Side:シグナム


取り敢えず御役目を一つ消化したので、その報告の為に博士の研究所にやって来た訳だが……



「何だ、随分と早いなシグナム?思ったほど任務は出ていなかったか?」

「いや、其れなりに任務の数はあったのだが、私達がヒダルを撃破している間に、他の任務は全てアインスが消化してしまったらしくてな……里
 に戻って来た時には受注できる任務が無くなっていた。」

「……マジか?」

「マジだ。」

「アインス……奴は本気で何者だ?
 サムライに属する翡翠と琥珀の姉妹から聞いた話では、倒れ伏した鬼を片手で掴んだ挙句に紅蓮の炎で焼き殺したとも聞く……こう言っては
 何だが、大概アイツ一人で何とかなるんじゃないのか?」

「其れは否定しない。」

アインスの強さはモノノフの常識を遥かに超えて、段違いどころではなく桁違いの領域だからな――一般的なモノノフの強さが千ならば、アイン
スの強さは十万はあるだろう、其れだけの存在なんだアイツは。



「カラクリ石の結晶を百個位使えば、アイツと同じ強さを持ったカラクリ人形が作れるか?其れを大量生産できれば『鬼』との戦いも可成り楽にな
 りそうだが……いや、故障して暴走したら誰も止められなくなるから辞めておいた方が良いな。
 まぁ、其れは良いとして、里は少し落ち着きを取り戻したが……どうも妙な事件が起きてな。
 お前が居ない間に、禁軍の兵が一人行方不明になった。」

「禁軍の兵が?」

「其れに関して、軍師・識から話があるらしい。岩屋戸に行って話を聞いて来るんだな。」

「識……」

あの胡散臭い男か……『聞いて来るんだな』とは、例によって博士は自分は動かず、私に聞いた事を報告させる心算なのだろうな?人使いが
荒いと言うかなんと言うか。
だが、禁軍の兵が消えたと言うのは確かに見捨ててはおけん……若しもそんな能力を持った新たな『鬼』が現れたとしたのなら、それは一大事
だからな。











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務175
禁軍兵士殺害事件!犯人は焔!?』










岩屋戸に行くと、既に私以外のカラクリ部隊、八雲率いる近衛部隊、刀也率いるサムライ部隊と九葉とアインスが集まっていた……何となく、本
当に何となくなのだが、アインスは九葉が連れて来たような気がする。『面倒事が起きた時の為にお前も来い』とでも言ってな。
何と言うか、九葉とアインスの間には確かな『信頼関係』があるように思える……其れは、九葉がアインスに『絶対に口外にするな』と言った事
が関わっているのかも知れないが。
さて、来たのは私が最後だったようで、識が『全員集まったな』と言ったから、話とやらが始まるみたいだな。
先ずは主かぐやが『話とは何なのだ?』と聞いたのだが……



「諸君等に集まって貰ったのは他でもない。
 禁軍の者が一人行方不明になっていた件で問い質したい事が有る。――つい先程、そやつの死体が上がった。」



博士の言っていたように行方不明となった禁軍の兵の話――と思いきや、まさかその兵が死んでいたとは……私が任務に出ている間に行方
不明となり、そして死亡するとは……何とも妙な話だな?
雷蔵が言うには、川辺に浮かんでいたのをサムライ部隊が発見したらしいが、死因は不明で外傷は全く無い……魂だけを巧い事抜かれた、そ
んな感じとの事。
更にこう言った死体は、霊山で起こっていた連続失踪事件の時に見つかった死体とそっくりとの事……魂だけを抜き取ると言うのは『鬼』の仕業
とも思えるが、雷蔵も識もそうは思って無いみたいだな?



「もっと早く気付くべきだったぜ……こん中に、その下手人としてお尋ねモンになってた男が居る。」



この中に、だと?



「……やっべ。」



って、其れはお前か焔!?
八雲も驚き、『そんな者が此処に居る筈が……』と言っているが、雷蔵が『手配書の顔と間違いねぇ。此処で会ったが百年目ってなぁ、盗賊・焔
』と言ってくれた……なので当然全員の視線が焔に集中する。まぁ、当然だな。



「ちょ、ちょっと……焔って……!」

「焔がその様な事をする筈がありません!少し馬鹿ですが、善悪の分別は付いています!」

「そうだな、元盗賊で禊の時間すら守れない馬鹿だが、人として越えては行けない一線だけは分かっているから、そんな事はせん。ドレだけ馬
 鹿であってもな。」

「紅月、シグナム……擁護してんのか貶してんのかどっちだそりゃ?」



一応擁護してる心算だが……お前から弁明はないのか焔?九葉も『弁明せねば拘束されるだけだ、それで良いのか?』と言っているが……



「ま、しゃーねーわな。」

「ほ、焔……何を言っているのだ……?」

「では、認めるのだな禁軍の兵士を殺した事を。」

「んな事するかよタコ。つっても、説明した所で信じねぇんだろ?」

「ネタは上がってる、しらばっくれても無駄だぜ。大人しくお縄を頂戴しな!」

「悪いなシグナム……此処等が潮時らしい。」



焔は捕まる気らしいがそうは行くか!

