Side:アインス


起きて、顔を洗って、そして髪を整えて……今日も完璧だなエステル?――鏡の中に映った自分を見ろ、其処に映っているのは、常に最高の自分
である筈だ。



「そうね……今日も完璧ね!!」



そうだ、その自信が大事なんだ。己に自信がないモノは大成する事は出来ないからね――寧ろ、太々しい位に自信満々の奴の方が大成する事が
あるからね。
まぁ、其れは相応の実力を備えた奴に限られるがな。
だが、此れだけは言える――お前は将来確実にカシウスを超える大物になる筈だエステル。



「父さんを超えるって……イメージできないんですけど?」

《スマナイ、私もマッタク持ってイメージできない……あの親父、チートが過ぎるぞマッタク――私が表に出て挑んで、全戦引き分けとは、身体がエ
 ステルである事を考えてもオカシイ事この上ないからな!!》

《父さん、ガチで人間やめてる?》

《その可能性を否定できないのが悲しいな……まぁ、其れがカシウスなのだと言ってしまえば其れまでなのかも知れないけどね。》

取り敢えず支度をしたら、ハーモニカの音のする所に行ってみよう――恐らくだが、ヨシュアもエステルに来てほしいと思って、ハーモニカを吹いてい
るのかも知れないしね。










夜天宿した太陽の娘 軌跡12
『開幕、空の軌跡‐First Chapter‐』










で、手早く支度をして、やって来たのは二階のテラス……其処にはハーモニカを奏でるヨシュアの姿が――何時もの事ながら良い演奏だな?ハー
モニカだけで、此れだけの曲を奏でるなど早々出来るモノではないからね。
マッタク持って大したモノだ。



「良い演奏ね……やるじゃないヨシュア!」

「あ……おはようエステル。其れと、アインスも。――ゴメン、若しかして起こしちゃった?」



いや、私は兎も角、エステルは丁度起きた所だったから問題はないさ……それにしても、朝っぱらからハーモニカの演奏とは、少しばかり気障だと
思わないかエステル?
ヨシュアの場合は様になってるとは言えな。



「そうね、ちょっとばかり気障かも。や~~、お姉さん思わず聞き惚れちゃったわ♡」

「何がお姉さんだか……僕と同い年のくせに。」



エステルとお前は同い年かもしれないが、私はお前より990歳ほど年上だぞ?そしてそんな私がエステルに憑依している以上、合計年齢の差でエ
ステルの方が姉で間違いない。
異論は認めない。

だが、其れは其れとして、その曲は良いな?明るいんだが、その中に切なさを感じる……とても素晴らしいモノだよ。



「アインスもそう思う?私もそう思うのよ……他の曲も好きだけど、やっぱりこの曲が一番好きかな?えっと、なんて名前だったっけ?」

「『星の在り処』だよ。
 其れからエステル、アインスとの会話?は口に出さない方が良いと思う……事情を知らない人が見たら、少し頭がおかしいと思われるかも知れな
 いからね。」

「あうぅぅ……此れでも大分マシな方になったんだけど、気を抜くとポロッとやっちゃうのよね~~。
 何て言うのかな?もうアタシとアインスは一緒に居る事が当たり前になっちゃってるから、ついついアインスと話してる事が口を突いて出ちゃう感
 じなのよね。」



エステル……まぁ、少なくともロレントの人達は、私達が二重人格であると言う事を知ってるから問題ないだろうが、遊撃士になってロレント以外の
場所に行く事になったら気を付けた方が良いかも知れないな?
『変な電波を受信してる遊撃士』などと噂されてしまったら、笑うに笑えないからね。


それにしても、私がエステルの第2人格となって10年、ヨシュアがブライト家に来て5年か。
此の5年で、ヨシュアは本当に変わったな……此処に来たばかりの頃は表情もなく、感情表現も乏しかったが、今では普通に好青年と言う感じに
なっているからね。
矢張り5年前のエステルのアレが効いたかな?……あの超巨大な、エステルの頭くらいありそうなカブトムシ――捕獲を手伝った私が言うのもなん
だが、あれ位の大物となると古生代の生物になるのではなかろうか?……ミストヴァルトは不思議が一杯だな。
……思えば、あの時が初めてヨシュアが真面な感情を顕わにした時だったな――其れから少しずつ表情も柔らかくなり……



