Side:アインス


此れで大体の準備は出来たな……後は――

「オヤッさん、私の刀は?」

「おぉ、丁度鍛え直してやった所だ。
 元々オメェが使っても壊れないように作った刀だが、此れでより強度と切れ味が増したってモンだ――俺の鍛冶の腕前と、ソフィーの錬
 金術があればこそ、出来たもんだけどよ。」

「えへへ、頑張っちゃいました!」



ソフィーも手伝ったのか、お疲れ様だね……で、オヤッさんの手伝いをしていたのは良いが、お前は出掛ける準備は出来ているのか?
モノノフではないから、武器等は要らないだろうが、其れでも鍛冶屋の修業に必要なモノだってあるだろうに……其れが何であるかはマ
ったく分からないけれどね。



「其れは大丈夫です!持って行くものって、この杖と、後はおじいちゃんから貰った鍛冶用の金槌だけですから!!」

「そいつはワシが若い頃から使ってたモンだが、次の代に引き継いでもらおうかと思ってな……まぁ、なんだ……ワシの所だけで学ぶだ
 けじゃなくて、他所の飯も食ってこい。
 ワシに習った上で、更に他所で修業してくりゃ、オメェは俺を超える鍛冶屋になれるだろうからな。」

「うん、頑張って来るよおじいちゃん!」



準備は万端と言う訳か……にしても、ソフィーとオヤッさんは本当のおじいちゃんと孫みたいだな。
さて、其れでは行くとしようか、マホロバの里に――私と桜花と初穂の留守中、ウタカタを頼んだぞ、元姫、アーナス。



「任せておいてアインス殿……今の私の役目は『鬼』を討つ事だから――マホロバに着いたら、時継殿と紅月殿に宜しく言っておいて。」

「時継さんも紅月さんも、私達がこの世界に来てたと知ったら驚くだろうね……まぁ、ウタカタは任せてよアインスさん。
 『鬼』共には指一本触れさせないから!」

「ふ、頼もしいな二人とも。」

マホロバの里――紅月と時継が暮らしていると言う里か……会うのは二年ぶりか、楽しみだな。










討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務161
節分の日はまったり行きましょう









Side:シグナム


んん……あふ……もう朝か?……此れは、少しばかり寝過ごしてしまったかもしれないな――昨日の任務は些か厳しかったか……厳し
かったのは任務其の物ではなく、『安』の領域で連続で大型の『鬼』と戦闘を行った事だと思うが。
マフチやカゼキリだけなら未だしも、カガチメに果てはゴウエンマと連戦すれば、幾ら何でも疲れるなと言うのが無理だからな……と言う
か、良く生きて戻って来れたと思うな。



「ねぇ……ちょっと起きてる?」

「この声は……椿か。」

「何だ、起きてるじゃない。
 昼になっても来ないから、オカシイなと思って来てみたのよ。」

「え……もう昼なのか?……ドレだけ寝ていたのだ私は……?」

「お天道様はとっくに頭の真上よ?……ほら、家の中でウダウダしてないで、そろそろ行くわよ?」



行くって何処に?



「何処って……挨拶回りに決まってるでしょ――って、ちょっと待って、今日が何の日か気付いてないの?」

「今日が何の日か?……スマナイ、何の日だったか……」

「まったく……今日は節分でしょ!
 季節の変わり目にやる、年四回の恒例行事。皆に挨拶して回るっていう……って、ゴメン。記憶喪失だったっけ……節分の事、覚えて
 ないの?」



節分……頭の中に引っ掛かりを覚えるが、分からないな……何と言うかこう、朧げに聞いた事はあるのだが、詳細は分かってないと言う
感じだな。
其れが大事な事であった事は何となく覚えてるんだが……節分その物が何であったのかは覚えていない。



「分かったわ、なら私が説明してあげるから任せて。
 節分は厄除けの行事よ。
 全員が一日休んで息災を祈るの――先ずは日頃お世話になってる人達に挨拶をして回る事。『鬼』は外、福は内って声を掛けてあげ
 れば良いわ。
 あ、でも気を付けてね?モノノフの伝統を重んじる人達は、『鬼』は内、福は外って言うから。」

「……『鬼』が内なのか?」

「モノノフの伝統的な考え方ってやつよ。
 災厄を引き受けるから『鬼』は内、幸せを他の人に上げるから福は外――そう言う理由で、『鬼』は内、福は外って言うらしいわ。」



成程な……だが、モノノフの本質としては『鬼』は内、福は外が正しいのかも知れん――オオマガドキ以前は、モノノフは歴史の表に出る
事のない存在であり、歴史の裏で『鬼』の脅威から人々を護っていたのだからね。
記憶の大部分を失っている私でも、其れ位は覚えているからな。