「異議あり!!
 博士から聞いた話では、禁軍の兵が居なくなったのは私が任務で里を開けていた間との事――だが、その時間、焔は私、グウェン、神無と共
 に任務に出ていたから、禁軍の兵を殺すのは物理的に不可能だ。」

「お前さんが受けた任務が全部コイツと一緒だったのか?」

「全部も何も、私が受けた任務は一つだけだ……他の任務は、私達が一つの任務をこなす間に、其処に居るアインスが全部終わらせた!」

「何だと?」

「其れは本当か?」

「嘘でしょ?」

「アインスならば、出来てもオカシクはありませんが……」

「ん?あぁ、本当だよ。
 中型のヒダルの討伐任務は将が受けてしまったのでね、私は小型の『鬼』の討伐任務を受けたんだが、小型の『鬼』など五秒も有れば滅殺し
 てしまうのでね、結果として将が受けた以外の任務は全て私が消化させて貰った。
 地上最強生物である此の私に挑んで来た事に敬意を表して、全力全壊のスターライト・ブレイカーで滅殺してやったがな。」



私が常に焔と一緒に行動していた訳ではない事を指摘して来たが、私と焔が一緒に行った任務は一つだけで、他の任務は全てアインスがやっ
てしまったと言ったら、識も雷蔵も『信じられない』と言った顔をしていたな……紅月だけはなんか納得していたが。
だが、今回の件は兎も角として、焔は中央では有名な盗賊だったらしく、今から半年前に霊山に現れ、其れと時を同じくして連続失踪事件が起
こって、失踪現場では決まって焔が目撃されていたと言う事で連行されてしまった……今回は無関係であっても、過去の事件での関連は否定
出来ないと言う事か。



「状況証拠だけで疑うと言うのですか?」

「状況証拠と言うのは尤も冤罪を生む要素になる……決定的な物的証拠は?」

「其れも調べりゃ分かる。兎に角、捜査させてもらうぜ、九葉さんよ。」

「……罪人の改めは禁軍の権。お前の気の済むようにやれば良い。だが、予断を持って事を運ぶなよ?」

「了解。」



あくまでも焔は拘束するか……此れは此処で此れ以上何を言っても無駄みたいだな?九葉も、あまり深く突っ込む気はないようだ――それで
も私に『お前はお前のやりたいようにやれ』とでも言うべき視線を送って来てくれたがな。
なら、その言葉に甘えて私のやりたいようにやらせてもらうとしようか。

取り敢えず、博士の研究所に戻って、事の経緯を話したら、時継は『何の冗談だそりゃ?』と驚いていた……表情が変わらないので、声色で判
断したに過ぎないがな。
神無も『胡散臭いな?そんな事をしてアイツに何の得がある』と懐疑的だ。椿は『ただ盗賊として手配されてたって』と言い、グウェンは『禁軍は
霊山の治安を司る警察組織で、罪人の追跡なんかもやっていた筈だ。手配書が出回っていたのなら信憑性は高いと思う』と言う……確かにそ
うなのかも知れないが……私には到底信じられん。



「シグナム……彼が人を殺めたと言う事はないと思います。」



其れは紅月も同じだったようで、焔が人を殺めたと言う事はないと言う――博士が『如何してそう思う?』と聞くと、紅月は、焔が里にやって来た
時の事を話してくれた。
何でも焔は、食料を奪おうと里に盗みに入ったらしい……何と言うか、弁明出来ない位の立派な盗賊だなそれは。椿と神無も同じ事を思ったみ
たいだがね、紅月としては私達の反応は想定の範囲内だったのが、特に咎める事はなく、『重要なのはその後です』と言って来た。



「焔は近衛の兵に見つかると、大立ち回りを演じながら里の中を逃げます。私に組み伏せられるまで、その逃走劇は続きました。
 ですがその間、焔は誰一人傷付けていません。――腰の仕込み鞭を使えば、簡単に食料を奪って逃げられた筈なのに。
 でもそうしなかった……焔は無闇に人を傷付けない。それが私の経験に基づく判断です。」

「成程な……」

確かに仕込み鞭を使って近衛の兵を、殺さずとも追って来れなくなる位の状態にしてしまえば逃走も楽だった筈だ。……神無が、『確か前に殴
られたけどな。』と言っているが、アレはお前に活を入れると言うか、激を飛ばすとかそう言う目的があって、只の暴力ではないから違うだろ。
紅月も『其れは其れとして』と言ってるし。



