Side:梓


「先輩……起きてくれ、先輩……」

「……暦?」

「よかった、何処か打ちどころが悪かったかと……」



……そう言えば、『乱』の領域での御役目を果たしたと思ったら、直後にオラビの襲撃を受けて暦が吹き飛ばされ、其れを助けよ
うとした所で、オラビに谷底に蹴り落とされたのだったな。
普段なら何て事ない攻撃だったのだが、黒槍を使用した事による魔力消耗と、後頭部に攻撃を受けた衝撃で意識が飛んでしまっ
たのだったね。

アレからどうなった?其れと暦は大丈夫か?



「私の事は良い……先輩に何かあったら……!!
 ――私達は、あのまま崖下に落下した。『鬼』は私達を見失って去って行った。
 ……どうして……私などを助けたのだ……私は……貴女を……」

「ふむ、オラビの攻撃を受けた後の記憶がない……何があったんだ?」

「覚えていないか?先輩が私を抱えて『鬼』から守ってくれた――寸でのところで『鬼』にしがみついて、地面に叩きつけられずに
 済んだ。
 ここは、近くにあった洞窟の中だ。先輩を引き摺って運び込んだ。」



ふむ、こんな洞窟が『乱』の領域にあったとは驚きだが……お前の体格で私を運ぶのは大変だったろう暦?
私がお前を助けたと言っていたが、私の方がお前に助けられた形だな此れは……しかし、この洞窟は一体何なのだろうね……












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務53
『根の国の奥底~乱の侵域~』











「何処も怪我はないか?痛む所は?」

「いや、無い。大丈夫だ。」

「そんな筈はない。先輩の顔についている其れは、血ではないのか?何処か怪我をしているのではないだろうか?」



へ?血が付いているのか?
鏡……は無いから、え~~と……うん、この岩はクリスタルっぽい光沢があるから姿を映す事が出来そうだ。
確かに顔に血が付いてるとなると、何処かから出血してる可能性を考えねばならんのだが………ちょっと待て、何でこうなった?

私の顔には、確かに血のように赤い物が付いているが、此れは血じゃなくて、闇の書の意志であった頃に顔に描かれてた、バグ
の証である紋様じゃないか!

暦、私の顔の此れは、何時から付いていた?



「え?……洞窟に運び込んだ時には既についていたような気がするが……血を指でこすってしまったのかと思ったが……」

「違う。此れは血じゃない……此れは、私に異常がきたされている証だ………」

紋様は顔の半分にしか現れていないようだが、何かしらの影響が出ている筈だ……取り敢えずは、瞬間移動で里に戻って――



――シーン……



!?んな……瞬間移動が使えない!?
いや、瞬間移動だけでなく、身体強化以外の全ての魔法が使えなくなっているだと!?……まさか、魔力大量消耗状態で意識を
失う程の攻撃を受けたせいで、リンカーコアが異常をきたしてしまったのか!?
或いは、オラビから『鬼』の呪い的な何かを喰らったのか……何れにしても、瞬間移動が使えないとなると、里に帰るのは簡単で
はなさそうだね。
魔法の方に影響が出てしまっていたのか……



「先輩の魔法が封じられてしまっただと?……其れは由々しき事態ではないのか?
 魔法が使えぬのでは、『鬼』との戦いに影響も出る筈だ。」

「いや、其れについては問題ないよ歴。
 身体強化魔法は使えるし、そもそもにして、私は存在が犯罪と言える程の力があるから、魔法が使えない位では『鬼』との戦い
 に影響はない――そもそも、安倍晴明のミタマを宿すまでは、魔法は使えなかったからね。」

「そ、そうなのか?……何と言う規格外のモノノフなんだ梓殿は……
 だが、私が未熟なばかりに、貴女を死なせてしまう所だった……申し訳ない、先輩……」



気にするな!と、言いたい所だが、暦の性格を考えると、其れで手打ちにとは行かないだろうなぁ?……真面目だからな暦は。
まぁ、なんだ。私はこの通り無事だから大丈夫だ。……だから、夕飯1食で手打ちにしようじゃないか。



「そんな事、お安い御用だ。
 貴女は命懸けで私を助けてくれた。それなのに、私は…………それにしても、此処は如何言う場所かご存じないか?」



御存知ないな。
異界の中にあって、しかし瘴気は全く感じない……寧ろ、里よりも空気が澄んでいる感じだ。――其れだけでなく、『鬼』の瘴気の
影響がないとはね?
洞窟全体が、見た事のない鉱石で構成されているようだが……少し、調べてみる必要がありそうだね。



「イツ……!クッ……」

「如何した暦?大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない――腕を、少しやられただけだ。
 申し訳ないのだが先輩、洞窟を調べて来てくれないか。少し傷の手当てをする。
 私は此処で待って居る故、お願いしたい。」



そう言う事なら任せておけ。
其れと手当てをすると言うのならば此れを使うといい。御役目で大怪我を負った時の応急処置用に持って来ておいた舶来の軟膏
薬と、温湿布、それとテーピング用のテープだ。
よろず屋さんで買ったモノだが、買っておいてよかったよ。



