Side:シグナム


雷蔵が見逃してくれた事で、岩屋戸から難なく脱出した所で現れたのは識だった……そして、只現れただけでなく『人の最大の過ちは『鬼』を出
した事だ』等と抜かしてくれた。戯言も大概にして欲しいな。



「知っているか諸君。太古の昔、人は万能の力によって地上の王として君臨していた。
 人はその力を持って、『鬼』をも操り、時間を超える力を手にしようとした。その究極の力が、この地に眠っているのだ――貴様等の後に見える
 磐座こそが、其の力を封印する役割を果たしていたのだよ。」

「磐座を……?」

「そうか、だから里を!!」



……ふん、如何やら戯言ではないみたいだが、だからと言ってそれが如何した?
『既に封印は解いた』と得意げだったが、太古の封印が解かれ、其れがこの世に良くない影響を与えると言うのならば、私は其れを討つ、只それ
だけだ。
加えて、『過去に戻って時間を変える』等と言っていたが、過去を変えたところで未来は変わらん。過去を変えても其れは別の未来が始まるだけ
で、此の世界には何の影響もないからな。
『この時間自体が間違い』と言うのも、其れは貴様の独りよがりの意見に過ぎんさ。



「ふん、矢張り貴様等は邪魔だな博士とカラクリ使い。
 何処かであったかと思っていたが漸く思い出した……カラクリ使い、貴様は空間転移の実験体。よもやこんな所で会おうとはな。」

「実権体……私の助手の事か?」



空間転移の実験体?私が?――もしや私は、識によって作られた存在なのか?……だが、そうだと言うのならば逆に納得出来る。私に過去の
記憶が無いのも、十年の時を超えたのも、己の意思に関係なく空間転移してしまうのも、全ては貴様が作り出した実験体故の事だと考えれば納
得出来ない事ではないからな。












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務186
呪いを断て!ビャクエン討伐戦!』










とは言え、其れが真実だとしても『それが如何した』と言った所だな。
私がお前に作られた存在だとしても、今の私はマホロバのモノノフであるシグナムだ。其れ以上でも其れ以下でもない……故に、モノノフとして
人の世に害をなす貴様を討つ。



「……グウェン。」

「…………」

「グウェン……」

此処でグウェンが出て来たか……九葉の生存が確認されていない今、グウェンは識の命令に従う他ない状態だが……識の奴、一体何をさせる
気だ?



「博士とカラクリ使いの二人を殺せ。そうすれば他の連中は助けてやる。」



そう来たか。
其れに真っ先に反応したのは焔だ。『そんな事命令できる立場かよ』と噛みつき、神無も『禁軍じゃないなら全員斬って良いって事だな』とやる気
だが、識はビャクエンを盾にグウェンに私と博士の殺害を迫る……何処までも外道か。
グウェンは思い詰めた顔をしていたが、何かを決意したように此方にやって来た。


「シグナム……博士……皆……私の身体には呪いの血が流れている。『鬼』を呼び寄せる呪いだ。
 ビャクエンと言う『鬼』が私の意思に反して現れる。私が従わなければ、識はその『鬼』を呼び出すだろう……私にはどうする事も出来ない。
 でも、一つだけ私にも出来る事がある。今此処で……ビャクエンを倒す!!」

「何!?」



決意したのはビャクエンを倒すと言う事だったか……ビャクエンを盾にすればグウェンを意のままに操れると思っていた識には、この上ない一発
になっただろうな。



「でも、一人じゃ駄目なんだ。一人じゃビャクエンには勝てない。
 お願いだ……シグナム……皆……私に力を貸してくれ……!もう、誰も死なせないために!!」

「力を貸してくれ、か……何を当然の事を言っている。仲間の為に力を貸すのは至極当然の事……何よりも、決意を決めた仲間の頼みを断る奴
 が何処に居る。
 其れに、ビャクエンを倒し、『竜殺し』として名を上げるのも一興だ。」

「やるわ、グウェン!」

「良い腕試しだ。」

「派手にかまそうぜ!」

「勇者に任せな。」

「……よく話してくれました。」

「お前の好きにしろ、グウェン。」

「強大な『鬼』との戦いか……サムライ、お前は如何する?」

「モノノフとしての本分を果たす。其れだけだ。」

「私も力を貸そう。」

「皆、ありがとう……識、私はお前に屈さない!此処で全ての決着を付ける!!ネイリング、私に力を貸してくれ……友を守れるだけの力を!!
 来い、ビャクエン!私は此処に居るぞ!!」



