Side:シグナム


焔に頼まれた通り、鬼の手と仕込鞭を墓に埋め、そして焔から話の続きを聞く事になったのだが……葵と言う者と別れてから直ぐにオオマガドキ
が起き、すっかり葵とやらの事も忘れていたらしいが……



「今から一年ほど前に、あの『鬼』が現れやがった。葵の声をさせながらな。
 最初はふざけた『鬼』だと思って逃げてたんだけどよ……暫くして妙な目に遭った。」

「妙な目、だと?」

「星がキレーな夜だった。
 俺は盗みがバレて、追ってきた連中を撒くために砂漠に逃げ込んだ……でも、何の準備もしてねぇからな、ソッコーで行き倒れた。
 意識が遠くなって、いよいよ年貢の納め時ってなった時だ、妙な感覚がして、俺は目ぇ覚ました。
 何とな、俺は例の『鬼』に乗った状態で移動してやがった……んで、水のある場所までくっと俺を其処で振り落として、俺が水を飲んで何とかな
 ったのを見ると、襲いもせずにどっかに行っちまった……妙な話だろ?」

「確かにな。」

『鬼』もまた、他の生物の様に空腹でなければ人を襲わないのであれば、その『鬼』が焔を襲わなかったのはまだ理解出来るとして、今の話を聞
く限りだと、焔を助けようとしていた様にも思える……『鬼』が人を助ける等と言う事があるのだろうか?
だが、その『鬼』から聞こえて来たと言う葵とやらの声、其れが若しも『鬼』に食われた葵本人の魂の声だとしたら、葵の魂が『鬼』を操って焔を助
けた可能性はゼロではないだろう。……焔自身は『アレが本人の声なのか、そうじゃねぇのか分からなくなった』と言っているがな。



「しっかし分からねぇもんだよな。アレが本人だったとして何がしてぇのか……テメェは如何思うよ?」

「其れは……流石に分からんな。」

「そりゃそうだわな。
 ま、如何でも良いか。どの道死罪にされちまったら関係ねぇ……話は此れで終わりだ。死ぬ前に話せてよかったぜ。
 もう寝ろよ、夜更かしは身体の毒って言うぜ?じゃあな、シグナム。」

「……あぁ、そうしよう。」

口ではあぁ言っているが、みすみす死罪になる心算など毛頭ないだろうに……本気で死ぬ心算だったら、鬼の手も仕込鞭も如何でも良い筈だ
からな?
にも拘らず禁軍から取り返させたと言う事は、お前はまだアレを必要としていると言う事だ……仕掛けるとしたら明日だな。
明日に備え、私も今日はもう休むとするか。











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務176
失踪事件の真犯人は大型の『鬼』!』










そう思って自宅に戻って来たのだが……家の中に入った瞬間に妙な気配が……此れは?



『頼む……逃げてくれ……もう……抑えてらいられない……!焔と……逃げろ!!』



今のは!焔と逃げろ、だと?
如何する?戻って焔に今の事を伝えるか?……いや、明日の朝仕掛けるのであれば、焔も今の内に充分な睡眠をとっておいた方が良い筈だ。
伝えるのは、明日にした方が良いだろう……焔が仕掛けたら、私も動く事になるだろうからな。――其れに、色々あって今日は疲れたのも事実
故、もう寝た方が良いか。



……そして、夢を見た。
その夢の中で、私は大陸の青龍刀の様な武器を持った屈強な男と戦っていた……互いに己の誇りを掛けた退く事の出来ない戦いだった。最終
的に勝ったのは私だったが、男は最後まで騎士の誇りを貫き、自らの相棒である小さな少女を私に託して逝った様だった。
此れも私の失った記憶の一部だと言うのならば、私は騎士の誇りを最後まで貫いた男と、満足のいく戦いが出来たのか……その記憶を失って
しまっていたのは、何だか悲しい事だな。



で、翌朝。
『囚人が逃げたぞ!』との声が聞こえた……焔め、仕掛けたか。……だが、私に声も掛けずに行くとは一人でケリを付ける心算か?……だとした
ら本物のバカだなアイツは……!
巻き込まないようにとでも考えたのか?……マッタク、私達は仲間なのだから巻き込んでくれて構わないのだがな!
さて、如何したモノか。



