Side:シグナム


九葉、そして博士と共に、識が拘束されている近衛の詰め所に来て、そして識と対峙している訳なのだが……コイツとは面を会わせるだけで、気
分が悪くなるな。
天然の『不快物質生成装置』なのかコイツは?……だとしたら、迷惑な事この上ないがな。



「貴様は……カラクリ使い共か。
 其れに軍師・九葉、わざわざ足を運んでくれたか。」

「……お前とは、一度ゆっくり話をしたいと思っていた。」

「其れは光栄な事だ。」



……ふぅ、悪いが腹の探り合いをする心算はない。
この里に『鬼』の大軍が迫っている……識、お前は此れについて何を知っている?オオマガドキの再来と言っても過言ではない『鬼』の群れとは
只事ではないと思うのだが?



「さて、何の事かな?」

「貴様……!」

「……落ち着けシグナム。私とてこやつが素直に全てを話すとは思ってはいない……だが、今の自分の立場を考える事だぞ軍師・識。」

「成程、確かに白を切れる立場ではなかったか。
 ふむ……貴様もそう怖い顔をするなカラクリ使い――私とて全てを知っている訳ではないのだ。
 此れは何方かと言えば、貴様と関係がある事柄だぞカラクリ使い。」



私と?如何言う事だ?



「異界の浄化だ。」

「「「!!」」」


異界の浄化……それが如何してあの『鬼』の大軍と繋がると言うのだ?……確かに、異界の浄化が何か関係しているのならば、識よりも私と関
係がある事柄かも知れないが……一体如何言う事か、聞かせて貰おうか識よ。












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務188
決戦前に色々とあるらしい』










「気付かなかったのか?
 あんな事をやっていれば『鬼』を怒らすのも必定……『鬼』は私達を憎んでいる。
 いや、憎しみと言う感情か分からんが……全ての人間の魂を喰らい、此の世界を異界へ変える。其れが奴等の目的だ。
 言うなれば、お前達はその障害。攻められても文句は言えまい。」



成程な……確かに『鬼』側の視点から見て見れば一応の筋は通っているか。異界の浄化は異界と化した地を人の手に取り戻す物だが、『鬼』の
側からすれば自らの住処を奪われたに等しいからな。
……だが、如何も其れだけが理由とは思えんのもまた事実だ。



「……本当に其れだけか?」



と思って居たら九葉が聞いてくれたか。
勿論識は『何が言いたい?』と返して来たが、九葉は『お前の言を信じるならば』と前置きした上で『磐座とやらの封印を解いて『鬼』は現れた。な
らば其れが原因と考えるのが自然だ。』と言い放った……確かに識はそんな事を言っていたな。
矢張り原因はお前じゃないのか?



「ふむ……そうだな、一つあり得るとすれば……トキワノオロチ、その復活を阻止しに来たのかも知れんな。」

「「「!?」」」


『鬼』が『鬼』の復活を阻止?……そんな事をして一体何の益がある?……トキワノオロチとは極めて強い力をもった『鬼』なのだろう?それ程の
『鬼』ならば、奴等の目的を達成する為の戦力になると思うのだがな。



「トキワノオロチはカラクリによって封印された『鬼』……敵に操られた同胞、此れほど恐ろしい者は他にあるまい。――奴等は恐れているのだ。
 自分達を殺す『鬼』の出現を……」

「……なら、お前を群れの前に放り出すか。そうすれば『鬼』の目的も達成される。」

「……奴等に人の区別などない。此のマホロバ諸共攻め滅ぼす……其れが奴等の唯一の目標だ。」



……確かに、敵に操られた同胞と言うのは恐ろしい。もしもアインスとアーナスが敵に操られて私達に牙を向いたらあっと言う間に此方は全滅し
てしまうだろうからな。……其れ以前にあの二人を操る事が出来る者など存在しないだろうが。
それと、博士の提案は少し同意し掛けたな……コイツの様な不良軍師は存在しているだけで人の世にとって害にしかならんだろうからな?コイ
ツの言うように『鬼』に人の区別が無くとも、マホロバに攻め込んでくる時間を少し遅らせる意味でも、識を生贄にするのは有りだと思うぞ?