……八雲辺りは、その辺の伝統に煩そうだから気を付けておくか。



「そうね、八雲には普通の挨拶はしない方が良いと思うわ……取り敢えず説明は以上!
 私は私で挨拶回りをしないといけないから、後は自分でやること、良いわね?」

「あぁ、分かった。態々すまなかったな椿。」

「別にいいわよ――けど、ちゃんと私の所にも挨拶に来てよね。
 父さんの件依頼、本部を手伝ってるの。夕方くらいには戻ってると思うから――じゃあ、また後でね。」

「また後でな。」

……良かった、椿はもう大丈夫そうだな。
主計の事は、まだ完全に吹っ切る事が出来た訳では無いだろうが、其れでも主計の遺志を継ぎながらも己の夢に向かって邁進している
みたいだからな。

さてと、節分の挨拶回りとやらに行くとするか……と、早速見知った顔が居たな?



「ようシグナム、節分の挨拶回りか?お前も大分里に馴染んで来たな?」

「時継……『鬼』は外、福は内。だな。」

「あいよ、お前の無病息災を祈るぜ。
 ……偶の休日なんでな、美女でも居ねぇかと散策中だ――どっかに居ねぇかな、俺を労ってくれる優しい美女……痺れるぜ。」

「……博士など如何だろうか?」

「博士が美女?ハッハ、笑わせるなよ腹が痛え。」

『鉄くずに戻してやろうか?』



……い、今の声は鬼の手の通信機能か?……ヤレヤレ、迂闊な事は言えんな時継?



「……た、只の冗談だ。本気にするなよ、ハハ……」

「会話は全部筒抜けの様だな……滅多な事は言えんな此れは。」

「だな。
 そう言えば聞いたか?いよいよお頭選儀が始まるらしいぜ。」



お頭選儀が?……そう言えば、マホロバの里にはお頭が居ないと言っていたな……確か二年前に亡くなってしまったとか――里のお頭
が不在と言うのは良くないと思うがな。



「二年前に、マホロバ戦役って言われる、この里が最終防衛線になった戦いがあった――凄まじい激戦でな、此処から西にあった里が
 二つも壊滅した。
 その戦いの最中、アイツは死んだ……因果なもんだな、良い奴ほど先に死ぬ。」

「時継?」

「いや、何でもねぇ。
 次のお頭を極める為に、今日にでも霊山から見届け人が到着するらしい――二年の空白を経て、漸く次のお頭が決まるって奴だ。
 八雲になるのか刀也になるのか……正直どっちも微妙だが、お頭がいねぇよりはマシだ。」



微妙、ね。
だが、八雲と刀也の二者択一ならば、私は迷わず刀也に一票だ……八雲がお頭になったら、最悪の場合は外様排斥なんて事をしかね
ないからね。
刀也ならば、鬼内と対立していても、彼等を排斥すると言った馬鹿な事はしないと思うからな。



「……ま、どっちがお頭になろうと構わねぇさ――どのみち、アイツ以上のお頭には誰もなれねぇだろうからな。」

「時継……」

時継が此処まで言うとは、マホロバの先代のお頭は相当な人物だったのだろうな……其れに代わる新たなお頭が、八雲か刀也の何方
であると言うのならば、時継が思う所があるのは仕方ないのかもしれないね。

……取り敢えず挨拶回りを済ませてしまうか。



「やぁシグナム。」

「グウェンか。」

「『鬼』は外、福は内……其れとも『鬼』は内、福は外か?……なんでこんなにややこしいんだ?」

「……伝統ではないかな?」

「色々な伝統が混じっているのは良いが、だけど整理した方が良いな――この時期が来るたびに嫌な汗が出るんだ……もっと分かり易
 く統一しよう。
 『鬼』はデストロイ、福はウェルカムで如何だろう?」

「ふむ……悪くないな。
 『鬼』はデリート、福はカモンもアリかも知れない。」

「其れも良いな?……シグナム、貴女とはもっと仲良くなれる気がして来たよ。」

「奇遇だなグウェン、私もだ。」



――ガシィィィィ!!!



グウェンとガッチリ握手を交わして、私とグウェンの絆はぐっと深まったなうん。


其の後は外様の居住区に行ったんだが……神無は天狐を前に精神修業か……苦手の克服は大事だと思うが、無理は禁物だと言って
おこう――聞くかどうかは知らんがな。
取り敢えず、『鬼』は外、福は内だな真鶴。



「……卿か。無沙汰をしているな。
 『鬼』は外、福は内。偶の休日だ、ゆっくりして行くと良い。――そう言えば、神無を見なかったか?」

「神無ならば……天狐と戯れていたぞ?」

「なんだと?……アイツめ……まさか天狐に狼藉を……我が弟とは言え許せん……今の内に腕の一本でも……」



真鶴、お前は一体どれだけ天狐が好きなのか……だがまぁ安心しろ、お前が思っている様な事にはなっていない……神無は自ら天狐と
戯れる事で、苦手を克服しようとしているみたいだったからね。



