中で自分の中の別人格と語らったりしてるのはエステルくらいなモノだろうさ――まぁ、此れも私達だからこそ出来る、大切
な時間なのだけれどね。
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そして翌日の午前十時。場所はロレントの発着場、カシウスが出掛ける時間だな。――それにしても、何度見てもこの飛行船には驚いてしまうね。
航空力学の観点から言えば、そんなにスピードの出る形状ではないにもかかわらず、急行列車並のスピードが出るのだからね……この世界の技
術力の高さは相当なモノだね。
「さて、そろそろ時間だ……エステル、あまり無茶をしてヨシュアやアインスの手を焼かせるんじゃないぞ?」
「もう~~、耳タコだってば。父さんも無理しちゃダメよ?もう若くないんだからね?」
「な~に、まだまだ若いモンには負けてられんさ……シェラザード、お前にも急な仕事を押し付けてスマンな?」
「いえ、気にしないで下さい――先生の代わりが務まるか、自分ではちょっと心配ですけど。」
「謙遜するな銀閃の。序に何かあったら、二人を――否、三人を頼むぞ。」
「其れはもう任せて下さい。決して甘やかさずに、厳しく見守れば良いんですね?――尤も、アインスに関しては私が如何こうする事も無いと思いま
すけれど。」
「まぁ、アインスは色々と特別だからな……アイツがやり過ぎないように、お前さんがストッパーになってやってくれ。」
「了解です。」
私がやり過ぎないように、ね?
まぁ、お前が言わんとしてる事は分かるが、悪いがシェラザードでは私を止める事は出来ないぞ?と言うか、本気を出した私とタメ張れるのはカシウ
ス位のモノだからね。
『王都方面行き定期飛行船《リンデ号》、間もなく離陸します。ご利用の方はお急ぎください。』
っと、時間みたいだな?
アナウンスを聞いてカシウスも飛行船に乗り込んだか。
「父さん、行ってらっしゃい。こっちの事は心配いらないから。」
「仕事が終わったら、遊んでないでとっとと帰って来てよね?」
《出来れば土産も忘れずにな?》
「ふふ、アインスが『土産を忘れるな』だってさ。」
「遊ぶって、人聞きの悪い事を言うな……まぁ、なるべく早く帰って来るさ。其れからアインス、土産の方は期待しておけ。――では、元気でな。」
――ギュオォォォォォォォォン……
カシウスがそう言った直後に飛行船が離陸し、あっという間に見えなくなってしまった……行ってしまったか。
となると、此処からは私達の時間と言う訳だな……カシウスが私達の為に回してくれた仕事を、全て片付けてやろうじゃないかエステル、ヨシュア。
仕事から帰って来たカシウスが驚く位の高評価でミッションコンプリートを目指すぞ。
「うん、そうねアインス!」
「えっと、アインスは何て?」
「父さんが戻って来た時に驚くほどの高評価を目指すってさ。」
「其れは、可成りの難易度だけど、だからこそやりがいがあるかも知れないね……OK、其れを目指して頑張ろうエステル、アインス。」
「モチのロンよ!やってやりましょ!!」
全力全開で、だな。
準遊撃士として、本格始動と行こうか――カシウスが回してくれた仕事を全て最高評価が目標だね。
To Be Continued… 
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