「ヨシュアも、もっとアクティブにならないと女の子にモテないわよ?」

「悪かったねウケが悪くて。
 そういう君こそ、趣味に偏りがあると思うけど?釣りに、虫採りに、スポーツシューズ集めとか。」

「むぐぅ……良いじゃない、好きなんだから。って言うか虫採りなんてとっくに卒業したわよ!」

「う~ん……本当かなぁ?」



今ではエステルと軽口を言い合えるようにまでなったからね――そして、同時に私がヨシュアを始めて見た時に感じたモノも、ヨシュアが大怪我をし
ていた事による勘違いだと思うようになった。
今のヨシュアからは『    』は感じられないからね。
それから、私がエステルに憑依してからの10年の間に、クローゼとリシャールとの仲も大分深くなったね――なんでもリシャールは出世して大佐に
成り、近々新たに発足する部隊の隊長になるとか。
クローゼもクローゼで、社会勉強の為に身分を隠して学校に通う事になったと言っていたな……クローゼの制服姿、なんだかとっても見てみたい。

さて、仲が良いのは結構だが、そろそろ朝食の時間じゃないかエステル、ヨシュア?



「ヨシュア、アインスがそろそろ朝ごはんの時間じゃないかって。」

「そう言えば、そろそろだね?……父さんが当番の時は、僕達が当番の時よりも早いからね――尤も、一番早く準備が出来るのってアインスなん
 だけど。」

「あ~~……料理に関しては流石の父さんもアインスには勝てないのよね?
 レパートリー、手際の良さ、その他諸々全部がアインスは完璧だから――そして、同じ身体だから身体が覚えてる筈なのに、アタシが表に出ると
 巧く行かない理不尽。」

「なまじ身体が覚えてるだけに、其れに若干振り回されてるよねエステルは。」

「ぐぬぬ……悔しいけど否定できない。」



スマンなエステル、私には嘗て主が作って下さった100のレシピが記録されていてな、其れに更にこの世界ならではのアレンジを加える事で料理
のレパートリーは無限に増やす事が出来るんだ。
私としては、寿司とタコ焼きとラーメンをこの世界にも普及させたい。



《アインス、其れはアタシも食べてみたい!!》

《寿司ならば、海で採れる魚が手に入ったら作ってやろう。米と酢はこの世界にもあるから、材料には困らないからね。》

《個人的にはラーメンが気になるのよね?》

《其れも材料が手に入ったら作ってやる――尤も、醤油はないから必然的に味噌ラーメンか塩ラーメンになるけどね。》



取り敢えず朝食を済ませてしまおうか?……カシウスも、冷める前に降りてこいと言ってるしな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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朝食を終えた私達は、ロレントに向かっている真っ最中だ。
今日はギルドで研修の仕上げがある日だからね――此れまで習った事のおさらいだが、其れが終わればエステルとヨシュアも準遊撃士とは言え、
遊撃士になる訳だ。
……今更だが、エステルが準遊撃士になるのは良いとして、その場合私は如何言う扱いになるのだろうか?エステルと同じ扱いなのか、それとも
私は私で個別になるのか――普通に考えれば私とエステルで一つの資格だとは思うんだがな。

《さてと、ロレントに到着したが、ギルドに行く前に雑貨屋に寄るか?カシウスから『リベール通信』を買って来るように頼まれていたよね?》

《そうね、そうしましょうか。
 其れにしても、日曜学校を卒業したばかりなのに、遊撃士になるためにこんなに勉強させられるなんて夢にも思わなかったわよ~~……》

《はは、其れは仕方ないだろう?
 遊撃士の仕事と言うのは生半可な者には務まらないからね……学ばねばならない事だって山ほどあると言うモノさ――そもそも実技はお前が担
 当するのは当然だが、座学の特別難しい所は私が担当して、後でお前にも分かり易いように教えてやっていたんだから其処まで難しい事はなか
 った筈だが?》

