Side:シグナム


空から飛来した『鬼』によって主計の命の火は消され、主計の娘である椿には消える事のない悲しみが刻まれてしまったか……悲しみ
を感じないモノは強いと言われるが、其れはある意味で取り返しのない強さだから、早々身に付けて良い物ではない。
だから、お前は決してその悲しみを失うな椿。
悲しむ事が恥だというのならば、暫し此のままで居れば良い――この胸で良ければ、幾らでも泣き場所として貸してやろう。



「ゴメン、もう少しだけこうさせて……父さんが死んじゃった事を頭では理解出来てるんだけど、感情が納得出来ていないのよ全然。
 うぅん、父さんがモノノフだったらまだ納得出来てたかも知れないけど、父さんはあくまでも本部の受付でモノノフじゃない――本来な
 ら、『鬼』との直接的な戦いには無縁の筈だったのに……其れなのに、『鬼』の攻撃で死んじゃった。
 ねぇ、なんで父さんが死ななくちゃならなかったのかなぁシグナム?」

「……主計が死ぬ必要はなかったが、だが彼には己の命よりも優先するモノがあった――其れ故の結果なのだろう此れは。」

「自分の命よりも優先するモノ……?」



主計には、己の命を引き換えにえしても外様を守ると言う意志が、救える命は一人でも救いたいという思いがあったのだろうさ――だ
からこそ、自分が犠牲になる事を迷わずに選択し、子供を守る事が出来たのだろう。

椿、お前の父は間違い無く最高の英雄だった。モノノフでは無かったが、誰よりもモノノフの、武人の心を持っていた。私が保証しよう。



「シグナム……」

「主計の死を割り切れとは言わん……が、彼の意思と魂はお前の中に残されている――その事だけは、忘れないでくれ。」

「そうね……うん。」



主計よ、娘一人を残して逝ってしまったのは不安もあろうが、椿の事は如何か心配せずに天から見守ってやっていてくれ――椿は決し
て一人ではなく、カラクリ部隊の連中や、神無や真鶴と言った仲間が居るからな。

だが、其れとは別にお前の仇は必ず討つ――あの『鬼』の首を、お前を含め犠牲となった者達の墓前にせめてもの供養として供えさせ
て貰う。
武人として私に出来るのは其れ位だろうからな。――あ、『鬼』の亡骸は鬼祓いで浄化してしまうから、持って帰るのは無理だったか。
ならば、奴の角でも供える事にするかな。











討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務157
ほんの少しの休憩の時間だ』









取り敢えず、落ち着いたか椿?



「まだ、完全にとは言えないけど、貴女のおかげで大分落ち着いたわシグナム……思い切り泣いて、何だかスッキリしたしね。
 父さんの死を納得できた訳じゃないけど、何時までも泣いてたら父さんも心配しちゃうだろうし、何より私らしくないモノ――モノノフの
 天辺を目指すのなら、何時までもクヨクヨしてられないわ。」

「ふ、その意気だ椿――私としても、お前の『おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』が聞けなくなると言うのは少々寂しいのでな。」

「あんですってーーー!?」

「ん~~……其れはお前じゃない別の誰かが言うべき事のような気がしてならないな。」

「誰それ?」

「そう言えば誰だろう?」

何となく、本当に何となくだがそう言うセリフを言いそうな奴を知っていたような気がするんだ……此れもまた、失われた記憶の残滓な
のかも知れん。
其れは兎も角、もう大丈夫そうだな椿?



「うん……でも、シグナムこの事は絶対に私達だけの秘密よ?絶対に他の人には言っちゃダメだからね!!」

「あぁ、分かっているよ。
 心配しなくても、私の口はゴウエンマの角よりも堅いから安心しろ。」

「鬼千切りで壊せるから若干不安なんだけど?」

「鬼千切りを使わずにゴウエンマの角を破壊する場合、100回近く攻撃する必要があるのだが?」

「あ、めっちゃ堅いわね。」



だろう?だから安心して良い――鍛冶屋の職人も、角の加工が最も難しいと言っていたからね。
うん、椿はもう大丈夫みたいだな――まだ思う所はあるのだろうが、私に出来るのは此処までか……出来る事ならば、もう一手打ちた
い所だが、今の私にはその為の手札が無いからね。

さてと、椿に別れを告げて里の中心部に戻って来たが此れから如何するか?
先程の『鬼』の襲撃の影響で、里には厳戒態勢が敷かれているから、里から出るのも難しいが……ん?

「主かぐや?何をなさっているのですかこんな所で?」

「おぉ、良いところに来たなシグナム!
 また息抜き……いや、視察をと思ってあの通路を通って出て来たのだ。」



……今思い切り息抜きと言おうとしていたような……いや、其れについては触れてはならぬのだろう――して、出て来て如何様に感じ
ましたか、主かぐや?



