Side:シグナム
焔の一件が取り敢えず如何にか終わって、カラクリ部隊だけでなく、九葉に相馬に初穂、アインスに桜花もカラクリ研究所に集う事になったのだけ
れど、此れは些か窮屈ではないか?
そもそもにして、此処に此れだけの人数が入ると言うのが無理難題だと思うのだが……まぁ、其れは言わないお約束と言う奴なのだろな。
「……さて、では本題に入ろうか。お前達に一つ訪ねたい事がある。
トキワノオロチ。この名を耳にした事はあるか?」
「トキワの……なんだって?」
「トキワノオロチ。太古に文明を滅ぼしたと伝わる『鬼』だ。」
集まってそうそう、九葉が『トキワノオロチを知っているか』と来た。私には記憶が無いからそもそも分からないんだが、紅月が言うには『古い言い
伝えに出てくる名』で、『神話の時代に地上を蹂躙した』らしい。
霊山には古くからある言い伝えらしいが、椿曰く『其れは創作で、実際には数百年前に作られた、神話を元にした真っ赤な偽物』との事だが……
「……其れが偽物ではないとしたら?」
「……如何言う事だ、九葉?」
「太古の文明が存在し、其れを滅ぼした『鬼』が居たとしたら……そしてその『鬼』がこの地に復活しようとしていたら。」
「……暇潰しにはなりそうだ。」
「確かにな……って、そうじゃねぇだろアインス!其れがもし本当なら、穏やかじゃねぇな。」
時継の言う通り、其れが本当ならば穏やかな事ではないな?……太古の文明を滅ぼした『鬼』、若しかしたらオオマガドキもその『鬼』が引き起こ
したモノなのかも知れん。
だとしたら、そいつは一体どれ程の『鬼』なのか……想像も出来ん。――そして、九葉が言うのであれば、根も葉もない噂の類ではなく、何か確証
があればこそだろう。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務178
『軍師とカラクリ部隊の新同盟』
九葉の話では、以前から霊山内部には不穏な動きがあり、『鬼』の力を逆用して過去に遡って時間を改変する計画と言った益体もない計画が秘
密裏に進行しているとの噂があったらしい。
出鱈目と断じるのは簡単だが、私自身が十年の時を越えた存在なので否定する事は出来んな。
「現に時を越えた人間はいる。此処に二人もな。」
「二人?」
「シグナムと……他に居るの?」
「コホン……此処に居る初穂お姉さんがその一人よ!」
「初穂は四十年前から流されて来た。生まれたのは、アインスを除いて此処に居る誰よりも早い。」
「四十年前って……ちょっと待って、アインスを除いてって言ったわよね?アインスは何時生まれたのよ?」
「千年前だ。短い覚醒と永き眠りを繰り返して居たら、歳を取る事もなく千年が経過し、気が付けばモノノフになっていた。めでたしめでたし。」
……アインスが言っている事が冗談なのか本気なのかは兎も角として、初穂がまさか私と同じ時の迷子だったとはな。
しかし、私も初穂も未来へと飛んだ事になるのだが、九葉が言うには『未来には行けても、過去に飛んだ人間は居ない』との事……過去に飛べな
いのは、歴史の改変が出来ないようにする世界の強制力なのかも知れん。
「過去に飛ぶ事が可能なのか、其れは私には分からん。だが、『陰陽方』と呼ばれる組織は、出来ると信じているらしい。」
「陰陽方……?朧気に名前だけは覚えているような……?」
「……人道に外れた実験を行い、モノノフを追放された組織ですね。」
「そうだ。だが実態は違う。陰陽方は、まだ霊山内部に巣食っている。
陰からモノノフを操り、自分達の理想を実現させようとしている。」
思い出した……陰陽方、あの外道達か。
オオマガドキが起きていなければ、私を筆頭にした九葉直属のモノノフ部隊で滅していた連中だ……皮肉にもオオマガドキが起きたおかげで生
き残り、未だに存在していのか。
尤も、九葉も其れを野放しにしてはおかず、連中の拠点を潰していたらしいのだが、其の中で興味深い文書を見付けとの事だが、其処に記されて
いたのがトキワノオロチ、そしてマホロバの里だったとはな。
「偶然の一致……ではないな?」
「偶然ではなかろうな……この地の遺跡の存在、少なからず集まった情報と符合する。」
「なるほどな。其れでお前達はマホロバに来た訳か。」
「お頭選儀の序にな。西の要所にお頭が居ないのも問題だ。
何にせよ、この里で何かが起きようとしている……さて、何故私がこの話をしたか分かるか?」
「……協力しろと、そう言う事だろう九葉?」
「飲み込みが早くて助かるぞシグナム。流石は私の元部下だ。
……この里で何かあった時、お前達は私の手足となれ!其れが焔とやらを助ける対価だ!」
「……誰がテメェに助けてなんか……」
「分かりました、協力しましょう。」
「って、うおい!」
「貴方をモノノフに推薦したのは私です。最後まで面倒を見るのが責務です。」
焔は何時もの憎まれ口を叩こうとしたが、其れを隔てる形で紅月が協力を申し出て、焔も悪態をつきながら『しゃーねーな。』と言った感じで同意。
神無、椿、グウェンに時継も同意してくれた……後は貴女だけだが博士?
