Side:梓


ふぅ……良く寝たな。――自分で言うのもなんだが、幾ら洞窟の中で吹雪を凌ぐ事が出来るとは言え、焚き火の熱だけの中で寝
て、よく凍死しなかったものだ……ドレだけ頑丈なんだろうな私は?

「……暦は何処に行った?」

だが、そんな事よりも、見える範囲に暦が居ない事の方が重要だ。
姿が見えないと言う事は、移動したと言う事であり、其れはつまり熱も下がって普通に動けるようになったと言う事だが、この迷路
の様な洞窟を歩き回るのは自殺行為なんだが……おい暦、何処にいる?
居たら返事をしろ!!



「先輩?目が覚めたのか……私は此処にいるぞ。」

「暦?」

なんだ、少し開けたこの場所にいたのか……姿が見えないので心配したぞ?――だが、取り敢えず熱が下がったようで安心した
よ――あのままでは体力を失って衰弱死してしまう可能性があった訳だからな。

とは言え、状況が好転したと言う訳でもないから如何した物か……歴が元気になったのならば、強行突破も視野に入れるべきか
も知れんな此れは……











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務56
『死地に差し込んだ生還の希望』











「おはよう、先輩。よく眠れただろうか?
 ぐっすり寝ている様子だったので、起こさぬよう忍び足で出て来た――見ての通り、動けるまでに回復した……貴女のお陰だ。
 ありがとう先輩。」



お前が起きた事に気付かずに寝ていたとは、私も可成り疲労が溜まっていたと言う事か?……魔法なしでの『鬼』との連戦は、私
が思っていた以上に、体に負担をかけていたと言う事かな。
だがまぁ、其れもぐっすり眠ったら回復したがね。
それと、お前の礼にはどういたしましてだな……尤も、私1人ではどうにもならなかったかも知れないがな。



「心から、お礼申し上げる。」

「なら、其れは有り難く受け取っておくよ。」

「……先輩。」



なんだ暦?



「貴女は命を懸けて私を助けてくれた――今度は私が、其れに応える番だと信じる。
 私は、貴女に謝らないといけない事がある――私はずっと……貴女を騙していた。貴女を先輩と呼んで近付いたのは、貴女を
 慕っての事ではない……其れが、私の任務だったからだ。」

「私を騙していた?其れに、任務だと?……どういう事だ?」

「シラヌイのお頭から与えられた密命……その遂行の為に、貴女を慕うふりをして近付いた――申し訳ない……」



そうだったのか……と言うか、言われてみれば私の事を探っている様な事があったな?……食事を作っておいたのも、私と遭遇
した時に言い訳をする為の物だった訳か。
……だから、最初の食事は味がしなかったと言う事か?……こう考えると、気付かなかった私は相当に鈍いのか楽観的なのか。
言われるまで、怪しいとも思わなかったぞ。



「無理もない。私は此れでも隠密の技を心得ている。
 許していただけるとは思わない。――ただ、私を信頼して頂けないだろうか?
 私は全てを懸けて、貴女を此処から脱出させる!それが私に出来る、精一杯の恩返しだ。
 何れ、必ず全てお話しする。其れまで、信じて貰えるだろうか……?」

「愚問だな暦。
 私は、お前の事を共に戦う仲間だと思っているんだぞ?――ならば、その仲間を信頼しなくてどうするんだ?
 大体にして、私は信頼していない相手と、こんな場所で2人きりで居られるほど神経が図太くはないよ……こう見えても、結構お
 前の事は頼りにしてるんだぞ暦?」

「そうか……ありがとう。
 ……ついでにもう一つ、お願いしたい事がある。……改めて、『先輩』とお呼びしても良いだろうか?」



なんだ、そんな事か?
別に構わないよ……と言うか、お前からはそう呼ばれるのが普通になってしまっているから、今更変えられる方が違和感を感じる
と言うモノさ。



「ありがとう、先輩――では行こう、先輩。ウタカタの里に帰る為に……」

「賛成――と言いたい所だが、実際如何したモノだろうな?」

外は猛吹雪の上に、オラビの奴が仲間を呼んでいるから、下手に動けば、かえって危険……瞬間移動は使えないし、魔法も封じ
られているから、雲の上を飛んで行く事も無理だからね?