「……だが、時間がない。」

「時間がない、とは如何言う事だグウェン?」

「シグナム、貴女は記憶を失っているから禁軍の事も良く知らないだろう?
 禁軍には罪人を裁く権利がある……このまま放っておいたら処刑されてしまう。」

「処刑だと?物的証拠がないのに処刑など出来る筈がない……!」

「そうとも言えんぞシグナム?
 禁軍の取り調べは一切外には明らかにされんからな……乱暴な言い方をすれば証拠など幾らでも後からくっつける事は可能だ。――実際に
 過去には、禁軍にとって邪魔だった外様のモノノフをでっち上げた罪で処刑した、なんて事もあったらしいからな。
 尤も、流石に其れは霊山でも大問題になり、禁軍の取り調べには必ず霊山軍師が同席するようになったのだが……その霊山軍師の方が己
 の目的の為に禁軍を利用していては話にならんがな。」

「博士……其れはつまり、焔の一件に関して言うのならば禁軍の目的と識の目的が合致している可能性があり、その目的の為に……」

「そう言う事もあると言う話だ。
 取り敢えず、本人に話を聞くしかないだろ。――焔が拘束されている場所を掴んで話を聞け。夜が更ければ警備も緩む。任せたぞシグナム。」

「了解した。」

とは言え、焔が拘束されている場所など皆目見当も付かんのだが……禁軍の連中は近衛の宿舎を使っている筈だから其方の方だとは思うの
だが、取り調べが宿舎で行われているという確証はない。
隠形が得意な奴が居れば、そいつに探らせるのだが……



「……お困りの様だな将よ。」

「!?」

「この声はアインスですか?」

「何処に居やがんだ?」

「此処だ!!」



って、錬成窯の中からアインスが!……お前、そんな所で何をやっているんだ?



「いや、瞬間移動に少し失敗してしまってな……お前の前に現れる筈だったんが、少しずれてこの中に転移してしまったよ。と言うか、此の場所
 は色んな気配が入り混じっていて、将の気配だけを感じ取るのが難しかった。」

「……普通に歩いて来ればよかったんじゃないのか?」

「瞬間移動ってのは便利でな。任務の時も討伐対象が大型の『鬼』の場合、その『鬼』の気配を探って瞬間移動すれば、領域内を探し回る必要
 が無くなるしね。
 って、其れは如何でも良いんだ。将よ、焔が居るのは鬼内の居住区ではなく、外様の居住区だ……ハッキリとした場所までは分からないが、
 外様の居住区に居るのは間違いない。」

「外様の……」

「……九葉に話を聞いてみるのも良いかも知れないぞ?九葉は意外と判官贔屓だからね。」



九葉にか。
確かに九葉ならば何か知ってるかも知れない――と言う事で、鬼内の居住区で九葉に話を聞いたのだが、『あの男の居場所?……其れを私
が教えると思うか?』と言われてしまった。
しかし、『尤も私も人間だ、独り言位は言うかもしれん』と前置きしてから、『外様側の居住区近くに、禁軍が警護している建物がある様だが、あ
れは一体何なのだろうな?……いやはや分らぬ』と言ってくれた……成程、私に個人的に教えたとあれば問題になるかも知れんが、お前の独
り言を偶々私が聞いたのであれば仕方ないと言う事か。
では、私も独り言を言おう……感謝するぞ九葉。



「さて、何か聞こえた様だが……独り言に一々構っても要られぬな。」

「そうだな、私の独り言だ。気にしないでくれ。」

「ふ……記憶を失っても人の本質は変わらぬか……何処までも律儀な奴だ。」



?九葉が何か言っていたみたいだが、小声だったので聞き取れなかったな。
取り敢えず九葉の『独り言』を頼りに、外様の居住区までやって来たのだが……確かに禁軍の兵が警護している小屋があるな?其れこそ居住
区の何処にでもありそうな小屋だが、逆に其れが目立たないと言う訳か。
警護の兵にしても、傍から見たら小屋の前で雑談をしているようにしか見えんからな……真鶴や刀也は気付いているかも知れんが。
取り敢えず、今は夜が更けるのを待って、警備が手薄になったら建物に近付いて焔に話を聞いてみるとするか。








――――――








Side:焔


ったく、まさか禁軍が手配書持ってやってくるとはついてないぜ……だが、俺が霊山での連続失踪事件に全くの無関係かって言われると、否定
は出来ねぇんだよな。
俺は殺しちゃいねぇが……



『焔……一緒に行こう。』



またこの声か……失せろ、殺すぞ。



『……アハハハハハハ……』



ったく、参ったなこりゃ。
……ん?誰かこっちに来てやがるな?足音は忍ばせてるみたいだが、盗賊だった俺からすれば消し切れてねぇんだよ――誰か居んのか?