「矢張り外は活気があってよいな――だが、皆沈んだ顔をしている……何かあったのか?」

「其れは……」

先の『鬼』の襲撃は、主かぐやには伝えられていないのか?……いや、其れもある意味では当然の事か。
神垣ノ巫女が大人であったのならばまだしも、主かぐやはまだ10歳の子供……里が『鬼』の襲撃を受け、多くの人が死んだという悲劇
を受け入れるには幼すぎるからな。
我が主たる少女に嘘を吐くのは心苦しいが、嘘もまた方便――主かぐやの心を守るためならば、これもまた必要悪か。

「少し不幸がありまして、里の人間が死んでしまったのです……里の人間は、その全てが家族のような物なので皆の気持ちが落ち込
 んでいるのでしょう。」

「なんと、そんな事が……八雲め何故私に教えてくれぬのだ?仏様に線香の一本を上げる位は出来るんだぞ私だって。」



其れは……八雲なりの気遣いと言う奴ではないでしょうか?
こう言っては失礼かもしれませんが、主かぐやはまだ10歳……年端も行かぬ少女に、人の死と言うモノを認識させたくなかったのかも
知れません。
もしも貴女が人の死を知って動揺してしまえば、里を護る結界に影響が出るかも知れませんから。



「むぅ……理解は出来るが納得できん。」

「世の中には理解できても納得できない事の方が多いと言いますから――ですがそれは其れとして、私には元気になって欲しい人が
 いるのです主かぐや。」

「元気になってほしい者が居る……?成程、私に協力してほしいのだな?
 よし、任せておけ。全力で励ましてやるぞ。」



理解が早くて助かります。
主かぐやの言葉なら、或いは私では拭い去れない椿の彼是を洗い流してくれるかもしれないからね。



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さて、主かぐやと共に鬼内の居住区を訪れたのだが、近衛の人間に会うたびに、主かぐやの事を聞かれて面倒だった事この上なかっ
たな……と言うか、『知り合いだったのか』と聞くのならば兎も角、『貴様誘拐か!』とか言ってくるのは幾ら何でも頭悪過ぎだろ。
一介のモノノフに過ぎない私が、一体何を如何やったら神垣ノ巫女を誘拐できるというのか――そして、誘拐したのであればその巫女
を連れて鬼内の居住区を訪れたりしないだろうに。

私も朧げな記憶を探るのならば鬼内なのだろうが、今の鬼内と言うか近衛の部隊が真面目に心配になって来たよ。

さてと椿は……居た。さっきぶりだな椿。



「シグナム?何よ、私はもう大丈夫――って、かぐや様!?」

「……椿ではないか。元気がないというのはお主の事か?」

「こ、こんな所で一体何を?」

「ちょ、ちょっと視察をな……はは……八雲には秘密だぞ。」



「(ちょっとシグナム、何考えてるのよ!八雲に見つかったら殺されるわよ?)」

「(あいつに私を殺す事が出来るとも思えんが……少し息抜きしないか椿?私の胸で泣き、胸の内を曝け出したとは言え、お前は未だ
  本調子には程遠いだろう?違うか?
  お前に少しでもいい影響があればと思って主かぐやと共に参上したんだ。)」

「私の、為に?」

「椿、私は里を視察したいのだ。良かったら、その伴をしてくれないか?」

「かぐや様……………はぁ、分かったわ。
 私は近衛、かぐや様を守るのが務めよ――一緒に行きましょう、シグナム。」

「言われずともその心算だ椿。」

「うむ、では出発進行だ――先ずは久遠の小料理屋に向かうぞ。腹が減っては戦は出来ぬ。腹ごしらえから始めるのだ!」



ふふ、了解です主かぐや。
先ずは久遠の料理で小腹を満たしてから、里の視察と参りましょう。――トコトン、付き合わせていただきますよ、主かぐや。








――――――








Side:アインス


いやぁ、今日も今日とて厳しい任務だったな?『里周辺の鬼の討伐』との事だったが、ゴウエンマ×3、インカルラ×3、初めて見る『鬼』
×1ってかなりハードな内容だったからね。
流石の私も少々疲れた。



「ゴウエンマを略一撃滅殺しておきながら疲れたなど、どの口が言うんだアインス?」

「此の口だが?」

「普通にそう返さないでくれ、どう対応したモノかと困る。」

「そうなのか?……やったのが私ではなく息吹だった場合は?」

「問答無用で斬り捨てる。」



うん、マッタク持って容赦がないな桜花。――ウタカタの伊達男も、桜花の前では形無しか……まぁ、伊達男も良いが、そろそろ新しい
恋人でも作って先を見据えた方が良いんじゃないか?
何時までも死んでしまった恋人の事を引き摺っている事は無いだろうからね。



「ならば、君が息吹の相手になってやれば良いんじゃないか?」

「其れ無理。」

悪いは息吹は好みじゃないし、私にはお前が居るからな桜花?……お前と言う相手が居ながら、どうして不貞が働けようか――私が
寵愛を向けるのはお前だけだ。
其れを忘れないでくれ。



「う……そ、そうだな。」



顔を真っ赤にしちゃって可愛い事……まぁ、其れは其れとして、最近は異界だけでなく里周辺にもゴウエンマクラスの『鬼』が出てくるよ
うになったと言うのは少々異常事態ではあるな?
考えたくない事だが、そう遠くない未来に、この世界にとって大きな事が起こるのだろうか?――もしそうであるのならば、何とか原因
を突き止めてその最悪を回避する必要があるだろうな。

この世界の平和は、中々簡単に手に出来るモノではないのだろうねきっと。










 
To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場