「その点に関しては、私に任せてください。」

「「!!」」



この声は、ホロウ!?



「梓もビックリ、救援に参上です。」

「救援に参上って、ちょっと寄ってみましたみたいな軽いノリで言う事か!?いや、お前がそう言う奴だと言うのは知ってるが…」

「一体如何して此処が……」

「二人が行方不明になったと聞いたので、単独で捜索を敢行していました。
 異界で長時間行動可能なのは、私だけでしたので――此処は、私が落下した崖下。地理情報は万全でした。
 二人が氷漬けになる前に、見つけられてよかったです。」



単独でって……無茶するなお前も?
と言うか、自分が落下した崖下と言うのは覚えてるんだな……だが、助かったよホロウ。
地理情報がバッチリだと言うのなら、此処からウタカタに帰る道も分かるんだろう?……正に、地獄に仏だな。



「しかし、残念なお知らせもあります。
 ここに来る途中、大型『鬼』と遭遇しました――中々速くて振り切れませんでした。恐縮ですが、今ちょうど外にいます。」

「……流石はホロウ、只助けに来ただけじゃなかったな。」

「……き、来てくれただけでもありがたい。」

「その他、周囲に相当数の『鬼』を確認。脱出するには、この人数では不安です。
 狼煙弾を持って来ました。此れで味方を呼びましょう。
 秋水が地図を用意している筈です。場所さえ分かれば、味方も到達できるかと。」



だが、助けが来てくれると言うのならば何とかなりそうだ……なら、景気づけに、外の大型『鬼』を倒すとしようか?
安全を確保したら、狼煙弾を頼むぞホロウ。



「妙案です。では行きましょう、梓、暦。………?」

「如何かしたのか、ホロウ殿?」

「……いいえ、どこか懐かしい匂いがしただけです。」



懐かしい?……ホロウは記憶喪失だが、若しかしたらこの洞窟に籠って戦っていたモノノフと関りがあったのかも知れないな?
まぁ、今は其れは良い――外に出て、邪魔な大型『鬼』を殲滅するぞ!



「行こう、先輩。ウタカタの里に帰る為に!」

「あぁ、行くぞ!!」

「敵をぶちのめします。」



と言う訳で、外に出たんだが……何だコイツは?
クエヤマに似ているが、もっと凶悪な外見をしているな……何れにしても、この巨体からすると、相当なパワーを持っている筈だ。
加えて、外見的特徴の類似性から、クエヤマの様に飛び跳ねてくる可能性もあるし、あまり考えたくはないが、タマハミ状態の姿
も似ている可能性があるからな……色んな意味で気をつけるか。



「此れはウロカバネと言う『鬼』です――クエヤマの骸を蝕鬼が乗っ取ったモノだとか。
 何にしても2度目の遭遇ですね。ですが3度目はありません。此処でぶちのめします。」



クエヤマの骸に蝕鬼が取りついて生まれた『鬼』だと?……成程、ならばクエヤマに似ているのも道理か――序に、私の考えは、
間違いではなかったな。
だが、其れなら其れで攻略法がある。
クエヤマやワダツミは、危機的状況に陥った時以外にも、表層生命力が一時的に削ぎ落されるとタマハミ状態へと移行し、あの生
理的嫌悪感を催す姿へと変貌する。
たるんだ腹に現れた大口は、不気味だが、しかし同時にあれは弱点でもあるからな……よし、先ずは私と暦で、クエヤマの表層
生命力を削り取ってタマハミ状態にする。
タマハミ状態になったら、ホロウは出来るだけ大量の榴弾を、腹の大口に叩き込んでくれ。



「敢えてタマハミに?……成程、そう言う事か!流石は先輩だ、冴えているな!!」

「その策に賛成です。」



では行くぞ!
先ずは先手必勝……分身を生み出してから鎧割を発動しての六爪流の連続攻撃だ!表層生命力に与えるダメージが増加した
状態で、更に同じ効果を持った分身が攻撃するとなったら、如何に大型『鬼』であっても堪ったモノではないだろう?