「其れも妙案だが、『鬼』の群れに放り出す前に逃げられてしまっては本末転倒だからな……結局の所は、今里に集結した戦力で迎撃するしか
 あるまい。
 此れ以上は此処に居ても無意味だが……最後に一つ問おう。お前は一体何者だ?」

「……只の軍師だよ九葉……お前と同じな。」



『只の軍師』にしては良からぬ事を考えているがな……だが、確かに此れ以上此処に居る意味はないか。今は『鬼』の群れを迎撃する事に集中
しなくてはな。
識が拘束されている近衛の詰所から里の中央部に戻りがてら、九葉に迎撃の準備がある程度整った事と、部隊編成が済んだ事を伝えると『良
い判断だ。記憶を失っても、私が教えてやった戦のイロハは身体に染み付いていたようだな』と言われるとはな……しかし、直接戦のイロハを教
え込むとは、私は相当に九葉に気に入られていたのかもしれん。

さてと、迎撃の準備は略終わっているが……禁軍の方は如何だ雷蔵?



「……よう、オメェか。
 オオマガドキに匹敵する『鬼』の軍勢が近付いて来てるとはな、トンデモねぇ事態になっちまったが、俺達禁軍も遠慮なく使いな。其れがせめて
 もの罪滅ぼしだ。識に手を貸しちまった事へのな……」

「気にするな雷蔵。識は曲がりなりにも霊山の軍師……立場で言えば禁軍の隊長であるお前よりも上だ。ならば、お前が識に従うしかなかった
 と言うのも理解は出来る。」

「そう言って貰えると少しばかり気が楽になるぜ……だが、そんな事より――本当なのか?あのカラクリ人形が時継だってのは?」

「其れは、本当の事だ。本人が、『死に掛けた所を博士に助けられて、魂だけをカラクリ人形に移した』と言っていたからな。」

「そうかい……分からねぇもんだな、人の一生なんてのは……こんな形で、死んだ親友と再会するとはな。……後で会いに行くとするさ。
 アイツには、伝えてねぇ言葉があるからよ。」



是非そうしてくれ。
時継も、きっと喜ぶはずだ。



「……ありがとうよシグナム。アイツの仲間でいてくれて……」

「私の方こそ時継には感謝だ……記憶を失った、得体の知れないモノノフである私を仲間として受け入れてくれたのだからね。」

其れに、時継の周囲をグイグイ引っ張って行く『兄貴分』な所も嫌いではない……私に家族は居ないが、もしも家族が居たのであれば時継みた
いな兄が居て欲しかったよ。
まぁ、其れは其れとして、『鬼』との戦いになったらその時は、頼りにしているぞ雷蔵。



「任せな。禁軍の底力、見せてやるぜ。」



さてと、次は……っと、アレは時継と、博士か。――私が雷蔵と話をしている間に、博士は時継と合流してた訳か。



「……よう、シグナム。」

「今更だが、良く里に戻ったな?流石に今回はダメかと思ったぞ?中々大した奴だお前は。」

「しかし、里を奪還したのも束の間、トンでもねぇ事になって来たな?」



あぁ、まさかオオマガドキの再来とも言える事態が起こるとはマッタク持って予想外だと言わざるを得ん……アインスとアーナスが最後の切り札と
して存在しているのでマホロバが滅びる事は無いだろうが、其れでもあの大軍はな。
一歩間違えば明日の朝日を拝む事は出来ないかも知れない訳だが……時継、西歌の墓参りは済んだのか?



「西歌の墓参り?何の話だ?」

「うえ!?い、いや、こっちの話だ……スマネェな、シグナム。
 やっぱり分からなくなっちまった……西歌に会いに行って良いのか……アイツは俺に里に残れと言った――だが、俺は残らなかった。
 勇者になりたかったからだ。そして……西歌は死んだ。……シグナム、俺はどんな面してアイツに会えばいい?どんな面してアイツに詫びれば
 良い!」



時継……お前には、お前にしか分からない葛藤があったのだな。
だが、そうであるのならば言わせて貰うぞ時継!

「俯くな!顔を上げろ、前を向け!お前は勇者ではないのか!」

「俺が勇者じゃないのかって?
 そりゃ当然……当然……分かったよシグナム。お前が勇者だって言ってくれるなら……俺は顔を上げてアイツに会いに行こう。とびきりの勇者
 として……」

「あぁ、会いに行ってやれ。西歌も、お前が来てくれる事を望んでいる筈だからな。」



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そして、西歌の墓参りをしている所に雷蔵が合流し、時継と親友同士の遣り取りをしていた……『めそめそしてんのか?』と言った雷蔵に、『俺は
鋼鉄のカラクリ人形だ。涙なんざ流すかよ』と返した時継が何ともだがな。
だが、時継が漸く西歌の墓に参る事が出来た事で、雷蔵も『最後の約束を果たさねぇとな』と言って来たが……其れは如何やら『西歌から、時継
への言伝』だったらしい。
如何やら西歌が死んだとき、雷蔵はマホロバに居たらしく、死の間際に少しだけ話が出来たらしい……『耳かっぽじって良く聞きな』とは、余程重
要な事なのかも知れんな。



