Side:梓


さてと、結界を張った鬼の片割れと、単身出撃した桜花を追って『古』の領域まで来たのだが――成程、確かに此れは凄まじい瘴気
だな?
鍛えられたモノノフであっても、長時間此処に居るのは命取りになりかねないな。

如何に神木に生る実を食したと言えど、この瘴気の濃さの前では、本当に気休めにしかならないだろうね……



「しかし退く理由はないのだろう隊長?」

「分かり切った事を聞くな速鳥。
 制限時間が有るのならば、制限時間内に敵を倒すだけの事――そして私達ならば其れはやって出来ない事じゃないだろう?」

「その通りだ。そんじゃまぁ、助けに行こうぜ、あの馬鹿を助けに。」



是非もないさ息吹!このミッションは必ず成功させる!!
結界の鬼を討って、そして桜花も救う!!救ってみせるさ……ウタカタの桜を散らす事は出来ないからな。

待っていろ桜花!今行くぞ!!












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務37
『桜、散る覚悟』











そして、赤結界の領域に突入したのだが……成程、確かに凄まじいまでの瘴気の濃さだ――モノノフでない人間であれば5分で肺
が瘴気に侵されて腐り、命を落とすだろうね。
此れだけの瘴気の中では、モノノフとて只では済まない――活動限界は、15分と言う所だ。
その制限時間内に、此の鬼を討たねばな。



『グガァァァァァァァァァァァ!』



ゴウエンマをも上回る上級の鬼である『ヤトノヌシ』。
秋水に聞いた話だと、我等モノノフの力の一つである『タマフリ』に似た能力を使ってくると言う事だったが、だとしたら可成りの脅威
であるのは間違いないな。
加えて、武器を持った腕が2本と、凄まじく強靭な腕が2本……単純な力だけで言っても相当なモノだろう……クナトサエの時の様
には行かなそうだ。



「矢張り居たか……あの時は撤退したが、今回はそうはいかぬ。」

「君達は……馬鹿な、何故来た!」

「1人で格好つけるなよ?俺の立場がないだろ!」

「隊長の決定だ。影は付き従うのみ……」

「息吹、速鳥……梓。」



行動限界を迎える前に奴を討ち、そして退く。
1人では無理ゲーも良い所だが、仲間と共にならば出来ない事はない――何よりも、コイツを打ち倒す事が出来なければ結界を消
す事は出来ないからな。


『グガァァァァァァァァァ!!』


おっと!……ふむ、でかい図体で力もありそうだが、ゴウエンマよりも素早いか。
足はなくとも、蛇腹を使っての滑走と言うのは予備動作も殆どないから見極めも難しい……おまけに今の突進は、毒の霧を纏って
か……クナトサエが強固な防御を誇る『鬼』だとしたら、ヤトノヌシは確実に相手を殺す力を宿した『鬼』か。



「……何故だ?何故来た!
 私は……死んでも良かった。橘花を守れるなら、私は……!」

「死んでも良かっただと?……ふざけるなよ桜花!!
 自らの命を犠牲にして大切な者を守ると言う覚悟は立派だろうが、自らの命を犠牲にして助ける事が出来るのは1度だけだぞ!
 守ると決めたのならば、何が何でも生きて守れ!泥水を啜り、死肉を喰らって、生き汚いと罵られても、生きて生きて生き抜いて、
 命の炎が燃え尽きるその瞬間まで守り抜け!
 死ぬ覚悟など、何時でも出来るし、死ぬ覚悟は死んでしまえばお終いだ!生きる覚悟をしろ!生きる覚悟を決めて、その覚悟を
 貫き通せ!真に妹の事を、橘花の事を思うのならば命を投げ出すな桜花!!」

姉さま……生きて。

「……橘花?」



ふ、私だけでなく、橘花もまた桜花に生きて欲しいと願っているみたいだぞ?
いや、私と橘花だけじゃない。ウタカタの皆がお前に生きて欲しいと思ってるんだ――一体何処に、仲間の死を容認する奴が居る。



私は、姉さまに生きて欲しい。生きて側にいて欲しい……だから、死んで英雄になんてなろうとしないで。

「橘花……私は……私は!!」



そう言う事だ。
とにかく先ずはコイツを打ち倒す!!覇ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


――バチィ!!



