Side:シグナム


アインスの瞬間移動で、ヤマトタケルのミタマが見せてくれたあの場所まで来た訳なのだが……アインスよ、お前はなに普通に瘴気の穴を攻撃
しようとしているんだ?



「ダメか?」

「ダメだ。お前が行った攻撃を喰らって余計に強力な『鬼』が生まれんとも限らんから止めておいた方が良い。
 不確定要素がある事はしないに越した事は無いからな……」

「……では、此の極限まで集めたエネルギーは如何しろと?」

「……その辺の『鬼』を適当に蹴散らしてきては如何だ?其の力を放てば、ゴウエンマ位ならば瞬殺出来るだろう?」

「そうだな、少しばかり行って来る。瘴気の穴の方は任せたぞ?」

「あぁ、任せてくれ。」

『少し散歩してくる』と言ったノリで『鬼』退治に向かう辺り、アインスは最早暇潰し感覚で『鬼』を討っているのかも知れんな……大型の『鬼』です
ら暇潰しとは恐れ入るが、味方としてこれ程頼りになる奴は居ないかも知れんな。
それはさて置き、私は私のすべき事をしなくてはな……鬼の手よ、私に力を!!



――ギュン!!



鬼の手を持っている仲間全員で瘴気の穴に鬼の手の力を注ぎこみ……そして浄化完了だ。――異界の浄化を初めて見た雷蔵、八雲、刀也の
三人は驚いていたが、刀也は『俺達とは考え方が異なる訳だ』と何か納得しているみたいだったな。
ともあれ、此れで異界を浄化する事は出来た……ならば、残る仕事は一つだけ。
識の企みを阻止し、そして生きてマホロバに帰る事だ!!記憶は未だに戻っていないが、朧気にだが思い出した……あの時、雲の中から龍の
ような『鬼』が現れた事で私は空の穴に吸い込まれたのだ――そして、アレが恐らくはトキワノオロチだったのだろう。
ならば、十年越しの因縁を今此処で断ち切るまでの事――待っていろ識、そしてトキワノオロチ!貴様等の野望は、この烈火の将が切り伏せる
からな!!

……その後、アインスが浄化した『古』の領域の拠点に戻って来たのだが、瘴気の穴に撃とうとして居た力で、ゴウエンマ二体とアケハワニ二体
を倒して来たらしい。
こんな事を言ったら元も子もないが、コイツ一人で大体何とかなるんじゃないかと思った私は決して異常ではないと思うな。











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務192
復活した最悪~トキワノオロチ~』










異界を浄化してしまえば行動限界を気にする事も無いので識が何処に居るかを探すのにも時間制限はなくなったのだが、此処で『鬼』を討ちに
行っていたアインスから有力な情報を得る事が出来た。
此の拠点からそう遠くない西の地に大きな階段があり、その先から識の気配を感じたと言うのだ……大きくなったり、消えたりと不安定だったの
で瞬間移動で確かめる事は出来なかったとの事だが、確かめてみる価値はあるだろう。



「此処だ。」

「此れは……出雲大社か?」

アインスの案内でやって来たのは、まるで天にまで続くのではないかと言う大階段……日本に住まう八百万の神が一年に一度だけ集うと言わ
れる出雲大社か。
この先から識の気配を感じた訳か……奴め、神々が集う神聖な場所から過去に飛ぶ心算か?神罰が下るぞ。

幸いな事に、大階段には『鬼』は居なかったので問題なく進む事が出来た……流石の『鬼』も神々が集う場所には近付く事が出来ないようだ。
そして階段を上り切り……追い付いたぞ、識!



