Side:梓


今日も今日とて元気に鬼を狩るぞ!
結界の片割れの鬼を探すのも同時に行わなくてはならないから簡単なモノではないが、出ている御役目を虱潰しに熟して行けばそ
の内討つべき相手に大当たりだろうからね。

だから、取り敢えずお前は大人しくして居ろクナトサエ!!



――バガァァァァァァァン!!



「あの巨体を掴んで地面に叩きつけるとは……相変わらず惚れ惚れする馬鹿力だな梓?君ならば、そう簡単にやられる事はないの
 ではないかと思ってしまうよ。」

「実際にやられる心算は毛頭ないからね。」

其れに、如何に結界を張った鬼と同じ種族で有ったとしてもこの程度は私にとっては準備運動にしかならん――大人しく闇に沈め!



『ギャァァァァァァァァ!!』



という訳でクナトサエ撃滅!!
だが、コイツは結界の鬼の片割れでしかない――故に私達の敵ではなかったな。精々地獄で閻魔の裁きを受けるが良いさ。












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務36
『災禍の足音:其の弐~見えぬ敵~』











だが、クナトサエは倒したが、もう1体の結界の『鬼』を探し出せないと言うのは厄介だ……此のままではオオマガドキを防ぐ事は出
来ない――さて、如何したものか……



「もう一体の『鬼』が見つからんか……」

「如何しよう……急がないと……」

「此れだけ探しても居ねぇんだ。もう近くには居ねぇかもしれねぇ。」



富嶽の言う事も一理あるな。
此れだけ探しても見つからないのならば、里の近くには居ない可能性が高い――だが、そうなると逆に厄介だな。里の近くに居ない
のならば探し出す事も困難だろうからね――大和は如何考える?



「富嶽の説……そうかも知れん。」

「そんな……」



状況は悪過ぎるか……何か打開の手があると良いのだが、そう都合よくある筈もないか――マッタク持って、ヤレヤレだ……さて、
如何したものだろうな?



「まだ、探していない場所がある。
 瘴気が濃く、近づけない場所がある――或はそこに潜んでいるのかも知れん。」

「そんな場所があるのか速鳥?」

「夢患いを仕掛けてきた『鬼』が居た場所の近くだ。瘴気の巣と化している。」



と言う事は『古』の領域か。
だが、手練れの速鳥ですら瘴気が濃くて近づけないとは相当なのだろうね……問題は、『古』の領域の其処が何処なのかだが……



「……あそこか。」



大和はその場所を知っているのか?
しかし手練れのモノノフでも近づけない程の瘴気とは、一体どれ程の物なのか……夜天の魔導書の管制人格であった頃ならばいざ
知らず、頑丈とは言え生身の人間の身体では私でも些か危険と言う所だろうな。
参考までに、どれ程酷い瘴気なんだ?



「アレでは、直ぐに行動限界を越える。……生きて帰れる保証はない。」

「だが、其処に『鬼』が居るかも知れない。
 なら、何とかするしかないだろ?危険だからって、手を拱いてたら、その間にオオマガドキが起きて人の世は滅んじまう。」

「……確かに息吹の言う通りだ。
 ならば、此処は私が行って確かめて来よう。私は可成り頑丈な身体をしているし、生身ならば危険であっても魔力障壁で身体を包
 めば何とかなるかも知れないしね。」

「そんなのダメよ梓!
 もしも魔力障壁とか言うのを貫通する位に凄い瘴気だったらどうするの!?幾ら貴女が強くても耐えられる筈ないわ!!」



そうは言っても他に手はないだろう?
最高なのは、私が自身の魔力で分身を作ってその分身に瘴気の中を探らせる事だが、生憎と私は魔力をそう言う事に使うのは巧く
ないから無理だしね。
此処は、お頭の判断に任せるのが一番かな?



「……方法を探す。全員暫く待て。――軽挙妄動は控えろ。良いな。」

「……了解した。」

大和の判断は、妥当な所だろうな。
結界を消す為には絶対に倒さねばならないならない『鬼』が、人が生きられない程の瘴気の中に存在しているかもしれないが、其処
を探るのは危険だが、見過ごす事も出来ないと言う八方塞がりな状況だからね。
先ずはこの場を預かって、最悪でも瘴気の影響を軽減する方法を探すと言うのが上策だろう――何となく、秋水辺りは知って居そう
な気がするけれど。

取り敢えず、招集が掛かるまで家で休んでおくか。
如何に負ける事のない相手との戦いとは言え、戦闘行為を行った事による疲労を回復しておかねば、次の戦いに差し障るからな。

さてと、囲炉裏に火を入れて……


――コンコン


ん?誰だ?



