Side:アインス
カシウスが持ち帰った『土産』とは、布に包まれたエステルと同じ位の年の黒髪の少年でしたとさ――今は眠っているのか、その表情は分からない
が、少なくともイケメンの部類であるのは間違いないだろう。
黒髪のイケメン少年と言うと、クロノ執務官が思い浮かぶが、この少年は其れと同等かそれ以上だろうな。
だが、其れでも、言わせてくれカシウス!!
「《誰?》」
思わずエステルとシンクロしたぞ本気で!!!誰だ其れは!!
「父さん誰よその子!!……ハッ、若しかしてお父さん何処かの若い子としけこんでたりした訳?……其れでその子は、禁断の愛の結晶って奴だ
たりしちゃうわけ!?
お母さんを裏切ってたの……天国のお母さんが悲しむわよ!」
「違うからな?と言うか、何処でそんな言葉を――いや、シェラザードか。アイツは耳年増だからな……余計な事を吹き込むのは止めてほしいモン
だよマッタク。
この子はな……ちょいと訳ありで詳しい事を話す事は出来ないが、俺が保護したんだ……この辺りでこんな黒髪は珍しいだろう?それと、瞳は綺
麗なアンバーだ。」
詳しい事は話せない?……如何やら訳有のようだが、其れを問い詰めてる場合ではないだろうな。
エステル、今すぐ洗面器に湯を注いで、其れでタオルを温めて、彼の額に乗せてやれ――見た感じ、可成り消耗しているようだから、先ずは体温を
上げてやって体力の回復を最優先にしなければならないからね。
其れで、其れが終わったら私と変わってくれ。体力回復に効果のある食事を作ってやらねばだからな。
《アインス……了解よ。》
《では、行動開始だ。》
果たしてこの少年は何者なのか……少なくとも、私とエステルの敵になる事は無いと思うのだが、何か不思議な感じを受ける。
其れにこの少年からは……いや、其れは流石にあり得ないか――彼が可也大きな怪我をしている故に、そう勘違いしてしまっただけだろうね。
夜天宿した太陽の娘 軌跡11
『Offnung, Flugbahn des Himmels』
エステルがタオルを用意し、私が特製の雑炊を完成させたのだが、件の少年は未だ目を覚まさないか……身体の色んな所に包帯が巻かれている
のは、其れだけの怪我をした事の証だから、そのダメージのせいで目を覚まさないのかもしれないがね。
其れでカシウス、保護したとか言ってたが、結局彼は何者だ?
「アインスが、此の子誰だって。」
「コイツはな、仕事関係で知り合ったばかりなんだ。……未だ、名前も知らなかったりする。」
「《仕事って、遊撃士の?》」
「まぁな……って、今アインスと声が重なってなかったか?」
……気のせいじゃないかな?
まさか、私とエステルの思っている事がシンクロした場合に限って、私が表に出なくとも私の声がエステルの声に重なって聞こえるなんて言う事が
起きる筈がない……って、存在その物が不思議な私が言っても説得力はないな。
「ん……ん……?」
「わぁ……本当に綺麗な琥珀色。」
と、そう思った矢先に目を覚ましたか。……此れは、確かに見事な琥珀色の瞳だな。――やや、濁りが見えるのが気にはなるけれどね。
「………此処は?」
「目を覚ましたか。此処は、俺の家だ。――取り敢えず、安心して良いぞ。」
「……如何言う心算です?正気とは思えない。……如何して、如何して放っておいてくれなかったんだ!」
「どうしてって言われてもなぁ……いわゆる成り行きってやつ?」
《理由が適当すぎるぞカシウス!!》
《父さん、其れは無いわ!!》
「ふ、ふざけないで!
カシウス・ブライト!……貴方は自分が何をしているのか分かってる――」
「コラ!!」
――ベキィ!!!
「ブッ!!」
って、お前は行き成り何をしてるんだエステル!?
プロレスラーでも絶賛する程の見事なドロップキックが少年の横っ面に炸裂したぞ!?……下手したら首の骨が折れていても不思議じゃない攻撃
だったのだが……生きてるよなあの少年は?
