Side:シグナム


……此処は、私の家、か?
私は……そうだ、カシリの悪足掻きの一撃から紅月を庇って、そして毒鱗粉を喰らって『鬼』になりかけて……そして、紅月が鬼の手で私を助けて
くれたのだったな。



「……おい、生きているかシグナム?」

「この通りな。如何やら私は、死神に見放されているらしい。夢の中で閻魔にも『お前は未だこっちに来てはダメだ』と言われたよ。」

「……ヤレヤレ、無事みたいだな。」

「シグナム……良かった、目が覚めたのね!」

「あの後ぶっ倒れて目を覚まさねぇから博士を連れて来たんだが……ったく、心配させやがって。」

「良かった、無事で。」

「マッタク、人騒がせな。」

「……無事ならば其れで良い。」

「卿は不死身だな。」

「ホント、命知らずだな……ちっとは大人しくしてろよったく。」

「身体は何ともないのか?」



其れについては問題ないが、カラクリ部隊の面子だけでなく、八雲と刀也迄いるとは予想外だ――真鶴は、サムライの副長だが、事実上のカラク
リ部隊の一員と言っても良いから居ても驚かないな。
時に、紅月は如何した?



「考えたい事があるとかで、一人でどっか行っちまった。――会いに行ってやんな、シグナム。」

「あぁ、そうだな。」

漸く『お頭殺し』の十字架を下ろす事が出来たのかも知れないが、其れでも紅月が思う事はあるだろうからな……彼女の友として、紅月の想いを
聞き、受け入れてやるべきだろう。
十字架を下ろし、新たな一歩を歩もうとしている英雄の為にも、な。
だが、それとは別に、博士が言うには九葉からも召集が掛かっているとの事……何でもお頭候補を発表するとの事らしい――何とも唐突と思うだ
ろうが、カシリを倒したこの時に重ねて来ると言う事は、九葉には何かの思惑があるのだろう。アイツは、無意味な事だけはしないからな。












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務182
最後のお頭候補……そして時は動く』










さて、紅月を探して里を駆け回ったのだが……博士の研究所がある高台に居たか。――少し良いか、紅月?



「シグナム……もう、動けるのですか?」

「お陰様でな……『鬼』の毒を喰らったのだから、如何に鬼の手で浄化したとは言えもう少し回復に時間が掛かると思ったが、私は私が思ってい
 た以上に頑丈でしぶといらしい。」

「……良かった。貴女が無事で……良かった。……も、申し訳ありません。涙など流して。
 ……貴女は何時も無茶が過ぎます。もっと自分を大事にしてください……貴女は、皆に慕われるカラクリ部隊の指揮官なのですから。……でも
 助けてくれてありがとう。良く戻って来てくれました、シグナム。」

「お前が、お前達が鬼の手で浄化してくれたからさ。」

だから私は今こうして生きている事が出来る……生きているから、里を守る為に、主かぐやの為に『鬼』と戦う事が出来る。
あそこで死んでいたとしたら、仮にお前に斬られて人として死ぬ事が出来たとしても、私は冥府で後悔してだろう。――モノノフとしての務めを全う
出来ず、主かぐやとの約束も果たせなかったと言う事にな。……今回の一件は、果たして主かぐやに話すべきか否か迷うな。



「シグナム……私はこの里が好きです。
 お頭がそうしたように、私も里の為に出来る事をしてみたい……お頭は、許してくれるでしょうか?」

「私は、西歌の事を直接は知らないが、お前や雷蔵から聞いた人柄から考えると、大丈夫だと思うが……大事なのは、お前がどうしたいかではな
 いか紅月?」

「……私の意思こそが全て、と言う事ですね。ならば……一歩前へ!」

「その意気だ。どんな時だって、最後に大事なのは己の意思だから――」



――カンカン!カンカン!!



「「!!」」


此れは……『鬼』の襲撃を知らせる為のモノではないな?……お頭選儀の評議が始まるようだな――さて、如何する紅月?



