Side:アインス
トキワノオロチを倒し、時空ホールとも言うべき場所を通って、辿り着いたのは『古の領域』――私達が過去に飛んだ起点となる場所に戻って来た
訳か。
全員無事か?
「此処にいるぜ?」
「し、死ぬかと思った。」
「大丈夫、皆生きているぞ!」
ふ、如何やら無事なようだな?――トキワノオロチは確かに強大な『鬼』だったが、識と同化した状態では其の力を十全に揮う事は出来なかった
みたいだからな、私達の勝利は当然の結果だ。……が、如何した紅月?
「一人、足りません!」
「アイツは何処行った?」
「オイオイ、肝心な奴が居ねぇぞ?」
言われてみれば一人足りない……将が居ない!何故将が居ないんだ!!
「分からん……鬼門の中に取り残されたか、或は横浜から飛べなかったか……アイツは十年前の世界から来た人間だ。
この時代との結びつきも弱い……戻れなかったとしても不思議はない。
其れ以上に……自分の意思で残った可能性もある。」
自分の意思で……其れは否定出来んな?
将は誰よりも生真面目で真っ直ぐだったからな……十年前に戻る事が出来たのを幸いと考え、十年前のオオマガドキ其の物を無かった事にする
為に残った可能性と言うのは否定出来んな。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 最終任務
『英雄達の軌跡~討鬼伝~』
だが、その可能性を椿は否定する……『帰るなら、何か言ってる筈。勝手に私達を置いて行く筈がない!』か。確かに、将が仲間に何も言わずに
あの時代に残るとは考え辛いか。
「そうだな。あのお人好しが、何も言わず帰る筈がねぇ。
おい博士、何か方法はねぇのか!アイツを連れ戻す方法は!」
「……少し黙れ。今手段を考えている所だ。」
アーナスにスチール・デーモン召喚してもらって、ジ・エンドと私のスターライトブレイカーをぶつけ合ったら、巨大なエネルギーが衝突した作用で時
空ホールの扉が開くかもしれんが、其れをやったらこの空間其の物が吹き飛んでしまうか。
ん?博士、後ろに何か……
「後ろ……?」
「危ない!!」
――ドス!!
「アインス、お前!!」
「か、間一髪だが間に合ったか……まさか、異空間から攻撃してくるとは予想外だったよ……!しかしまぁ、刺されると言うのは大分痛いな?」
「腹を刺されて言うセリフか!?」
「生憎と、この程度では致命傷にはならない位に頑丈なのでね。」
しかし異空間から攻撃してきた此の腕……トキワノオロチと共に滅んだと思って居たが、生きていたとはな?その執念には、呆れるよ識!!
「未だ、終わってはいない……!全てやり直しだ!貴様達を皆殺しにして!」
腕だけでなく、全身が現れたか……私達を皆殺しにしてやり直すだと?そんな事を、させる筈がないだろう!
人の世を守る為に、人の脅威を破壊する破壊神として、貴様の野望を完全に破壊してやるぞ識!悪いが、貴様の野望に10カウントのコンティニ
ューは存在しない!失敗したら即ゲームオーバーだ!!
「光栄に思え、トキワノオロチ以上の世界を破壊できる力を、貴様に味わわせてやる!」
「貴様……!」
「待て、アインス!!」
「アインスさん!!」
異空間から現れた識を逆に掴んで、異空間内に私ごと押し込んだのだが、博士とアーナスも追って来てしまったか!他の皆は間に合わなかった
みたいだが、アーナスは兎も角、普通の人間である博士が此処に入って果たして大丈夫なのか……いや、大丈夫か。天才と言うのは、えてして
何らかの異常な特異体質だったりするからな。
其れでだ、飛び込んだ異空間の先にあったのは、嘗てウタカタの皆の魂を取り戻しに行った時に訪れた空間に良く似た場所だった――と、言う事
は此処はもしや時間の狭間か?
トキワノオロチの力で時間を遡ろうとしてた故に、お前はこの空間に居た訳か、識。
「マッタク、往生際の悪い奴だな貴様は?」
「矢張り、貴様等を真っ先に殺しておくべきだった。
……カラクリ使いは戻れなかった様だな?時間流の彼方に投げ出されたか……何れにしろ、どちらにも消えて貰う。
今からでも遅くはない!過ちを正して最初から始めるのだ!」
「……過ちばかりだな。
お前が生きてきた中で、過ちでなかった事はあるのか?」
此れはまた何とも辛辣だな博士よ?