「……卿がそう言うのならば、そうなのだろうな。
 卿の天狐は元気か?今度良かったら会わせてくれ……その、モ……モ……モフモフしたいのでな。」

「……分かった、その時は存分にモフモフしてくれ。」

「……卿の心遣いに感謝する。」



真鶴は、本当に小動物に目が無いのだな……クールな雰囲気の美女が小動物が大好きか――このギャップと言うモノは、相当に破壊
力があるだろうね。
さてと、外様の居住区に来たのだから刀也にも挨拶をしておくか。

「刀也、『鬼』は外、福は内だ。」

「……『鬼』は外、福は内、お前の無病息災を祈る。
 礼を言うのが遅くなったが……この間は世話になった。――外様の居住区が攻撃を受けた時だ……手を貸してくれた事に感謝する。」

「……その事か……私は私に出来る事をしたに過ぎん……だが、其れでも出来なかった事もある――主計の事は、残念だった。」

「……数少ない協力者を失ったな。
 ……お前は不思議な奴だなカラクリ使い。
 人にはそれぞれ立場がある――決して解けない鎖の桎梏が……だが、お前は其れを易々と壊していく。近衛の部隊が行方不明にな
 った時も、お前は躊躇わなかった。……俺にはできない事だ。
 願わくば、お前とは敵になりたくないモノだ。」



……其れは私もだ刀也。
お前だけでなく、この里の誰とも敵にはなりたくない……否、そもそも敵など『鬼』以外は存在してないのだけれど、鬼内と外様の対立は
根深いみたいだから、事ある毎に対立が浮き彫りになってしまうのかも知れないね。

取り敢えず、挨拶回りを続けるか。










――そんな訳で挨拶回り中だ。暇だったら……『英雄ノ進撃』でも聞いていてくれ。










……挨拶回りも粗方終わったが、もう夕方か……では、最後の挨拶として本部に行くか――夕方頃には戻ってると言ってたからな。

で、戻ってきていたか――椿、『鬼』は外、福は内だ。



「シグナム……来たわね。
 『鬼』は外、福は内。貴女の無病息災を祈るわ。」

「ありがとう椿。……で、何をやってる?」

「見ての通り、本部職員として働いてるわ。結構似合ってるでしょ?」

「あぁ、似合ってるよ。主計も喜ぶだろうさ。」

「そうかしら?……そうだと良いわ。
 其れより、お頭選儀の事は聞いた?……いよいよお頭選儀が始まるわね――霊山から見届人が来てお頭を承認するの。
 今夜にでも到着するって話よ。」



あぁ、如何やらそうらしいな?



「それでその……その見届人って言うのが、軍師・九葉だって聞いたんだけど……」

「……九葉、だと?」

「確か、横浜防衛線で貴女の上官だった人よね?」



あぁ、その通りだ。
誰一人として死ぬなと言っていた……にも関わらず、私はあの場所から居なくなって、今此処にいる……目の前で部下を失った九葉の
心情は、推し量る事も出来んさ。



「話は博士に聞いたわ。貴女が横浜で一緒だった軍師だって。」

「九葉……生きていたのか……無事でよかった。」

「……うん、良かったわね。
 軍師・九葉が到着したら、会いに行くのよシグナム――軍師・九葉に聞けば貴女が何者なのか分かるかも知れないし、記憶を取り戻す
 事も出来るかも知れないわ。
 でも……気を付けてね?あんまり言いたくはないんだけど、軍師・九葉には悪い噂があるの。
 軍師・九葉はオオマガドキの時に指揮を取っていたらしいんだけど、大勢の味方を捨て駒にして、霊山とその周囲だけを守ったって言
 われてる。
 其れで『血濡れの鬼』って言われてるわ……必要とあらば、他人を容赦なく斬り捨てる『鬼』……横浜の部隊も、其れで壊滅したんじゃ
 ないかって……真実は分からないけど、警戒しておいて。」



『血濡れの鬼』とは、何とも不名誉な渾名を貰ったものだな九葉よ……あの後、お前に何があったかは知らないが、そう呼ばれるだけの
しなければ、人は滅んでいたと言う事なのだろうな。



「奇しくも今日は節分――季節の変わり目には『鬼』が出るって言うからね。」



――カンカン!カンカン!!



……如何やら、お前の言ったとおりになったみたいだな椿――この鐘が鳴り響く時は、里の周辺に『鬼』が現れた事の証だからな……マ
ッタク、節分の日に現れるとは、タイミングが良いのか悪いのか。
だが、現れたというのならば滅するまでだ……今日は節分、『鬼』は外、だからな。










 
To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場