Side:アインス


マホロバの里に到着して、其処で時継と紅月と再会したのだが、まさかマホロバに将が居るとは思わなかったよ――この世界に来ている
事は感じていたが、マホロバに居るとは思わなかったからね。
本来ならば感動の再会と言う所なのだろうが、しかし将は如何やら記憶を失っているらしくて、私の事は一切覚えていないと来た……や
っと会えたと思ったら、相手は記憶喪失でしたとは、何とも笑い話にもならないな。



「ちょっと待って、姉妹同然に過ごしたって如何言う事?」

「言葉通りの意味だが何か問題が有ったか?えぇと……突撃隣の槍使い。」

「何よその愉快なネーミングは!私は椿、モノノフの天辺を目指してる者であり、シグナムの親友兼ライバルよ!
 言葉通りと言われて、ハイそうですかとは行かないのよ……だって、シグナムは十年前の横浜からやって来たモノノフなのよ?……そ
 のシグナムと姉妹同然に過ごしてたって、貴女一体歳幾つよ!!」

「今年で千二十一歳だったかな?」

「はぁ!?如何言う事其れ!?」



さて、如何言う事だろうな?
にしても十年前の横浜からこの時代に来たとは、お前の方が私よりも遥か前にこの世界に来ていたのか将よ――そしてお前は十年前の
オオマガドキを経験した訳だ。



「……確かに私は十年前の横浜で戦っていた……九葉の部下としてな。」

「九葉の部下として、だと?」

其れは少し驚きだが、逆に前に九葉が言っていた事の意味が分かったよ……嘗て自分の部下に私に似た雰囲気の奴が居たと言ってい
たが、其れはお前の事だったのだな将。
となれば、お前は九葉に話を聞いておく必要があると思うぞ将――お前が忘れてしまった事であっても、九葉ならば覚えているかも知れ
ないからね。











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務163
記憶の採掘~十年ぶりの出会い~









Side:シグナム


マホロバにやってきた新たなモノノフ――その一人であるアインスが、私と姉妹同然に過ごした相手だったと言うのは衝撃が大きかった
が、確かに彼女からは『姉』の雰囲気を感じるからきっと嘘ではないのだろう。
だが、私の記憶を取り戻すには一体何が足りないのか、マッタク持って見当もつかんが、取り敢えず九葉に話を聞くだけ聞いてみるか。



「そうですねシグナム。
 アインスの助言通り、九葉殿と会うべきでしょう――横浜防衛線を指揮していた軍師・九葉ならば、貴女が何者が知っている筈です。
 貴女の失われた記憶、其れを取り戻せるかもしれません。」

「……そうだな、そうするのが一番だろう。」

失われた記憶に未練がある訳では無いが、だからと言って己の過去が全く分からないと言うのも気分の良いモノではないからな……早
速九葉に会いに行ってくるよ。



「貴女は強いですねシグナム……過去に何があったとしても、貴女は私達の大切な仲間です。其れを忘れないで下さい。」

「紅月の言う通りだぞ将。記憶がなくとも、お前は私の大切な仲間だからな。」



紅月、アインス……その言葉、とても心に沁みるよ。
そう言えば、アインスと桜花は九葉の、軍師付きの武官ではないとの事だったが、此処ではどうやって過ごすんだ?軍師付きの武官でな
いのならば、相馬率いる百鬼隊に組み込まれている訳でもないのだろう?



「私とアインスは自由にやらせて貰うさ……そうだな、君達と一緒に任務を熟すのも良いかも知れない。」

「と言うか、その心算だったからな。ソフィーは鍛冶屋の方で色々勉強をすると言っていたからね……ならば、私と桜花はモノノフの本分と
 して、『鬼』を滅殺するだけだ。
 フッフッフ……『鬼』共め、纏めて葬り去ってくれる……」



「……えっと、桜花だっけ?……アインスって人は大丈夫なの?若干、危険な雰囲気を感じるんだけど……」

「君は椿だったか?……まぁ、アインスの実力は申し分ないから安心してくれていい。
 彼女が本気を出せば、恐らくだがゴウエンマ級の『鬼』を3体位相手にしても余裕で勝つと思うからね……いや、トコヨノオウ級の『鬼』で
 も3体は行けるかな。」

