Side:シグナム
グウェンが私達を里から逃がしてくれて、私と時継は『乱』の領域でアインス達と合流し、『鬼』に襲撃された桜花と相馬を助けに行き、アインスと
アーナスがハクメンソウズを撃滅して……そして、私はあの空間転移に……か。
『……一身独立して、一国独立。人の世を救う為には、先ずは己が足で立たねばならない。
私は福沢諭吉。この地に近代の息吹を吹かせた者……だが、今や『鬼』に縛られた身……せめて私が繋がれた風景を君に見せよう。
願わくば、此の鎖からの解放を。共に歩もう、険しき学の道を。』
あぁ、矢張り今回もまたミタマに導かれたのか。
そしてやって来たのは……此れが『乱』の領域に存在する瘴気の穴か……デカいな。此れまで正常化して来た、『安』、『武』、『雅』の領域の穴と
比べても大きい。
或は、他の領域の穴が塞がれた事で大きくなったのか、其れは分からないが……矢張り瘴気の穴の場所を知る事が出来ると言うのは大きな事
だと言える。瘴気の穴の場所が分かれば、捜すのも楽になるし、アインスが居る今の状況ならば、瞬間移動で此処に来る事も可能だからな。
とは言え、今此処でこの穴を塞ぐ事は出来ん……如何に鬼の手を使っても、私一人の力では瘴気の穴を塞ぐ事は出来ないからな――だが、私
は必ずここに戻ってくる。頼もしい仲間を連れてな。
「……此れが、話しに聞いた瘴気の穴か。確かに濃密な瘴気が溢れ出している様だな。」
「アインス!お前、如何して此処に……」
「お前が消えてしまったので、気配を探って瞬間移動で追って来ただけだよ将。此れ位は私にとっては余裕だからな。」
「……本当に便利だな瞬間移動。」
しかし、態々来て貰ってスマナイが、直ぐに帰る事になるぞ?何時もの事だが、この景色を見たら直後に空間転移が発生して元居た場所に戻っ
ていたからな。
「そうなのか?ならば、アーナスの気配を追って戻るとするか。」
「先に戻っていてくれ。私も直ぐに戻る。」
そう言えば、安の領域と雅の領域では、瘴気の穴を見付けた後の空間転移は起きなかったな?……何方も共通点としては、グウェンが居た事と
ビャクエンと戦った事か。
もしや、『時間が経てば居なくなる』と言うビャクエンの特性が空間転移に影響を与えていたのだろうか?……まぁ、其れは今考えても仕方ない。
先ずは仲間と共に識と禁軍を抑え、マホロバを開放する事が最優先だからな。……其れよりも、行動限界が近い相馬と桜花と、此処から脱出す
るのが今は先だな。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務184
『拠点整備と勇者の危機と反攻作戦』
と言う訳で、戻って来た。
「シグナムさん、行き成り消えちゃったけど大丈夫だった?」
「大丈夫か、シグナム?」
「あぁ、大丈夫だ。此れは初めての事ではないからな。」
「アインスから話は聞いたぞ。瘴気の穴とやらがあるらしいな?ソイツが浄化すべき場所と言う訳か。」
「ったく、行き成り消えるから吃驚したぜ。んなモン、今は後回しだ。」
「そうだな。異界の浄化は確かに大事な事だが、今は一刻も早く此の場から離れた方が良いだろう。」
「いや…………丁度良い。ついでに異界の浄化をして行くぞ。」
アーナスと桜花には心配されてしまったか……心配していても驚いて居ない辺り、『人が消える』と言う事に対しては、アインスの瞬間移動である
程度の耐性があるのだろう。
其れでだ、桜花と相馬は行動限界が近いので異界から脱出するのが優先だと思ったのだが、何と相馬は『異界を浄化する』と言って来た。
勿論桜花が『私とお前は行動限界が近いんだぞ?』と言ったが、『此処から脱出するより異界を浄化した方が早い』と返すとは……確かにそうか
も知れないが、この広い異界の何処に瘴気の穴があるのかは分からないんだぞ?
瘴気の穴を探してる内に行動限界を迎えてしまったら本末転倒だと思うのだが……
「其れならば大丈夫だ将。
さっきの場所は完璧に覚えたから、私の瞬間移動で行く事が出来る。気配を辿るのではないから多少の誤差はあるだろうが、其れでも半径50
m以内で収まる筈だ。」
「成程……其れならば確かに行動限界を迎えてしまう危険性はないな。」
「ハハ、流石だなアインス!