「私だ梓、邪魔して良いか?
 少し、君と話がしたくてな。」

「桜花か。
 良いぞ、鍵はかけていないから入ってくれ。」

「失礼する。」



珍しいな、お前が私の家に来るなど。――如何した、何か悩み事か?
いや、悩み事などない筈がないな、お前も、私も。結界の片翼を担っている鬼が、まさかモノノフであっても近付く事すら出来ない場
所に居ると言うのだからね。



「まったくだ。瘴気の巣……厄介な事になったな。
 其処に『鬼』が居るかも知れないのに、手を出せないとは…………不甲斐ないな。橘花にばかり負担をかけて。
 橘花を守りたいと思っているだけで、実際は全然守れていない。其れが少し、辛い……」



そんな事は無いと思うぞ?少なくとも、お前が鬼を討つ事で橘花への負担は軽減されている筈だ。
私の結界を上掛けしてあるとはいえ、其れでも負担をゼロにする事は出来ないから、結局の所『鬼』を討ち、里への進行を食い止め
る事でしか橘花への負担を減らす事は出来ないんだ。
其れに、そんな事を言ったら橘花が怒るぞ?『姉さまは、私を守ってくれています』ってな。



「そう、かも知れないな。」

『キュイー♪』

「って、どうしたなはと?」

「お前か。元気そうだな。」



何か持っているが……此れは木の実か……?
なんだかとっても見た事のある形状をしているが、一体何処から採って来たんだ?何やら、りひとも同じモノを持っている様だし……
若しかして、食べろと言うのか此れを?



「だとしたら参ったな?……言っては悪いが、見るからに不味そうだ。」

「その意見には賛同するが、なはととりひとの無垢なもてなしを無碍にする事も出来んだろう?
 覚悟を決めよう桜花。私も一緒に食べる。」

「……仕方ないな。ドレ……」


――パクリ


「「!!!!」」


な、何だこれは!?苦い!いや、苦いとかのレベルじゃない!?
今までに感じた事のない苦さだぞ此れは!!エスプレッソとかの比じゃない……此れはアレだ、渋柿をカカオ90%のチョコレートで
コーティングし、更に表面にコーヒーパウダーをまぶした様な苦さだ!
此れは、流石に翠屋のスウィーツでも相殺しきれない苦さだぞ……!!



「苦いじゃないか馬鹿者!!
 ……フフ……アハハ!……何だか、久しぶりに笑った気がする――御馳走様、話を聞いてくれてありがとう。
 少し、気が楽になったよ。邪魔したな。」



だが、桜花の気の張りを解す効果はあったみたいだ。
其れは其れで良い事だから、此れだけ苦いものを食べさせた事は帳消しにしておこう、なはと、りひと。……だが、次はないからな?



『『キュ♪』』



……コイツ等、絶対分かってないな。








――――――








No Side


その日の夜……

梓は気紛れに夜の里を出歩いていた。特に目的があった訳ではない――敢えて言うのならば『少し星が見たくなった』とか、その程
度の物だ。
或いは、夜天の名を持つ魔導書の管制人格だった影響で夜の静寂を楽しみたくなったのか……其れは定かではない。
だが、本部の近くまで来た所で、梓にとって予想外の人物がいた。


「……」

「……橘花?」


橘花だ。
橘花が石段に座り込んで俯いていた――只事でないのは明らかだ。


「あ……夜は、嫌いなんです。」


梓に気付いた橘花は、慌てて目元を拭うが、泣いていたのは明らかだった。
そんな橘花を放っておける梓ではない。


「夜が嫌いか……何故だ?」

「眠ったら、明日の朝になったら、目が覚めないんじゃないかって思ってしまうから……
 怖いんです、本当は。いつ死ぬかも分からない事が……とても。
 ……ごめんなさい。……でも、今だけ……弱音を吐かせて……」

「……泣きたいのならば泣けばいい。
 今の時間ならば里の人は寝ているから、見て居るのは私しか居ない――神垣ノ巫女とて一人の人間だ。誰かに弱音を吐いた所
 で罰は当たらんさ。
 それが、出来る立場でないのが辛いがな。」