「おぉっと、ゴウエンマ戦以来の御登場だなその姿は?」

「隊長も本気……覚悟せよ結界の『鬼』よ……」



本気も本気さ……この戦いに勝てるかどうかで人の世界の命運は決定されると言っても過言じゃないし、何よりも時間をかけられる
相手でもないのでね。
先ずは其の強靭な腕、貰うぞ!!夜叉車!!


――ズバズバァ!!


強靭そうに見えて意外に脆い……と言う訳ではないな。
切り落とした腕に刺さっていた紫の棘――成程、速鳥が秘針を武器を持ってない腕に放ち耐久力を下げておいてくれたのか。
さてと、序に此れも喰らっておけ!!


――ガシィ!ブオン!!


「うお!両足で、頭を挟み込んで、其のまま勢いを付けて反り返って投げ飛ばしただって?
 もう慣れた光景だが、アンタがあの巨体を投げ飛ばしたり蹴り飛ばしたりするってのは、何度見ても圧巻の一言だな?」

「して隊長、今の技は?」



西洋の格闘技プロレスリングの高等テクニック『フランケンシュタイナー』だ。両手を使用しないで出来る投げ技だから、実は六爪流
との相性もいい訳だ。
尤も、大型の『鬼』に対しては痛め技にしかならないだろうがな。



『グオォォォォォォ……!!』

「マガツヒ?……何だ、蹂躙するだけの相手と思っていた矮小な人間に2本も腕を切り落とされた上に投げ飛ばされて怒ったか?
 たがな、貴様以上に私は怒ってるんだ……1人で抱え込もうとした桜花に、そして桜花にそんな選択をさせる事態を作り上げてく
 れた貴様に!」

貴様は地獄に送り返すだけでは済まさん。1万年続く苦しみを1万回繰り返す地獄の最下層に叩き落としてやる!!


――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


ん?何か力を溜めているようだな?
胸のあたりに出来ている赤い球体……アレが秋水が言っていた『タマフリ擬き』か?受けたら拙そうだ。――息吹、合わせろ!!



「はいよ!喰らいな、連昇!!

「穿ち貫け!ブルーティガードルヒ!!


――バガァァァァァァン!!


ちぃ…赤い球体を炸裂させて私のブルーティガードルヒと、息吹の連昇を相殺して来るとは、タマフリ擬きの威力は馬鹿に出来ん。
腕力は勿論だが、呪力も相当なモノのようだ。――だが、ウタカタのモノノフを、祝福の風を甘く見るな!


――バキィィン!!


脇腹の棘も叩き折ってやったぞ!
残る腕と尾、そして角も全て破壊してやる!!



「何故だ……何故君はそんなにも強い。
 如何して其処まで強くなれる?……そして、何で此処まで、私の血潮に、魂に、『生きろ』と言ってくるんだ……!!
 何度でも立ち上がれと……力をくれる……!」

「……この世界が、ウタカタの里が、そしてお前が好きだからだ桜花。」

大切な物、好きな物が有れば其れを守るために人は無限に強くなる事が出来る。
私はウタカタの里が好きだ。其処に生きる人達が好きだ。そして、友に戦う仲間達が好きだ――だから、絶対に守りたい。誰1人欠
ける事無く明日を迎えたい。
其れにな、山葡萄で仕込んだ酒がそろそろ出来上がる頃なのに、其れをお前と酌み交わす事が出来ないと言うのは、寂しいんだ。
だから帰ろう、コイツを倒してウタカタに。



「梓……そうだな!
 結界を消す為にも、お前は邪魔だ『鬼』よ!どけぇぇぇぇ!!!!」

「桜花の本来の力が戻って来た。流石だな、隊長。」



褒められるほどの事でもないさ。
其れに、残り時間もあまりないのでね――一気に行くぞ!身体強化魔法!!無名の魔法だが一時的に、攻撃力、耐久力、素早さ
を通常時の2倍に引き上げる!!



