Side:シグナム
ムクロマネキ……小型の『鬼』を呼び寄せる少しばかり厄介な敵だったが私達の敵では無かったな。速攻で討伐して、そして任務完了の報告だ。
……受け付けである椿が一緒に出ていたので報告は不要かも知れんがな。
それとは別に、任務を終えた後で紅月から焔の件で礼を言われたが、礼を言われる程の事でもないさ……私は、私のなすべき事をしただけに過
ぎんからな。
「それでもです。
オオマガドキでは多くの友を亡くしました……二年前にはお頭を、そして今度は主計を……もう、仲間を失いたくはありません。
一人でも多く生かす。それが今の私の目標です。」
「一人でも多く生かす……確かに其の通りだな。
一人でも多く生き延びる事が出来れば人の世が滅びる事は無い……いや、生きる意志が其処にある限り人の世が滅ぶ事は無いと私は信じて
居るからな。」
「そうですね……そして、それが私に出来る精一杯です。今では。」
お前ほどの実力があれば、もっと色々な事が出来ると思うのだが、そう簡単には行かないと言う事か……『鬼』との戦いが終わる時が来るのかは
分からんが、それでも今は己に出来る事を地道にやって行くしかないのかも知れないな。
「ん……オメェらは……」
誰かが声を掛けて来たが……お前は、禁軍の雷蔵だったか?……焔の一件があるので、コイツの事はあまり好かんのだが……一体何用なのだ
ろうか?
禁軍の者が何の用もなく里の者に声を掛けるとは思えんからな。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務180
『お頭選儀再開……と思ったら!』
「……この間は悪かったな。見当違いをしちまったらしい。」
と思ったらこの間の事を謝罪された……何と言うか意外だった。こう言っては何だが、禁軍は所謂『汚れ仕事』を任されている部隊とも言える故、
自分達の判断を絶対を思っている部分があると感じたのだが、己の過ちを認める器量はあると言う事か。
変に身構える必要は無かったと言う事だな。
そしてどうやら雷蔵は紅月と知り合いらしく、『久しぶりだな。アイツの葬式以来か』と言っていた……アイツとは、マホロバの前のお頭の事か。
……ん?少し待て、雷蔵は禁軍の者なのだろう?基本的にモノノフを取り締まると言う目的以外で里に来る事は無い筈だし、しかも前のお頭の葬
式に来ると言う事もない筈だが……如何言う事だ?
「雷蔵殿は、マホロバの前・お頭の西歌様の親友だった方です。
度々里にやって来ては、手ほどきをしてくださっていました。八雲に至っては直弟子です。」
「意外だな……禁軍と言うのは、もっと戒律が厳しいモノだと思っていたが、任務以外でも里をある程度自由に訪れる事が出来ていたのか。」
「人が住む里に不穏な動きがねぇか見て回るのも禁軍の仕事だからな……その序にな。
しかし、あの坊主も苦労してるみてぇだな?サムライの刀也相手に良くやってる。
……だが紅月、お前には失望したぜ。何故、お頭になろうとしねぇ?オメェは西歌に里を託されたんじゃなかったのか?
外様と鬼内の融和。其れを願ってアイツはサムライを受け入れた……其れが融和どころか内乱だと?
オメェは一体何をしてる。イツクサの英雄の名が泣くぜ。」
「……私は罪人です。貴方が望むような存在にはなれません。」
「……そんなに『お頭殺し』の名が恐えか?」
「止めてください!!」
っと、雷蔵が紅月に『お頭殺し』と口にした途端、紅月がその場から去ってしまった……雷蔵は『逃げてもどうにもならねぇ』と言ってるが、紅月と前
のお頭の間に何が有ったと言うのか?
スマナイが雷蔵、私は此処で失礼させて貰う。紅月が心配なのでな。
「悪いなシグナム……紅月の事を頼むぜ。
最強だなんだと言われているが、あいつも普通の人間なのさ……」
「普通の人間、か……」
英雄と呼ばれていても、その中身は私達と変わらない……それだけに、普通に悩みもすれば後悔する事もあると言う事だな――果たして紅月の
過去に一体何があったのか。
一先ず雷蔵と別れ、紅月を探して里を周り、カラクリ研究所のある高台で見付けた。
「此処に居たのか紅月。」
「……シグナム。……申し訳ありません、急に飛び出してしまい……『お頭殺し』、私のあだ名です。
聞いた事はありますか?私がお頭を斬り殺したと言う噂を……」
「いや、聞いた事は無いが……所詮は噂だろう?」
「……其れは事実です。」
「何……?」
お前が前のお頭を斬り殺した、だと?この里にお頭が不在なのは、お前が原因だとそう言う事なのか?……いや、だがお前程のモノノフが何も理
由なくそんな事をするとは思えんが。
一体何があった?