《其れは確かにそうなんだけど、机に向かうのが苦手なのよね?
 ぶっちゃけて言うと、アインスが居なかったらもっと勉強苦戦してたかもしれないわ……ホント、アインスには感謝してるわ。》

《まぁ、私が居なかったら居なかったで、その時はヨシュアが教えてくれたと思うがな。》

《そうかもだけど、ある意味で自分の中だけで分からない所を消化する事が出来てる訳だから、其処は二重人格の特権って奴なのかもね。》

《そうだな。
 この特権を悪用すれば、私が試験を受ける事で超絶難しい国家資格なんかも楽に取得する事が出来るかも知れない……いっその事やってみよ
 うか、取得可能な国家資格の全制覇?》

《ふっふっふ、お主も悪よのうアインス?》

《いえいえ、主人格様ほどではありませぬ……まぁ、悪用禁止だから絶対やらないけどね?》

《其れは分かってるわ。》



「……エステル、アインスと何を話してるか知らないけど、一瞬物凄く悪い顔になってたよ?
 ……なんて言うか、主人公が絶対にしちゃいけない顔になってた気がするから。」

「其れってこんな顔?」



――みょいーん……



「ぶっ!!」



――ボディがお留守だぜ!!



《見て見てアインス、ヨシュアが噴出したわよ!》

《これは中々レアな光景だな……今回は私達の勝ちだエステル。》

エステルがカウンターで変顔を炸裂させた事で、ヨシュアが思わず噴き出したか……冷静沈着でクールなヨシュアと言えども、無警戒だった所に炸
裂した一撃はボディに来たみたいだな。
思わず精神世界でエステルとハイタッチだ。――そう言えば何時の頃からか、エステルと精神世界で話をするとき、互いの姿を認識できる様になっ
たな。



「フッフッフ、油断禁物よヨシュア!」

「ゆ、油断してたボディに来たよ今のは……手の平で顔を思い切りぶわっと伸ばすとか……ゴメン、流石の僕も耐えられなかった。」



寧ろこれに耐える事が出来たら『お前には感情があるのか?』と思うレベルだから耐えられなくても問題ないぞヨシュア――何よりも今のは防ぎ様
の無いカウンターだった訳だしね。



其れでだ、先ずは雑貨屋に寄ったんだが、リベール通信の入荷は午後になるとの事だったので、ギルドでの研修が終わった後で、改めて寄らせて
貰う事にした。
……新作のスニーカーにエステルが反応したのは、まぁ、仕方ないだろうね。

なのでその足でギルドに。



「あら、おはよう。エステル、ヨシュア。」

「おはようアイナさん!」

「おはようございます。」



受付で出迎えてくれたのは、アイナ。
遊撃士協会ロレント支部の受付で、天然ザルを通り越したガチのウワバミ……正直な事を言うと、コイツには八岐大蛇をも酔わせた量の酒を飲ま
せても潰れないんじゃないかと思う。
何時だったか、シェラザードとカシウスを完全に良い潰した事があったからね……コイツのアルコール分解能力はどうなってるのか非常に気になる
所だね。



「シェラ姉、もう来てる?」

「えぇ、2階で待ってるわ。
 今日の研修が終われば、晴れて遊撃士の仲間入りね。二人とも、頑張って。」

「うん、ありがとう!」

「頑張ります。」



今日の研修が終われば晴れて準遊撃士になれる訳だから、気合を入れて行かないとだね……そう言えば、研修はペーパーテストとか有るのだろ
うか?
ある場合は、私は完全に奥に引っ込むべきか、其れとも答えを教えないまでもヒントを出してサポートしてやるべきなのか……いや、でも其れはカ
ンニングに該当するのか?



