Side:シグナム


跳界石を使ってマホロバに戻り、そして今は自宅でグウェンと一緒になのだが、生憎と何のもてなしも出来んのでな、せめて酒でも振る舞おうじゃ
ないか。嫌いではないだろうお前も?



「あ、あぁ。寧ろ好きかな。
 故郷を発ったのがオオマガドキより前だったので、酒はこの国のモノしか飲んだ事が無いけれど、此の芳醇でふくよかな味わいは大好きだ。」

「これが米から作る酒にしかない旨さだ。果実や他の穀物を原料とする酒では、この独特の風味は生まれん。欲を言えば、もっと辛口の方が好み
 なのだがな。
 もっと欲を言わせて貰うのなら、矢張り肴が有った方がより良かったか……」

「余り気にしないでくれ。
 …………貴女に助けられたのは、此れで二度目だな。如何して突然、『空間転移』と言うモノをしてしまうんだ?」

「どうして、か……」

正直、『分からない』と言うのが現状だな。
ただ、分かっているのは最近の空間転移では、例外なく異界にある『瘴気の穴』のある場所に出ると言う事だ……武の領域の時は、直ぐに瘴気
の穴の場所から元の場所に戻ってしまったがな。
ミタマの力が関係してると思うのだが……私自身の事ながら、分からない事だらけだ。答えにならず、すまんな。



「いや、良いんだ。余計な事を聞いた。」

「構わん、逆の立場だったら私も同じ事を聞いていただろうからな……さて、其れではそろそろ話してくれるか、お前の抱えている事情とやらを。」

「あぁ。…………あの『鬼』はビャクエンと言うんだ。
 何時も、何処からともなく現れて、私や周りの人を襲って帰って行く。……剣の呪いだ。
 私が持っている剣、一族に代々伝わる宝剣ネイリング……アレはカラクリ技術の結晶で、『鬼』を呼び寄せると爺様は言っていた。」

「『鬼』を呼び寄せる……」

其れが本当だとしたら危険極まりない剣なのだが、逆に言うならば其れを利用すれば『鬼』を一ヶ所に誘き出して一網打尽にする事も出来るかも
知れん……と言うか、ネイリングで『鬼』を纏めて誘き出して、アインスに常識破れの一撃をぶちかまして貰えば其れで事足りるのではないかと思
ってしまうのは私だけではないだろう。
尤も、そう単純な事ではないのだろうがな。










討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務179
グウェンの告白と明らかになる野望』










グウェンの話によると、今からずっと昔の何万年も前に、異界に住む『鬼』を制御して戦の道具に使おうとした文明があったらしい……が、制御に
失敗して一夜で文明は滅びたか、当然だな。
人知を超えた『鬼』の力を、簡単に制御出来る筈がない……そもそも、『鬼』の力を制御する事が出来ていれば、今の様な世界にはなってない所
かオオマガドキ其の物を阻止出来ただろうからな。



「ネイリングは、その時代の遺物なんだそうだ。
 私の一族は守り人として、それを保管する役目を負って来たと言う。」

「其れはまた何とも……」

「爺様の書斎の隠し部屋に、ネイリングは密かに保管されていた。でも、私は何も知らずに剣を抜いてしまった……物語に登場するような、英雄
 に憧れていたから。
 その時ビャクエンが現れ、全てを蹂躙して去って行った。爺様は、その時に私を守って。
 ……其れからだ、ビャクエンとの長い戦いが始まったのは。剣は壊れてしまっていて、ところ構わずビャクエンを呼び出す。
 何時も剣が淡く光り出すんだ……其れが始まったらすぐに異界に向かう。」



成程な……だから初めて会った時も、そして今日も、お前は一人で異界に居た訳か。ビャクエンが現れる前兆が起きたら異界に行ってビャクエン
が帰って行くまで何とかやり過ごしていたと言う訳か……何とも厳しいモノだな。
『鬼』を呼び寄せると言うのに、ビャクエンだけを呼び出すと言うのも解せんが、其れはグウェンが言う『剣は壊れている』と言う事なのだろう。
剣の呪いによって呼び出されるビャクエン、其れがお前の抱えた事情かグウェン。



「あぁ、そうだ。
 剣を手放そうともした……けれど、必ず私の手元に戻ってくる。使用者の証と言うモノらしい。私の身体に流れる血が、剣を引き寄せる。
 死ねば、或はこの呪縛からも解放されるかもしれないと思った……でも、爺様は私に生きろと言ってくれた。だから私は此処に居る。
 爺様が守ってくれた命を繋ぐために。」