その博士の問いに対し、識は『家族を失うまでは、少なくとも過ちではなかった。だが、其処から先は全て……』と答えた……過ちと認める訳だ、
将を生み出した事も、トキワノオロチを利用しようとした事も。
「貴様……!」
「と言うか、腹を刺されて大丈夫なのかお前は?」
「流石にヤバくないかなアインスさん?」
「大丈夫だ、少しばかり腸の表面に傷は付いただろうが、貫通して居なければ致命傷にはなり得んからな。
其れよりも識、貴様はどうやって将を生み出した?アイツは、私にとっては妹にも等しい存在だった……そして将は、本来ならばこの世界に居る
筈のない存在だ。何故、お前は彼女を作れた?」
「ふ……カラクリ使いは最初からあのような姿だった訳ではない。
実験体は元々は、黒目黒髪の何処にでもいる日本人女性だったのだが、ある日不思議な光が現れ、実験体にぶつかったと思ったらあの様な
姿に成っていた。――今にして思えば、強い力を持った英雄のミタマが憑依したのかもしれん。」
と言う事は、私とはある意味で逆か。
私は死んだと思ったら肉体を得てこの世界に来ていて、此の世界のモノノフの魂と融合したが、将の場合は魂だけ此方の世界に来て、此の世界
の人間の身体と融合したと言う事か。
恐らくは、融合したのが普通の人間ではなく、識によって色々と調整されていた実験体だったせいで融合した際に記憶が吹っ飛んでしまったのだ
ろうな。
「アイツにはそんな秘密があったのか……何処までも興味が尽きん奴だ。
其れよりも識、家族を失った後の全ては過ちだと言ったが、その過ちの中で必死に生きて来た者達も居る。
知っているか識?私の本当の名を。」
「なに……?」
「私は博士……だが、其れは只のあだ名だ。私の本当の名は……クラネ。数万年前、鬼門に流された子供だ。」
と、此処で博士がまさかのカミングアウト!クラネって、識の娘じゃないか!……まさかのカミングアウトに、識も驚いて居るぞ?……驚きのあまり
に、『面白い顔だから思わず撮っちゃった♪』と言いたくなる位の顔になっているからな。
歴史を破壊してまで取り戻そうとした愛娘が目の前に居るのだから、本来は喜ぶべき事なのだろうが、識は『あり得ん。……貴様がクラネである
モノか……ある筈がない!』と否定的だ。
クラネが何歳の時に識の前から姿を消したのかは知らないが、博士は確か三十三歳だと将から聞いていたから、識の記憶にあるクラネとは大分
変わっているのだろうな。
「長い年月が過ぎたものだ。
私は六歳だった。数万年の時間を流され此処に来た。
一人の力で生きていくには幼すぎ、周囲の人間の施しを受けて生き抜いた。言葉すら分からない異郷の地で。
やがて、父と母の顔すら思い出せなくなった。だが、私は必死で生きた。其れがかけがえのない、私の人生だったからだ。
其れでもお前は過ちだと言えるか。私の生きた時間の全てが!!」
「……面影が有る。その髪……そのホクロ……だとすれば……私は何を……私は……!
……フ……フハハハハ!ヤレヤレ、恐ろしい女だ。全ては私を止める為の狂言……そうだな?」
つまり、二十七年前に博士は此の世界にやって来た訳で、二十三歳の時にオオマガドキを経験したと言う事か。
博士の告白に、識は少しばかり動揺したが、愛する娘の告白すら己を止める為の狂言と切り捨てるとは、最早コイツは完全に狂ってしまっている
らしい。
僅かでも真面な思考が残っていれば救う事も出来たかも知れないが、完全に狂った狂人を救う手立てはない……博士、悪いが殺すぞ、お前の
父親を。
「私としては、此の告白で思い留まって欲しかったのだが、其れが答えであるのならば仕方あるまい……せめてもの情けとして、精々苦しまない
ようにやってくれ。」
「うん、それは分かってるよ博士。」
「……貴様等には、此処で死んでもらう!」
ふ、果たして死ぬのは何方だろうな?
気付いていなかったのか?博士の鬼の手が光を放っていた事に!――この空間に来てから、博士は鬼の手を使ってずっと呼び掛けていたんだ
よ!マホロバの里の最強のモノノフに!!
――ギュオン!!