「二年前、この地にカシリと言う『鬼』が現れたのです。人を『鬼』に変える力を持つ恐ろしい敵でした。何人ものモノノフが其れで犠牲に……」
「人を『鬼』に……」
何とも恐ろしい力を持った『鬼』が居たモノだ……少なくともオオマガドキ以前には確認されていなかった『鬼』だ――若しかしたら、オオマガドキと
時を同じくして、『鬼』達は独自の進化を始めたのかも知れんな。
「其の中に……お頭が居たのです。」
「何だと?」
「身体を『鬼』に侵食され、半人半鬼の姿となって苦しんでいました。だから私は……今でも、目を閉じると浮かんできます。あの時の光景が……
あの時、私に別の選択が出来て居たら……そう思わない日はありません。
私は罪人です。その罪を背負って静かに生きるのが償いです。」
「……其れは、本当に罪か?」
前のお頭は、西歌は鬼に侵食され、最早助ける事は出来ない状態だった……其のまま放っておけば『鬼』となり、人に仇なす存在となっていただ
ろう――そうならない為に、お前は西歌を斬ったのではないか?
西歌を『鬼』にさせない為に、人である内に終わらせる為に……何よりも、西歌を其れ以上苦しめない為に斬ったのだろう?ならば其れは罪では
ない!罪であるモノか!
「本当にそうでしょうか……貴女の真っ直ぐさが、私には少し眩しい……貴女は死なないで下さい。もう、悲しみを増やしたくありません。
では……また任務で、シグナム。」
「紅月……」
そう、簡単に割り切る事は出来ないか。……己が敬愛していた相手を、自ら手に掛けると言うのは、私が思う以上に重い事なのだろう――とは言
え、何時までも引き摺って良い事でもないのだが。
何か吹っ切れる切っ掛けでも有れば良いのだが、此ればかりは早々見つかるモノでもあるまい……酒を飲んで全部忘れるとも行かないしな。
取り敢えず、任務を終えて腹も減ったので久遠の所で腹ごしらえをするか。腹が減っては戦は出来んからな。
「と言う訳で、親子丼を大盛りで。
其れが飯で、おかずは天婦羅とサンマと煮物と肉野菜炒め。」
「畏まりました。」
どうにも燃費の悪い身体だな……任務の後は此れ位食わんと身が持たんからな?……此れだけ食べてもマッタク太らないのだから摩訶不思議
としか言いようがない。
「よう、シグナム……紅月の様子は如何だった?」
「もが?もごがが……」
「口に物を入れた状態で喋るな。」
「(ゴックン!)」
「ちゃんと噛めよ。」
「大丈夫だ、問題ない。」
其れで紅月だが……矢張り前のお頭を手に掛けた事を後悔しているみたいだった――話を聞いた私は『仕方のない事だった』と思えても、前・お
頭の西歌を自ら手に掛けたと言うのは紅月にとっては可成り大きな十字架なのだろう。
「……そうかい……簡単にゃ行かねぇな……」
「『お頭殺し』と言うあだ名……いや、最早忌み名と言っても過言ではないだろう……それを乗り越えて進むと言うのは簡単ではないだろうな。」
「かもな。」
ふむ、こうして話をしてみると、雷蔵は思ったよりも好人物の様だな?焔を一方的に霊山失踪事件の下手人にしてくれた事で忌避していたが、実
は中々に男気のある奴みたいだ。
それから少し話をしたが、雷蔵が西歌と知り合ったのは霊山の訓練兵だった頃で、『西の三羽烏』何て呼ばれていたらしい。……雷蔵と西歌の他
にもう一人いたが、生きてるのはもう雷蔵だけとの事。
『時間は否応なく過ぎちまう。だから後悔の無いように生きねぇとな』と言うのには同意だな……『あの時、あぁしていれば良かった』と言うのは…
…正に今の紅月が其れか。
「俺も偉そうな事言えた立場じゃねぇが。
禁軍ってのは嫌われ者だ。必死で『鬼』と戦ってる時に、モノノフを取り締まらなきゃならねぇ――其れは其れで辛い仕事だ。」
「だが、誰かが引き受けねばならない……モノノフの秩序を守る為に。だろう?」
「そうだ……里のお頭と同じようにな。
無駄話しちまったな……紅月の事、頼んだぜ。」
「あぁ、任された。」
矢張りこの男、自ら嫌われ役を引き受けただけあって人としての器は大きいな?『失望した』と言ったのも、紅月を奮起させる為だったのかも知れ
んな……不器用なやり方とは思うが。
「そいや、軍師・九葉が探してたぜ?
お頭選儀の件らしい。会いに行ってみたら如何だ?」
「九葉が?」
お頭選儀で私に何の話があると言うのか……いや、お頭選儀の件と言うのは表向きで、他の用があるのか?……まぁ、会って直接聞くか。
確か九葉は近衛の居住区に居た筈だ。
居た。私に何か用か、九葉?