《其れは、若干判断に迷う所があるけど、基本は口出し無用の方向でお願いするわアインス。》

《分かったよエステル。私は最低限のサポートに回らせて貰うさ。》

何にしても、今日の研修を無事に終える事が出来るかどうかが重要な事だから、気合を入れて行けよエステル、ヨシュア。
――取り敢えずエステル、景気付けに扉を蹴破って入室しようか?



「OK!……おはようシェラ姉!!」



――バッガーン!!



……うん、本当にドロップキックで扉を蹴破るとは思わなかった……哀れ扉は木っ端微塵の木屑になってしまったか……こうなっては直す事は出来
ないから、新たな扉を付けるしかあるまい。
代金はカシウスに付けておいてくれ、だな。



「ちょっと、何してるのさエステル!?」

「エステル!?……普通に入って来なさいよ!」

「え?だってアインスが景気付けにドアを蹴破って行けって。」

「アインスのせいか……マッタク持って、余計な事言うんじゃないわよアインス!!」



其れはお互い様だろシェラザード?
お前だって要らん知識を色々とエステルに吹き込んでくれているからな?……この程度の意趣返しは大目に見ろ――そもそもにして、お前は嘗て
ウチに来て酔いつぶれた挙げ句にリバった事があるのを忘れるなよ?アレの処理をしたのは私とエステルだからな……あの時の借りは、未だ返し
て貰ってない事を忘れるなよ。



「シェラ姉、アインスが『 お前だって要らん知識を色々とエステルに吹き込んでくれているからな?……この程度の意趣返しは大目に見ろ――そも
 そもにして、お前は嘗てウチに来て酔いつぶれた挙げ句にリバった事があるのを忘れるなよ?
 アレの処理をしたのは私とエステルだからな……あの時の借りは、未だ返して貰ってない事を忘れるなよ。』だって。」

「ぐ、其れを言われると何も言えないわ。
 でもまぁ、其れは其れとして、今日のまとめは厳しく行くから覚悟しておきなさい?」



厳しくか……上等だ。
寧ろ温い内容だったら拍子抜けしてしまうから、厳しい位で丁度良いと言うモノさ――エステル、ヨシュアと共に最後の研修の全ての課題を、Sランク
でクリアしてやろうじゃないか?
そして、シェラザードを驚かせてやろう。



《その案乗ったわアインス……シェラ姉に、アタシ達の力、見せてあげましょ!!》

《あぁ、そうしようじゃないか。》

シェラザードが如何に私達の事を知ってるとは言え、Sランクのクリアとなれば大いに驚く筈だろうからね……いや、驚いていても敢えて反応しない
可能性はあるかも知れないがね。



「ふふ、上等よシェラ姉!アタシもヨシュアも気合バッチリだから!!」

「其れは良いけど、僕がちょっと空気じゃない?」

「ヨシュア、空気が無いと人は生きていけないのだから、空気でも大丈夫よ!!」

「エステル、ちょっと意味が分からない。」



だろうな、私も若干意味が分からないからね。
ともあれ、今日が研修の最終日――必ず合格して準遊撃士にならねばだ……全力を出し切れよエステル、ヨシュア!!



《勿論、言われるまでもないわ!!》

《ふ、お前ならばそう言うと思ったよ。》



「ヨシュア、アインスが全力を出し切れだって。」

「全力を出し切るか……そうだね、そうするとしよう。」



目指すは、準遊撃士になる事だな――その為にも、この最後の研修で合格しなくてはだからね……決して難易度の高いモノではないと考えるが、
其れでも簡単なモノではないだろう。
一体どんな事が行われるのか、少しばかり気になって来たが、エステルとヨシュアならば、どんな課題であっても必ずクリアしてしまう筈さ。

天真爛漫でイケイケのエステルと、冷静沈着で思慮深いヨシュアのコンビは、私から見ても最高のコンビだと思うからな――この、最高のコンビで
研修最終日も乗り切ると私は信じている。……頑張れよエステル、ヨシュア!!
お前達が遊撃士になるのを、楽しみに待っているよ。









 To Be Continued… 





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