「此れは!!」
「終わりだ、識!!」
空から伸びて来た鬼の手に加え、博士の鬼の手が識を掴み、その動きを封じる……貴様はもうお終いだ!決めるぞ、アーナス!!
「行くよアインスさん!ダブル……」
「真空波動拳!!」
トドメはアーナスとのダブル直射砲で完全滅殺!!数多の世界を滅ぼした破壊神と、夜の王を敵に回した時点で貴様に未来は存在してなかった
んだよ識。
「数多の世界を滅ぼして来た破壊神……成程、最初から勝ち目はなかったと言う訳か――良かろう、今この時は貴様等に敗北を認めて、暫し時
の彼方に消えるとしよう。
だが、私は死なん!必ずや舞い戻り、目的を果たして見せる!全ては愛する者の為に!!」
「最後の最後まで諦めんか……ある意味尊敬に値するが、それじゃあな識。もしも戻ってきたその時は、私の子供達に宜しくな。」
「フハハハハ……ハーッハッハッハハハ!!」
高笑いを残して、識は時の彼方に消えたか……其れよりも、遅刻だぞ将?
「すまん、少しばかり道草を食ってしまったらしいが……其れよりも、相変わらず無茶をする奴だなお前は!腹に風穴を開けて動く奴があるか!」
――ゴイン!!
「将、痛い。……と言うか、相変わらずと言ったかお前?」
「あぁ、言った……全てではないが思い出したよ、私が何者だったのか。
私は天寿を全うして成仏する所だったのだが、強い力に引っ張られて、そして気付いたらこの世界に居たんだ……記憶の大半を失ってな。」
「矢張り、そうだったか。」
「其れがお前かシグナム……よくぞ戻って来てくれたな。」
「貴女が鬼の手で必死に呼びかけてくれたからだよ博士……其れが無かったら、私は時の狭間に消えていたさ。」
かもな。
だが、そろそろ此処もヤバそうだからね……空間が崩れる前に戻るぞ!鬼の手と、私とアーナスの力を使えば、この空間から戻る事は難しくない
だろうからね。
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そして、其れから一カ月後。
腹の傷は、僅か数日で塞がったのだが、その後は何故か将と一緒にかぐやに此れまで体験した事を話す事になってしまい、この一カ月はかぐや
にウタカタで起きた事を話す毎日だった……何でも、私と将から聞いた話を一冊の本に纏めるのだとか。壮大な計画だな。
其れとは別に、今日と言う日は、マホロバの里にとって新たな門出となる日だ。
「今日と言う日を迎えられた事を私は嬉しく思う。
多くの物が傷つき、多くの血が流された。……大切な人達が、いなくなってしまった。――それでも私達は、前進しなくてはならない。
過ちも正しさも、等しく受け次いで……その為に、今こそ皆に里のお頭を返そう――紅月。」
神垣ノ巫女であるかぐやが見事な演説を行い、マホロバの里の新たなお頭に紅月が選ばれた……まぁ、当然だな。此のマホロバの里のお頭は
紅月をおいて他には無いからね。
そして紅月は、鬼内と外様、近衛とサムライと言う、長くこの里を分断して来た対立を取り除かねばならないと言い、そしてサムライ、近衛の両討
伐隊を解体し統合すると来たか……だが、其れは最高の策だと思うぞ?
お頭の命とあっては断る事は出来んし、サムライも近衛も『鬼』から人を守ると言う目的は同じだからな……統合して任務に当たらせれば、自然と
お互いに認め合う事も出来ると言うのもさ。
「刀也、八雲……サムライも近衛もなく、この里を導いてくれますか?」
「……良いだろう。」
「……異存はないさ。」
更に、サムライのリーダーである刀也と、近衛のリーダーである八雲が握手を交わして、サムライと近衛の解体と統合は無事に済んだみたいだ。
此れならばもうマホロバの里はもう安泰だろう……私達は、ウタカタに戻ろうか?
「そうだな、そうしよう。」
「大丈夫になった以上、長居は禁物だからね。」
「マホロバで色々覚えたから、お爺ちゃんをびっくりさせてあげます!」
本当にソフィーはマホロバで色々覚えたからな……まさか将の武器にカートリッジシステムを搭載するとは思わなかったよ。しかも其れだけじゃな
く、この一カ月は博士から鬼の手の構造も学んでいたみたいだからね?