「お前は私にも雷蔵にも勝てない。一生半端な日陰者だ。」

「な、何だと……!」

「でも……『私にとっては一番の勇者だったよ』……だとさ。」

「……うぐ……うおぉ……うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「……カラクリ人形は、泣かねぇんじゃなかったのか?」

「うおぉぉぉぉぉ……」



時継……その身体では涙は流せないだろうが、今は思い切り泣くと良い。涙を流す事は出来ずとも、泣く事が出来るお前は、身体は鋼鉄のカラ
クリ人形であっても人であるのは間違いない。感情が昂って泣く事が出来るのは、人だけだからな。



「……綺麗な星じゃないか、シグナム。」

「……あぁ、そうだな。」

夜空に幾千幾万と輝く星の中には、天に昇った西歌も居るのかも知れない……もし、そうであるのならば天から私達の戦いを見守っていてくれ
西歌。
お前が守ろうとしたマホロバの里は、私と時継が仲間達と共に守って行くからな。



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其れから数分後、時継も漸く落ち着く事が出来たみたいだな……大きな戦いの前に、成すべき事を成し、そして友人からの言伝を聞く事が出来
たと言うのは良かったよ。



「……みっともねぇところ見せちまったな。誰にも言うんじゃねぇぞ?……ありがとよ、シグナム。此れで俺は前に進める。
 友よ……今こそ誓おう。お前の愛したもの全て、俺が守ってやるぜ!!」


――カッ!!

――シュゥゥン……


『敵は残らず撃ち抜いてやるよ。』


――ミタマ『雑賀孫一』を獲得。



此れは、分霊か……!何やら此処の所、立て続けに分霊が行われている気がするが、其れだけ私と仲間達の絆が深くなっていると言う事なの
だろうな。



「おぉ?何だこりゃ?」

「分霊……結びによってミタマを分かち合ったのさ。」

「俺のミタマがコイツに?如何いう仕組みだ……まぁ良いか。大事にしろよ、そりゃ俺の相棒だぜ。」

「あぁ、有難く使わせて貰うぞ時継。」

歴史にその名を遺す『雑賀衆』の棟梁のミタマをこの身に宿す事が出来るとは光栄だ……が、『雑賀孫一』とは雑賀衆を率いる棟梁が代々受け
継ぐ名であって個人を示すモノではない事を考えると、雑賀孫一のミタマと言うのは実は物凄く沢山あるのかも知れんな?……機会があればア
インスに雑賀孫一のミタマを宿していないか聞いてみるか。



「さぁ、行こうぜ!マホロバを守りに!」

「あぁ、必ず守り抜こう。」

『鬼』達の目的が単純に異界を浄化された事に怒って復讐に来たのか、それとも識の言うようにトキワノオロチの復活を阻止しに来たのか、最早
そんな事は如何でも良い。
マホロバに危機が迫っているのならば、その危機を取り去るだけの事……例えそれがオオマガドキに匹敵するだけの『鬼』の大軍が相手だとし
てもな。



「身勝手発動して、20倍界王拳を重ね掛けした上で100倍ビックバンかめはめ波を『鬼』に叩き込みたい。」



……アインスの独り言が聞こえた気がしたが、気にしないようにした方が良いだろう。と言うか、一体その攻撃がドレだけの破壊力になるのかが
恐ろしくて考えられん。『鬼』だけでなく、大地其の物を抉ってしまいそうな気がする。

其れは其れとしても、いよいよ決戦の時だな。
本部にて陣頭指揮を執る九葉に声を掛けておくか……九葉。



「お前か……いよいよ決戦の時だ。準備は出来ているか?」

「あぁ、何時でも行けるが……相手も可成りの数だ。最悪の場合、お互いに戦力を磨り潰す消耗戦になりかねんぞ?」

「心配は要らん。私の見立てでは此の戦は勝てる。
 ……私は少なからず、この先の未来を知っている。だが、其処に辿り着けるとは限らん。時間は無数に分岐し、唯一つに定まる事を知らぬ。
 我々に出来る事は、信じた道を振り返らずに進む事だけだ。
 良いかシグナム……どれほど困難でも、己の道を貫け!それが唯一未来を切り開く方法だ!」

「あぁ、其の通りだな九葉。己が道を貫いた先に未来がある……モノノフとしても、騎士としても己が信じた道を貫いてこそだ。」

なれば、私は私のモノノフとしての信念と、騎士道を貫き通すまでの事……モノノフとして人の世を守り、そして騎士として主かぐやを御守りすると
いうのが私のモノノフの信念と騎士道だからな。
貫き通し、そして勝ち取って見せよう――この里の、否、人の世の未来を!!













 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場