グウェンが決意を固め、ネイリングを空に向けてそう言った瞬間、ネイリングから強烈な稲妻が放たれ……そして、大型の『鬼』が現れる時特有
の瘴気の塊が現れ――



『グルルル……ガァァァァァァァァァ!!』



其処からビャクエンが現れたか!
地上に降り立ったビャクエンは識の配下を蹴散らしてくれたか……此れからお前の事を倒す訳だが、余計な連中を始末してくれた事には感謝し
ておこう。



「決着を付けよう!古き強敵(とも)よ!」

『グガァァァァァァアァァ!!!!』



だが、其れは其れとして、モノノフとして『鬼』は討たねばならんのでな……グウェンが自由になる為にも、識の野望を打ち砕く為にもお前を此処
で打ち倒す!
主かぐや、此処を結界で閉じてください!里の者達を誰一人傷付けないように!



「シグナム……分かった!私に任せておけ!」

「ありがとうシグナム……此れでもう、恐れるモノは何もない。
 私は守人の一族に連なるグウェン!マホロバのモノノフ達よ、私に力を貸してくれ。長い宿命を断ち切る力を!」

「……いつかのお礼をしないとね。貴女がそうしてくれたように、私も貴女のために戦うわグウェン!」

「妙な感じだな……身体の奥底から力が湧いて来る。今ならどんな『鬼』も倒せそうだ。」

「私達は禁軍を抑えます。行きますよ、皆!」

「任せな!」



ビャクエンとの戦いは、私とグウェン、椿と神無で行い、他の面子は禁軍を抑える側に回ったか……ビャクエンに蹴散らされて伸びてしまったとは
言っても可成りの数だったから、回収するには人手も居るか。
尤も、その隙に識は逃げてしまったか……『トキワノオロチ』がどうのこうの言っていたが……まぁ良い。何処に行こうと、奴は絶対に逃げ切る事
は出来ん。何処に逃げたところで、アインスが本気を出せば瞬間移動で追い付くからな。
私達はビャクエンを倒す事に集中だ。
ビャクエンもまた、空を飛ぶ事が出来る『鬼』なのだが、今この空間は主かぐやの結界によって最大高度が制限されている故、圧倒的な高さから
攻撃される事は先ずない。
加えて鬼の手を使えば、空中に居る『鬼』にも攻撃出来るので、其れ程苦戦する要素はなさそうだな。



――轟!!



十束に炎を宿し、ビャクエンに斬りかかる!
炎の斬撃は、『鬼』の再生速度を遅らせる効果がある事が、此れまでの戦いで分かって居るからな……つまり、炎の斬撃で部位を破壊すれば、
破壊された部位の再生に時間が掛かり、鬼祓いで浄化するのが容易になる訳だ。



「此れまではずっと一人だった。一人で何百回と戦って来た。その度に私は強くなった……だがビャクエンには届かなかった。
 だが、今は皆が居る!シグナム……貴女が居る!今度こそ、ビャクエンにも勝てる!」

「ならば、その期待には応えねばな?……覇ぁぁぁぁぁ、火竜一閃!!」

火竜一閃で、ビャクエンの足を切り飛ばす!――鬼千切りを使わずとも、懐のタマフリで表層生命力を削り易くし、攻のタマフリで私自身の力を上
げてやれば部位破壊は難しくないみたいだな。



「流石ね、シグナム!」

「シグナム……英雄に憧れたばかりに、私は爺様を死なせてしまった。二度と憧れる事は無いと思った。
 でも、全ての痛みも悲しみも吹き飛ばしてくれる英雄が居るなら、私はそんな英雄になりたい!」

「なれるさ。意を決して識への反抗を決めたお前ならばな!」

「なら先ずは、英雄譚の先駆けとして、コイツを倒すぞ。」



部位破壊をされてマガツヒ状態になったビャクエンだが、マガツヒ状態はタマハミと違って深層生命力が剥き出しになっていても狂暴化していな
いから、一気に深層生命力を削り取る好機だな。
なので、一気に攻勢をかけて深層生命力を削り取って行く……神無と共に『虚空ノ顎』を発動したのも大きいだろう。
とは言っても、其処は大型の『鬼』――傷付きながらも反撃して来て……恐らく私を一番の脅威と感じたのか、尻尾を思い切り打ち付けられてし
まったか……!
咄嗟に防のタマフリを使って受ける被害を最小限に止める事は出来たが、身体が吹き飛ばされるのを止める事は出来ん……此のまま吹き飛ば
されたら主かぐやの結界に激突して、其のまま地面に落下するのは避けられん!!
モノノフの訓練を受けている故に死ぬ事は無いだろうが……この高さから落ちたら、腕の一本は覚悟する必要があるか!?