「ほう……よく此処まで辿り着いたな?
 大したモノだ。貴様等は堕落した人間共とは違うらしい。」

「人間が堕落した存在か如何かは知らんが、そもそも私は人間ではないんだがな……こんな見た目だが、既に私は千年生きているからな?」

「アインスさんには負けるけど、私も何百年と生きてる半妖だからね?」

「こちとら鋼鉄のカラクリ人形よ。」

「はいはーい、四十年前の過去からやってきましたーー!」

「何ぼモノノフつってもよぉ、普通じゃねぇ奴が多過ぎねぇかオイ?」



確かに否定出来んな焔。かく言う私も、十年前からやって来た上に記憶の多くを失っている、識に作り出された実験体だからな……識の言う様
に普通の人間とは違うかもな。



「ふむ、中々に個性的な集団のようだが……遅かったな。全ての準備は整った。
 後はトキワノオロチを目覚めさせるだけだ。――見えるかね?私の背後のそびえる巨大な姿が。
 此れが嘗て世界を滅ぼした『鬼』、トキワノオロチだ!」



此の巨岩が?
焔も『只の塊じゃねぇか』と言ったが、識が言うには『この地に栄えた超文明の民によって封印された』との事……そして、『此の『鬼』こそが時を
超える力の結晶。人の身で神に近付く為の器だ』と来たか。



「……愚かだな。」

「なに?」

「アインス?」

「聞こえなかったか識?愚かだと言ったんだ。
 人の身で神に近付くだと?何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい……人が神になろうとすれば如何なるのかを知らない訳ではないだろう?これま
 でも、神になろうとした人間は多数居たが、その全てが碌な末路を辿ってはいない。
 自らを毘沙門天の化身と名乗った上杉謙信は病で命を落とし、第六天魔王を名乗った織田信長は本能寺で倒れ、死後神として祀られた徳川
 家康は胃がんで苦しんで死んだ……そして神と一体となった闇マリクはブラック・マジシャン師弟の合体攻撃でラー諸共破壊されて1ポイントの
 生贄になりサレンダーによって消滅した……って、最後のはお前達には分からん事だな、忘れてくれ。
 だが、神になろうとした人間には碌な未来は待っていない……其れでもお前は神に近付き過去を変えると言うのか識よ?」

「……冥途の土産だ。貴様等にも真実を教えてやろう。」

「真実?」



語り始めた識によれば、太古の昔にこの地には超文明が栄え、万能の技であるカラクリを使った戦いが起き、その戦いの最中、人は異界に住
まう『鬼』の存在を見つけ、そしてその『鬼』の力を我が物に出来ないかと考えたらしい。
『鬼』を鹵獲し、カラクリ――魂の力で操れたらと……そして其れを実行し、初めてこの世に『鬼』が持ち込まれたのだと……そして其れだけでは
飽き足らず、人は『鬼』を使って戦いはじめ、数え切れないほどの人が殺され、その魂は『鬼』を強化する為に利用されたが、余りに多くの魂を喰
らった『鬼』は暴走をはじめ、人の支配を逃れて地上を蹂躙し、人の文明は滅び、そして生き残った人々は『鬼』とカラクリを封印して姿を消したと
な……其れが真実だとすれば、何とも遣る瀬無いが、お前の言う事が真実だとすれば、何故今の世に、封印された筈の『鬼』が存在して居る!



「惜しいかな、全ての『鬼』を退ける事は出来なかった。
 一部の『鬼』は時間の彼方に逃げ去り、数万年後の世界に現れるようになった。其れが、貴様等の戦っていた『鬼』の正体だ。」



私達が『鬼』と戦っているのは、過去の人の過ちの尻拭いだとでも言いたげだが、識の言っている事に一切の偽りがないのだとしたら、私達より
も『鬼』の方が被害者ではないか!
人の欲望の為に利用され、そして危険と判断されたら封印されるのだからな……!