「手加減などしない!」



更に、暦が『虚空ノ顎』を使って、ゴリゴリと表層生命力を削っているからね。
そして、お前は此れだけの攻撃を喰らいながらも、動く事が許されていないだろうウロカバネよ?……当然だな、お前に仕掛ける
と同時に、私が不動金縛りを使って、お前の動きを封じたのだからね。

不動金縛りで大型『鬼』の動きを止める事が出来るのは6秒ほどだが、戦いの中で相手の動きが完全に6秒間停止すると言うの
は、途轍もない好機だ――6秒あれば、相手の命を刈り取る事は可能だからね。
此れでも喰らえ!!


――ザクゥ!……ズバァ!!!



「お見事だ先輩!
 両手を交差させた状態で刀を突き刺し、其処から一気に×字状に切り裂くとは……此れだけの攻撃を喰らえば恐らく……」

「あぁ、表層生命力は削り取っただろうさ。」



――ギュイィィィィィィン!!



『バァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』




こうしてタマハミ状態になった訳だからな……まぁ、予想通りに気持ち悪いがな?……何と言うか、クエヤマのタマハミよりも更に
気持ち悪いなコイツのタマハミは。
だが、タマハミ状態になった事がお前の命取りだ!!その腹のデカ口を、思い切り開け!!



――グバァ!!



「んな!?自ら口の中に飛び込んで、其れを無理矢理に開かせるとは……相変わらず先輩は、やる事が凄まじすぎるぞ!?」

「褒め言葉と受け取っておくよ歴……だが、こうすれば此奴は口を閉じる事が出来ん――ただデカいだけの口に噛み殺されるよう
 な、軟な身体ではないのでね!
 そして、此れが好機だ――榴弾を打ち込めホロウ!!」

「了解です。一つ、二つ、三つ、四つの猪鹿蝶です。」



何で此処で花札?……否、突っ込むだけ徒労か、ホロウだしな。
だが、榴弾が四つなら十分だ――お前の最後の食事だ、じっくり味わえウロカバネ!!

ホロウが投げ込んだ榴弾を、蹴りで更に奥に押し込んだ後で口の中から脱出して、其れでもって口の上と下から互い違いに刀を
刺して、口の開閉を封殺!
その結果がどうなるかと言えば……


――ドン!ドン!!ドン!!ドォォォォォォォォン!!!

――プシュ~~~~……



体内で榴弾が炸裂し、ウロカバネは内側からの攻撃に完全KO!……見た目はクエヤマよりも強そうだったが、クエヤマと同じ弱
点を持っていたから、攻略は楽だったな。



「敵勢力の殲滅を確認。」

「ホロウ殿、狼煙弾を頼む。」



ホロウの狼煙弾が上がれば、ウタカタの皆が助けに来てくれるだろう……ん?


――バシュン!

『壬生の狼は飼いならせんぞ。』

――ミタマ『芹沢鴨』を手に入れた



新たなミタマを手に入れた様だが……この感覚は、夢の時と同じ?