「先に行っていて下さいシグナム。私もすぐに合流します。岩屋戸で会いましょう。」

「……了解だ。」

一緒に行かないと言う事は、何かやる事が他にあると言う事か……だがまぁ、私が心配する事ではないだろう。カシリを討ち、私からカシリの毒を
浄化した事で、もう紅月を縛っている過去の鎖は断ち切れ、前に進む決意をしたのだからな。
若しかして、里の為に出来る事と言うのは……ふ、岩屋戸で待つとするか。



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「……では、お頭選儀の評議を始める。十名の推薦人を確保できたのは、八雲と刀也の二名だけだ。」



岩屋戸に入ると、早速九葉が評議を始めたが、十名の推薦人を確保出来たのは八雲と刀也だけだったか……となると、後は九葉がどちらに入れ
るかで決まると言った所だな。
正直な所、八雲と刀也は夫々近衛とサムライの頭領としては申し分ないのだが、マホロバ全体を引っ張って行くお頭となると力量が足りないので
はないかと思うが……他に候補が居ないのならば仕方あるまい。
『ならばお前がやれ』と言われるかもしれないが、マホロバの里では新参者な上、記憶も殆ど失っている者など余計にお頭が務まるとは思わない
し、そもそも推薦人が十人も集まるとは思えんから無理だ。

九葉も、他に立候補者が居なければ現時点をもって締め切ると――



「お待ちください。」

「……紅月か。此処に何の用だ。」



しようとした所で、紅月が現れた。
立候補の受付の締め切りに待ったを掛けたと言う事は……



「此の場を借りて、皆様に申し上げたい事があり参りました。――私は、お頭に名乗りを上げます!」

「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」

「紅月、オメェ……!」



矢張りそう言う事か。
皆も、雷蔵は特に驚いているが、まぁ無理もないだろう――数時間前に私が話しを向けた時にはまるで其の気が無かったのに、此の土壇場で名
乗りを上げたのだからね。
そして、『嘗てお頭が夢見た、鬼内と外様の融和を果たす為に』と来た……近衛とサムライの覇権争いとは根本的に異なる立候補理由も素晴らし
いの一言に尽きる。マホロバのお頭になるのならば、その理念を忘れてはなるまい。
『お頭を斬った罪は消える事は無い。其れでも受け継ぎたい想いがある』か……ならば、その想いは貫かせなばなるまい。



「この中に、私の推薦人になってくれる者は居ますか?私に、力を貸してくれる者は居ますか?」

「……此処に一人いる。お前が西歌の想いを継いでお頭になると言うのならば、私は喜んで力を貸そう。友の正しき想いを成す為に力を貸すのも
 また、騎士の役目だからな。」

「シグナム……ありがとう。」



なに、此れ位は当然の事だ。
だが、名乗りを上げたのは私だけでなく、椿、神無、焔、グウェン、博士、そして時継が名乗りを上げた――カラクリ部隊全員が紅月の推薦人にな
ったと言う訳だ。
しかし、此れでも必要な推薦人にはまだ三人足りない……さて、どうするか。



「僭越ながら、私も推薦人になって宜しいでしょうか?」



と思っていたら、一人の近衛兵が名乗りを上げてくれた……お前は、確か……



「覚えておいででしょうか?過日、皆様に命を救って貰った近衛の者です。その恩返しをさせてください。」



そうだ、『安』の領域で消息を絶った近衛部隊を捜索した際、唯一生き残った近衛兵だ!……モノノフとして当然の事をしただけだが、あの時の事
が、まさかこんな形で返って来るとは。此れは、嬉しい誤算と言うモノか。



「サムライも推薦人になって構わないか?」

「紅月殿には何度も助けられている故、その恩を今返したい。」



今度はサムライからもか。
一人は良く知った顔だな?何度も共同戦線を張っている翡翠だが……もう一人は誰だ?初めて見る顔だが……



「貴女は?」

「こうして顔を会わせるのは初めてだな紅月殿。私はサムライの梓。翡翠と琥珀の姉妹とは霊山の訓練生の頃からの友でな……その友が何度も
 世話になっていると聞いたので、その礼にな。」

「私も勿論、推薦人になりますよ、紅月殿。」



梓か……翡翠琥珀姉妹の友だとはな。そして、其れだけでなく琥珀も推薦人に名乗りを上げ、近衛兵からも名乗りを上げる者が続出するとは、紅
月は礼を言い、雷蔵も『良かったな』と言っているが、八雲と刀也は思う所があるだろうな此れは。



「……人望がないなサムライ。」

「……お互いにな。」

「……やれやれ。お頭になる者とはこういうものか……大和。……道を行くだけで、多くの者が集う。
 尤も、紅月の力だけではない……シグナム、お前もまた結ぶ者であるらしい。
 良いだろう紅月!本日をもって、お前をお頭候補とする!後日の入れ札に備え、己の信ずるところを皆に伝えよ!選ぶのは、この里に生きる全
 ての者達だ!」