「……全員一致だ。お前に協力しよう、軍師・九葉。」
「……決まりだな。では、今から我々は同盟を結ぶ。」
最高の軍師である九葉と、マホロバの頭脳とも言える博士が手を組んだら、此れはもう最強かも知れん。アインス、桜花、相馬、初穂の四人も此
れからは九葉公認で私達と動く事が出来るしな。
同盟を締結した事でこの場はお開きとなったが、九葉はお頭選儀の準備で忙しくなるようだな……まぁ、仕切り直しをしなければならないしな。
其れで、夫々カラクリ研究所を後にした訳だが、如何かしたか博士?
「……『血濡れの鬼』、軍師・九葉と共闘か。如何にも妙な事になったな?戦力が増えるのは心強いが。」
「戦力が増えるに越した事は無いだろう?特にアインスは並のモノノフ千人位の力があるからな……正直な所、トキワノオロチとやらが復活した
としても、アインスが居れば何とかなるのではないかと思っている私が居る。」
「其れは私も少し思った……奴ならば、トキワノオロチの復活を知ったら嬉々として討伐に向かう気がしてならん。
まぁ、其れは其れとして事態が直ぐに動くと言う事は無いだろう。今日はもう帰って休め。暫くはモノノフの活動に専念するんだ。
職務を疎かにするなかれ。其れがモノノフの決まりだろ?」
「確かに其の通りだな。」
「そう言えば、グウェンは何処に行った?
慌てて出て行った様に見えたんだが……まぁ良いか。アイツは良く居なくなるし。じゃあ、確りなシグナム。」
良く居なくなるって、其れはマッタク持って良くないと思うのだが……博士の感覚は私達とは違うのだろう。――取り敢えず、色々あって疲れたの
で、今日は休むとするか。
そう思って家に戻って来たのだが……何だか妙な感覚がするな?此れは……?
――パシュン!!
何だ?此処は一体……?
『あー、やっと出られた!やっぱ外の世界は良いわ!』
「誰だ!?」
『貴女が私を助けてくれた人?』
私が、お前を助けた、だと?
『私は清少納言。ずばり、『枕草子』の作者よ!
『鬼』に食べられて散々だったけど、此れで晴れて自由の身!お礼に貴女に教えてあげるわ。開かれた扉の在り処を。
貴女の仲間も助けを必要としているみたいだし。さぁ、行きましょう。面白いモノ、沢山見よう!』
清少納言……あの魚の様な『鬼』を倒して手に入れたミタマか。
開かれた扉とは、異界にある瘴気の穴の事なのだろうが、私の仲間も助けを必要としているとは一体如何言う事だ?
――バシュン!!
っと、現実に戻って来たみたいだが、マホロバの里ではないな?……前に博士と共に飛ばされた時と同様に、今回はミタマとの交信を終えたら見
知らぬ場所に居たか。この雨が降っている景色……雅の領域か?
そして、あそこに見えるのは、瘴気の穴……?
「ななな……貴女は……!シグナム……何処から湧いたんだ!」
「グウェン?湧いたとは酷いな……私は台所に出没する黒光りするアレと同じ扱いか?其れに何処からと言われても、私にも分からんぞ。」
「分からない?……若しかして博士の言っていた……其れより、早く逃げるんだ!もうすぐビャクエンが……!」
「ビャクエン?」
其れは何者だと聞こうとした瞬間、空間に歪みが生まれ、其の中から巨大な何かが現れた……コイツは、前に安の領域でグウェンと出会った時
に現れた龍の様な『鬼』!コイツがビャクエンか!
「しまった……またしても……!逃げてくれ……シグナム!」
「悪いが、其れは出来ん相談だグウェン。モノノフたる者、『鬼』を前にして背を向けて逃げる事は出来ん……モノノフが『鬼』から逃げたら、其れだ
け人々の命が危険に晒される事になるのだからな。」
「貴女と言う人は……分かった。
少しだけ耐えてくれ、ビャクエンは時間が経てば消える。其れまで絶対に死んじゃダメだ!」
「言われるまでもない。敵と戦い華々しく散るもまた武士の誉と言うが、私はそうは思わん――死んでしまったら其処でお終いなのでな。
どんな無様な姿を晒そうとも、泥水を啜っても生き延びて守るべきモノを守る、それが私の騎士道だ!!」
其れに、時間が経てば消えると言うのであればその間を耐え凌ぐのは難しい事ではない……が、時間が経てば消えてしまうのならば、ビャクエン
を倒す事は永遠に出来ないのではないだろうか?
だとしたら何とも厄介な『鬼』だが……いや、今は目の前の敵に集中だな。
――轟!!
十束に炎を宿してビャクエンに斬りかかったが、堅いな。
身体を覆う鱗一枚一枚が、まるで鋼鉄で出来ているかのようだ……アインスならばそんな事お構いなしに強引に切り伏せてしまうのだろうが、生
憎と私にはあんな非常識な事は出来ん。
だが、一撃が効かないのであれば、手数で勝負するだけの事!!