『ヤレヤレ、漸く出てきてみれば……『鬼』如きに蹂躙されているとはな……この国も落ちたものだ。
 ……貴様なら、この状況を覆せるか?精々上手く俺を使え……この地から夷秋を打ち祓う為に。』


「……おぉ、其処に居るのは梓か?最近来ぬから心配していたぞ。何処へ行っていたのだ?」



如何やら、起きているにも拘らず、精神世界へとやってきてしまったようだ……新たなミタマである芹沢鴨と、そしてオビトと会って
居るのだからね。
何処へと言われると困るのだが……絶賛洞窟で遭難中だ。



「なに、洞窟で遭難……?其れは一大事だ!」

『……何だ貴様は?』

「む、卿こそ誰だ。また新入りミタマか?私はオビト。『モノノフ』のオビトだ。」

『……新撰組筆頭局長、芹沢鴨だ。壬生の狼を知らんわけではあるまい?』

「……知らん……と言いたい所だが、他のミタマから聞いて少しは知っている。
 芹沢鴨――幕末と言う時代を生きた英雄の名だな。」



……英雄と言うか、どちらかと言うと新撰組における悪役なんだが、彼が居たからこそ新撰組は組織としての形が出来たと言う事
を考えると、英雄と言えなくもないか。



『ふん……貴様もまた時の迷い子か』

「……時の迷い子だと……?」

『……おめでたい奴だ――自分の置かれた状況を理解していないらしい。』



何やら含んだ言い方だが、お前はオビトの事を知っているのか、芹沢鴨よ?



『気付かぬか?こいつもまた、俺と同じミタマだ。』

「何だと!?」

「私が……ミタマ……?」

『俺達と自由に話せるのが、何よりの証拠。
 肉体を離れ、魂となって何地彼方へ流されゆく者。時の流れをたゆい、百万の願いを託されし者――英雄の魂、ミタマ。
 其れが俺達だ。……もっとも、俺は貴様など知らんがな。』

「……私は只のモノノフだ。其れがミタマとは、どういう事だ?」

『……知らん。その程度の事、貴様自身で調べろ――俺は俺で、土方に借りを返す方法でも探るとしよう。
 ではな……次に会うのは戦場だ。』




……言いたい事だけ言って行ってしまったか――うん、悪役とされる事だけあって、見事な悪人ぶりだったぞ芹沢鴨よ。……が、
其れだけに頼りになるとも言えるがね。
其れよりも、問題はオビトだな。



「梓……私は矢張り、死人なのだろうか……あの時の事を、ハッキリと思い出せない。
 ……あやつは『時の迷い子』と言ったな――ミタマ達の話から察するに、私が生きた時代から千年は経っている。
 確かに私は、時の迷い子だ。……ならば、帰る方法を探さねば。
 卿もそうだぞ、梓。洞窟とやら、必ず帰るのだ!」



オビト自身、記憶が曖昧なのか?……まるでホロウのようだな。
だが、言われるまでもなく、この洞窟からは生還するさ……助けに来てくれた奴が居たからね……って、おや?



「……先輩……先輩!!如何したのだ、ボーっとして?」

「暦?……いや、ちょっと考え事をな。」

「そうか、ならよかった。
 空に狼煙は上がった。後は救援が来てくれるかどうか……」

「……秋水は言いました、場所さえ分かれば、必ず助けに行くと。きっと仲間は来ます。」



ホロウ……そうだな、信じよう。必ず助けは来ると。



――ズガァァァァァァァァァァァン!!!



「「「!!!」」」

「な、何だこれは……!」



この揺れ……まさか大型の『鬼』が洞窟の外壁を破ろうとしているのか!?……この様子では、長くは持たない……外壁を崩さ
れたら生き埋めだ!!
こうなれば打って出るしかないな――ウロカバネを倒したばかりだが、行くぞ暦、ホロウ!!



「是非もなしです。貴女が居れば百人力です梓。」

「必ず共に戻ろう先輩……ウタカタの里に!」



あぁ、必ず帰るぞウタカタに!!――そのためにも、私達を生き埋めにしようとしている『鬼』を叩きのめすとしようか?我等の生還
を阻むものは、斬り捨てるだけだからな!!










 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場