「私だ、シグナムだ。」

「何だ、テメェかよ……表の連中にばれても知らねぇぞ?ったく、人をこんな所に閉じ込めやがって。おいタコ!さっさと出せよ!
 ……無視かよ、つまらねぇな。……んで、テメェは何の用だ?悪いが俺が盗賊だってのは本当だぜ。」

生きるために盗む、其れがガキの頃からの日常だ。
こちとら孤児なんでな……オオマガドキが起きても、其れが変わる訳じゃねぇ。一人里を巡っての盗人暮らし……アレはアレで悪かねぇ。
……其れより気ぃ付けろよ?禁軍の兵士が殺されたやつな……ありゃ『鬼』の仕業だ。








――――――








Side:シグナム


夜も更け、警備が手薄になった所で、件の小屋に近付いたら、其の小屋の中に焔は居た――焔が盗賊だと言うのが本当なのは兎も角、禁軍
の兵が死んだのは『鬼』の仕業だと?



「提灯アンコウって知ってるか?」

「アンコウ……確か深い海に住んでる魚だったか?
 見た目は可成り醜いが、その身は美味で、特に鍋物にすると良いらしいな?あと、アンコウの肝は特に美味で、酒の肴としても最高だとか。」

「妙に詳しいなオイ。
 アンコウってのはお前の言う通りの魚だが、中でも提灯アンコウってのは頭に竿みてぇのが付いてて、その竿を光らせて獲物を誘き寄せる。
 あの『鬼』も同じだ。馴染みのある奴の声を真似て、獲物を黒い穴の中に誘き寄せる。んで、魂を食ったら死体を捨てる。
 其れが、禁軍の死体の真相だ。」



何と……全ては『鬼』の仕業だったのか。
だが、そうなると霊山での連続失踪事件の際、何故お前はその場に居たのだ焔?



「俺の場合、葵って野郎の声が聞こえて来る。――ガキの頃のダチだ。チビだが頭の良い野郎だった。
 俺と同じ孤児で、何度か一緒に組んで盗みをやった――だが、質の悪い連中の手下でよ、盗みに入った先で一家皆殺しの畜生働きをやる連
 中だ……其れが嫌になったらしくて、足抜けしてぇとか言ってやがった。もう殺したくねぇとかピーピー言うからよ、逃げんのを手伝ってやろうと
 したんだよ。
 でもな……結局アイツは約束の場所に来なかった――ビビっちまったのか、バレて殺されたのか、どっちにしろそれっきり会う事はなかった。
 俺が十三のガキの頃の話だ……今頃どうしてんだが。」

「……私の質問の答えになってない気がするのだが?」

「だろうな、俺だって答えてる心算はねぇ……んだが、この話には続きがあんだよ。でもって、その続きにお前が知りたい内容も含まれてるって
 訳だ。
 聞きたきゃ一つ頼まれてくれねぇか?」



そう来たか……良いだろう、私は何をすれば良い?



「俺の仕込み鞭と鬼の手、墓の所に埋めといてくれよ。どうせ死罪にされちまうんだ、馴染みの武器くらい形見に持ってきてぇ。
 頼んだぜ、シグナム。」

「分かった。」

お前の考えが読めたぞ焔。
お前は自らの手で身の潔白を証明しようと言うのだな?警備が手薄になれば、盗賊であるお前が其処から脱出するのは朝飯前だろうからね。

なので、雷蔵から焔の仕込鞭と鬼の手を奪還して、墓に埋めた――もっと難航するかと思ったが、『元々は此方のモノだ』と言ったら、アッサリと
返してくれたからな。
さて、やるべきことはやったぞ焔?



「首尾は上々ってか?流石、頼りになるぜ。約束通り、『鬼』の話の続きをしてやるよ。」

「あぁ、聞かせて貰おう。」

そして聞いた後は、お前の脱獄と身の潔白の証明だな――霊山で起きた連続失踪事件が 『鬼』の仕業であるのに、焔が処刑されると言うの
は理不尽極まりないからな。
騎士として、そんな理不尽を見過ごす事は出来ん……何より、私自身が理不尽と不条理が大嫌いなのでな――この事態を引き起こした『鬼』を
探し出して討伐せねば気が済まん。
我が友が要らぬ疑いを掛けられる切っ掛けとなったと言うだけでも業腹モノだからな……焔曰く『アンコウみたいな『鬼』。』らしいから、見つけた
ら七つ道具に解体して喰らってやっても良いかも知れん。

なんにせよ此度の一件、一筋縄では行かないようだな。













 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場