「怪我人のくせに大声出したりしないの!怪我に響くでしょ!!」
《いやエステルよ、私的には大声を出した程度で、その怪我人にドロップキックかます方が如何かと思うんだがな?と言うか、余計な怪我増やす心
算かお前は?》
《大丈夫よ手加減したし。》
《手加減?今ので手加減?ドロップキックが手加減だと!?》
あれで手加減したというのであればエステルの本気は如何程か……私が人格交代して棒術及びその他のトレーニングをする事もあったのが原因
か、エステルの身体能力は同年代ではずば抜けたチートレベルになっている故に、此の子の本気はちょっと恐ろしい。
……其れでも高町なのはにはまだ及ばないのだから、あの子の恐ろしさは如何程か――ナハトの力がなかったら、あのゼロ距離砲撃で木っ端微
塵になってただろうな私は。
「……誰?」
「エステルよ。エステル・ブライト。」
「俺の娘だ。お前さんと同じ位の娘が居るって話しただろう?」
「そう言えば……って、そんな話をしてるんじゃない!!」
「む……」
……拙い、再度大声を出そうとした少年に、エステルがまた――させるか、強制人格交代だ!!
――シュン!!
《ちょ、何するのよアインス!また大声出したから!!》
《えぇい、アホの子かお前は。
如何考えても大声を出すよりも飛び蹴りを喰らう方が怪我に響くに決まっているだろう!お前のやっている事は、傷口に花椒パウダーを擦り込む
ようなものだぞ!!》
《花椒って何だっけ?》
《普通の山椒よりも、更に痺れる辛さの山椒だ……って言っても分からないか。お前にも分かり易く言うのならば、傷口に激辛タバスコを塗り込む
ようなものだ。》
《うわぁ、何それめっちゃ痛いんですけど!!想像しただけで鳥肌が立つわ!!》
だろう?
だから怪我人に飛び蹴りとかダメだ絶対……と言うかそれ以前に飛び蹴りをかます以前に親として、大人として止めろカシウス!お前ならば、エス
テルが技の動作に入ったのを見てから止める事など造作もないだろう?
「いやぁ、余りにも見事な技の入り方だったんで、止めるのは悪いかなと。」
「カシウス……取り敢えず一発殴っても良いかな?其れは流石に笑える理由ではないからね……何、心配するな、ほんの少しだけ天国のレナ・ブ
ライトと面会させてやるくらいだから。」
「アインス、其れ若干洒落になってないぞ?」
「だろうな。」
洒落じゃなくて若干と言うか、可成りガチだからね……さて、覚悟は良いかカシウス・ブライト?
「か、髪の色が変わった?其れに話し方も……君は?」
「……そう言えば、君が居たな少年。
私はアインス。アインス・ブライト――先程君に飛び蹴りをかましたエステルのもう一つの人格だ……私達は、所謂多重人格なんだ。」
「た、多重人格だって?」
まぁ、驚くだろうな?
一つの身体に二つの人格が存在するなど,普通ではなかなかない事だからね――だがまぁ、其れは其れとして、エステルの言うように大声を出す
のは止めておいた方が良い。
飛び蹴りほどではないが、傷に響くからね。
まぁ、次に大声を出したその時は強制的に眠らせる必要があるかも知れないけれど。
「な、なにをする心算?」
「物理攻撃はNGだから、睡眠魔法でも使って眠らせようかなと……睡眠系、催眠系は私の得意な魔法でもあるからね。」
「君は、戦術オーブメントなしでアーツが使えるのか!?」
「こう見えて、私は色々と常識はずれな存在だからな。」
《そうよねぇ……まさか、空を飛ぶ事が出来るとは思わなかったわ――其れも飛空艇を余裕でぶっちぎるレベルで。》
《あれで驚いていてはだめだぞエステル……私を救ってくれた小さな勇者の一人であるフェイト・テスタロッサと、其れを模したマテリアルのレヴィは
スピードだけならば私を遥かに凌駕していたからね。》
《其れってドンだけ?》
《一分あれば世界10周できるレベルだな。》
《あんですってーーー!?》
「……大人しく、してます。」
「ハッハッハ、此の家ではエステルとアインスには逆らわん方が良い――この二人が本気で怒ったら、俺でも敵わないだろうからな。」
「……そうみたいですね。」
……カシウスの言った事には少し思う所がない訳では無いが、其れは今は放っておこう――其れよりも少年、君は何か忘れている事がないか?