「はぁ?大型の『鬼』3体を相手にしても余裕とか、幾ら何でもふかしすぎだろそりゃ?」

「……試してみるかい、仕込み鞭使いの……」

「少し馬鹿な焔です。」

「少しおバカな焔。」

「やろ、誰が馬鹿だ誰が!ってか、いい加減にその呼び方は止めろつってんだろ紅月!初対面の奴に変な印象与えてんじゃねぇぞ!」



……取り敢えず、期間限定でマホロバの戦力が増強されたと言って良いのだろうな此れは。
そうだ、アインスと桜花は後で高台にある博士の研究所に行くと良い――お前達ならば、博士が『力』を与えてくれると思うからね。



「「力?」」

「成程、其れは良い案ですねシグナム……博士の所には、私が案内しますアインス、桜花。」

「良い閃きだぜシグナム……つっても、桜花にゃ兎も角、アインスには無用の長物かもしれないけどな。」

「「???」」



まぁ、行ってみれば分かるさ二人とも。
……しかし、時継が言っていた、『アインスには無用の長物』とは如何いう意味だろうか?此の鬼の手の有用性は時継だって知っている
筈なのに、其れが無用の長物とは……アインスとはそれ程のモノノフだと言うのか?
だとしたら、その実力を是非ともこの目で見てみたいものだな。



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九葉は八雲に案内されて宿舎へと向かって行ったから、近衛の居住区の何処かに居ると思って来たのだが、大当たりだったか。
お頭選儀の見届人が近衛の宿舎に居ると言うのは少々公平ではない気がするが、此ればかりは致し方ないか――巫女の結界に守られ
ていない外様の宿舎に泊めて、『鬼』の襲撃に遭ってお陀仏になったなどと言うのは洒落にもならないからな。

「九葉……」

「……何だ?私に用でも……お前は、シグナム!?こんな所で何を……其れに、その姿は…………覚えているか、この私を?」

「あぁ、覚えているよ……横浜防衛戦で陣頭指揮を執った軍師、九葉。」

「……そうか、10年ぶりだな。
 お前は横浜で鬼門に飲まれたはず……どうやって此処まで辿り着いた?――其れにその姿、あれから10年経ったとは思えん。」



私は横浜で鬼門に飲まれたのか……恐らくは其れが原因なのだろうが、私は10年の時を超えて此処に居るらしいんだ――気が付いた
らマホロバに来ていたんだよ。



「時間転移だと……?横浜から直接この地に飛んだというのか?……俄かには信じがたいが、ありえん話ではない。
 似たような者を知っている……別の時間に流された彷徨者達…………因果なモノだな、何故かそうした者と良く出会う――其れで、何
 か話があったのではなかったか?」

「其れなのだがな……時間を超えた影響なのか、私は記憶の大部分を失っていてね――覚えているのは、横浜の防衛線に参加してた
 事と、お前が上官であったと言う事位なんだ。
 だから、お前が知っている私の事を教えて欲しい。」

「記憶喪失……?
 何をいまさら……其れは元からだろう。」




……え?元から、とは如何言う事だ?



「いや……違うのか?
 ……覚えているか、私と出会った時の事を。」

「お前と出会った時の事?……スマナイ、全く覚えていない……」

「……そう言う事か。
 ……お前は、忘れた事を忘れたらしい。――10年前、私がお前と出会った時、お前は既に記憶の大半を失っていた……覚えていたの
 は自分の名前くらいだった。」

「なん、だと?」

「二重の記憶喪失……否、二重で済むのかさえ怪しいな……。
 私は幽谷を彷徨っていたお前を拾い、モノノフにして特務隊に参加させた……それ以前の事は、何も知らぬ――多重かつ、断片的な記
 憶の喪失……奇妙としか言いようがないが、あるいはそれは……」

「其れは?」

「…………」



いや、其処で黙らないでくれないか?何か不安になってしまうからね。





「……九葉殿、客人か?」

「珍しいわね、九葉に友達なんて。」

「……生まれてこの方、友などいたことはない。古い部下だ、横浜防衛戦を共に戦った。」



……と、やって来たのは相馬と、確か初穂だったかな?――成程、相馬からは紅月と同じ位の覇気を感じるな……紅月と並ぶイツクサの
英雄と言うのは本当らしいね。



「ヨコハマ?オオマガドキの戦か。」

「何それ?凄いの?」

「横浜防衛戦、オオマガドキ最初の迎撃戦だ。
 参加した部隊は略壊滅。だが、お陰で『鬼』の進撃は鈍った。
 モノノフ本隊――つまり俺達が防備を固める時間を稼げた。」