「ふむ、中々に興味深い話だったよ識。
 今の話を一冊の本に纏めて出版してみたらどうだ?霊山の連中は激怒しそうだが、此の世界の真実を記した一冊としてミリオンセラーも夢じゃ
 ないかも知れないぞ?
 出来れば、お前が何故そう思ったのか、その理由があればより良いがな。」

「貴様も喰えん奴だアインス。
 だが理由か……実に簡単な事だ。私が超文明に生きた人間の生き残りだからだ!」

「なん、だと!?」



まさかの事実だな。八雲が驚いて居たが、私も同じ気分だ……アインスとアーナスは平然としているが。
識は数万年前にカラクリを生み出した科学者の一人で、トキワノオロチを持って愚かな人間の戦争を終わらせようとしたらしい……人を争いに駆
り立てる歴史を破壊する事で。
だが、その計画はトキワノオロチが封印された事で頓挫し未来に逃げ、この時代に来て、モノノフに入り込んでトキワノオロチが封じられた場所
を探し、そしてこの場所に辿り着いたと言う訳か。



「今こそ宿願を果たす時だ。トキワノオロチを使ってな!」

「如何して其処まで!」

「大義を前に、個人的動機を問うても意味はない――だが、敢えて言うなら家族を奪われたからだ。
 馬鹿共が『鬼』を使って始めた戦争に、私の家族は巻き込まれてこの世から消えた!妻は死に、娘は鬼門の彼方に消えた。
 ……愛するクラネ。今も時間流の中を彷徨っているだろう。其れを、救わねばならん。
 数万年の時間を遡り、この誤った時間の全てを正しく変える。」



家族を失った悲しみ故の凶行か。
お前に事情があるのは分かったが……私が実験体とは如何言う事か教えて貰えないだろうか?私には其れを知る権利がある筈だ。



「お前の事か。
 霊山の上層部に請われてな。『鬼』の力を人間に移植する実験を行っていたのだ。お前はその時に使った実験体だ。」

「『鬼』の力の移植だと?」

「空間を超える力、数多のミタマを喰らう力……尤も、手慰みの様な実験だったのでな。
 巧く行かず廃棄した心算だったが……此処まで成長して戻ってこようとは、見事だぞ、カラクリ使い。」

「成程、其れで実験体と言う訳か。自分で聞いておいて何だが、敢えて言おう……それが如何した?」

「なに?」



だから、それが如何した?
私が『鬼』の力を人に移植する実験の実験体だったと言う事は分かった……納得は出来ないが理解はした。その上で、だから其れが何だ?過
去が如何であれ、私は今此処に存在して居る。実験体とはどう言う事かと思ったが、それ程大層な意味はなかったようだな。
其れよりも、霊山の上層部に請われたと言っていたな?如何言う事だ?



「……考えてもみろ。私が何の後ろ盾もなく、此処まで動けたと思うか?
 居るのだよ、霊山にも。身にそぐわぬ欲望を抱く堕落した人間共が。……人の悪意の底深き事よ。その腐敗、私が取り除いてやろう。」

「人の悪意の底が深い事には同意するが、同時に人はその悪意を上回る善意で消し去る事が出来る――私を苦しみ続けた千年の呪いを断ち
 斬ったのも、純粋な善意と勇気だったからな。
 貴様の事情は大体分かったが、長々とした御高説ご苦労だ……お前はもう用済みだ。あとやる事は一つだけ……貴様を叩きのめして、そして
 戦いを終わらせる。其れだけだ!」

「……妙案だ、アインス。」

「漸く出番らしいな。」

「手慰みの実験で作った筈の私によって野望が潰えるとは、此の上ない皮肉だとは思わないか識?」

アインスが言い放ったのを合図に、全員が武器を構えて識と向き合う……時にアーナス、お前の武器は長剣ではなかったのか?何だ、其の巨
大な槌は?



「私の武器は変形させられるんだよ。
 標準的な剣のツルギ、双剣のダガー、銃のシューター、此のウォーハンマーのセンツイン、そして何時も使ってる長剣のヨルドって具合にね。
 いやぁ、あまりにもアイツの考えてる事がバカらしいから、センツインで頭勝ち割ってやろうかなって。」

「成程、悪くない。
 さてと……此れだけの戦力を前に如何する識?此処でお前を倒すなど赤子の手を捻るよりも簡単だと思うのだがな。」

「……貴様等に出来るかな?」



出来るかどうかは問題ではない。やるか、やらないかだ!!