「……よう。シグナムだったか?」

「お前は……禁軍の雷蔵だったか?何用だ?」

「……焔の野郎が逃げやがった。」

「だろうな。」

「あん?まるで野郎が逃げるのが分かってたような口ぶりだな?……まさかお前……」

「妙な勘繰りはするな、ただ予想していた事が起きたに過ぎん。
 焔は盗賊だ、ならば縄抜けをして脱出する事は造作もない事だとは思わんか?……私が焔を捕らえておくとしたら、鉄の鎖で拘束し、更に閉じ
 込めている場所の外壁を空気穴付きの鉄板で覆う位の事はするだろう。
 逃げられたのは、所詮お前達の警備が甘かっただけの事。」

「……ち、言ってくれるぜ。
 だが、まだ遠くに入ってねぇ筈だ……周囲は異界、逃げられる場所も限られてる、必ずとっ捕まえてやるぜ。」

「ふ、精々頑張るがいい。」

少しばかり煽ってしまった感が否めないが、コイツ等の事はハッキリ言って好かん……状況証拠だけで焔をしょっ引いたと言うのも気に入らんか
らな――騎士としてはあるまじき行為かもしれんが、態度が刺々しくなってしまうのは仕方なかろう。
とは言え、私としても禁軍よりも先に焔と合流する必要がある……取り敢えず、博士――いや、紅月に相談してみるか。
そう思って、紅月を探していたのだが、なんと私の家の前に居た……紅月だけでなく、神無と博士も一緒だったがな。紅月も私に用があったと言
う事か。



「まさかこんな事になるとは……シグナム、焔から何か聞いていませんか?此のままでは、恐らくもう二度と……」

「其れなのだがな……」








――昨晩の事を紅月達に説明中だ。……天狐でも愛でて待っていてくれ。








「全て、『鬼』の仕業?焔がそう言ったのですか?」

「あぁ、少なくとも焔は誰一人殺してはいない……奴からは、人殺し特有の血の匂いはしないしな。」

「……行きましょうシグナム、焔を連れ戻しに。全てを明らかに、無実の罪を晴らすのです。」

「だが、どうやって追う心算だ?」

「其れは……」



……確かに、焔を追うにもその手段がないか……人員が潤沢にあるのならば人海戦術で虱潰しに探す事も出来るが、生憎カラクリ部隊は少数
精鋭故其れは出来ん。
近衛とサムライに協力を頼むのも現状では難しいだろうな……禁軍が近衛とサムライの動向に目を光らせている今、マホロバ一謎集団であるカ
ラクリ部隊に協力するのは禁軍にはあまりいい印象を与えないだろうから。



「お困りの様だな将、ならば私を使え。」

「アインス?……ってお前、其の手にしてるのは何だ?」

「今し方狩って来たムクロマネキの爪揚げだ。久遠に作って貰ったのだが、食べるか?」

「いや、遠慮しておく。」

ムクロマネキの巨大な爪を丸揚げにするとは、久遠は一体どれだけ大きな鍋を持って居ると言うのか……ではなく、お前を使えとは如何言う事
だアインス?



「私が瞬間移動を使える事を忘れるなよ将。
 焔の気配は覚えているから、其れを探る等造作もない事だ。」

「何だ、お前はそんな事も出来るのか?焔の鬼の手の反応を追おうと思っていたのだが、面倒な手間が省けたな。」



博士、確かにそうかも知れないが、その言い方は如何かと思うぞ?人前で『面倒な手間が省けた』と言うのは、あまり言うべき事ではないと思う
からな。まぁ、其れが博士だとも言えるのだが。
其れで、如何だアインス?