そして吐露された橘花の恐れ。神垣ノ巫女である故に逃れられない宿命と、日々付きまとう『死』の恐怖。
其れは、形は違えど梓には――リインフォースには良く分かる恐れだった。リインフォースもまた、闇の書の意志であった頃は、次の
覚醒に脅えていたのだから――また、壊してしまうと。
死を巻き散らす自分と、死が迫って来る橘花では真逆に位置しているが、その絶対値はある意味でプラスかマイナスの違いだけの
同じモノ。
だから、梓は泣く橘花を優しく抱きしめてやった。――かつて自分がはやてにそうして貰ったように。


「…………」


そして、その光景を石段の上から桜花が見て居た事には橘花は勿論、梓も気付いていなかった。
普段とは違う、究極の決意を顔に浮かべた桜花が見て居たと言う事には――








――――――








Side:梓


……自分でも思う、昨日の夜はガラでもない事をしたと。
あぁ言うのは、我が主の役目であって、主に言わせれば『泣き虫』な私のする事ではないな……にも拘らず、あんな事をしてしまった
のは、其れだけ橘花が見て居られなかったからだが。

結局昨日は招集はかからなかったか……まぁ、そう簡単に方法が見つかるとも思えないからね。

さて、今日は何をするか?……取り敢えず神木の手入れでもしてやるか。腹が減っている様なら、ハクをくれてやれば良いしね。

「……と、こんな場所に居るとは珍しいな、桜花?」

「梓か……丁度良かった。挨拶を済ませておきたかった。」



桜花?……挨拶、だと?



「私は行く――瘴気の巣の中に。……そして『鬼』を討つ。」

「んな、正気かお前!
 速鳥の話を聞いていなかったのか!?如何にモノノフであっても、近付く事さえできない場所なんだぞ!?
 仮に『天岩戸』を使って瘴気を防いだとしても、其の効果は有限だ――寧ろ、特別濃い瘴気の中では有効時間が短くなる可能性す
 ら有るんだ!其れを分かってるのか!?」

「分かっている!――だが、此のままでは橘花が持たない。君の結界の補助が有ってもだ。
 開きかけたオオマガドキの門を、一刻も早く封じる必要がある。もう……あまり時間がない。
 誰かが行かなければならない――ならば、私が行く!!」



止めろ、行くな!行っちゃダメだ桜花!



「橘花を犠牲にして、自分だけが生き残る……そんな生き方を、私にしろと言うのか?……出来る筈がないだろう……!!」

「違う、そうじゃない!!お前が死んだら――!!」

「……私は行く。刺し違えてでも『鬼』を倒す。
 犠牲の連鎖を断ち切る事が出来ないのなら、せめて私が其れを引き受ける――君には随分世話になった。
 最後の我儘だ。橘花の事を頼む――あの娘には、君が必要だ。
 あっという間だったな、君が来てからの日々は――君のお陰で、此処まで戦ってこれた。礼を言わせてほしい。ありがとう。
 あの木の実、美味しかったよ。……お別れだ。」



ふざけるな桜花!自分1人犠牲になる心算か!?
悪いが、私は死を覚悟した仲間を『はい、そうですか』と行かせてやるほど優しくはない――お前が行くと言うのならば私も行くぞ!



「ダメだ、誰が橘花を守る?」

「そう言うのならばお前が残れ桜花!
 姉であるお前以外の誰が橘花を守ると言うんだ!!」

「君がいるだろう梓!
 君ならば、私以上に橘花を守ってやる事が出来る――だから、橘花には君から巧く言っておいてくれ。……君に会えて良かった。
 ではな……後を託す。」



待て桜花!桜花!!
――!!この前の速鳥と言い、ウタカタのモノノフは良い奴ばかりだが、自分一人で抱え込もうとする奴が多過ぎだ!!だが、絶対
に1人では行かせんぞ!!



「……おや梓さん。奇遇ですね?――桜花さんが行ってしまいましたね。僕は、地獄耳ですから。」

「ならば即刻其処をどけ秋水……瞬獄殺で滅殺されたくなければな……」

「其れは恐ろしい。
 ですが、妹を守りたいと言う気持ちは分からなくもありません――ですが、橘花さんなら姉に側にいて欲しいと望むでしょう。
 人は、ままならないものですね。――貴女も、行きたそうですね?」



無論だ。
桜花は大事な仲間で、ウタカタの里で一番の親友だと思ってるんだ私は。その親友が、死地に向かうのを見過ごす事が出来るか!