「ところがギッチョン、そうは問屋が卸さない!」

「え?……アインス!!」

「スマナイ。少しばかり遅れてしまった。」



と思っていたら、私は空中でアインスに両脇を抱えられていた……お前が此処に居ると言う事は、準備とやらが終わったのだな?



「あぁ、其の通りだ。
 桜花と相馬は百鬼隊を率いて紅月達と共に禁軍――と言うか識の配下達を抑えている。更に、里から外の出る事が出来る場所は全て百鬼隊
 とアーナスの従魔達が抑えているから誰一人として里からは逃がさん。
 後は、アイツを倒せば全て終いだ。」

「そうか……ならば一気に終わらせよう!」

里の出入り口を全て封じたと言うのならば識も逃げる事は出来まい……仮にどこかに隠れてやり過ごそうとした所で、マホロバで隠れる事が出
来る場所は限られているから直ぐに見つかるだろうしな。

私が鬼の手を伸ばすと同時に、アインスも私を話して六刀を抜刀してビャクエンに向かって行く……ふ、アーナスも此方に来ているのか。此れは
如何あっても負ける事はあり得んな。



「貴女は……?」

「私はアーナス。アインスさんの友達で、君達の味方だ。
 それにしてもコイツも『鬼』なの?ドラゴンにしか見えないんだけどな……まぁ、その辺は如何でも良いか。『鬼』なら倒すだけだしね。」

「お前……可成りの手練れと見た。コイツを倒したら俺と戦え。お前とは楽しめそうだ。」

「神無、アンタ時と場合を考えなさいよ此の戦闘狂!」

「……ビャクエンとの戦いも、仲間と一緒だと恐怖も焦りもなくなる……他の誰かを巻き込まない事だけを考えていたけれど、頼っても良かったの
 かも知れないな。」



気付くのが遅いぞ?仲間はどんどん頼って良いんだ。
ビャクエンに飛び掛かると、その場で陣風を使って複数の部位を攻撃する……だけでなく、アインスが六刀を振り回しながら縦横無尽に突撃して
滅多切りにする。……銀髪になっていないのを見るとまだ本気ではないようだが、其れで此れほどの事が出来るとは、敵には回したくない。
時にアーナス、お前はあの姿にはならないのか?



「変身するにはヨルドに力を十分に溜めないといけないんだ……でも、今回は変身する必要ないかな?ソフィーから、大量に此れを貰って来てる
 からね。」

「その箱は?」

「ソフィー特製のフラムがたっぷり詰まってるんだよ。季節外れだけど、ド派手な節分と行こうかな。そ~れ、鬼は外ー!!」



フラム……ソフィーが錬金術とやらで作った爆弾だったな?
錬金術の成果によって威力が異なると言っていたが……アインスは、威力は兎も角として派手だとも言っていた。果たして今回は如何程なのだ
ろうか?



――バッガァァァァァァァン!!!



『ギェェェェェェェェェェェェ!!!』




……如何やら破壊力抜群のようだな。
大量のフラムを投げつけられたビャクエンは、その爆発で全ての部位が破壊されてしまった……其れだけでなく、破壊された部位も粉々に。これ
ではもう再生は出来まい。
鬼の手も使わずに完全破壊をするとは、錬金術恐るべし。

が、此れによって生命力が激減したのか、ビャクエンはタマハミ状態に!!



『グガァァアァァァァッァァ!!』

「はぁ……うっせぇ!うっせぇ!うっせぇわ!くせぇ口塞げや限界DEATH!!ってな!!」



なったのだが、アインスがビャクエンの顎を下からカチ上げて、タマハミ時の雄叫びを強制的に終了させてしまった……『鬼』の咆哮を無理矢理に
中断させるなど、初めて見たぞ。
しかし、その一撃でビャクエンが怯み、其処に一気に攻勢をかける!
斬り、突き、そして叩きつける!!圧倒的な猛攻に加え、アーナスの従魔の攻撃もあり、ビャクエンの生命力は一気に激減する……此れはもう
あと一押しと言う所だろう。

「グウェン……最後はお前が決めるんだ。私も援護する。」

「シグナム……分かった!」



グウェンが闘気を高めると同時に、私は十束を弓矢に変形させてビャクエンに狙いを付ける……ビャクエンは動こうとするが、アインスに魔法とや
らで作った鎖に拘束されて其れもままならないみたいだ。
ならば、此れで終わらせる!

