Side:アインス


カシウスが出掛けてしまい、エステルとヨシュアは、カシウスが受けていた依頼を引き継ぐ形になったのだが、其れとは別にギルドの掲示板に張ら
れている依頼を無視する事は出来ないな。
アイナにカシウスの仕事の事を聞こうと思ったのだが、如何やら他の遊撃士と何やら立て込んでいるみたいだったから、先に掲示板の依頼を熟し
てしまうのも良いかも知れないしね。

と、エステルに提案し、エステルがヨシュアと相談した結果『ミルヒ街道の手配魔獣』を討伐しに来たのだが、此れは何とも気の荒い連中が相手らし
い――エステル、少しだけ代わって貰っても良いかな?



《其れは良いけど、如何したのアインス?》

《なに、少し体を動かしたくなっただけさ。あまり動かずに居たら身体が鈍ってしまいそうだからね。》

《アタシが動いてるから、この体が鈍る事はないと思うけど?》



其れは言わないでくれエステル。
まぁ、アレだ――如何にお前の第二人格とは言えど、人格交代をしないでいると、私の感覚が鈍って来そうだからね……だから、簡単な討伐依頼
で私の意志で身体を動かしたいと思ったんだ。



《あ~~……確かにずっとアタシの中に居るだけじゃ鈍るわよね感覚が?分かったわ、そう言う事なら今回はアインスに任せるから。》

《私の我儘を聞いてくれた事に感謝するよエステル。》



――シュゥゥゥン……



「エステル?いや、アインスに代わったのか?」

「少し身体を動かしたくなったのでエステルに変わって貰ったんだ。
 さてと、難易度の高い依頼ではないが、油断をすると足元を掬われるからね……用心しつつ、速攻で倒すとしようかヨシュア?」

「そうだね、そうするとしよう。」



手配魔獣の名はパインプラント……植物型の魔獣だな。
動きは遅そうだが、植物と言う事を考えると、毒のある樹液や花粉を飛ばしてくる可能性があるな……取り敢えず、水属性のアーツは元気にしてし
まう可能性があるから使わない方が無難だな。









夜天宿した太陽の娘 軌跡17
『新米遊撃士コンビ、頑張ります!









で、本当にあっと言う間に討伐完了したな――翡翠の塔の一件で手に入れたセピスで火属性のクォーツを作っていたおかげで楽勝だった……矢
張り植物には火が利くな。



「確かに植物には火が効果的だけど、僕が知る限りファイアボルトは、単体攻撃であって、攻撃が命中した相手の周囲に炎を延焼させる効果はな
 かったと思うんだけど?」

「ヨシュア、ファイアボルトは火属性の基本アーツだが、如何に基本技であっても其処に使われる力が大きいと途轍もない威力を発揮するんだ。
 例えば棒術の旋風輪は、基本的な技ではあるが、エステルが使うのとカシウスが使うのでは破壊力に大きな差が有るだろう?其れと同じだ。」

《父さんが旋風輪使ったら、多分風圧だけで並の魔獣は倒せると思うわ。》



否定出来ないな其れは。



「言わんとしてる事は分かるけど、アインスが表に出て来ても、身体はエステルなんだから其処まで大きな差が出るとは思えないんだけど……」

「ところがそうとも言えないんだヨシュア。
 多重人格者の中には、人格が変わると肉体も変化する者が居るらしい――主人格の時は普通の人間だが、人格交代をするとモリモリマッチョに
 なったりとかな。
 私とエステルの場合は、エステルが表に出ている時は特別高い能力がない代わりに、極端に低い能力がない感じなんだが、私が表に出ている
 場合は、アーツに関する能力が極端に高くなる感じだな。
 ただ、アーツの基本威力と効果範囲は大きくなるが、その代償として攻撃系のアーツは追加効果が一切発生しなくなるみたいだ。」

「全てのアーツが強力になる代わりに、例えば今のファイアボルトなら『火傷』させる事は出来なくなる訳か……一長一短って感じかな?」



まぁ、そんな感じだ。
さて、手配魔獣は倒したし、新たなセピスも手に入ったからロレントに戻ろうか?工房で新たなクォーツを作っても良いし、オーブメントのスロットを
解放しても良いだろうしね。
其れに、アイナの方もそろそろ手が空いただろうからな。