「……まったく、あなた方は……
 良いでしょう、詳しい場所を、お教えします――心して下さい。死は、誰にでも平等に訪れます。
 貴女にも、桜花さんにも……それが、今日にならない事を祈ります。」



ならば教えて貰おうか秋水、其の場所を。
そして、私は死ぬつもりは毛頭ないし、桜花だって死なせない!!何よりも、死は平等ではない――生きる意志が強い者は死の運
命を蹴り飛ばす事だって出来る。

私は其れを、我が主に教えられたからな!








――――――








Side:秋水


友を救う為に走りますか……もしもあの時、貴女のような人が居てくれたら……北の里は滅ばずに済んだのかも知れません。
ですが、だからこそ貴女ならこの状況を覆してしまう事が出来るのかも知れません――梓さん、マッタク持って不思議な人ですね。









――――――








Side:梓


秋水から聞いたのは、『古』の領域の、此れまで赤い結界で閉ざされいた場所か――確かにあそこからは凄まじい瘴気を感じていた
からな。
だが、それ故に桜花1人で向かうのは無茶だ!!
木綿、新たな御役目は出ていないか!?



「ふえ?梓さん!?
 何か思いつめた顔をしてますが……何か悩み事ですか?悩んでいる事が有ったら、いつでも相談して下さい。」

「お前は良い子だな木綿?いつもありがとうだ。
 だが、悩んでるんじゃないんだ――全部一人で背負おうとしてる大馬鹿者に腹を立ててるだけだ……取り敢えず、あの大馬鹿者
 は一発殴ってやらねばだ。」

「梓さん……?」



「大馬鹿者だと?テメェも大概だぜ梓!」



この声は……富嶽?



「梓様、私は怒っております。」

「揃いも揃って、一人で行こうたぁ、如何言う了見だ?」

「隊長は、仲間が信頼できないらしい。」

「秋水さんが教えて下さったんです、姉さまと貴女の事を――ごめんなさい、私が弱いばかりに、姉さまは……」



……皆――ハハ、確かに富嶽の言う通り、私も桜花に負けず劣らず大馬鹿者だ。
桜花を死なせたくないと思うあまり、仲間を頼ると言う選択肢を排除していた――此れでは、桜花を大馬鹿者と殴る事も出来んな。



「お願いです。どうか、姉さまを助けて下さい。姉さまを、死なせないで……」

「是非もないさ――桜花は死なせない!!皆の力を貸して貰うよ。」

「仲間を信じよと教えてくれたのは貴殿だ――今度は自分が、貴殿の為に飛ぶ。」




「そう言う訳です、梓さん。
 一人で行かれるよりは、皆さんで行った方がまだ可能性はあります。」

「こうなった以上、賭けてみろ――お前自身の腕と、仲間の力に。」



その心算だが、矢張り行動限界は懸念事項だぞ?
私は魔力障壁で、桜花は天岩戸で瘴気を軽減できるが、他の皆にはその術がない――下手をしたら、行動限界が来てデッドエンド
だ……ギリギリまでは頑張って貰う心算だが――



「ならば、此れを食べて行って下さい。
 神木に生る特殊な木の実で、体内の瘴気を浄化する作用があります。
 気休め程度ですが、行動限界を少し伸ばしてくれるでしょう。」

「此れは……昨日なはととりひとが持ってきた実か?」

「おや、既にご存知でしたか?」



御存知も何も、私と桜花はその実を食したよ……物凄く苦かったがな。



「桜花さんと梓さんが……?
 どうやら、運はまだ我々にあるようです――行動限界を越えれば、命はない。敵を片付け、直ぐに退くと言う一か八かの賭けです。
 其れでも、彼方達は行くのでしょう?」

「分かり切った事を聞くな秋水。
 だが、里の守りもあるから、息吹と速鳥は私と一緒に来てくれ。富嶽、初穂、那木は万が一に備えて里の防衛を任せる!!」

「その言葉を待っておりました。」

「さぁ、行こうぜ!」

「結界子を、一緒に持って行って下さい――姉さまに、私の声を届けたいんです。どうか、御武運を!」



あぁ、行ってくる!
桜花は絶対に死なせないし、結界の片翼を担う『鬼』も討つ!
貴様等の下賤な遊びは此処で終わりだ『鬼』達よ!!精々覚悟を決めるが良い――尤も、楽には死ねんだろうがな!!人間を侮っ
た報いをその身で味わうが良い!!










 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場