「翔けよ、隼!!」

「これで、終わりだぁぁぁぁぁ!!」



私の放った矢が炎の隼となってビャクエンに突進し、グウェンは鬼の手を巨大な剣に変形させてビャクエンを一閃!!――此の攻撃で、生命力
が完全に消し飛び、ビャクエンは崩れ落ちたか。



――キィィィン……バシュン!

『我が剣は、君に預けよう。』

――ミタマ、アーサーを獲得。



更に新しいミタマも手に入れたか……アーサー、確か円卓の騎士をまとめ上げた王の名だったか?此れはまた何とも見事な英霊のミタマを手に
入れたものだな。



「アーサーのミタマか……将が『約束されし勝利の剣(エクスカリバー)』を覚えた。」

「?」

「いや、何でもない。只の妄言だ、聞かなかった事にしてくれ。」



そう言われると逆に気になるのだが……ともあれビャクエンを倒す事が出来たか。
グウェンも『勝った……爺様、私は勝ったぞ!』と嬉しそうだ……そして、此れは只の勝利ではなく、グウェンが言う『呪い』を断ち切った事になる
と同時に、識と言う鎖も断ち切った事になる。
ビャクエンさえ倒してしまえば、グウェンが識に従う理由は無くなるからな。
先ずは倒したビャクエンの骸を祓って……



――ポン!



と思って鬼祓いしたら、ビャクエンの骸が何だか小さなドラゴンに変わっただと!?



「あ……しまった、依り代を浄化する感覚でやっちゃった……ビャクエンの骸は、浄化されて従魔になっちゃったみたいだね?……しかも、シグナ
 ムさんに懐いてるみたいだ。」

「元は『鬼』なのだが、此れは危険じゃないのか?」

「大丈夫だと思うよ?私が従えるセルヴァンも、普通は妖魔なんだけど、依り代を浄化してセルヴァンにすれば従順な『しもべ』になるからね。」

「此れがビャクエン?……少し可愛いな。」

『ギャウ?』



……取り敢えず危険はなさそうだから良いとするか。其れに、元が大型の『鬼』であるのならば、小さくとも凄まじい力を秘めているだろうからね。
期せずして小さな相棒を得たか……ならば名を付けなばな?
白銀の身体が目を引くから、そうだな……『銀龍侍(ぎんりゅうじ)』で如何だろう?



「良いんじゃないか?龍を引き連れたモノノフ……中々絵になるな。」

「そう言われると、少し照れるな。」

其れは其れとして、お前は良くやったぞグウェン……識に反抗し、そしてビャクエンを討った。お前は勝ったんだ、誇ると良い。古くからの因縁を、
お前は今此処で終わらせたのだからな。



「ありがとう……ありがとう皆……ありがとう、シグナム!」



――カッ!

――キィィィン……シュバン!!

『汝の意気に応えよう。』

――ミタマ『ベオウルフ』を獲得。



此れは……分霊か!



「此れは……私のミタマが貴女に?」

「分霊ね……心が通じ合えた人とは、ミタマを分かち合えるみたい。」

「信頼の証か。
 ……そのミタマはベオウルフ。嘗て竜を倒したデネの国の英雄だ。貴女が持っていてくれるなら、此れ以上嬉しい事は無い。
 私にとっては、貴女が一番の英雄だから。」



私が英雄か……いや、私が英雄と呼ばれるとは烏滸がましい。私などマダマダ過去の英雄には程遠いさ――まして、記憶喪失で過去の事を碌
に覚えていない英雄など居ないだろうからな。
私は英雄ではなく、一介のモノノフに過ぎんさ。



「貴女らしいなシグナム。」

「そろそろ行くぞ。紅月達が気になる。」

「うわ、そ、そうだった!急いで向かおう!」

「まったく……思い込んだら一直線なんだから。」


だな。
さて、里の方は如何なっているのか?――まぁ、悪い方向にだけは行って無いだろうな。








――――――








Side:桜花


マホロバの里の禁軍もとい、識の配下は抑えた。そして今は……



「さて、世界の変革に向かおうか?」

「お前は何処にも行けやしないさ。」



相馬と共に識を包囲してやった。
軍師・識、貴様を捕縛する……軍師・九葉暗殺教唆の嫌疑だ!



「……お手柔らかに頼もう。」

「其れは貴様次第だ。」

此度のマホロバでの一件、アインスが言うには全ては識の思惑だったとの事……まさかとは思ったが、マホロバの乗っ取りを見て其れが本当だ
と言う事を実感した。
そして識からは、陰陽方が画策していた以上の何かを感じてしまう……捕縛するよりも前に、斬り捨ててしまった方が良いのではないかと思った
のは、きっと間違いではないだろうな。













 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場