鬼の手を作る事が出来るようになれば、ウタカタでの『鬼』の討伐も大分楽になるし、ウタカタ周辺の異界を浄化出来るようになるから、有難い事
此の上ない……ソフィーならば、最悪錬金術で作ってしまうだろうしね。
「よう、ウタカタに帰んのか?」
「見送り位、させてくれてもいいのではないか?」
「……行き成り居なくなると、うるさい奴等が要るぞ?」
「時継、将、博士か……行き成りではない、お前達以外には昨日の内に伝えているよ。――お前達にも伝えようとしたんだが、昨日は将の家で
盛り上がっていたみたいだから遠慮したんだ。」
「今日は今日で、研究所に行っても姿が見えなかったのでな……グウェンに『私達はウタカタに帰った』と言伝しておいたところだ。」
「タイミングが悪かったと言う訳か。」
「簡単に言えばそうなるな。」
兎に角、マホロバの里の危機は去ったのだから私達は長居は無用だ。
お頭選儀で新たなお頭も決まった以上、近い内に九葉達もマホロバを発つだろうしね。私達は、私達の守るべき世界に帰る事にするさ。
「そうだな……アインス、また会えるか?」
「会えるさ。お互い生きていれば、またな。」
何なら今度はお前達がウタカタに遊びに来たらどうだ?特に時継と紅月は。今回は一緒に来れなかった元姫も喜ぶと思うぞ?
「ソイツは良いな?シグナム、博士、ウタカタの里には三国志の英雄も居るんだぜ!」
「ほう?其れは興味深いな?」
「ふ、是非とも会ってみたいものだな。」
「来るならば何時でも来ると良い。歓迎するぞ。」
「あ、でも神無さんは来るなら注意した方が良いかもしれないよ?アインスさんの家には天狐が居るからね。」
「其れは、確かに要注意だな。……其れではなアインス、達者でな?」
「お前もな、将。」
将と握手を交わし、そしていよいよウタカタに帰還だ……皆、私の手に触れてくれ。
「「「了解!」」」
「では行くぞ。」
さて、誰の気配を探るべきか?
富嶽達だと異界に出る可能性があるから、此処は絶対に里に居る秋水の気配を探るのが上策か……秋水、秋水っと……見付けた!!
――ビッ!!!
「と言う訳で、ただいま秋水。」
「アインスさんに皆さんですか、暫くぶりですね?マホロバの里の方はもう良いのですか?」
「あぁ、向こうでの事は全て片付いたからな。
其れよりも、私達が居なかった間、ウタカタは大丈夫だったか?」
「何の問題もありませんよ桜花さん。
ウタカタの里は、橘花さんの結界に加えてアインスさんが張ってくれた結界もありますからね――正直、この里の結界を破る事はイズチカナタで
も不可能だと思いますよ。」
しまった、ウタカタに帰ってくる前にマホロバにも私の結界を張って来るべきだったか……だが、マホロバの結界はカラクリ石によって強化されて
居るから大丈夫だろう。
「戻ったか、お前達。」
「大和……アインス以下四名、無事にウタカタに帰還したぞ。」
「ご苦労だった。俺以外の連中は、生憎と任務に出ているが、戻って来たらお前達が帰って来た事を教えてやれ。ホロウは、お前達が居なくて退
屈だった様だからな。」
「そうさせて頂きますお頭――」
――カンカン!カンカン!!
だが、ウタカタに戻って来たばかりだが、私達に休む時間は無いらしい。
「……アインス、桜花、アーナス。里の周辺にゴウエンマが、マフチとイテナミを伴って現れたらしい。
此れだけの強大な『鬼』を里に近づけさせる訳には行かん……マホロバから戻って早々で悪いが、今すぐこれを討て!」
「是非もない!行くぞ桜花、アーナス!」
「あぁ、勿論だ!」
「モノノフの本分を果たさないとね。」
「皆さん、無事に帰って来てください!」
言われるまでもないよソフィー。
現われたのは大層強力な『鬼』だが、私達ならば倒せない相手ではないからな――我等モノノフは鬼討つ鬼だ。ドレだけ強大な『鬼』であっても
其れを打ち倒して人の世を守るのが使命だからね。
『鬼』との戦いに何時終わりが来るのかは分からないが、私は私の命尽きるまで『鬼』との戦いを続けてやる――其れが、此の世界でモノノフとな
った私の為すべき事だからな!!
さぁ、行くぞ!!
Mission Complete
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