「……私は横浜の戦いに敗れた。
 いや、勝ったというべきか?『鬼』の進撃は食い止められたのだからな。――だが、犠牲が大きすぎた。私は自分の配下を殆んど失って
 しまった。
 今では命令を聞かぬ英雄と、生意気な小娘を連れまわすしかない始末。」



……九葉、お前は時が変わっても苦労しているのだな。
それと、命令を聞かないというのが若干耳に痛い気がする……何だろう、記憶を失う前の私は、結構命令違反をしていたのだろうか?
出来れば其れは思い出したくないな。



「ムキー!誰が小娘ですって!!!」

「……お前の事ではないのか?」

「まぁ、他には居るまい。九葉殿の嘗ての部下と言う彼女も、大分若く見えるが、オオマガドキの戦に参加していたのならばお前よりもず
 っと年上だろうからな。」

「相馬~~~!アンタまた人を子ども扱いして~~~!!!」

「ハハハ、実際子供だから仕方あるまい。」



……軍師付きの武官と言うのは、中々に愉快な連中の様だな?――もっとお堅い集団だと思っていたが、此れだけの緩さがあるのなら
ば、きっと仲良くなれると思うからね。
だが、其れだけに此の面子を率いるのは大変だな九葉。



「其れも仕方あるまい……誰しもなせる事をなすのみ。
 ――お前も此処でそうして来たのだろう?ならばこれからも続けろ、お前自身の戦いを。……私はお頭選儀の準備がある。
 話はこの辺にしておこう。行くぞ、相馬、初穂。」

「お供しよう、九葉殿。…………九葉殿の嘗ての部下よ、俺は相馬だ。宜しく頼む。」

「私は初穂。君は?」

「……シグナムだ。」

「シグナムか、覚えておこう。」

「またね、シグナム。」



あぁ、またな。

……九葉に会えば何か分かると思ったが、結局何も分からずじまい――いや、違うな。10年前の私の事は分からなかったが、それ以外
では分かる事はあった。
九葉と出会った時点で、私は既に自分の名前以外の記憶を失っていた事、私は横浜防衛戦で鬼門に飲まれた結果、10年の時を超えて
マホロバにやって来た事……此れだけの事が分かっただけでも収穫はあったからね。
そして、九葉の言うようになせる事をなすのみか……詰る所、自分が何者であろうとも、己のやるべき事だけは変わらないのだからな。

記憶を取り戻すには至らなかったが、九葉と会ったのは決して無駄ではなかったね。








――――――








Side:アインス


紅月の案内で博士とやらの研究室まで来たが、何と言うか研究者の研究所其のままの様な場所だな……何に使うのか良く分からない
道具の数々に、一般人が見ても到底理解出来そうにない本が散乱し、怪しげな装置まであるからね。
でだ、其の博士とやらは何と言うか博士だった。そうとしか言いようがない。

説明その他は紅月がやってくれたので、私と桜花は簡単な自己紹介をしたんだが、私達の事を聞いた博士が、『ならば此れを使え』と言
って寄越した此れは一体?



「其れは私が発明した鬼の手と言う武器だ。
 使用者の想像力次第で無限の可能性を発揮するモノだ――そう、例えばそこから巨大な腕を伸ばして、『鬼』を掴んだり、部位の完全
 破壊をしたりな。」

「この小さな装置に、其れだけの力が……此れが有れば、確かに『鬼』との戦いは変わるかも知れない……私が貰った此れは、壊さない
 ようにしなくてはな。」



そうだな、此れは或いは『鬼』に対する切り札になり得るかも知れないからね……尤も、私には無用の長物だが。



「何だ、お前は要らんのかアインスとやら?」

「要らないというか、必要ないんだよ私の場合は……だって、其れを使わずとも『鬼』を掴む事の出来る腕は、自分で作ることが出来るか
 らね……こんな風にな。」



――ギュオォォォォォォォォン!!



「な、其れは一体如何やっている!?自分の力で鬼の手に似通った力を使えるとは……お前は一体何者なんだ?」

「モノノフだよ――ただ、私は普通のモノノフの常識が一切通用しない存在だと言う事に過ぎんさ。」

まぁ、何にしても此れからしばらくは厄介になるから、改めて宜しく頼むよマホロバの里の諸君。











 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場