参番隊の拠点が欲しいと思っていた所だ。異界のど真ん中に俺達の秘密基地を築くぞ。」
「無茶な野郎だぜ……」
「マッタクだな。」
だが、此れ位の無茶が出来るからこそ、相馬は選りすぐりのモノノフで構成されている百鬼隊で、小隊の隊長を任されているのだろうな。……少
しばかり無謀で馬鹿な所は有るだろうが、成程コイツは九葉が好みそうな奴だな。
それでだ、アインスが残して来た初穂と百鬼隊の隊員を瞬間移動で連れて来て、今度は全員で瘴気の穴のある場所に瞬間移動だ。……何と言
うかもうコイツ一人で大体何とかなる様な気がして来た。
「此れだな。」
「よし、善は急げだ。さっさと浄化しちまおうぜ。っておい、何してんだアインス!!」
「え?いや、いっその事その瘴気の穴に100倍ビックバンかめはめ波を叩き込んでしまえば良いかなと。……仮に瘴気の穴を消す事は出来なくと
も、其処から瘴気が溢れていると言う事はその穴の向こうには『鬼』が居る筈だから、『鬼』に大打撃を与えられるだろうしね。」
「アインス、君の言う事も一理あるが、場合によっては其れで瘴気の穴が大きくなったらどうする?此処は強引な力技よりも、鬼の手の力を使うと
しよう。」
アインスが何だかとんでもない事をしようとしていたが、其れは桜花が阻止してくれた……アインスならば瘴気の穴を力技で吹き飛ばす事も可能
かも知れないが、逆に広げる結果になってしまっては元も子もないからな。
……尤も、広がったら広がったでアインスは別の手で何とかしてしまいそうな気もするが。
兎に角、先ずは異界を浄化するぞ!3、2、1……ハァ!!
――グン!!
私と時継、桜花と初穂と相馬が鬼の手を発動して瘴気の穴に伸ばす……そして――
『学問にて世を正すべし。』
――バキィィィィン!!
瘴気の穴は塞がって浄化成功だ。
「……何度見ても大したモノだな。
さっきまで瘴気の地獄だった場所が、此れほど清浄な地に変わる……お前達もまた、俺と同じ英雄であるらしい。――取り敢えず、此処を拠点
に反攻の準備を整える。」
「そうだな……何としても、マホロバを識から取り戻さねばだ。」
さて、先ずは拠点の整備からだな。
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百鬼隊参番隊の隊員もいたおかげで、拠点の整備其の物はそれ程時間を掛ける事なく終える事が出来たのだが……浄化前にはなかった筈の
跳界石がある事には突っ込み不要なのだろうな。……瘴気の穴から溢れ出る瘴気でその存在を隠されていたと言う事にしておこう。そうしよう。
其れから相馬に里の状況を聞かれた……『俺達は里を取り戻すために来た』と言っていたが……だが、九葉が……
「承知している。肝心な時に里に居なくて済まなかった。九葉殿がどうなったか、何か手掛かりはないか?」
「識は、死んだと言っていた。銃撃されたと。」
九葉がどうなったのか聞いて来たので、識が言っていた事を伝えると、如何やら銃撃されたのは真実だったらしい――桜花と初穂の前で撃たれ
て川に落ちたとの事。
二人とも直ぐに川に飛び込んで捜したが、見つからなかったか……だが、見つからなかったと言うのは逆に言えば生きている可能性がゼロでは
無くなったとも言える。遺体が上ってしまえば其れまでだが、見つからなければ生きている可能性は0ではないからな。
其れに、九葉が簡単に死ぬ筈がない――オオマガドキが起きたあの日、私達に『必ず生きて戻れ』と言った九葉が、易々と殺される筈がない…
…九葉は、生きている。必ずな。
「そうだな、シグナムの言う通りだ。九葉殿が簡単に死ぬとは思えん。何処かで生きている、俺もそう信じているからな。
……尤も、九葉殿なら『里を優先しろ』と言うだろうが……」