識の手にあるカラクリ石が怪しく輝きだし、そして背後の巨大な塊が轟音を立て始めたので、そうはさせまいと神無と共に切り掛かったのだが、
刃が識をすり抜けた、だと!?
いや、私と神無の攻撃だけでなく、真鶴の弓も、時継の銃も、果てはアーナスの従魔の攻撃も、アインスの魔法ですら効かないだと!?



「ふははははは……無駄だ。
 戒めは解かれた!私は『鬼』となって、この地のあらゆる歴史を破壊する!」



そう言った瞬間、識の身体は消え、そして後にあった巨大な塊が崩れ、中から多数の首を持った竜の様な『鬼』が現れ、そして突如出現した瘴
気の穴に酷似した空間――鬼門へと消え去った……クソ、過去に飛んだと言う訳か!!
何とかして奴を追わねば……歴史を破壊する事だけは、絶対に阻止せねばならないからな。








――――――








Side:アインス


多数の首を持った竜の様な『鬼』……アレがトキワノオロチか――日本の神話のヤマタノオロチ、ギリシャ神話のヒュドラ、中国の伝説に登場す
る多頭龍の正体は、トキワノオロチなのかも知れないな。
奴は行ってしまったが……



「……やべぇぞ。俺等消えちまうんじゃ……」

「ど、如何すれば……」

「落ち着け。奴の向かった先は分かっている。」

「如何いうこった?」

「前に言っただろ?
 『鬼』は英雄の魂、ミタマを使って時間の扉を開いている。故に、あらゆる時間に移動する事は出来ない。
 だが、その法則が破れる瞬間が一つだけある。全ての時間の扉が開く瞬間……」

「オオマガドキ、だな?」

「ふ、正解だアインス。」



なに、ウタカタでも陰陽方がオオマガドキを起こして過去に遡ろうとした事件を解決した事があったから、若しかしたらそうなのではないかと思っ
ただけだ。
となると、識が向かったのは十年前のオオマガドキか。そして、其処から更に過去に遡る心算か。
だが、行く先が分かっているのならば追うのは容易だ……私達も、その鬼門を通ってな。
普通ならば其れは自殺行為だが……将、お前の時と空間を超える力とやらを、私達に貸してくれないか?



「アインス……私が言おうと思って居た事を盗るな。」

「其れは失敬。」

「コホン……シグナム、頭に思い浮かべるんだ。十年前の横浜の事を――お前なら導ける筈だ。此の鬼門の中を。遥か十年前の横浜に。」

「……分かった。」

「だが、本当にそんな事が出来るのか?」

「そ、そうよ。未来には行けても過去には……」

「現在と過去を結ぶ因果の扉を開く。其れがトキワノオロチの能力だ。
 今この瞬間だけ、我々はこの扉を通って過去に飛べる。――だが、過去を変えようとは思うなよ?例えどんな痛みがあったとしてもだ。」



言われるまでもない。変えられないのが過去、そして超えられないのが己自身だと言う事は、千年の間に嫌と言うほど感じたからな――だから
こそ、識の蛮行を許す訳には行かん。
仮に過去を変えても未来は変わらん……改変した過去から新たな未来が始まるだけで、今は変わらないと言う理論もある事だしな。
では、行くとするか――将、後はお前に託したぞ?



「任せておけシグナム……記憶の大多数は失っている私だが、十年前の横浜の景色だけは昨日の事の様に思い出せるからな――大丈夫、必
 ず皆をあの時に導いてみせるさ。」

「ふ、頼もしいな。」



――ヒィィィン……



そして、将の身体が発光したか……其れでは行くとするか十年前の横浜に。オオマガドキが起きたその時に!!











 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場