そう思い、鞘との疑似二刀流で手数を増やそうとしたのだが、その瞬間に鞘の形が剣に変わっただと!?十束よりも細身の刀身を持つ剣……十
束よりも攻撃力は低そうだが、細身である分軽く攻撃速度で勝るか。
此れもまたソフィーが錬金術で十束を強化してくれた事による形態か……マッタク持って良い仕事をしてくれる!この二刀流ならば、ビャクエンの
堅い鱗にも太刀打ち出来る!
両手が塞がってしまうが、鬼の手は私の意思で使う事が出来るから問題はないしな……喰らえ!!
『!?』
鬼の手でビャクエンの足を掴んで引き摺り倒し、其のまま飛び掛かって鞘が変化した剣――斬空の逆手居合の連続斬りを喰らわせ、更に十束で
紫電一閃を叩き込み、腕を斬り飛ばす!
「グウェン!」
「分かってる!」
追撃として、グウェンが鬼の手を使って大きく飛び上がり、ビャクエンに向かって力任せの兜割りを叩き込む……剣を叩きつけた際の衝撃だけで
なく、落下速度にグウェンの体重、丁度身体を起こそうとした所に叩き込まれた交差法……中型の『鬼』ならば、此の一撃で絶命していた事だろう
な。
だがビャクエンは大型の『鬼』故に、此の一撃では終わらなかった……今の一撃が翼に炸裂して居たら部位破壊確定だったのだが。
しかし、此れだけの攻撃を受けたビャクエンは突如黒い空間が現れたと思うと、其れに吸い込まれるように姿を消した……確かに、時間が経てば
消えたな。
「良かった、無事で。
スマナイ……また、貴女に迷惑を……ミタマの力で此処まで来たのか?」
「恐らく、な。」
「本当に不思議な力だな……そうか、ミタマか。……なら、やらなきゃいけないな。」
「何を?と聞くまでもないな……あの瘴気の穴を塞ぐ。」
「あぁ、二人で出来るだろうか?」
「出来るかどうかはあまり問題ではない、やるかやらないかだ。……行くぞ。」
「あぁ!」
ビャクエンの事は気になるが、先ずはこの瘴気の穴を塞がねばな。今此処で塞いでしまえば、また改めて此処に来る事もないからな……博士に
は事後報告になってしまうが、目的を果たしたのならば問題はあるまい。
鬼の手を発動し、其れを瘴気の穴に向かって伸ばし――
『知りたい事はまだまだあるの!』
清少納言の声が聞こえた次の瞬間、瘴気の穴は消え去った……成功だな。
「やった!出来たぞシグナム!!何度見ても凄い力だな。」
「あぁ、本当にな……だが、だからこそ私達はこの力を正しい事の為に使わねばならない。これ程の力が悪用されたら、それは『鬼』以上の脅威と
なるだろうからな。」
「そうだな。
……シグナム、貴女を巻き込んでしまったのは此れで二度目だ。何時までも黙っている事は出来ない……聞いて貰えるだろうか?私の抱えた
事情を。」
「無論だ。仲間の抱えた事情を聞いてやるのもまた仲間の務め、そうだろう?」
「……ありがとう。
一度里まで戻ろう。話したい事が沢山ある。」
そうだな、落ち着いて話をする為にも一度里に戻るとするか……瘴気の穴を塞いだ事で此処が雅の領域における拠点となり、同時に跳界石も使
用可能になったみたいだからな。
此れを使えば里にも一瞬で戻る事が出来るが、今更ながら一体どのような原理になっているのか全く分からん……此れもまた、古のモノノフによ
って作られた異能の力の一つなのかも知れんな。
――――――
Side:アインス
トキワノオロチ……暇潰しにはなりそうだとは言ったモノの、太古の文明を滅ぼした『鬼』ともなれば、其の力はトコヨノオウやイズチカナタを遥かに
凌駕していると見て良いだろう。
となると、矢張り連れてきた方が良いな。
「桜花、初穂、相馬、私は一時ウタカタに戻る。」
「ウタカタに?」
「お前ならば瞬間移動であっと言う間だろうが、何故だ?」
「何か忘れ物?」
「忘れ物と言えば、ある意味で忘れ物かも知れん。」
トキワノオロチとの決戦に備えてアーナスを連れて来る。
その序に、ウタカタで幾つか任務を熟してくるから数日マホロバを離れる事になると思う……私がいない間、将達を、マホロバの里を頼んだぞ?
「あぁ、任された。」
「なるべく早く帰って来てよね?」
「何だ、アインスが居ないと矢張り不安か?」
「そ、そんなんじゃないわよ、此のトンガリ!」
「此れは角だ!何度も言わせるな!!」
う~む、なんか実に懐かしいなこのやり取りも。
それはさて置き、悪いがお前の力も貸して貰うぞアーナス……太古の文明を滅ぼした伝説の『鬼』と戦うには、破壊神の力だけでなく、夜の王の
力も必要になりそうなのでな。
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
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