Side:シグナム


博士に報告しようと思って絡繰研究所のある高台に来たのだが……まさか、其処に主かぐやが居るとは思わなかった――いや、それ
だけならば未だしも、私の知っている事を教えてくれと来るとは思わなかった。
記憶の大半を失ってるから、私の話せる事は多くは無いのだが……其れでも、外の世界を知らなかった主かぐやには充分過ぎる話
であったみたいだ。

「そう言う訳で、私は10年の時を超え、今このマホロバに居るのです……とは言っても、記憶の大半は失っている、所謂記憶喪失の
 状態なのですが。」

「記憶がないとは聞いていたが、本当に記憶喪失だったのか!
 おまけに10年前の横浜から来ただと!?
 ……私を謀っているのではないだろうな?……小娘と思って馬鹿にするでないぞ。」

「滅相もない……全て本当の事です。
 尤も、私の記憶が曖昧な部分もあるので、何処まで真実であるのかは自分でも判別出来ない部分がありますが……10年前、横浜
 で戦っていた記憶は嘘ではないと。
 記憶はなくとも、覚えているのです……『鬼』に殺された人の血の臭いと、人が焼ける不快な臭いを……」

「本当だと言う事か……お前は、私達では想像も出来ない過酷な戦場を経験しているのだなシグナム。
 だが……凄いぞ!其れは凄い冒険譚だシグナム!もっと詳しく聞かせてくれ!早速本に書かねば……」



本に、ですか?



「私は作家を目指しているのだ。珍しい話は必ず書き留めるようにしている。
 世の『をかしきこと』を集めて、本にするのが私の夢なのだ――『枕草子』や『源氏物語』のように、何時までも色褪せぬ作品を作りた
 い……狭い所に居ても、遥か遠くまで見通せるような作品を……そう言う訳でシグナム、私にもっとお主の話を聞かせてくれ!」



分かりました。其れが貴女の望みならば、私は其れに応えましょう。









討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務151
『予想外の新たな仲間だ!』










さてと、これで略全てを話したと思います……私の記憶にある限りの事ではありますが。



「横浜での激戦、シンラゴウの出現、軍師九葉の到着、そして空に開く鬼門……今まで聞いた中で、一番の冒険譚だ!」

「……そう来ましたか。」

「此れはよいネタになるぞ!……しまった、もうこんな時間ではないか!
 いい加減戻らねば大目玉を喰らう。今日はこの辺にしておこう――シグナムよ、また話を聞かせてくれるか?」



貴女が其れを望むのならばそうしましょう。
なんでしたら、次の機会までに大冒険でもしておきましょうか?――寧ろ、其れをやった方が貴女の望みに応える事が出来るのでは
ないかと愚考しましたよ。



「おお、その意気だ!楽しみにしているぞ!
 そうだ、お前には教えておこう。実は秘密の通路があるのだ。」

「秘密の通路、ですか?」

「うむ、付いて来い……此処が其れだ。
 大昔、神垣ノ巫女の脱出通路として作られたモノらしい――忘れ去られていたのを偶然見つけたのだ。私の部屋の箪笥に通じてい
 る。
 よいか?誰にも言う出ないぞ?私の事は見なかった事にしておくのだ。」



……此れは此れは、何ともお転婆な神垣ノ巫女だが……了解いたしました。今日ここで有った事は、私の胸に秘めておきましょう。



「ではな、また会おうシグナム。」

「えぇ、何れまた。」

秘密の通路とやらを通って、主かぐやは岩屋戸に戻ったか……彼女の様な年端も行かぬ少女が里を護るための結界を作っていると
は可成りの負担だろうに、
我等モノノフは、里の人々を守るだけでなく、神垣ノ巫女の負担を減らすためにも『鬼』を倒さねばならないか……上等だ、主かぐやの
様な幼い命を守る為ならば、この身をいくら差し出しても構わん。――彼女は、生きるべき存在だからな。
そして、何よりも彼女の為に、私は冒険譚をやらねばならないみたいだからな……命懸けではあるが、幼い神垣ノ巫女を喜ばせる為
であるのならば、其れもまた一興かも知れんな。

