Side:シグナム


お頭選儀が再開したと思ったら、その途端に『鬼』が現れたか……それも、紅月に『お頭殺し』の十字架を背負わせる事になったカシリが現れると
はな――人を『鬼』に変える『鬼』とは、最悪極まりないな。
取り敢えず本部に来たのだが……



「……シグナム、ヤバい事になったな。
 相手はカシリ……人を『鬼』に変える最悪の『鬼』だ。」

「あぁ、紅月から話は聞いている。二年前にマホロバを襲った『鬼』だろう?」

「そうだ。それだけに、マホロバの連中には恐怖が身に染みてる。」

「ねぇ、噂には聞いてたけど、そんなに凶悪な相手なの?……ごめん、私は当時霊山で訓練中だったの。西歌様……お頭の最期には立ち会えな
 かった。」

「なに、俺もその場に居た訳じゃねぇさ……だが、西歌がやられる程の『鬼』だ。ソイツは間違いなく最強の部類だ。」



最強かどうかは兎も角、最悪であるのは間違いなかろうな……時継も紅月の過去を知っていたらしく、椿に紅月の辛い過去を話してやっていた。
カシリと刺し違えて致命傷を負わせ、紅月がトドメを刺したが、その時に既に西歌は……か。
西歌が人に戻る事は既に不可能だった……せめて出来るのは、人として死なせてやる事だったとは、紅月も身を切られる思いだっただろうね。
時に、その紅月は何処に行った?



「そう言えば……居ないわね?」

「オカシイな……此の状況でいねぇ筈が……おい、まさか!!」

「如何やら、そのまさかかも知れん……!!」

「え?如何言う事!?」

「今すぐ紅月を追う!あの馬鹿、一人で行きやがった!!」

「嘘でしょ!?」

「嘘ならば、どれだけ良かった事だろうな……!」

西歌の事で紅月は苦しんでいた……カシリが現れたと聞いたら、思い詰めて一人で行く事も考えられたと言うのに、しくじったか……!だが、まだ
間に合う筈だ!!
伝令から聞いた話では、カシリは『雅』の領域に現れたとの事……跳界石で領域の拠点に飛び、其処から紅月を探す!!急ぐぞ!












討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務181
最悪の『鬼』を今こそ叩きのめせ!』










『雅』の領域の拠点である『異聞・右京』に到着したが、カシリが目撃されたのは東の端の『大内裏』だった筈だから此処から更に移動しなくては。
道中には『鬼』が出るのは当然だが、基本的に無視して行くのが良いだろう……今はカシリ以外の『鬼』に構っている暇はない――一分一秒でも
早く紅月と合流しなくては取り返しの付かない事になるかも知れん。
紅月がカシリに倒され、そして『鬼』にされると言う最悪の展開だけは避けなくてはな。



「焔と言い、紅月と言い、よく一人で戦う気になるわ!皆で戦った方が良いに決まってるじゃない!」

「其れだけ重荷なんだろうよ、昔お頭を斬った事が……」



だろうな……そして其れは私達には到底理解しきれない重荷だろう。……普通ならば、その罪の意識に押し潰され、己も西歌の後を追ったとして
も何ら不思議はない事だからな。
其れでも今まで自ら命を絶たなかったのは、西歌が護ろうとしたマホロバを、西歌に代わって護ると言う思いがあったのと、紅月自身の心が強か
ったからだろう。思いがあっても心が強くなければ途中で潰れてしまうからな。


さて、目的地に着くまでには当然の様に『鬼』が出て来た訳だが、無視できるものはトコトン無視し、無視出来ない奴は一刀の下に切り伏せてや
った。
ソフィーが鍛えてくれたお蔭で十束の刃はより鋭くなり、私が炎を操る事が出来るようになった事で、今までの攻撃もより強力になったからな。
具体的に言うなら、中型のマカミ位ならば袈裟切り、逆袈裟切り、払い斬りの連続技で倒せる位だ。
さて、大内裏はこの辺りの筈だが……紅月は何処だ?



「……待て、何か来るぞ。」

「此れは……大型の『鬼』の気配!」

瘴気の塊が現れ、其処から飛び出して来たのは、巨大な翼と長い尾を持ち、頭に角と銀色の髪を生やした禍々しい姿の『鬼』……此れがカシリと
言う奴か――オオマガドキ以前には見た事のない『鬼』だ。
そして、私が此れまで見て来たどんな『鬼』よりも禍々しい……人を『鬼』に変えてしまうだけの事はあるな。

紅月は……居た、無事だったか!