近衛とサムライの両方から紅月の推薦人に名乗りを上げる者が多数出たとなれば、人望がないとも思うだろうな……八雲も刀也も人望が無い訳
ではないだろうが、紅月の人望が其れを上回った、其れだけの事だ。
こうしてお頭選儀の評議は、九葉が紅月をお頭候補として認め、後日の入れ札によってお頭が決定される事を伝えてお開きとなった……入れ札
を待たずとも、マホロバの新たなお頭は決まったようなモノだがな。



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評議会が終わり、岩屋戸の外に出るともう夕方になっていた……茜色に染まるマホロバの里と言うのも良いモノだな。こうして高い場所から、里
全体を見渡すと、何時もとは違う良さがある。



「シグナム……」

「紅月か。」

「貴女のお蔭で、私は勇気を持てました。
 お頭になれるかは分かりません……選ぶのは、マホロバの人々です。ですが……一歩でも前へ。」

「そうだな、一歩でも前へと言うのは大事な意思だ。
 朧げな記憶故に正しいかどうかは分からんが、異国の偉人の言葉に『私の歩みは遅くとも、引き返す事は決してない』と言うのがあった筈だ。
 どんなにゆっくりでも、引き返す事なく一歩ずつ前に進む事が大事なのではないだろうか?」

「其の通りですね……シグナム!私と一緒に……来てくれますか?」

「何を言うかと思えば……始めから一緒だろう?」

「そうでしたね。貴女が里に現れたあの時から……シグナム……ありがとう。」



――カッ!!

――シュン!!


『岩戸の開き手よ、汝に助力しよう。』


――ミタマ『アマテラス』を獲得




此れは……分霊か!また新たなミタマを手に入れた訳だが、いやはやアマテラスとは物凄いミタマを身に宿していたのだなお前は?この国の神
話に登場する神の中でも最高神とも言える太陽神を宿していたとは、マッタク持って驚きだよ。



「分霊……言い伝えは本当だったのですね……私の魂を、貴女に託します。
 如何か連れて行って下さい。果てなく続く道の先に……!」

「あぁ、約束する。」

マホロバ最強のモノノフより託された、最強神のミタマ、大切に使わせて貰うとするよ紅月……この分霊の礼と言う訳ではないが、友として、紅月
が新たなお頭になれるよう、里の皆に働きかけておくか。
尤も、そんな事をしなくとも、紅月が新たなお頭に名乗りを上げた事を里の皆が知れば、紅月を新たなお頭にと言う声は自然と高まるのだろうが。

取り敢えず、里を一回りしてから家に帰るか。
その途中で時継にあったので、『紅月を呼んで、一歩進めた祝いに一杯と思うのだが如何だ?』と誘ったら『悪い事は言わねぇから、其れだけは
止めときな……紅月の酒癖の悪さはハンパじゃねぇ。どうしてもやりてぇなら、生贄に焔を引っ張って来な』と言われてしまった……酒癖悪いのか
紅月は。とてもそうは思えないが……確かに絡まれるのは勘弁だからやめておくか。
だが、其れは其れとして、紅月が一歩前に進んだ事に関しては嬉しそうだったな。

さてとそろそろ見回りも終わり……っと、アレは九葉か?如何した九葉、何をしている?



「……お前か。……漸くお頭候補が出揃ったな。アレが何時立候補するのか、正直待ちくたびれていたが……マッタク、甘ったれ共には苦労させ
 られる。」

「だが、お前には紅月の気持ちも分からないではないのだろう?
 十年前のオオマガドキの時、お前は北の地を見捨て『血塗られた鬼』と呼ばれていると聞いたが……あの時私達に『必ず生きて戻れ』と言った
 お前が何も考えずにそんな事をしたとは思えん……紅月が西歌を『鬼』になる前に斬ったのと同様、人の世を守る為に、お前は断腸の思いで北
 の地を見捨てたのだろうからな。」

「さて、如何だったかな?十年も前の事な上、アレから私も随分と非道な命令を下して来たので最早覚えておらん。
 ……其れより、一つお前に渡しておくものがある。この命令書をな……」



……此れは?
見たところ可成り重要なモノのようだが……霊山からの正式な命令書ではないのか?