「……見付けた。
 だが、此の方角は雅の領域がある場所だ、何故そんな所に居る?」

「……まさか、『鬼』を討ちに?――シグナム今すぐ行きましょう!焔が危険です!」

「あぁ、急ごう。」

「今なら未だ間に合います。アインス、お願い出来ますか?」

「俺も行こう。アイツには借りがある。」

「私は焔が戻った時の為に根回しをしておこう。」

「裏方は任せるぞ博士。それじゃあ私に掴まれ。」



紅月だけでなく神無もか。此れは頼もしいな――まぁ、アインスが瞬間移動で連れて行ってくれる時点で頼もしい事この上ないのだが、取り敢え
ず合流したら焔の事は、一発殴っておくか。
私達に何も言わずに一人で全てを背負おうとしたと言うのは、仲間としては少しだけ許せないからな……私達に頼らなかったと言う事だしね。
アインスに掴まり、そして……



――シュン!



あっと言う間に焔のもとに到着だ。
マッタク、少しばかり仕事が早すぎないか焔?



「テメェ等……何だってこんなとこにいんだよ?」

「お前こそ何をしている?たった一人で、私達に何も言わずに何をしているんだ?」

「少しばかりやる事が出来ちまったんだ……テメェ等、俺を追って来たのか?」

「あぁ、其の通りだよ……焔、この馬鹿野郎!!」



――バキィ!!



「あべし!テメ、何しやがるシグナム!!」

「何をするだと?其れはこっちのセリフだ!
 お前の方こそ私に何も言わずに何を勝手な事をしている!お前はカラクリ部隊の一員で、私はカラクリ部隊の隊長だ……隊長である私に何も
 言わずに此れだけの事をしたのだ、此れ位の制裁は当然だろう!!」

「ぐ……其れを言われると何も言えねぇ。
 まぁ、テメェが此処に居るのはカラクリ部隊の隊長として当然って事か……紅月も似たようなもんだろ。……だが神無にアインス、何だってテメ
 ェ等は此処に居やがる?」

「珍しい『鬼』が居ると聞いたんでな、俺にも相手させろ。」

「正直、昨日消化した任務では喰い足りん……我が六爪流は、『鬼』の血に飢えているみたいでな。」

「剣術馬鹿と戦闘馬鹿か?……ま、そう言う事なら良いぜ。確かに一人じゃきちー相手だ。」



恐らく、相手は大型の『鬼』だろうからね。
今すぐにでも件の『鬼』を退治したいのだが、焔の鬼の手に博士からの通信が入り、詳細を博士達に伝える事になった――時継は『ヒヨッコの身
の上話なんぞ聞きたくもねぇ』と言っていたが、グウェンが『その割に通信機にかじりついているな』と言っていた辺り、心底では焔の事が心配な
のだろうな。
で、焔も事の詳細を説明したのだが、理由は分からないが暗闇の中を移動する『鬼』に付け狙われており、行く先々にくっついて来て、気が付け
ば失踪事件の下手人扱いされていた、か。
しかも、闇の中を自由に移動して人を食う、そして巫女の結界も関係ないと来た……マッタク持って厄災そのものだなその『鬼』は。
速いところ見つけ出して倒さねば、また新たな犠牲者が出てしまうだろう。……と言うか、矢張り完全に焔は濡れ衣だった訳だ。



「最初からそう言ってんだろ!」

「……何故その話をしなかったのですか?」

「そりゃ、盗賊なのは本当だからな。どの道捕まっちまうだろ。連中が俺の話を信じるとも思えねぇ。
 其れより如何すんだ?付いてくんなら早く行くぜ。」



あぁ、そうだな。行くとしよう。
……と、如何かしたか紅月?



「…?……お頭?」

「よせ紅月……!」



――ピシュン!!



「「「「!!!!」」」」


此れは、紅月が消えた!?
私が転移する時に似ているが……今のは一体――まさか、今のが『馴染みのある者の声を真似て獲物を黒い穴の中に誘き寄せる』とい奴か?
だとしたら、紅月が危ない!!