「え?」
《名前よ名前。アタシもさっき言ったでしょ?》
エステルも言っているが名前だ。私もエステルも名を名乗った――ならば、お前も名乗るのが礼儀だと思うのだがな?……代わるぞエステル。
《了解。》
――シュン
「こっちだけが知らないのは不公平だし、悔しいじゃない?」
「また髪の色と話し方が……君は本当に二つの人格をその身に宿しているんだね……」
「そうよ?
アインスとは彼是5年の付き合いになるのよね~~……って、そんな事は今は如何でも良いのよ!アタシとアインスは名乗ったんだから、アンタ
も名乗りなさい!!」
「え?幾ら何でも強引過ぎないかな?」
「ハッハッハ、諦めろ坊主。
こうなったエステルは止めることが出来るのはアインスだけだ――が、アインスも止める気はないみたいだからな。」
うん、ない。
だから、覚悟を決めてその名を名乗れ少年。――何よりも、名前が分からないと、色々と不便だからな。
「…………分かった………僕は……僕の名前は――」
……そうか、其れがお前の名か――いい名だな。
「良い名前じゃない!」
「え?そう、かな?」
「良い名前よ!少なくともアタシはそう思ってるし、アインスもそう思ってるわ!!」
「そう、か。」
私とエステルがいい名だと思ったのだから、お前のその名前は充分いい名だと思うよ――お前には何か訳があるのだろうが、其れを今聞くのは些
か無粋だから聞かないでおくよ。
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其れからあっと言う間に5年の月日が流れ、エステルも16歳になった――件の少年も、当初は私達と距離を置こうとしていたが、エステルが色々
やったおかげで、今では人並みの感情表現を見せるようになったか。
其れよりも起きろエステル、朝だぞ?
「ん……ん~~……おはようアインス。よく寝た~~~~。」
《あぁ、おはようエステル。》
「ふわ~~~ぁ……なんか、こうして朝を迎えるのが普通になっちゃたわよね?……考えてみると、アタシって貴女と出会ってからの方が人生長く
なっちゃったわ。」
そうだな……お前と出会って10年だからね。
当初は、半年、長くて1年で消えるだろうと思っていたのだが、まさかあれよあれよと月日が流れて10年も一緒にいる事になるとは思っても居なか
ったからね……此れは、冗談抜きでエステルが死ぬまで私はエステルと一緒にいるのかもしれないな。
……まぁ、其れなら其れで悪い気はしないけれどね。
「そう言えば、今日の当番は父さんだったっけ?――其れじゃあヨシュアは、まだ寝てるのかな?」
《其れは無いと思うぞエステル……寝起きに私が表の人格になってた時以外で、ヨシュアがお前よりも遅く起きて来た事が有ったか?》
「……ない!」
《自信満々に言う事でもないだろうに。》
だが、ヨシュアはもう起きているという事さ。――その証拠に……
――♪~~♪
テラスの方からハーモニカの音が聞こえて来たからね。
「あは、起きてるみたいね?よーし……アタシも早く支度しようっと!」
あぁ、そうしよう。
そして、朝の挨拶をしに行こうとしようか――此のハーモニカの音を奏でる彼に……5年前のあの日、カシウスが連れて来た少年、ヨシュアにな。
ヨシュア・アストレイ改め、ヨシュア・ブライト――彼と出会ったその時に、私とエステルの物語は本当の意味で始まったのかもしれないな。
――他の誰でもない、此れは私とエステルの物語、か。
「アインス、何それ?」
《只の戯言だ、気にしなくていい。》
その物語がどんなモノになるのか、其れは分からないが、今度こそ私は間違わずに、物語をハッピーエンドに導いてみせる――それが、闇の書の
意思として、数多の命を奪い、数えきれないほどの世界を破壊してしまった私に出来るせめてもの贖罪だろうからね。
To Be Continued… 
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