Side:シグナム
戦の領域の瘴気の穴を塞ぎ、里に戻って禊を終え、博士に報告しようと思ってカラクリ研究所のある丘まで来たのだが……こんな所で何
をしておられるのですか主かぐや?
「お主か……久しぶりだな?元気にしていたか?」
「其れは勿論。見ての通り、息災です。――主かぐやは何故ここに?」
「また抜け出して来たのだ。作家を目指す者は、広い世界を見ねばな。――椿は如何している?悲しみから立ち直っただろうか?」
神垣ノ巫女として大変な職務にあって尚、我等モノノフの事を気に掛けて下さるとは、主かぐやの器の大きさに感服いたします――取り敢
えず椿は元気なので安心してください。
大型の『鬼』が現れたら誰よりも早く向かって行く事でしょう――『おんどりゃぁぁぁぁぁ!!』とね。
「そうか、良かった。……皆、立派だなシグナム。
誰もが自分の足で立って、己の信じるモノの為に戦っている。だが私は……私には何もないのだ。自ら勝ち取ったモノを持たない。
周囲に与えて貰うだけで、私自身は何も成して来なかった――其れは、とても恥ずかしい事だ。
だからこそ、今は作家になりたいと望むのだ。其れだけは、私が胸を張って言える、己の意思で勝ち取った目標だから。」
「その目標は大事になさってください。きっとなれますよ、貴女ならば。」
「ありがとう。だが、現実は待ってはくれぬようだ。
…………あれからずっと考えていたのだ。如何やったら、皆を平等に守れるのか……私の結界では鬼内しか守れぬ。外様の居住区は
相変わらず丸裸だ。
この不平等は、鬼内と外様の対立の原因にもなっている。」
「はい、存じております。」
そしてお頭選儀が始まった今、その対立は更に激しくなる事も充分に予想出来るでしょう……何か良い手はないモノかと思うのですが。
…………主かぐや、もういっその事、皆が一緒に暮らしてしまうと言うのは如何でしょう?
「は?何を馬鹿な……鬼内の土地はもう……いや、考えてみれば……横に広げるのではなく、縦に増築すれば良いのではないか?
其処で共に暮らせば、皆私の結界の中に入れる!お前は天才かシグナム!
こうしてはおれぬ!早速実現に向けて動かねば!感謝するぞ、シグナム!」
「お役に立てたのならば幸いです。」
とは言え、其れの実現はとても困難なモノでしょうが、貴女ならばきっと実現に漕ぎ付ける事も出来る筈……頑張って下さい、主かぐや。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務168
『鬼内と外様は色々複雑らしい』
主かぐやとの話を終え、改めてカラクリ研究所に入ったのだが……
「大型の『鬼』の部位を纏めて吹き飛ばす鬼千切りだと?何だその技は、鬼の手にだってそんな事は出来ないと言うのに……一体如何
やっているんだ?」
「如何と言われてもな……此れは私だけのスペシャルな技だからなぁ……教えろと言われて教えられるものでもないし。」
「そう言われると益々興味が湧くな……いっその事解剖して調べるか?」
「髪の毛一本やるから、其れでDNA解析して調べろ?」
「DNAとはなんだ?」
「デンジャラス・ナイトメア・アリアンロードの略だな。」
「……誰?」
「誰だろうなぁ?」
アインスと博士が漫才をやってた。あ~~~……博士?