「バカヤロ……追うぜシグナム!痕跡ってやつを追うんだよ!今なら未だ間に合う!」

「あぁ、勿論だ……と言いたいところだが、お前の瞬間移動で如何にかならないかアインス?」

「そうするのが手っ取り早いのだが、紅月の気配を感じる事が出来ない……恐らくは件の『鬼』は、獲物の気配を遮断し他の者に悟られないよう
 にする事が出来るのかも知れん。」

「く、ダメか。」

瞬間移動に頼れないのであれば、痕跡を追うしかないな。
なので、痕跡を追って領域内を進んでいる……道中の『鬼』は、現れた瞬間にアインスに虐殺されているからマッタク問題ない。……寧ろ高笑い
しながら『鬼』を虐殺するアインスが、少しだけ怖かった。
なので、苦労する事無く痕跡を追い、そして辿り着いた先には紅月が居た……如何やら無事の様だな。



「生きてたか……オイ、確りしろ。」

「……此処は?」

「野郎の餌場だ。此処で獲物をゆっくり喰うんだろうよ。」




『フフフ……アハハハハ……!!』

「この声は……!」

「来るぜ……!!」



――ギュオォォォォォォォン……



『ギョワァァァァァァァァァ!!』




だが、紅月の無事を喜ぶ間もなく、不気味な笑い声が聞こえたと思ったら、大型の『鬼』の登場だ。
ナマズの様な身体に手足が生えた何とも奇妙な見た目だが……此れが焔の言っていた『鬼』か!……アンコウではなくナマズに似ているから、
予定を変更して七つ道具に解体するのではなく、三枚に下ろした後に切り身にして天婦羅にしてやるとするか。



「久しぶりだなオイ。今度ばかりは逃がさねぇ……いい加減うざってぇんだよ。年貢の納め時だぜ、クソ『鬼』野郎!」

「戦えるか、紅月!」

「大丈夫……やれます!」

「中々に食い甲斐のありそうな奴だな……今宵のアテはナマズのかば焼きで決まりだ。」



いざ戦闘開始だ。
全員が近接武器だが、完全な接近戦はアインスと神無が担当し、広い間合いで戦う事が出来る私と焔、紅月は中距離攻撃担当と言った感じで
行くのが最良だな。
昨晩聞こえた声は、『焔と共に逃げろ』と言っていたが、生憎と私も焔も逃げん……この『鬼』を討ち、そして焔の無罪を証明してやるからな!!



――轟!!



「!?」

な、何だ此れは?十束に炎が……



「如何やら、ここに来てお前の本来の力の一端が戻ってきたようだな将?
 お前は元々炎を操る力をその身に宿していた……此の世界に来て、其の力は失われていたようだが、『鬼』と戦う内に少しずつ力を取り戻して
 行き、此処に来て其の力を取り戻したらしいな。」

「炎を操る力……」

「故に、お前は『烈火の将』なのだ。……その真髄、奴に叩き込んでやれ。」

「私の真髄を……分かった!」

正直、雨が降っている雅の領域では、炎は其の力を発揮できないように思うが、巨大で強大な炎ならば雨程度では消えん……寧ろその熱によ
って雨を蒸発させてしまうだろう。
そして、更なる計画変更だ……焔に濡れ衣を着せた『鬼』よ、貴様は天婦羅ではなく丸焼きにしてやる。……覚悟するのだな。








――――――








Side:雷蔵


ったく、識に言われて一緒にマホロバに来てみりゃ、内乱は九葉に否定され、連続失踪事件の下手人として捕らえた焔には逃げられると、マッタ
クもって散々だぜ。
しかも、シグナムって奴には『逃げられたのは禁軍の落ち度だ』とまで言われちまった……あの女、俺等が焔を捕らえたのが心底気に入らねぇ
って訳か。
禁軍は嫌われ者だから、あぁ言うのには慣れてた心算だったんだが、あそこまで露骨に態度に出されると、ちぃと堪えるモンがあるな。

しかし、考えれば考えるだけ今回の禁軍の派遣は謎が多いな?……てか、識の野郎はそもそもどうやってマホロバの内乱を知りやがった?
少なくとも俺が知る限り、ここ数日霊山を訪れた奴は居ねぇ……コイツは何とも臭いな?……識の野郎に気取られねぇように、少しばかり調査し
た方が良いかも知れねぇ。
識が何を考えてるかは知らねぇが、禁軍が識の思惑の為に利用されてるなんて事は、あっちゃならねぇ事だからな。











 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場