「確かにな。……と言うかアインス、九葉の気配を探る事は出来ないのか?其れが出来れば生死が分かると思うのだが……」
「確かにそうなんだが、九葉の気配を探る事が出来ないんだ。九葉が死んだとは勿論思っていないが、生きていても完璧に気配を消されたら流
石の私でもどうしようもない。」
「そう言うモノか……ならば仕方ないか。」
「…………」
って、如何した時継?何だか調子が悪そうだが……
「オヨ……オヨヨヨヨヨ……ヤバい、燃料切れだ。」
「燃料切れ、だと?」
「燃料?……なんだそれは?」
「……ハクの高密度結晶を、定期的に補給しねぇとダメなんだ……俺は、特別製だからよ……いつもなら、研究所で博士が……此のままじゃ、魂
が身体から抜けちまう……」
「其れって死んじゃうって事!?」
「……時継さんって、そんな面倒な身体だったんだ……でも、あの世界ではハクの高密度結晶なんて無かったよね?」
「あの世界は、多種多様な世界から英雄の資格を持つ者がランダムに召喚された世界故、時継の様な特殊な存在のメンテとかコストとかは度外
視した世界だったんだろうさ。」
「成程ね……そう言えば、私も吸血衝動は起こらなかったっけ。」
……アインスとアーナスが何だか凄い話をしているような?何なのだ吸血衝動とは……先程の変身から、アーナスが只の人間でない事は間違
いないと思うがな。
「頼む……シグナム……ハクの結晶を……俺は……まだ死ねない……俺はまだ……約束を……」
あぁ、任せておけ!……って、其のまま動かなくなってしまった……此れは拙いな……一刻も早くハクの高密度結晶を持ってこなくてはならない
のだろうが、其れが何かも分からんのでは捜しようもない。
「え~と、上着の中に……『取扱説明書』か……『簡単入門、カラクリ人形の取り扱い方』……『初心者でも出来る○○』みたいなノリで言うな。」
「ふざけた題名だな……誰だ、そんなモノ作ったのは?」
「博士だろうな。アイツは天才だが変人だからな。」
「バカだけでなく、変人もまた天才と紙一重か……だが、説明書があると言うのは有り難い事だ。
ドレドレ……此れは凄いな?時継の事が色々書いてある……それと、此れは地図か?此れは……ハクの結晶の分布地図か!」
「なに、本当か!!」
絶体絶命の此の状況で、光明が見えるとは……もしもの時に備えて博士が用意していたのだろうな。――だが、此れがあればハクの結晶を見
付ける事が出来る。
ならば早速行くとしよう。今此処で時継を失う訳には行かないからな。
「ハクの結晶は此処から東にある。」
「時継が何時まで持つのか分からん、急ぐぞシグナム。」
「合点承知だ。」
参番隊の面子に時継の事を任せ、私と時継、アインスとアーナス、桜花と相馬と初穂で、ハクの結晶を採りに行く事に――当然の如く、道中には
小型の『鬼』が居るのだが、其れはアインスとアーナスが塵殺して行った。
アインスの六爪流とやらも凄まじいが、アーナスの身の丈以上の長剣も凄まじい威力で、其れ以上に従魔と言う存在が強い。特に『エリク』と言う
名前で呼ばれていた従魔は、回転しながら目から光線を放つと言う攻撃で『鬼』を撃滅していたからな。
そして、開けた場所に出た……地図にあったのはこの辺りなのだが……ん、此れはなんだ?――綺麗に輝くこの結晶、若しかして此れがハクの
高密度結晶なのか?
「きっとそうよ!でも、どれくらい必要なのか……」
「取り敢えずありったけ持って行くぞ。多過ぎて悪いと言う事は無いだろうからな。」
必要量の上限が分からない以上、持てるだけ持って行くと言うのは当然だな――少なくとも、足りないよりは余るくらいの方が丁度良いからな。
小型の『鬼』が鬱陶しいが、この程度は磨り潰せば問題ない!