「おぉ、戻ったかシグナム。
紅月から話は聞いた。戦の領域の浄化に成功したそうだな?良くやった、それでこそ私の助手だ。」
「鬼の手の力と、ミタマの力があればこそだ。……で、アインスと博士は何故漫才染みた遣り取りをしていたんだ?」
「紅月が鬼千切り・極の事を話したら博士が喰いついてな……君が来るまでアインスと博士による漫才劇場が始まってしまったんだ。
突っ込もうにも、何処で突っ込めばいいか分からなかったから、君が来てくれたのは助かったよシグナム。」
そうだったのか……何だろう、桜花はウタカタの里で色々と苦労している気がするな。主にアインスのせいで。
「私は科学者だからな、知らないモノには興味が湧いて来るのさ。
まぁ、そんな事よりも早速次に着手したい所だが、その前に遺跡の調査をしておきたい。戦の領域に遺跡があるのは分かっていたが、
瘴気が濃くて近付けなかった。
だが、此れで漸く調査できる。お前も付き合えシグナム。」
「其れは勿論かまわないが、そんなに遺跡を調べて如何するんだ?何か目的があるのか?」
「ちょっと探しているモノがある。ま、詳しくは後のお楽しみだ。」
後のお楽しみ、か。
もったい付けられると俄然興味が湧いてしまうと言うのは、此れもある意味で人の性なのか……そう言う言われ方をすると如何しても知
りたくなるしね。
「……博士、申し訳ないのですが、私は少し里に残りたいと思います。」
「紅月?」
如何した、流石のお前も疲れてしまったか?……まぁ、大型の『鬼』との戦闘に加え、戦の領域をアレだけ歩き回ったのだから、禊で穢れ
を落としても、疲労までは落とせないからな。
「いえ、そうではありませんシグナム。
最近、近衛とサムライの小競り合いが増えているのです。
お頭選儀の影響でしょうが、里の治安が悪化しては意味がありません。」
「確かにきな臭い感じだわ。」
「…………」
「いや、黙ってないで何か言いなさいよ神無!」
「少し里に留まって様子を見たいと思います。私に出来る事は少ないですが……」
「紅月もサラッと話を進めないで!」
「私も里に残るとしよう。微力ながら、私も力を貸そう紅月。」
「桜花も!!」
椿の突っ込みが冴えわたっているなぁ……だが、そう言う事ならば里に留まっていてくれ紅月。
主かぐやも、理想の実現に向けて頑張るだろうが、近衛とサムライの対立を如何にか出来るかと言えば其れはまた別問題だ……主かぐ
やが命じれば、八雲は血涙流しながらも刀也と和解するかも知れないがな。
だが、そうなると遺跡の調査には誰を連れて行く博士?
「お前の他には、時継と……お前も手伝えアインス。お前のその常軌を逸した戦闘力、この目で見ておきたいからな。」
「ふ、ならば前知識として教えておこう博士。
並のモノノフの戦闘力は大体1万~1万5000、隊長クラスで2万~3万、イツクサの英雄クラスで大体5万と言った所だが、私の戦闘力
は……今のこの状態で53万、本気を出して120万、完全開放で6000万、身勝手の極意で10億だ。」
「数値が天文学的過ぎて訳が分からん……戦闘力10億ってドレ位だ?」
「私が本気で地面にパンチしたら、地球が粉々になるレベルかな。」
「……お前、其の力は『鬼』にだけ向けろ。良いな?」
「言われなくともな。」
アインスと時継か。……アインスの強さは確かに常軌を逸しているが、自称とは言え、並のモノノフの1万倍の強さとは恐れ入る……私も
強い方だと思っていたが、上には上が居ると言う事だな。
「さて、遺跡に行く面子は決まったから、残りは桜花と同様に里に留まって紅月に協力してやれ。」
「ありがとうございます、博士。」
「……4人で大丈夫なのか?」
「アインスが居れば大丈夫だろうよグウェン。其れと、暇そうな奴を見つけたんでな、そいつ等を連れて行く。
私は準備があるのでな、少ししたらまた来てくれシグナム。」
了解した。
しかし、暇そうな奴とは一体……誰かは分からないが、博士に目を付けられてしまうとは御愁傷さまとしか言いようがないな……そして準
備とは何なのか。
変なモノだけは準備してくれるなよ博士。
「……少し、良いか?」
博士が研究所内に入った所で、グウェンが……なんだ、如何した?
「ずっと聞きたかったんだが、何故鬼内と外様は互いを嫌っているんだ?」
「何でって、其れは相容れない異質な存在だから……」
其れか……確かに其れは疑問だろう。
私だって、なぜ鬼内だ外様だで争うのか理解出来ん……いや、『鬼』と言う脅威と戦っている最中、そんな事で争うのは非生産的な事で
しかないのにな。
相容れない異質な存在とは言っても、同じ人間だろうに。
「……其れは、私の髪と目のようにか?」
「!……そうは言ってないわ。」
「椿は私を異人だからと遠ざけなかった……なのに、外様だからと誰かを嫌うのか?」
「ちが!」
「……何も知らんくせに知った風な口をきくな。」
神無……お前、幾ら何でもその言い方は如何かと思うぞ?私だって、鬼内と外様の対立は詳しくは知らないし、何故対立するに至ったの
かも知らないのだがな?