《そうね、戻りましょうか?……で、未だアインスが表に出てるの?》

《ロレントに戻るまでな。ロレントに戻ったら、お前に代わるよエステル。》

《ん、了解したわ。》



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で、ロレント。
ギルドに戻る前にカレルと言う子が何か探していたみたいだから、其れを探すのを手伝ってやったのだが、如何やら其れもまた掲示板に張られて
いた依頼だったみたいだね。
期せずして二つの依頼を熟した事で、エステルとヨシュアの評価は少し上がっただろうね。

それでだ、手の空いたアイナから聞いたところによると、カシウスが残して行った仕事は三つで、先ずは西の農園に向かって欲しいとの事だった。
西の農園と言えば、エステルとヨシュアの同級だったティオ・パーゼルの両親の農園だった筈だが、其処に魔獣が出たとはな――人的被害は出て
無いとの事だったが、作物が荒らされたと言うのは農園にとっては死活問題になりかねん事だ。

なのでアイナから『ギルドの紹介状』を貰って早速パーゼル農園にだ。街道に居る魔獣を適当に討伐しながらね。……いやはや、エステルとヨシュ
アのコンビの前には、並の魔獣ではウォーミングアップにもならない感じたったね。

そんな感じで農園に到着だ。



「はぁ~~……いつ来てものどかな場所よね。魔獣に襲われてるなんて、ちょっと信じられないけど……」

「確かに今は、其れらしい気配は感じないな……兎に角、事情を聞いてみよう。」



そうだな、まずは情報収集からだ。どんな事でも、まずは情報をキッチリと得ないと、出来る事も出来なくなってしまう可能性がある――歴史を紐解
いてみても、何時だって勝者は情報を制した者だったからな。
いつ何時でも情報は大事だ、其れを忘れるなよエステル。



「うん、肝に銘じておくわ!」

「……エステル、いい加減その癖直そうよ?僕だから良いけど、知らない人が見たら怪しさ抜群だからね?」

「そうは言っても十年も一緒に居ると、直そうと思って直せる物でもないのよね此れ。――ヨシュアだって、十年間染み付いた癖を直せって言われ
 たら難しいでしょ?」

「其れは、そうかも知れないけど、ね。」



……エステルがヨシュアを黙らせると言うのは珍しい事だな?――大体の場合はヨシュアがエステルを言葉で制してしまう事が多いからね。
其れは其れとして、聞き込み開始だな。

其れでだ、先ずはティオに話を聞いたんだが、如何やら魔獣はこのところ頻繁に、其れも夜に現れるらしい……安眠妨害の上に作物まで荒らされ
ると言うこの仕打ち、高町なのはだったら速攻でブチキレて『少し頭冷やそうか?』とか言った上で、畑ごと魔獣を滅殺しているかも知れないな。
アハハ……ナハトの絶対防御が有ったとは言え、彼女と戦って良く無事だったな私は。と言うか、ナハトの力がなかったら確実にあの時の零距離
攻撃で私は消し飛んでいただろうなぁ……私を苦しめていた呪いだったナハトだが、私に絶対防御を与えてくれた事だけは感謝だな。


そしてその後、ティオの両親に話を聞いた所、外見は猫のような感じで、狂暴そうではないが動きがすばしっこくて捕まえる事も出来ないか……な
んとも変な魔獣だな?



「うん、確かに変な魔獣ね。」

「夜中に現れると言う事は、其れまで待つ必要がありますね?」

「あぁ、夜になるまでゆっくり寛いでいてほしい。」

「勿論、二人とも夕食に付き合ってくれるだろう?」

「えへへ、勿論♪
 ハンナ小母さんの料理ってとっても美味しいから楽しみ♪」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか――其れじゃあ、期待に沿えるよう、張り切って作るとしようかねぇ。」



だが、相手が夜行性と言うのであれば、其れまでは時間を潰すしかない訳で、如何やら今夜の夕餉はパーゼル農場で頂く事になるみたいだね?
ハンナの手料理からは学ぶ事も多いから、私としても楽しみだ――此れでまた、私の料理のレパートリーも増えるからね。