――ギュルン……
と思っていたらこの気配……大型ではないが小型よりも強い気配――此れは、中型の『鬼』のお出ましか。
現れたのはムクロマネキの色違いとも言うべきカバネヒキか……ムクロマネキよりもハサミが肥大化して、吐く泡には睡眠と毒の効果がある、少
しばかり面倒な敵だ。並のモノノフならば苦戦させられるかも知れないが……
「邪魔だ、焼き蟹となれ!!」
「蟹は生が一番だが、火を通す場合は茹でるよりも焼くに限る。焼き蟹の方が、旨味がゆで汁に流れ出る事もなく、蟹本来の旨さが堪能出来る。
流石は将、通だな。」
「蟹と言うよりはヤドカリじゃないのか此れは?」
「タラバガニって蟹じゃなくてヤドカリなんじゃなかったっけ?確か教授がそんな事を言ってたような……」
「どっちでも良い。殻をぶち壊して中身を喰らうモノである事に変わりはない。」
「いや、そもそも蟹じゃなくて『鬼』なんだけど……って言うのは言わないお約束なのよねきっと。」
私達の敵ではない。
私は十束に炎を宿して斬り付け、アインスは六爪流で斬りかかり、桜花は斬心で攻撃し、アーナスは長剣を地面に突き刺し、地面から無数の剣
先を出現させて攻撃……いや、一体如何やってるんだアレは?アインスの魔法の様なモノだろうか?まぁ、強力そうだから構わないが。
相馬は全力の破潰を叩きつけ、初穂は鎌鼬で複数部位を攻撃だ。
此れだけでも充分過ぎるのだが、更にアーナスが召喚したモノが夫々攻撃を行ってカバネヒキはあっと言う間にお陀仏だ……私達の魂を喰らう
心算だったのだろうが、私達の魂は貴様の腹に収めるには大き過ぎたようだな。
「って、アインスお前其れをどうする心算だ?」
「え?いや、マホロバを取り戻したら久遠に丸揚げにして貰おうかなと。」
「成程……だが、流石に丸ごと揚げるだけの巨大鍋は無いだろうから丸揚げは諦めた方が良い。」
……何と言うか、最早アインスが『鬼』を喰らう事に驚かなくなっている自分に驚きだが、此れも『慣れ』か。
其れは兎も角、取り敢えずハクの結晶は手に入れたから急いで戻って時継に補給しなくては……説明書には、燃料が切れてからドレだけ持つ
のかまでは書いてなかったからな。
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瞬間移動で拠点に戻り、説明書通りに時継にハクの結晶を補充したのだが、動かないな?
「……説明書通りにやっても起きんな?おい、目を覚ませ!」
「確りして、時継!!」
「……耳元でがなるな。五月蠅くて仕方ねぇ。」
「「「「「「!!」」」」」」
「……まだ生きてやがる。お前達が助けてくれたのか?」
時継……良かった、間に合った様だ。
お前の懐に取り扱い説明書が入っていたのでな、その通りにしたんだ……其れなのになかなか目を覚まさないから、間に合わなかったのかと心
配したぞ?
「取り扱い説明書だと?博士の野郎……味な事を。」
「此のまま動かなかったら、私がチョップで強制的に動かしていた所だ。」
「アインス、其れだけは止めてくれ。お前さんにブッ叩かれたらその瞬間にこの身体が粉々になっちまうからな!?
だけどまぁ、助かったぜ……ありがとうよお前等。お前の声が聞こえたぜシグナム。此れで、俺は未だ戦える。
……飛び切りの勇者が復活したんだ。準備は万端だな――行くぜお前等、マホロバの里を取り戻しに!!」
「さっきまで死に掛けてたのによく言う。」
「うるせぇよ!
俺には戦う理由があんだ。何時までも里を好きにはさせねぇ……何よりも、里を好きにされたままじゃ、西歌に顔向けできねぇからな。」
ふ、この調子ならばもう大丈夫だな……最後の方は何と言ったのか良く分からなかったが。
だが、里を取り戻すにしても、先ずは作戦を練らなければならないだろう……如何に此方の戦力が整っているとは言え、正面突破を挑むと言うの
は愚の骨頂だからな。
「私とアーナスが本気を出せば正面突破も行けると思うのだが……此処は少し裏技で行ってみるのも良いかも知れん。お前に考えがあるのだろ
う、初穂?」
「そうよ、とびっきりのね!」
如何やら初穂に妙案があるらしい……相馬は少しばかり不安があるみたいだが、此処は彼女の案に乗ってみるのも良いかも知れん。一番の年
長者である彼女ならではの策は、意外といけるかも知れないからな。
――――――
Side:雷蔵
……肝心の死体は上がらず、目撃者もたった一人だけ、か。……どうにもキナ臭え。嫌な予感がするぜ。少し調べさせて貰うぜ、軍師・識。
俺達禁軍はモノノフの嫌われ者だが、嫌われ者役としての誇りを持ってる……だが、その嫌われ者を利用してテメェの目的を達成しようってんな
ら流石に見過ごす事は出来ねぇからな。
事と次第によっちゃ、捕らえた連中を開放する算段もしとかねぇとな……ったく、我ながら損な性格だぜ。――だが、此処はアイツが守ろうとした
里で、紅月も一歩踏み出したんだ。だったら俺も、一肌脱がねぇとな。
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
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