「あなた達は……!何故来たのですか、シグナム……!」

「愚問だな……一緒に戦う為に決まっているだろう?仲間外れと言うのは、あまり気持ちの良いモノでもないしな。」

「馬鹿な……帰って下さい!あなた達は足手纏いです!」

「自惚れるんじゃねぇ紅月!いつからこれはお前の個人的な戦いになった!
 『鬼』との戦いは、全ての人間の戦いなんじゃなかったのか!」

「そうよ紅月!コイツは貴女一人で勝てる敵じゃない!仮にそれで『鬼』になったとしても、誰も貴女を恨んだりしないわ!」



椿、興奮してるのか少しばかり言ってる事に関連性がないのだが……時継の言う様に、此れはお前個人の戦いではなく、私達の戦いだろう?
これ程の『鬼』を野放しにしては、マホロバだけでなく他の里にも脅威となり得るのだから今此処で討たねばならぬ……其れに、一人で戦うよりも
皆で戦った方が勝率は上がる。
我等モノノフの力は、1+1が無限の力になり得る……なれば、数が多いだけ其の力は何処までも強くなれると言う事になるからな。



「時継……椿……シグナム……其れでも、其れでもあなた達を失いたくありません!」

「心配すんな。この鋼鉄の身体を見な!『鬼』になったりなんかしねぇぜ!」

「貴方は良いのです時継!」

「ヒデェなおい!」



時継よ、己の特殊性を引き合いに出して紅月に発破を掛ける心算が玉砕してしまうとは……そして、バッサリ切った紅月が普通に酷い。時継がカ
ラクリの身体でなかったら盛大に泣いていたかもしれん。
其れは兎も角、自分で言うのもなんだが、最早私達には何を言っても無駄だ。コイツを倒すまで、此処からは梃子でも動かん!



「ならば、一つだけ約束をしてください!
 カシリは死の間際に鱗粉を撒き散らします……絶対に此れに触れてはなりません!『鬼』に身体を侵食されてしまいます!」

「分かった、絶対に触れないわ。」



死の間際に人を『鬼』に変える毒鱗粉を撒き散らす、か……此れは、鬼の目でカシリの生命力を細かく観察し、もう少しで倒せる段階になったら紅
月と椿には下がって貰い、十束を弓に変えて、時継と共に遠距離攻撃でトドメを刺すのが一番だろうな。
距離が離れていれば毒鱗粉を喰らう事もないだろう。

さて、改めてカシリだが……成程、コイツは中々に厄介な『鬼』だ。
飛行能力を持って居ると言う点ではヒノマガトリやダイマエンと同じだが、コイツはそれ等とは比較にならない強さだな?……飛行能力があるだけ
でも厄介だと言うのに、屈強な腕や足から繰り出される攻撃が強烈なだけでなく、長くて太い尾の攻撃も危険極まりない。
普通の人間だった一発喰らった時点で即死……鍛えられたモノノフでも重傷は免れないだろう。
可成り苦戦する『鬼』なのだが……私達には鬼の手がある!飛行能力があるだけで制空権を取れると思ったら大間違いだと知るがいい!!



『!?』

「ふ、翼がある事が仇になったな?こうして背中に乗られても、翼が邪魔で背中に腕を回す事は出来まい!」

「完全な鳥型ならば兎も角、鳥人間の様な姿故の弱点と言う訳ですね。」



紅月と共にカシリの背に乗り、無防備な背中を斬って斬って斬りまくる!!
そして斬るだけではなく、私は十束をカシリの背に突き刺してから炎を纏わせる……傷口を直接焼かれると言うのは、頑丈な大型の『鬼』でもキツ
イ筈だ。出血を抑える為とは言え、傷口を焼き固められると言うのは地獄の苦しみだからな!
だが、この程度では終わらせん!紅月!



「はい、行きましょうシグナム!」

「喰らえ!」

私が左腕でカシリの首を抱え、紅月はカシリの頭に乗って両膝で角を挟むと、鬼の手で地面の岩を掴んで一気にその岩に向かって身体を引き寄
せる。
其れはつまりカシリの顔面をその岩にぶつけるのと同じ……狙い通りにカシリは顔面から岩に激突し、その際の衝撃で紅月が膝で挟んだ角は二
本とも根元からポッキリ逝ったか。
だが此れは好機!角を折られた『鬼』は暫し気絶状態となって行動不能となる……一気呵成に攻めたてるぞ!!



「勿論!行くわよ、おんどりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「椿、オマエ年頃の娘なんだから、もう少しお淑やかにだなぁ……って言うだけ無駄か、やっぱり!!」

「モノノフの女性に、淑やかさを求めるのが間違っています時継……私やシグナムが淑やかに淑女の嗜みを行っている姿を想像出来ますか?」

「……あぁ、そりゃ無理だ。」



アッサリ言われると、其れは其れで少しばかり傷つくのだが……紅月は兎も角、確かに私が茶や華を嗜むと言うのは想像出来ないだろう。殆ど忘
れてしまってはいるが、僅かに残ってる記憶でも、私は常に戦っていたからな。
だが、そのお陰で記憶は無くとも『鬼』との戦い方は身体が覚えている!……此れでも喰らっておけ!!