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ふぅ、エステルと共有している味覚だが、ハンナの料理は今日も絶品だった――此れは是非とも後でレシピを教えてもらわねばだな。
食事の後、ヨシュアは子供達の相手をして、エステルはティオとガールズトークの真最中なんだが……ティオからヨシュアがモテると聞いて、少し衝
撃を受けたみたいだな。
しかし交際を申し込んだ子が一人や二人では済まないとは、美少年は大変だな。
尤も、其れはすべて断ってるとの事だが、其れはきっとエステルが居るからだろうね……交際断ってる暇があるなら、さっさとエステルに告白しろ
と思う私は下世話と言うやつなのだろうが、エステルとヨシュアにはさっさとくっついて幸せになってほしいと思ってる私が居るんだよなぁ。
消滅の運命に抗わずに受け入れ、自ら幸福を手放した私だから、エステルとヨシュアが幸福になる未来を願っているのかも知れないね。



「むぅ……ヨシュアってば私に何の相談もしないで……秘密主義と言うか薄情と言うか。」

「そりゃあ、同性なら兎も角、異性に相談する事でもないでしょ?……其れに、エステルには尚更ねぇ。」

「へっ?なんで?」



……此れは、ティオもヨシュアの気持ちには気付いているかもしれんな――或は、気付いてないのはエステルだけなのかも知れん。命短し恋せよ
乙女とは少し違うかもしれんが、エステルは先ずは自分の気持ちに気付くのが先かも知れないな。

《全く、この鈍感娘め。》

《む、誰が鈍感ですって?》

《お前だお前。もう少し、男女交際好きだ嫌いだに敏感になった方が良いと思うぞ?ヨシュアが誰かに取られてからでは遅いからな。》

《ヨシュアが?……誰かに取られるって誰によ?》

《お前以外の誰かにだ。》

《???》



此れは、完全に分かってないな。エステルが自分の中の恋心に気付くのは何時になるやらだ……そう言えば、クローゼは元気だろうか?文通は
今でも続いているが、もう十年も会っていないからね。
機会が有れば会いたいものだな。



――コンコン



っと、此処で扉をノックする音が……



「エステル、良いかい?そろそろ見回りの時間だよ。」

「あ、うん……分かった。其れじゃ、お仕事片付けて来るわ。――今の話、また後で聞かせてね?」

「あ~、はいはい。気を付けて行ってきなさい。」



見回りの時間が来たみたいだな。
其れじゃあ此処からは遊撃士の仕事だ……先ずは農園の見回りからだ。



「如何やら魔獣は、何時もこの時間に現れるみたいだ。早速見回りを始めようか。」

「…………」

「えっと、何?」

「ヨシュア、アタシに隠し事してない?」

「隠し事?なんだよ、藪から棒に……」

「ヨシュアが家に来てから、アタシ達ずっと一緒だったよね?
 一杯ケンカもしたけど、其れも良い思い出だし、アタシヨシュアの事本当の意味で家族だって思ってる。」

「エステル……」

「だから、何かあったら相談に乗るからね!えぇと、その、青春の悩みとか……」

「は?」

「えっと話は其れだけ!とっとと見回りを始めましょ!」

「……此れは、ティオに何か吹き込まれたかな?」



……其れは、当たらずとも遠からずだヨシュア。
ティオが直接何かを言った訳では無いが、ティオの言った事がエステルの中の何かに触れたのは間違い無いからな……それが何であるのかをエ
ステルが全く自覚してないのが最大の問題なのかも知れないけれどね。



「…………隠し事、か…………」



なんだ?ヨシュアが何か呟いたようだが、巧く聞き取れなかったな?……まぁ、其れは今は気にしても仕方あるまい――先ずはカシウスが残して
行ってくれた仕事の一つ目を熟さねばだ。
夜の農場の見回りを始めるとしようじゃないか。



《夜の農場って何か不気味ね……お化けとか出ないわよね?》

《其れは分からないが、出たらその時は速攻で私に変われ。私ならば、殴って倒せない敵でも倒す事が出来るからね。》

《うぅ、その時はお願いするわアインス。お化け怖い。》



エステルは相変わらずお化けが怖いみたいだが、其れは全部カシウスのせいだな……エステルが怖がってる様を面白がって、怖い話を聞かせた
結果だからね。
マッタク持って、親父と言う人種は碌な事をしないな。
まぁ、其れは今は捨て置いて、夜の見回りだ――何としても、作物を荒らす魔獣をとっ捕まえなければだからね。










 To Be Continued… 





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