さてと、其れは其れとして博士の所に行かねばな。――とは言っても、ここからは直ぐなのだがね。
と言う訳で、戻ったぞ博士。



「……お疲れ、シグナム。お手柄だったらしいな?
 砦を襲った『鬼』を撃退したと聞いたぞ?」

「其れは否定しないが、私一人で撃退した訳では無い……グウェンと、そして椿と神無が居てくれたこそだ――因みに、椿と神無には
 私の判断で鬼の手を渡してしまったが構わないか?」

「構わん、お前が渡すに値すると判断したのならば、私は何も言わんさ――其れよりも、何か変わった事は無かったか?」



変わった事だと?特に無かった――いや、有った。
『鬼』を討った直後、空間転移を経験し、転移した先で『安』の領域にあった様な瘴気の穴を見た。



「ほう……また空間転移を?しかも瘴気の穴か……良いぞ、此れで更に異界の浄化を進める事が出来る。
 其れに、新たな出会いもあった様だからな――新たな鬼の手の使い手は近衛の椿に、サムライの神無か……ふむ、面白そうだ。」

「『武』の領域の瘴気の穴を塞ぐ事が出来れば、確かに異界の浄化を進める事は出来るな。
 で、椿と神無の何が面白そうなんだ?……いや、実際にあの二人は中々面白いとは思うが……と言うか、何を考えている博士?」

「ふふふ、ここは一つ、そいつ等と異界を浄化してこい。鬼の手の力を理解させ、仲間を増やす好機だ。
 なに、任務に行くとでも言って適当に連れ出せば良いさ。」

「……斜め上の答えが返って来たな。」

確かに、仲間を増やす好機ではあるのかも知れないが、だからと言って普通即決して異界を浄化して来いとは言わないと思うのだが
な?……それ以前に、近衛とサムライの両方を引き連れて行けとは中々の無茶を言っているぞ?
まぁ、椿と神無であれば快く了承してくれそうではあるが……いや、考えようによっては此れを機に近衛とサムライの対立を解消する
為の一手にも出来るか。
もしや博士は其処まで考えて……



「私は暫くカラクリの研究に専念したい。その意味ではうってつけだ。我ながら名案だな。」



居る訳がないか。……ある意味で、自分に正直に生きていると言う事なのだろうな博士は。



「そうだ、其れと一ついい知らせがある。
 カラクリの研究が進んでな。新たな発明品が完成した。」

「……其れは本当にいい知らせなのか?」

「勿論だ。その名も……カラクリ合成窯ーーー!!」

「カラクリ……合成窯?何それ?」

「……反応が薄いな、つまらん。
 コイツは素材を合成できる優れモノだ。余った素材はコイツで有効活用するんだな――其れじゃあ、確りな。」



合成窯、余った素材を複数使う事で新たな素材に合成するモノか……まるでアレだな、え~~~と……そうだ、錬金術。アレにそっく
りだ。
確か、昔読んだ文献か何かに書いてあった……何だか、凄く真面な記憶を思い出した気がする。
取り敢えず、一休みしたら椿と神無を誘ってみるか。






――久遠の店で一休み中……非常に美味な天婦羅だったが、果たして中身は一体何だったのだろうな。





さてと、其れではまずは……椿の方から行くか。何となくだが、サムライを連れて近衛の方に行ったら、その時点で問題が起きそうな
気がするからな。
椿は何処だ?椿……椿……たのもーーー!!!



「おんどりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「……言った私も私だが、反応するお前もお前だな。」

「あらシグナム、また会ったわね?何か用かしら?」

「あぁ、お前に用が有ってな……お前が良ければなのだが、任務に付き合っては貰えないだろうか?」

「任務に……?フフン、面白いじゃない。私に勝負を挑もうって言うのね?良いわよ、私の強さを見せ付けてあげるわ。」



いや、別に勝負を挑もうとかそう言う訳では無いのだが……其れに、お前の強さは先のダイバタチとの戦いで良く見せて貰った故に、
一切疑いは無いからな……ともあれ良いと言う事だな。
其れでだ、神無も誘いに行こうと思うのだが……



「神無も誘いに行く……?ちょっと、サムライの陣所に乗り込む心算!?
 止めなさい!貴女が思っているよりはるかに危険よ!知ってるでしょ、近衛とサムライ……ううん、鬼内と外様の対立を!
 鬼内は古くからこの里に住むモノノフ達、私達近衛がその代表よ。
 対して外様は、外からやってきた新参者……サムライ部隊が仕切ってる――彼等は飢えた狼みたいなモノよ。
 自分達の身を守る為に、何時でも戦えるように武装してる……余所者が入ったら何をされるか分からないわ。」

「己を守る為に常在戦場の気持ちでいるのは戦士として当然と思うがな。
 其れに、余所者とは言うが今は同じ里の仲間だろう、違うか?」

「それは、そうだけど……ハァ、もう分かったわ。どうせ一人でも行く心算なんでしょ?危ないから付いて行くわ。
 どうなっても知らないからね?」



ふふ、椿は根はお人好し決定だな。――何よりも、鬼内と外様の対立云々言っていたが、椿に其れ程拘りが有る様には見えんし、本
当に其処に固執しているのならば一緒に行くとは言ってくれないだろうからね。
其れでは、今度はサムライの方で神無を誘うぞ。
と言うか、近衛の領域とサムライの領域は里の中央道路を挟んで向かい合っているのだな……意外と距離が近い事に驚きだ。

さて、サムライの詰め所は……此処か?



「……何者だ。此処はサムライの庭、余所者は去れ。」

「サムライたち……」



で、行き成りサムライの兵に囲まれてしまったか……此れは、思った以上に余所者に対しての反応が厳しいな?――私と椿はモノノ
フだから良いとして、里の一般人が紛れ込んだら一体どうなってしまうのか心配になるぞ。



「場合によっては、実力で排除する。」

「……物騒だな。」

「だから言ったでしょ、危ないって。」



あぁ、想像以上だったよ……まさか、此方の素性を確かめもせずに実力で排除すると言ってくるとはな――刀也は其れなりの人物だ
と思っていたが、サムライ兵自体はまた違うと言う事か?
さて、如何するか。