「イカルガの里を知っているか?俺と真鶴はそこで鬼内に隷属させられていた。」
「なに?」
「もうとっくの昔に消えた里だ。
其処の頭はクソ野郎だった……保護する名目で外様を集めて、強制的に働かせる。暗い牢獄に繋がれ、来る日も来る日も嬲られたさ。
いつかこの手でコイツ等を殺してやる……其れが強くなりたいと願った理由だ。
だが、其処に刀也が現れた。アイツは里の頭を斬り、俺達を地獄から救い出した――そうやってあちこちで外様を助け、サムライ部隊を
作った。
そして3年前、マホロバの里にやって来た。其れが俺達の過去だ。――なぜ鬼内を憎むのかと聞いたな?此れで答えになるか?」
そんな事があったのか?……まさか、そんな外道な事をしている輩が居たとはな。
鬼内――すなわちオオマガドキ以前からモノノフであった者の本分は、人々を『鬼』の脅威から守る事にあると言うのに、その守るべき相
手を隷属させるなど言語道断だ……私でも、そんな輩は一刀のもとに切り伏せただろうな。
「切り伏せるなど生温い……八つ裂きにした上で焼き尽くしてやる。」
「アインス、お前が言うとシャレにならないよ。だが、答えとしては充分かも知れないよ神無。」
「……アイツ等は、鬼内の恥よ。一緒にしないで。」
椿?
鬼内の恥とは、つまりそれは一部の阿呆の暴走だったと言う事か。
「だけど、そう言う外様も、鬼内の人を沢山殺した筈よ――飢えと寒さをしのぐ為に、罪のない色んな里を襲撃したでしょ!
其れを棚に上げて!!」
だが、外様もまた生きる為に何の罪もない人々を殺していたのか……双方、互いに言い分がある訳か……だが、其処までだ二人とも。
「シグナム……」
「……お前は良いなシグナム。記憶喪失なら痛みはない。いっそ楽で良い。」
「!!」
神無……其れは――
――バッキィィィィ!!
って、焔が神無を殴った!?行き成り何してるんだお前は?
「おぉっと悪いな、手が滑っちまったぜ。」
「……何の心算だ?」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。不幸を気取ってんじゃねぇぞタコ。そんなに自分が可哀想なら、姉ちゃんに頭でも撫でて貰ってろよ。」
――バキィ!!
「……野郎、やりやがったな?」
「ちょっと、暴力は止めなさいよね!」
「もういい!もういいんだ……軽はずみな事を言って済まなかった。」
「あぁ?メリケン野郎は黙ってな!」
「……ギリスだ。」
「は?」
「私は、イギリス人だ!!」
「グッへぇ!?」
アレ?何度グウェンまで加わって大乱闘に発展するんだ?と言うか、アメリカもイギリスも元は同じ白人ではなかったっけか?……そして
なんで私はそんな事を知っているんだろうか?
「失われた記憶がアップデートされました。」
「アインス?」
「妄言だ、気にするな。」
「あぁ、そんな事やってる暇があるなら止めなさいよ!えぇい、やめんかぁぁぁぁぁぁ!!」
椿が止めに入るも、殴り合いは終わらず、結局は焔も神無も顔がボッコボコになるまで殴り合ってようやく終息した……因みにボッコボコ
になった焔と神無は何を言ってるのかサッパリ分からなかった。
因みに仲裁に入った私も大分殴られたが、多少の痣が出来た程度でボコボコではない……頑丈な身体だな。
「おい神無……テメェは強ぇ。何時までも、みみっちい事引き摺ってんじゃねぇぞ……」
「……余計なお世話だ。――シグナム……悪かったな。」
……気にするな、お前がそう思うのも仕方ないからな。記憶が無ければ変なしがらみがないのも事実だしね。
だが、焔は中々粋な事をしてくれたが、其処から本気の殴り合いに発展してしまうとは、どうにも不器用なモノなんだな焔は。
「其れは少し違うぞ将……焔が不器用なんじゃない……焔が男だから、あぁなってしまうんだ――良くも悪くも、男とは馬鹿なのさ。
馬鹿だから、自分の思いを伝えるのにも苦労するだけじゃなく、ストレートに伝える事も出来ないから、今みたいな事になってしまうと言
う訳だ……マッタク以て、愛すべき大馬鹿者だよ男ってのはな。」
「アインス……深い言葉だな。」
期せずして、鬼内と外様の彼是を聞く事になったが、椿も神無も己の中に溜め込んでいたモノを吐き出す事が出来たと言うのは良い事だ
ったかもな。
さて、此れから如何するか……博士の準備にはまだ時間が掛かるみたいだから、適当に里をぶらつくとするか。
「ならば、御一緒させて貰って良いか将?」
「其れは、是非もない。」
如何やらお前は私の知らない私を知っているみたいだからな……里を回りながら、お前の知る私の事を教えて貰うぞアインス。
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
|