「そうか……お前の祖父は、とても立派な方だったのだろうな。公爵だった御仁に、是非とも会ってみたかった。」

「爺様の事だ、きっと貴女の良い友人になっていただろう。」



其れは最早叶わぬ事ではあるが、公爵とは友人になれずとも、その孫とは友人になる事が出来たのだから、ある意味では公爵と間接的であると
は言え友人になれたと言っても過言ではあるまい。



「わ、私が貴女の友人で良いのか?」

「私はその心算だったのだが、友と思っていたのは私だけか?」

「いや、そんな事は無い。貴女が友人と言うのは心強い……故に、私なんかが貴女の友人で良いのかと思ってしまってな。
 私はビャクエンと戦い続けて来た、何百回と……でも、倒すには力が足りない。アイツは強大すぎる。悔しいが、今はこうしてやり過ごすのが精
 一杯だ……シグナム、一つお願いをしても良いか?」

「願い……何だ?」

「皆にはこの事を黙って居て貰えないか?剣の秘密を知られては迷惑が掛かる……違うな、本当は怖いんだ。皆から拒絶されるのが。
 こんな危ない奴、近くに居たら嫌だろう?」



そうかも知れないが、其れを言ったら私だって似たようなモノじゃないのか?
十年前のオオマガドキの時代から、この時代に転移して来ただけでも厄介で面倒極まりないのに、正体不明の『時空転移』なんてモノをするだけ
じゃなく、複数のミタマをこの身に宿すと来た……そして挙げ句の果てには記憶喪失と来ているからな。
危険度で言うのならば私の方が遥かに上だろう……お前が普通の爆弾級の危険度だとしたら、私の危険度は爆発と同時に毒を撒き散らす毒爆
弾級だろうからな。



「シグナム……大丈夫、皆は巻き込まない。少しだけ、私の我が儘を許してくれ。」

「我が儘か……騎士としては許してはならないのだが、お前の友人としては許す事も出来よう。だが、其れは決してお前に全てを丸投げすると言
 う事ではないと言う事を忘れるな。
 必要ならば何時でも私達を頼れ。お前に頼られると言うのと、お前の事情に巻き込まれたと言うのは全く別物なのだからな。」

「必要な時には、か……分かった、その時が来たらそうさせて貰う。」



そして、私達は改めて盃を交わした……今言った事が絶対の約束であると言う意味を込めてな。
……其れで終われば良かったのだが、私もグウェンも酒好きだったのが致命傷だったらしく、結局酔い潰れて寝てしまうまで飲み明かしてたか。
余り酒に飲まれる事は無いのだが……まぁ、今日は特別だと言う事にしておくか。酔い潰れたとは言え、気持ちよく酔えたからな。



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そして翌朝。
よく寝た……お蔭で昨日の疲れも吹き飛んでしまったが、何とも見た夢が謎だったな?髪を頭の両方で結んだ金髪の少女との死闘……アレもま
た、私の失われた記憶なのだろうが、年端も行かぬ少女と死闘を繰り広げていたとは、記憶を失う前の私は本気で何者だったのだろうな。
取り敢えず、昨日の事を博士に報告しておこうと思って。カラクリ研究所にやって来たのだが……

「博士、眉間に皺が寄っているぞ?……顔が怖い。」

「あぁ、すまん。朝っぱらからムカつく事があってな。気が立って居るかも知れんが許せよ。」



あの博士がむかっ腹を立てるとは、一体何があったのか気になるが、其れよりも博士、貴女に報告すべき事があるんだ――昨日の事なのだが、
グウェンと共に雅の領域の『瘴気の穴』を塞ぐ事に成功した。



「何、雅の瘴気の穴を……?其れはお手柄だ、いつの間に新たなミタマを手に入れていた?」

「ウシヲキナを倒した時、そして焔からの分霊でな。」

「成程な。
 矢張り瘴気の穴を塞ぐにはミタマの力が必要か……まぁ良い。兎も角今は任務に集中しろ。――そう言えば知っているか?内乱の時、里に攻め
 て来た『鬼』はゴウエンマと言う指揮官級として名高い『鬼』だ。
 あれ程の『鬼』が偶然出現したとは考えにくい――『鬼』の活動に変化が生じている……その変化を引き起こしているのは、恐らく我々の……」

「鬼の手、か?」

「…………」



否定はしないが無言……つまりは肯定と言う事か。
確かに鬼の手は博士のカラクリ技術の集大成だとは思うが、だからと言って、此の鬼の手が『鬼』の活動に変化を齎したとは思えん……仮にそう
だとしても、鬼の手は切っ掛けに過ぎんからな。



「今は一体でも多く『鬼』を討て。其れが来たる戦いの備えになる。」

「そうだな。」

なれば先ずは本部の御役目を熟すとするか。



それでだ、今はどんな御役目が出ているんだ椿?