「シグナム、カシリの口に何を押し込んだの?」

「ソフィーから渡されたフラムだ。ソフィー曰く『調子が良くてスッゴク強力なのが出来ました』との事だったが……果たしてドレだけの威力か。」



――バッガァァァァァァァン!!!



っと、フラムが爆発して……カシリは口から白い煙が出てるだけじゃなく、長い牙も粉々になり、内からの攻撃で可成り生命力が削られた様だ。
鬼の目で確認すると、表層生命力が剥がされ、深層生命力も半分を切っている……内からの攻撃は、流石の大型の『鬼』が相手でも有効みたい
だから、ソフィーに頼んでフラムの量産も考えた方が良いかも知れん。
此れを携帯していれば、いざという時にも役に立つからね。
だが、深層生命力が半分を切ったと言う事は……



――ギュオォォォォン……バキィィィン!!



「来たかタマハミ!」

「来なさい……お前は、私が倒します!」

「違うだろ紅月……私ではなく、私達がだ。そうだろ?」

「仲間外れにしないでよ!」

「英雄が勇者を仲間外れにするんじゃないぜ!
 コイツを、カシリを倒すのは近衛でもサムライでもねぇ……近衛とサムライの両方が存在する、西歌が理想としたマホロバを再現したカラクリ部隊
 である俺達ってな!!」



良い事を言うじゃないか時継……確かにカラクリ部隊には近衛もサムライも関係ないから、ある意味では西歌の理想を実現した部隊と言えるだろ
う――近衛ともサムライとも違う第三勢力と言った所だな。
だが、それ故にサムライ最強の神無、近衛の精鋭の椿がカラクリ部隊には居る……カラクリ部隊は少数精鋭と言う言葉がこの上なく合っている気
がしてならんな。

タマハミ状態となったカシリは、腕と足と尾が更に強靭になったのだが……お前がタマハミになるのを待っていた!!
カシリが動こうとしたその瞬間に、私と紅月は夫々左右の腕を、時継と椿は夫々左右の足を鬼の手で掴み、そして強引に引き千切って完全破壊
をしてやった!!
だが、其れでは済まず、紅月と共に背の翼も切り落としてやる――此れで残るは尻尾だけだな!



「シグナム、避けろ!!」

「む?ぐ……わぁぁぁぁぁ!!」

鬼の手で飛び掛かった所を、尾の一撃で吹き飛ばされてしまった……大内裏にある大門にぶつかって止まったが、今のはモノノフでなければ即
死していただろう。
癒のニギタマフリの自然治癒のお陰で即時回復したとは言え、既に流れてしまった血はどうしようもない……口の中に鉄の味を感じたから、今の
一撃で内臓も傷めていたと言う訳か。鬼の手が無かったら死なずとも戦闘不能だった訳だ……鬼の手を開発してくれた博士に感謝だな。



「シグナム、無事!?」

「全然平気だ!」

「そんな血塗れで無事な訳ないでしょうが!!」

「癒のニギタマフリで傷は塞がっているから問題ない。血は……この雨で洗い流されるだろう!」

「流血してるのが様になる女ってのも考えモンだな……一部の野郎にゃ需要がありそうだが。」

「油断は禁物ですよシグナム?」



油断した心算は無かったのだが、少しばかり勝負を急いでしまったか……だが、同じ愚は二度は犯さん!今度こそ、その尾は貰い受ける!!



――ズバァ!!



連結刃に炎を纏わせた一撃で尻尾を切り落とし、此れで丸裸だな?
……そう言えば、私は炎を使えるのだ――だとすれば、アインスと似たような事が出来るかも知れん。見様見真似だが、確かこうして炎を手の平
に溜めて、そして其れを一気に放つ!

「楽には死ねんぞ!!」

「お前、そりゃアインスの技じゃねぇか!!」

「炎を扱えるから、見様見真似でやってみたが……案外出来るモノだな。」

尤も、アインスの様に『鬼』を拘束する事は出来なかったが、巨大な火柱に焼かれたカシリの深層生命力は残り僅かのようだ……ならば、此れで
決める。喰らえ、不動金縛!!
此れで動きは止めた……皆離れろ!

「時継、トドメを刺すぞ!」

「おうよ!コイツでぶっ飛びな!」

「翔けよ、隼!」

時継が放った炸裂弾と、十束を弓に変形させて放った炎の隼がカシリを貫いてその生命力を削りとる……此れだけ離れていれば、死に際に撒き
散らされる毒鱗粉を喰らう事もない。



――キュン……シュバン!!