「此れはかたじけない……調査の方、よろしくお願いする。」

「うん、任せておけ。」

それにしても、結構広い洞窟だな?間取りだけならば、本部と同じ位あるんじゃないだろうか?
加えて、あちこちに色んな物が置かれて居る様だ……こんな場所に、一体誰が置いて行ったのだろう……武器や防具の鍛錬が
出来る作業台まであるみたいだしな?
武器の手入れが出来るのは有り難いがね。


こっちは……地面から不思議な光が溢れているな?……ミタマが反応してるみたいだし、ミタマの力を解放する事が出来るかも
知れないね。
そしてその先は、深くまで洞窟が続いているか……あまり奥まで進むのは危険だね?迷って戻ってこれなくなりそうだ――瞬間
移動が使えない状況では、致命傷になるだろうからね。

ふむ、取り敢えず、この洞窟で誰かがある程度の期間、生活していたのは間違いなさそうだね。

さて暦、手当は終わったか?



「今し方終わった所だ先輩。……何か、分かっただろうか?」

「詳しい事は分からないが、誰かが此処で暮らしていた痕跡があった。其れも決して短い期間ではない物をね。」

「誰かが此処にいた形跡が……?
 確かに、入り口には木箱があった。こんな異界の底に、人が居るのだろうか……?…………あの吹雪の向こうに見えたのは、
 確かに鶴ヶ城だった。」



暦?……うん、あれは確かに鶴ヶ城だったが、其れが如何かしたのか?



「私の故郷にあった城だ。此処から遥か北の大地にあった筈だが……異界とはそう言う場所……。あらゆる物が流れ着く、吹き
 溜まり……そんな事、分かって居た筈なのに……」

「簡単に受け入れる事は出来ない、か。」

……その気持ちは分からんでもないが、兎に角ここなら『鬼』の瘴気は届かない。
此処で暫く難を凌ぐとしよう――里の皆が。きっと助けに来てくれるだろうからね。



「そう信じたいが……だが……もし来ない時は……」

「その時は、適当に『乱』の領域を探索して、ツチカヅキをひっとらえて、適当にブッ飛ばした上で、生体スノーボードにして領域か
 ら脱出して、そのまま里まで滑って行くとしよう。」

「……先輩が言うと冗談に聞こえないから怖い。」



まぁ、半分本気だから――



『ギィアアアアアアアアアア!!』



今の声は、オラビか!
オラビは、あの鳴き声で、仲間を呼び寄せると聞いた……となると、洞窟の外には『鬼』が集まり始めていると考えた方が良いだ
ろうね。

中に入って来られたら面倒だ。打って出て、少しでも敵を減らそうと思うが……傷は大丈夫か暦?



「大事ない。『鬼』の一匹や二匹、相手にしてご覧に入れる。――貴女に救われた命、無駄にはしない。」

「ふ、頼もしいな暦?……ならば、外に出て『鬼』を倒すとしようじゃないか!!」

オラビが出て来るのならば尚良い。倒してしまえば、仲間を呼ばれる事もないしな。
仮にオラビでない場合でも、倒せばミタマが手に入るかも知れないし……場合によっては、鬼祓いしないで、肉を削ぎ落して緊急
食料にする事が出来るかも知れないからね。



「……た、食べるのか先輩?」

「一般人が食べたらヤバいかも知れないが、モノノフならば食べても平気な気がする。
 あぁ、安心して良いぞ暦。食べる場合には、まず私が毒見をしてみるから。」

「そ、そう言う事でもない気がするが……」



極限状態においては、食料と水の確保が重要であり、食べられるモノならば、何でも食す位の気持ちが無いと生き延びる事は出
来んよ。
……取り敢えず、食糧確保の為に、外の『鬼』を倒すぞ。



「逞しいな先輩は……分かった。貴女の背中、御守りする。」

「頼りにしているぞ。」

さて、外はどうなっているのか……此れは、何時もの『乱』の領域とは違うな?
もっと瘴気が強い……まるで、初めてカゼヌイと戦った場所と似ている空気だが――成程、此処は『乱』の侵域か!……と言う事
は、通常の領域に出る『鬼』よりも手強いかも知れんな。

さてと、何が出るか……



『ギシャァァァァァァアァ!!!』



現れた『鬼』はヒノマガトリか。
こう言っては何だが、お前は出て来る所間違えてないか?……いや、オラビが呼び寄せる仲間を間違ったのか?
普通呼び出すか?寒冷地に、火属性の『鬼』を?……小型の『鬼』で、オニビが『乱』の領域をうろついてる事を考えれば、アリな
のかも知れないが……下手したら、コイツの火炎放射攻撃で、雪崩が起きるだろうが!