「色んなのがあるわよ?小鬼の討伐から大型の討伐までね……まぁ、近衛とサムライが協力関係を結んだ事で、御役目も大分スムーズに消化さ
 れるようにはなって来たけど。
 それで、ドレを受けるの?」

「そうだな……此のムクロマネキの討伐にしておこうか?寝起きの運動には丁度良さそうだ。序にお前も手伝え。」

「私が現役のモノノフとは言え、受付に『手伝え』って言ったのは貴女が初めてだと思うわ。」

「だろうな。」

残る面子は……真鶴と紅月だな。偶には女性だけで討伐と言うのも良かろう。



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そんな訳で椿、真鶴、紅月と共に雅の領域に赴き、早速討伐対象であるムクロマネキを見付けた……この前のウシヲキナと言い、雅の領域では
魚介類な『鬼』と縁がある気がしてならんな?
まぁ良い、焼き蟹にしてやるだけだ。



「卿は喰らうのか、アレを?」

「私は喰わん。丸焼きにしてアインスにやるだけだ。アイツは本気で『鬼』を喰っていたからな……そもそもにして、あの巨大な爪をどうやって揚げ
 たのか謎過ぎる。」

「其れは其れは……ですが、其れは其れとして気を引き締めて行きましょう!」

「行くわよ、おんどりゃあああああああ!!!」



そして戦闘開始だが、先ずは椿が突撃して渾身の突きを喰らわすと、紅月が奈落で追撃し、真鶴が一点集中の番え打ちで外殻を粉砕……中型
の『鬼』の部位は大型と比べれば可成り脆いな。
そして、外殻が無くなってしまえば身を守る鎧は無いので、十束と斬空に炎を宿した二刀流で滅多切りに……だけではなく、椿の連続突き、紅月
の繚乱、真鶴の集中打ちで一気呵成に攻め、ムクロマネキはあっと言う間に討伐出来たか。
中型の『鬼』をこうも簡単に討伐出来るとは、如何やら私達は可成り強くなっている様だな?……尤も、『鬼』から人の世を取り戻す為にはもっとも
っと強くならねばならんがな。

その後も様々な御役目を熟したのだが、何れも異界でのモノだった……恐らく里周辺での御役目は近衛とサムライが率先して受注したのだろう。
里を守る為には、里周辺に現れた『鬼』を倒すのが一番効率が良いからな……まぁ、そのおかげで異界での危険な御役目と言う貧乏くじだった訳
なのだが、これも鍛錬と考えれば苦でもないか。
簡単では、鍛錬にならんからな。








――――――








Side:九葉


……そうか。……では、確かに霊山君の命ではないのだな?



『はっ。 軍師・識の独断で事が運ばれたようです。
 半ば事後承認の形で事態が推移し、現在の状況に至って居ると思われます。』


「ご苦労だった……お前は引き続き敵の監視に当たれ。」

『承知しました。……如何かお気を付けて。』



識め、霊山君の命だ等と抜かしていたが、矢張り独断だったか……奴は底知れぬ不気味さと野心を秘めている故、何れこの様な事を起こすので
はないかと危惧していたが、まさかマホロバを狙って来るとはな。
さて、如何してくれたものか……



「九葉、霊山はなんて?」

「……やはり鼠が跋扈しているらしい。
 相馬、お前は一度霊山に戻れ。そして『百鬼隊』参番隊を呼び寄せろ。」

「俺の参番隊を?」

「敵は早晩動き出す。その前にこちらも態勢を整える。」

「しかし……貴方一人で大丈夫か?」

「なに、心配は無用だ。」

桜花と初穂、そしてアインスが護ってくれるからな……おい、アインスは何処に行った?



「アインスならば一度ウタカタに帰ったぞ……トキワノオロチとの決戦に備えてアーナスを連れてくると言っていた。序にウタカタでの御役目を適当
 に熟してくるとも。」

「そうか……アーナスを。」

異世界からやって来たと言う聖騎士を連れに行ったと言うのならば仕方あるまい……アーナスの力はアインスに勝るとも劣らんからな――トキワ
ノオロチとの戦いには必ずや役に立とう。と言うか、役に立ったからな。

識よ、貴様が何を企んで居るかは知らんが、貴様の野望が成就する事だけは決してないと断言してやろう――十年前のオオマガドキの時にシグ
ナムが空の穴に吸い込まれた直後に私は見たのだ、お前の野望が潰える様をな。
だが、だからと言って此のまま野放しにする心算は毛頭ない……識よ、貴様を捕らえたその時には、霊山で開発された拷問をその身で体験させ
てやろうではないか。

尤も、貴様の様な外道には、其れでも足りないかも知れんがな……!!











 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場