『才知を持って道を開きます。』


――ミタマ、『菅原道真』を手に入れた。




そして、新たなミタマも手に入れる事が出来たか。



「鱗粉は?」

「大丈夫だ、シグナムの読み通り此処までは来ねぇみたいだ……俺たちゃ勝ったのさ。」

「……本当に?」

「やったわね、紅月!!」

「…………」



カシリを倒した実感がない……そんな所か?
だが、カシリを倒したのは紛れもない事実だ……お前は、西歌の仇を取ったんだ紅月。だからもう、自分を許してやれ……何時までも十字架を背
負ったままでは、西歌も涅槃で安心出来んぞ?



「シグナム……」

「一人の犠牲者も出さずにカシリを倒した、それで良いだろう?……って!!」

「シグナム?」



カシリ……絶命する前の最期の悪足掻きか!!紅月に毒鱗粉を喰らわせようなどと、私がさせん!!大人しく散れ!!





――バシュオォォォォォ!!





……はぁ、はぁ……何とかカシリから紅月を守る事が出来たか……カシリに完全にトドメを刺したが、その代償に私が毒鱗粉を喰らってしまう結果
になってしまうとは……此れは、想像以上に苦しいな?
身体の奥底から、途轍もない破壊衝動と殺戮衝動が湧き上がって私を支配しようとして来る……此れに完全に飲まれた時に、『鬼』となってしまう
と言う事か……西歌は、こんな苦しみと戦っていたのか……!
く……同時に身体も変わり始めている……腕がごつごつして爪が鋭く……『鬼』の身体に変わり始めているみたいだな……!



「シグナム……私を、庇ったのですか……?」

「シグナム、確りして!!」

「……シグナム、此れも私の罪です……!」

「紅月、何をする気!」



紅月……スマナイ、偉そうな事を言っておきながら、今度は私がお前の新たな十字架となってしまうようだ……椿が止めようとしているが、きっと
紅月は私を斬るだろう。
一度でも人を斬った事がある者は、二度目に躊躇はないからな。
今ならば、西歌の気持ちが分かる……『鬼』として人に仇なす存在となって醜態を晒す位ならば、せめて人である内に死にたいとな……やれ、紅
月、せめて苦しまぬように一撃で首を落として――



――ギュン!!



……此れは……鬼の手?



「べに……づき?」

「……私はお頭を殺したくなかった。殺したくなかったのです。
 もしもあの時別の選択を出来ていたら……ずっとそう考えて生きてきました。……また同じ事があったら、今度は間違わないよう……今度は自
 分の心に従えるよう。
 そう思って、罪を背負って生きてきました。
 博士のカラクリ……鬼の手を見た時、私は其れが希望だと思いました。
 想いを具現化する力、其れがあればお頭を元に戻せたかもしれない。……シグナム、貴女を元に戻せるかもしれない。
 力を貸してください、椿、時継……もう、誰も死なせたくないのです!」

「椿……やるぜ!!」

「……任せて!」

「お願いです……戻って来てください、シグナム……!」



紅月だけでなく、時継と椿の鬼の手も……あぁ、感じるぞ、お前達の想いを……そして其れを感じると同時に、私を支配しようとしていた破壊衝動
と殺戮衝動が消えて行く――カシリの毒鱗粉が浄化されているのだな。



「身体が、元に戻ってやがる……!」

「良かった……良かった……シグナム……」



どうやら、私は『鬼』にならず……死ぬ事もなかったみたいだな……マッタク、鬼の手は色々と万能だな博士?……まさか、『鬼』になりかけている
人を元に戻す事すら出来るとは思ってもいなかったよ。
だが、此れで紅月は漸く背負って来た十字架を下ろす事が出来るのかも知れん……だとしたら、死に掛けた甲斐もあったと言うモノだ……薄れる
意識の中で見たのは、紅月の笑顔だったからな。








――――――








Side:紅月


良かった、今度は間違えなかった……貴女を殺さずに済みました、シグナム。



「元に戻ったのは良いんだが……如何すんだ此れ?ぶっ倒れちまったぞ?」

「息は……してるわね?てか、普通に寝てるみたいなんだけど?」

「『鬼』になりかけたのですから、相当な負担が掛かっていたのでしょう……『鬼』になるのは喰い止められましたが、だからと言ってシグナムの負
 担が無くなった訳ではありませんから。」

今の彼女には回復の為の睡眠が必要でしょう……ですから、彼女は私達が抱えて里に帰りましょう。
……こうして寝顔だけを見ると、年頃の娘でしかないのですが、貴女は私以上の英雄ですシグナム……貴女のおかげで、私は漸くお頭殺しの罪
を背負う生き方から解放されるようです。
ありがとう、シグナム。














 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場