「……敵が動くぞ、シグナム。」

「!?」

「里は内乱の緊張から解かれつつある……敵が動くとすればそろそろ頃合いだ。
 未然に防げればよし。――だが、もしもの場合はこの命令書に従え。そして、敵の計画を打ち破れ!今一度、嘗ての部下であるお前に、お前に
 だからこそ命ずる!!」

「ならば、嘗てお前の右腕として働いていた者として、その命令を拝領しよう……この里を、敵の思い通りにはさせん。我が剣に誓って!!」

「ふ、そのセリフを聞くのも十年振りか……ではな。運が良ければまた会おう。」



運が良ければって、不吉な事を言うなよ九葉……お前の今の立場が、死と隣り合わせと言ってもだ。……敵からしたら、お前は最も目障りな存在
だろうからな。
取り敢えず此れで大体回ったが、家に帰る前に博士の所に顔を出しておくか。

博士、少し良いか?



「お疲れ、シグナム。
 紅月の件はめでたいな。アイツをお頭に据えれば、カラクリ研究所の予算も増えるぞ。」

「……紅月がお頭になったその時は、私が里の財政を管理して不当な資金の流れがないが、厳しく監視するとしよう……椿と真鶴にも手伝っても
 らえば財政は可成り透明化出来るだろうしな。」

「お堅い奴め、別に良いだろう?此れ位は役得と言うモノだ。」

「不透明な資金の流れは、里の新たな火種になりかねんのでな――其れよりも、今回の紅月の件、時継が喜んでいたんだが……」

「時継が喜んでいた?
 ああ、アイツは昔里に居たらしいからな――確か、紅月が赤ん坊の頃だったか……それから暫くして里を出たらしい。だからか知らんが、この里
 を守るのに必死になる。
 聞いた事は有るか、マホロバ戦役の事を?」

「確か、二年前にマホロバで起きた大きな戦いだったか?」

「そうだ。私はその時里にやって来て、医者として活動していた。
 凄まじい『鬼』の攻勢でな。お頭の西歌を失って、状況は絶望的だった。――だが、ある時ピタリと攻撃が止んだ……奇妙に思ったので、私は外
 に調査に向かったんだが、その時だ、半生半死の時継を見付けたのは。
 周囲には何十体と言う『鬼』の死骸が転がっていてな……恐らくアイツは……」



たった一人で『鬼』と戦い、里を守ったのだろうな。……成程、確かに時継は紛う事無く勇者だろう。其れこそ誰に知られる事もなく、たった一人で
な……孤高の勇者・時継と言った所か。
如何やら博士も、その時継の行動に感心して、カラクリ人形としてこの世に魂を留めたらしい。『死なすのには惜しい』と思ったか。



「尤も、最近のアイツと来たら愚痴しか言わんポンコツだが……助手二号として、一号の面倒を確り見てやれよシグナム。」

「二号が一号の面倒を見ると言うのも、オカシナな話だがな。」

だが、時継の口が多いのは間違いなくお前が原因だぞ博士?
自分本位で周囲を巻き込んではトンデモない事をしてくれると言うのならば、其れに毎回巻き込まれていれば愚痴の一つも言いたくなるってモノ
だろう……まぁ、時継の愚痴には此れからは私が付き合うがな。








――――――








Side:九葉


……居らんな?……シグナム、私に話があるのでは……



「ちょっと九葉、置いてかないでよね!一人でいたら危険でしょ!あんまり勝手に動かないで!今後は、私の許可を取る様に!アンタに何かあっ
 たら、私がアインスに怒られるんだからね!!」

「そう言うな初穂。九葉殿とて子供ではないのだから……」

「桜花の言う通りだな……私は子供か?一々許可など……」



――パァァァァァン!!



「な、なに今の音!?」

「今のは……銃声!!……って、おい!九葉殿!!」

「ゴフ……」

ヤレヤレ、私も甘くなったものだ……まさかこんな初歩的な罠に掛かってしまうとはな――だが、今更私を討った処でもう遅い……こんな事もあろ
うかと、既にシグナムに命令書は渡してあるからな。
アインスと相馬も直に戻ろう……軍師などと言われていても、私は所詮使い捨ての『歩』に過ぎん――最強の『飛』と『角』、そして『王』が健在で
あれば盤面を引っ繰り返す事は可能だからな。
そしてシグナムは、成った駒を含めた全ての駒で最強の『龍』だ……龍の爪牙の前には、貴様等の企みなどちっぽけなモノよ……後の事は頼ん
だぞ、シグナム……












 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場