「……何してる。」



この声は……神無。



「神無か……怪しい奴が。」

「……そいつは敵じゃない、行かせてやれ。」

「何?しかし一人は近衛の格好を……」

「……そっちは知らん、好きにしろ。」



助けてくれるのかと思ったら、椿は見捨てるのか?……其れともこれは、神無の精一杯の冗談なのか?……ダメだ、表情がマッタク
読めないから分からないな。



「ちょっとぉぉぉ!私も一緒に戦った仲でしょおぉぉぉぉぉぉ!!」

「椿、気持ちは分かるが一寸落ち着け。煮干しでもかじって気を落ち着かせろ。」

「ありがとう……じゃなくて、貴女今どこからこれを取り出したの!?」

「普通に上着の小物入れからだが?」

「何で其処にこんな物が入ってるのよ!!」

「まぁ、そういう日もあるだろう。」

「そうか~~……って、どんな日じゃい!!!」

「こんな日かな?」

「分からんわ!!」

「だろうな。俺にも分からん。」



椿の爆発から漫才めいたやり取りが発生し、更に神無も乗っかって来たか……口数少ない無表情のくせに意外と乗りが良いな。



「……何の騒ぎだこれは?」

「ふ、副長!」



で、此の騒ぎを聞きつけて現れたのは、眼鏡が特徴的な黒髪の美女……ダイバタチを倒して戻って来た私達の事を見ていた女性だ
な――彼女が、サムライの副長か。



「副長、申し訳ありません、侵入者です。」

「侵入者……近衛の椿か。……そしてもう一人は……卿はシグナムだったか?紅月から話は聞いているが、サムライに何用だ?」

「私の事は既に知っていたか……ならば名乗る事も無いだろう。神無に会いに来たんだ。」

「神無に……?
 ……皆退け、客人の相手は私がする。」

「で、ですが……」

「……退けと言った。聞こえなかったか?」

「はっ!申し訳ありません!!」



紅月経由で私の事を知ってくれていた事で、副長がサムライ兵をその場から退かせてくれたか……と言うか、彼女の迫力はハンパな
モノではないな?
一睨みでモノノフを委縮させるとは、大したモノだ。



「た、助かった。」

「……チッ……」

「此の唐変木、覚えてなさいよ。」

「そう言っても、覚えてないと思うがな。――スマナイな副長殿、迷惑をかけてしまったか。」

「……此処はサムライの陣所、近衛を連れてくるのはお勧めしない――私はサムライ部隊の副長真鶴だ。」

「既に知っているようだが、シグナムだ。」

「紅月と弟から話は聞いている。私は神無の姉だ。」

「お姉さん!?鬼の副長が!?」

「……俺に何か用か?」



色々とあり過ぎて、本来の目的を忘れる所だったな……そうだ神無、お前に用が有ったんだ。――お前が良ければだが、一緒に任務
に行かないか?



「任務に?……生憎稽古の途中だ。任務なら後で……いや、丁度良い、稽古の相手をして行け。お前の力に興味がある。」

「待て、どうしてそうなる?」

「……すまないな、剣術馬鹿で。折角誘いに来てくれたのだ、無理にでも行かせよう。」

「……良いのか?」

「だが、一つ頼みがある。私にも、弟が手に入れたと言う鬼の手とやらを使わせて貰えないだろうか?」



神無はアレだったが、真鶴は協力的だな……だが、その交換条件として鬼の手をだと?……若しかしなくても、神無から鬼の手の事
を聞いていたのか?



「其の力は神無に見せて貰った。『鬼』を戦う上で、貴重な戦力だ。――代わりに私も任務に協力する。其れで頼めないか?」

「(駄目よシグナム!これ以上サムライに鬼の手が渡ったら、私達近衛が何をされるか分からないわ!)」

「(其れは大丈夫だ椿。鬼の手は人体には効果がない。)」

「(何それ?素通りするって事?……そう言う事は、早く言いなさい!!)」

「(言う暇がなかったのでな。)」

「……如何だろうか?」

「分かった。仲間は一人でも多い方が良いからな。」

「感謝する。」



――真鶴に鬼の手装着中。暫し待ってくれ。



で、装着完了だ。



「此れが鬼の手……不思議な石の輝きだ。……卿の厚意に感謝する。早速任務に向かおうか。」

「俺は行くと言ってないぞ。」

「お前には聞いてない。行こうか、シグナム。」

「好きにしろ。」



……姉弟の力関係が良く分かるやり取りだったな今のは。
だが、期せずして鬼の手の使い手が増えたのは嬉しい事だし、瘴気の穴を塞ぐのも三人よりも四人の方が成功率も上がるだろうから
真鶴の加入は、本当に有り難い事だ。
其れでは行くとしようか、『武』の領域の浄化にな!!













 
To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場



Side:グウェン


モノノフにとって禊は大事な事なんだが……冷水に身を浸すと言うのはなかなか慣れるモノじゃないな……って、誰かいるのか?



「グウェン!おま、今は男の時間だぞオイ!!」

「時継!?す、スマナイ確認不足だった!!」

「ちゃんと確認しやがれこのスットコドッコイ!!
 俺様がカラクリ人形だったから大丈夫だったかもしれねぇが、俺以外の野郎が使ってたら完全に駄目だったからな!!」

「う、うん。肝に銘じておく。」

禊の時間は確かめなくてはだな……シグナムにも言っておこう。