「お前か、良い所に来た。これからお頭選儀の評議を始める。
内乱の混乱で大分遅れた……此処等で仕切り直しをせねばならん。全てのモノノフを招集し、今後の説明をする。お前も、カラクリ部隊の連中を
連れて来い。」
「……其れだけか?」
「其れだけ、とは?」
「雷蔵が、お前が私を探していると言っていたのでな……お頭選儀の件と言うのは表向きのモノで、裏では私に別の用があったのかと……」
「……記憶を失っているとは言え、相変わらずの洞察力だなシグナムよ。
だが、今回は本当に其れだけだ。仮に別の用があるのならば、あの研究所に行って博士にお前を呼び出させる。あそこならば、密談をするには
持って来いだからな。」
「成程、確かに其の通りだな。」
そんな訳で、私は一度博士の研究所に戻り、其処で博士に頼んでカラクリ部隊全員を招集して貰い、其れから岩屋戸に向かった。
私達が到着した時には、既に近衛もサムライも集まっていたか……流石、次のお頭に関する事ともなれば行動が早いな?
「……全員集まったな?
此れよりお頭選儀を再開する。候補者は推薦人を確保して私に届け出ろ。その後、入れ札によってお頭を決定する。
見届け人たる私は、最大の票数を持つ。其の点は弁えておいて貰おう。」
つまり、九葉の存在が一発逆転の要素となる訳か……見届け人の票数がドレだけなのかは知らないが、お頭は最終的に霊山によって決められ
るとも言えるかも知れんな?まぁ、九葉ならば自分に都合の良い者を里のお頭にする事は無いと思うが。
其れで、九葉が『これ等を進める上で、一つ忠告がある』と言い、『此れ以上の混乱が続けば、里は禁軍の支配下に置かれるだろう』とも言った。
そうなれば内乱の罪で裁かれる者も出る、か。『それを避けたければ、仲良くお頭選儀に臨む事だ』と言うのが九葉らしい言い方だが。
無論、そんな事になるのは御免なのだが、近衛兵は『仲間を斬られた恨みは忘れんぞ』、サムライ兵は『副長を撃ったのはお前達だ』と、そう簡単
に双方の遺恨は消えてなくならないか。
八雲と刀也も何も言わんとは……
「愚かだな。」
「何……?」
「カラクリ使い……貴様……!」
「ふん、愚か者を愚かと言って何が悪い?
先の内乱で、近衛もサムライも充分に血を流した筈だ……であるにも係わらず、未だ争うと言うのかお前達は?……こんな事ならば、あの時に
主かぐやを連れ出して、別の里に流れた方が良かったかも知れん。
其れによってマホロバは滅びるだろうが、愚か者共も一掃出来ただろうからな。
如何した、何か言ってみろ八雲、刀也!貴様等、其れでもこの里の新たなお頭に名乗りを上げたモノノフか!仮にもお頭に名乗りを上げたのな
らば、近衛とサムライの両方を抑えられずに何とする!
お頭とは、里を導く存在だろう……少なくとも今のお前達にマホロバを導く事が出来るとは思わん。里の滅びの可能性を言った私に何も言えんと
来て居るのだからな!
此れが紅月だったら、即反論して来ただろう……本人は名乗りを上げないだろうが、私は次のお頭に紅月を推薦したい位だ。」
「シ、シグナム、何を言っているのです!?」
「私は私の思った事を言っているだけだ。」
だが、紅月こそが次のお頭に相応しいとは思わないか?なぁ、九葉?
「ふむ……確かにイツクサの英雄ともなれば次のお頭には相応しいとも言える――が、問題は本人にその気があるかどうかだが。」
「……確かに其れが問題か。」
「私は……」
今の所、その気はないと言ったところだろうな。
実際の所、近衛だサムライだと区別しない紅月こそが新たなお頭に相応しと思うのだが、本人にその気がないのであれば無理強いは出来まい。
無理強いしてお頭にしても、其れは何時か破綻してしまうからな。
「伝令!伝令!!」
っと、其処に近衛の兵がやって来た。
可成り慌てているようだが、何があったのか……
「緊急事態です!」
「如何した、何があった!」
「……カシリです!カシリが現れました!!」
「!!」
……カシリ、だと!?
人を『鬼』に変える力を持ち、紅月に『お頭殺し』の忌み名を背負わせる事になった最悪の『鬼』が現れたと言うのか……!!だが、そうだと言うの
ならば、即刻討たねばなるまい。
人を『鬼』と変える力を持った『鬼』を無視する事は出来んからな。
同時に此れは好機かも知れん……カシリを討つ事で、紅月が背負った十字架を下ろしてやる事が出来るかも知れないからな。
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
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