「此れは……力が溢れて来る!!」

「此れなら行ける!反撃の隙を与えずに倒すぞ!!」

「覚悟せよ!!」



貴様の腕力と呪力がどれだけ高かろうが、此処からはずっと私達のターンだヤトノヌシよ!
手にした棍棒と剣での攻撃は確かに強力だが、其れが如何したぁ!!私には、私達には守りたい世界が有るんだ!其れを、貴様
等に奪われてたまるか!!
地に落ちろ!狂獣裂破ぁぁぁぁ!!!


――バババババババババババ!!!



『ガァァァァァァァァァァ!!!』




此れにて全破壊完了!
普通なら此処でタマハミになる所だがその暇すら与えんぞ!――速鳥!!



「承知!!不動金縛!!


――ガキィィン!!!


速鳥の不動金縛は、大型の『鬼』とて簡単に解ける物ではない。恐らくは、力を解放した私でも確実に5秒は動きを制限されるさ。
だが、戦いの場において、相手の動きが確実に5秒止まれば命を奪う事が出来るんだ。だから、此れで終いだヤトノヌシ!!
決めるぞ桜花!!



「あぁ、決めよう梓!魂を込める!花と散れ……橘花繚乱!!

「深き闇に沈め……百花斉放!!



――ズバァァァァァァ!!



桜花の逆袈裟斬りと、私の一刀流の居合――ダブルの『鬼千切り』を真面に受けたら、如何に結界の『鬼』と言えども生きている事
は出来ん。
特に私が放った居合は、お前の弱点である地属性の刀での攻撃だから相当に効いただろう?



『ガ……グガ……』

「まだ生きているとは、呆れた生命力だが、其れも無駄な足掻きだ。
 既に貴様を滅する手段は講じてある――私と桜花のダブル鬼千切りでも倒せなかった時の保険だったのだが……まぁ、今は自ら
 の頑丈さを呪うが良い。
 そして地獄で後悔しろ、我等に牙を剥いた己の愚かさにな。」


――ドドドドドドドドドドドド!!!


中空に配置しておいたブラッティダガー100発の一斉掃射だ――如何に大型の『鬼』とは言え、此れに耐える事は不可能だ。
大人しく散るが良い。



『ギャァァァァァァァァァァァァ!!』


――私達の勝ちだ!!


――カッ!

――バシュン!!

『和を以て貴しとなす。』

――ミタマ『聖徳太子』を手に入れた。



何とまぁ、期せずしてミタマを得る事が出来たか。此れは僥倖だな。



「生き残ったのか、私は……?」

「話は後だ。瘴気の薄い所まで退くぜ!!」



うん、息吹の言う通りだな。
如何に神木の身を食したとは言っても此れだけ濃い瘴気では、モノノフであっても命取りになるからね――先ずは此処から退くぞ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



ふぅ、何とか瘴気の薄いと言うか、殆どない場所まで戻って来れた――こう言う場所まで戻って来ると、あそこがドレだけ濃い瘴気
に満ちていたかが分かる……あぁ、空気が美味しい。

其れで如何した桜花?空など見上げて……



「……幼い頃、霊山を抜け出しては、橘花と共にこうして空を見上げたものだ。
 何が気に入ったのか、あの娘は日が暮れるまでずっと空を見上げていたよ――私は、間違っていたのかも知れない。
 あの空を取り戻し、もう一度橘花と共に見上げたい……私がモノノフになったのは、そんな単純な理由だったのに。
 あの時の気持ちを、君が思い出させてくれた……ありがとう。」

「礼を言われる程の事でもないさ――それに、私達は仲間だ。仲間を助けるのは当然だ。さぁ、ウタカタに帰ろう。」

「そうだな。橘花を待たせるのも悪いからね。」



で、帰還!ウタカタよ、私は帰って来た!!