「取り敢えず、今日の御飯は焼き鳥だな。」

「最早、完全に食料扱いしているな先輩は……」



正直言って、可成りお腹が空いているから、今すぐにでも腹を満たしたい気分なんだよ。こんなデカい鳥型の『鬼』は、今の私にと
って、完全に食料でしかない!
とは言え、侵域で強化された『鬼』は一筋縄ではいかんだろうね?……魔法が使えない私では、六爪流と格闘術が主になるが、
空を飛ぶ相手だと、少々分が悪いからな。
如何にモノノフが、3m近い垂直ジャンプが出来るとは言っても、大空に逃げられてしまったら追う術はないからね……だから、此
処は工夫して行こうと思うんだ暦。
少し仕込をするから、その間だけヒノマガトリの注意を引き付けておいてくれないか?



「注意を引き付けておけばいいのか?其れ位ならばお安い御用だが――しかし、倒してしまっても構わないのだろう先輩?」

「お前、何故それを知っている!?」

「へ?いや、ちょっと格好つけてみただけなんだが……」



異世界にまで影響を及ぼすとは、赤き弓兵恐るべしだが……そんな事を口に出来るのならば、注意を引き付けている事位は、朝
飯前だろうね――頼んだぞ暦!



「任された!」



さてと、暦がヒノマガトリの注意を引き付けてる間に、雪玉を作って、其れを転がして大きくして、大きくして、兎に角大きくして!
雪玉の直径が私の身長を越えたが、まだまだぁ!!
とってもとっても、雪はドンドン積もって来るから、幾らでも雪玉を大きくする事が出来るな!

よし、此れ位あれば充分だろう!暦!!



「先輩、準備が出来たのか……って、何なんだ、その超巨大な雪玉は!!
 軽く見積もっても30尺(約12m)はあるんじゃないのか!?そして、其れを軽々と持ちあげるとは……本当に、底が知れないな
 先輩は……」

「私は底なし沼の如く、底が見えないんだよ歴。……其れ位じゃないと、オオマガドキを防ぐ事など出来んさ。」

「うん、凄く納得してしまうな。」



だろう?
だから、ヒノマガトリ程度ならば、侵域で強化されていても、此れで倒す事が出来ると言う訳さ!喰らえ、元気雪玉!!
集められるだけ雪を集めて、さらに圧縮して作り上げた大雪玉だ……総重量は、軽く見積もっても2tはあると思うぞ?――これだ
けの質量が上から降って来たら、如何に大型の『鬼』であっても一溜りもない筈だ。



――グシャァァァァァァァァ!!



『ピギャァァァァァァァァァァアッァァァァ!!!!』




「一撃必殺とは行かなかった様だが、如何やら身動きは出来ないようだ……自らの炎熱で、雪玉を溶かせば良いのでは無いか
 と思うのだが……」

「其れはそうだが、其れをやったら、今度は己の弱点である水を大量に浴びる事になるから、安易にそうする事は出来ないだろ。
 まぁ、其れを見越しての攻撃だった訳だが……物の見事に決まったモノだ。」

だから、貴様には最早何一つなす術はないぞヒノマガトリよ……大人しく往生しろ!!


――ズバァ!!!


――ガクン……




「……如何に大型の『鬼』と言えど、首を刎ねられたら生きる事は出来んか……尤も、そう簡単に刎ねる事が出来るモノでもない
 けれどね。」

「そうだとしても、お見事だ先輩!」



だな。オラビが呼んだ『鬼』は撃破出来たからね……オラビを倒す事は出来なかったから、また増援があるかも知れないが、取り
敢えずは、此れで大丈夫だろう……さぁ、洞窟に戻ろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



ヒノマガトリの亡骸から肉を剥ぎ取って、洞窟に戻って来たんだが……大丈夫か暦?少し辛そうだが……



「ハァ……ハァ……先輩のお陰で何とかなったが、救援を待つにしても、オラビが居る限り、新たな『鬼』が呼び寄せられるのは、
 間違いない。
 如何に先輩が強くとも、此れでは時間を稼げるかどうか……」

「稼げるかどうかではなく、稼ぐしかないだろう?……私の瞬間移動が使えない以上はな。」

「……そうだったな。――申し訳ない、さっきから少し調子が……」



何だ、調子が悪いのか?……ならば無理はするな。無理をして良い事なんて、何もないからね。……疲れているのならば、少し
休むと良いさ。



「かたじけない……少し、熱があるようだ。
 ちょっと……横になって休めば……すぐ……なお……」



――グラリ……ドサ……



「!!」

暦?おい、大丈夫か暦!!!



「ハァ……ハァ……」

「此れは……ひどい熱だな……!!」

「すまない……梓殿……私は……迷惑ばかり……」



迷惑などとは思っていないから安心しろ暦。
……だが、暦の熱を冷ます物が必要なのは言うまでもない事だ……少し、額を冷ませるような物を探してみるか……

洞窟の奥に、何かあると良いのだが……ん?



「おや、こんな所にモノノフとは珍しい。」



洞窟の奥から誰かが……



「道にでも迷うたか?モノノフよ。」

「!!」

現れたのは、白い衣装を纏った女性だった。
其れだけならばまだしも、その肌は蝋のように白く、眼は金色……おまけに顔の半分を仮面のような物で覆っている……お前は
一体何者なんだ?

少なくとも、只の人間と言う訳ではなさそうだな……









 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場