「姉さま……お帰りなさい……!」

「橘花……すまなかった――そして、ありがとう。
 皆も。おかげで思い出す事が出来た――生きて橘花の傍にいる。其れが私の本当の願いだった。其れを何処かで忘れていた。」

「桜花は苦しんでたんだね……でも、もう大丈夫!此処には皆が居るから。」



そうだな初穂。
此処には仲間が居る、だからもう大丈夫だ。



「秋水、君にも感謝を。」

「感謝など……あなた方が居れば、北の戦の結果も違ったのかも知れません。」



秋水……?



「いえ……何でもありません。
 其れより、此れで結界は解けたはずです――道は、開かれました。オオマガドキの地へ至る道が。」



だな。
此れまでの全てを懸けて、戦うべき時が来た――次が最終決戦だ!戦の準備を怠るな!必ず守るんだ、私達の、人の世界を!!



「「「「「「おーーーー!!!」」」」」」



必ず討つぞオオマガドキを齎す『鬼』を!!
そうと決まれば、私を準備をせねば――って、如何した桜花?



「梓……改めて礼を言う。ありがとう。
 私が此処に居られるのは、君のお陰だ……救わなければならないのは、橘花だけではなかったな。
 犠牲の連鎖を断ち切りたいなら、まず私が生きなければならない。其れを君が教えてくれた、気付かせてくれた。
 何時の間にか、私もすっかり君を頼るようになってしまったな。」

「何、大したことじゃない――私は私の思いを伝えただけだ。
 其れに、頼るのならどんどん頼ってくれて良いんだぞ?頼られるのは信頼の証だからね。」

「そうか――此れからも共に居てくれるか?」



愚問だな。答えはイエスに決まってるだろう?それ以外の答えなど有り得んよ。



「そうか。」


――カッ!!

――バシュン!!


『六韜の精髄を見せよう。』


――ミタマ『鬼一法眼』を手に入れた。




「私のミタマが……此れが分霊か……それは私の心だ。君に持っていて欲しい――あまりぞんざいに扱うなよ?」


あぁ、大切にさせて貰うよ――此れは、お前の魂の半身だからな。







そしてその夜――これは、又か。


『ふぅ、漸く出て来られました
 『鬼』との激闘、しかと拝見しました。お見事な戦ぶりですね。』



聖徳太子か……何用だ?



『此れから大嘗祭と言う時に、むざむざ『鬼』に食われてしまいました――此のまま済ましては腹の虫がおさまりません。
 この地に満ちた『鬼』を討ち祓い、再び神仏の加護を取り戻す。その大いなる道行に帯同させてください。
 此れよりこの地を大いなる滅びが襲う……有るべきモノが失われ、あるべきでないモノが姿を現す。
 世界がその矛盾に耐えきれなくなった時、全てを飲み込む巨大な穴が開く。
 けれど、若し僕達が再び人の手に戻るなら、解かれた百万の過去は、再び現在に結び直される。
 矛盾は整合に変わり、世界に生じた穴は塞がれるでしょう。
 ミタマと結び、友と結び、遠い過去と、遠い未来を結ぶ――結ぶ事、即ちムスヒ。其れこそが人の力の根源。
 如何か結んでください。』

『僕達死せる英雄と、現在を生きる貴女達を。』

『遠い過去と遠い未来を!』

『夢幻の世界と、現し世を。』




天草四郎、卑弥呼、そして平清盛――其れだけでなく、私が宿したミタマ全てが語り掛けて来る――オオマガドキを防げとな。



『かの鬼を打ち倒せば、最後の一欠けらが揃います。』

『最後の英雄が集う。』




そして、その魂を結ぶのが私の使命と言う事か――是非もない、必ず結んで見せるさ、ミタマの魂と言うモノをな!!
オオマガドキを齎す鬼だって討って見せる!!其れこそが、この世界での私の使命だからね――最終決戦までもう僅かだな!!

精々首を洗って待っていろ終焉の『鬼』よ!貴様は必ず私達が打ち倒す――今からでも辞世の句を考えておくんだな!!










 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場