Side:梓
「結界の強化……だと?」
「ええ。
皆さんもご承知のように、この里は橘花さんの結界によって守られています――ですが、昨今の『鬼』の襲撃の増加を考えると、今のままで
は、些か心許ない――そこで、結界の強化を提案します。」
やって来た本部では、秋水が結界の強化案を出して来た。
確かに結界の強化が出来れば里の安全性は確保できるのかも知れないが、問題は方法だ……其れが認められない物であるのならば、如
何に優秀な策であっても認める事は出来ないからね。
「橘花さんの結界を支えているのは、里の周囲に配置された、結界子と言う巨石です。此れが、巫女の力を増幅し、強力な結界を張る事を可
能にしている。
この結界子を複数に砕き、疑似的に結界子の数を増やす。そして無数の結界子の相互作用で結界を強化する……其れが僕の提案です。」
「貴様……正気か!結界子の数だけ巫女に負担がかかる!橘花に死ねと言うのか」
「まさか、巫女の限界を考慮した上での提案です。
それに、橘花さんには、納得していただいていますよ。」
ふむ、一応の限界は考えている訳だが、それでもギリギリの策であるのは間違いない。
秋水の考えも理屈は通っているが、だがしかし、橘花への負担増を桜花が――否、ウタカタの皆が黙って見過ごす等という事はないだろう。
私も見過ごす心算は無いからな?……お前の考えは、現状では色々難しい物があるかも知れないぞ秋水。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務14
『Daemons Slayer:Azusa』
「橘花様……よろしいのですか?」
「必要であるのならば、やらなければなりません。……私には、守りたいものがあるから……」
「橘花……」
橘花も既に覚悟を決めているか……あの子は見た目からは想像も出来ない程に意思が固いだろうから、己の決めた事は曲げないだろう。
だが、それでも矢張り――
「「……気に入らないな。」」
と、息吹と被ったか。
だが、そう思っていたのは私だけではなかったという事だな?……いや、全員が思っていたのだろうが、私と息吹は言わずにいられなかった
と言った所か。
「結界を強化するまでもない。
要は『鬼』を里に近付けなければ良い――俺達の事が、信用できないってのか?」
「あくまで万が一に備えてですよ、息吹さん。」
確かに、大型の鬼の出現こそ少ないとは言え、最近の鬼の襲撃回数は少ないとは言えないからね……少しでも里の安全を確保する為にも、
結界の強化と言うのはしておいた方が良いのだろう。
だが、そんな事をせずとも息吹の言いうように『鬼』を里に近づけさせなければ良い訳だし、万が一の為とは言っても橘花1人に負担を強いる
と言うのは、矢張り是とする事は出来ん。
秋水よ、要は結界の強度が上がればいいのだろう?橘花の負担を増やさずに強化できる方法があるのならば、それでも構わないよな?
「梓さん?……まぁ、そんな方法が存在すれば、の話ですが。」
「ならば問題ない。今張られてる結界の上から、私が結界を重ね掛けすればそれで問題は解決だ。
橘花の負担を増やして強化した場合よりも、2人分の結界の重ね掛けだから、単純計算で結界の強さは倍になる。」
「……本気で言って居るのですか、梓さん?
確かに、貴女は大概規格外のモノノフの様ですが、神垣の巫女ではない。……結界を張る事など出来ないでしょう?」
確かに私は巫女ではないが、しかし私には『魔法』があるのを忘れて貰っては困るな?
魔法は、何も相手を攻撃したり、自身を強化するだけじゃなく、相手の攻撃を防ぐ為の障壁や、外部からの侵入を拒む結界を張る事にも使え
るんだ。
橘花1人で強化をした場合の強度は1.25倍、対して私が重ね掛けした場合は2倍――費用対効果は火を見るよりも明らかじゃないか?
費用は小さく、効果は大きくは基本だろう?……まさか、よりよい方法があるのに、橘花の負担を増やす方法は選ばないよな秋水。
「貴女の結界を実際に見てみない事には何とも言えませんが……如何やら、其れを悠長に見せて貰う暇はなさそうです。」
「何?」
――カンカン!カンカン!!
此れは……『鬼』か!マッタク大事な時に仕掛けて来てくれる!!少しは空気を読め、KY共め……いや、鬼に言うだけ無駄かも知れないが。
仕方ない、この件はまた後でにしよう。
「ウム、この件は保留とする。全員、迎撃準備にかかれ。」
了解。今し方、里に鬼を近づけさせなければ良いと言ったばかりで、里への接近を許してしまったとあっては、幾ら何でも笑えないからね。
だが大和、私達は直ぐにでも打って出る事は出来るぞ?節分であっても常在戦場、任務は受けないのが習わしとは言っても、鬼が現れてし
まったらその限りではないのだから。
「梓の言う通りですお頭。我等、何時でも出撃は可能です。」
「ふ、良い心構えだな――と、丁度良く物見からの報告があがった。北東、南東両方面に『鬼』の大群が集結しつつある。」
「大群って……」
「何処から集まって来たのか知らんが、嘗てない規模の敵だ。
捨て置けば、里は南北から挟撃される。此れを許す訳には行かん――戦力を集中し、各個撃破する。」
鬼の大群か……群れて現れると言うのならば、纏めて一網打尽にするまでの事だ。元より、纏めて倒すのは私の最も得意とする所だがな。
50匹でも100匹でも相手になってやろうじゃないか。
「梓、お前は残れ。」
「え?何故だ大和。私は出てはダメなのか?」
「どうにも胸騒ぎがしてな……里の守りにつけ。」
「里の守りに……了解した。」
鬼の討伐に向かわずとも、里を守るのも立派な任務だし、大和ほどの手練れが『胸騒ぎがする』と言うのは無視できる事ではないと思うから
ね……そう言う訳で、私は残るから、南北の鬼の討伐は任せるよ皆。
「あぁ、任せておいてくれ梓。私達としても、君が里の守りとして残ってくれると言うのならば、安心して戦う事が出来るよ。」
「こっちは任せて、テメェは昼寝でもしてな。サクッと片付けて来てやるからよ!」
いや、昼寝はダメだろ富嶽。里の守りを任されたんだから。――だが、くれぐれも気を付けてな。
とは言え、私の出番などはない方が良いのは明らかだが……何か用か秋水?と言うか、気配を消して背後から近づくな、普通に怖いから。
「此れは失礼……しかし梓さん、里の守りを任されたのは貴女ですか――他の方々は、皆出撃されてしまいましたね。
こうなると、此処も寂しいものです――時に、有耶無耶になってしまいましたが、先の結界の件、貴女が今の結界の上に結界を重ね掛けす
ると仰いましたが、その際の貴女への負担はどうなるのです?
神垣の巫女ですら小さくない負担となる結界……其れを巫女ではない貴女が張るとなると、相当な負担と思いますが。」
「其れに付いては心配無用だ秋水。
橘花の結界と違って、私の結界は張る際に魔力を大きく消費するが、一度張ってしまえば維持の為の魔力は必要ないのでね。
其れ以前に、この身は凄まじく頑丈な上に疲れ知らずなのでね?大型鬼の100体抜きでもやらない限りは、疲労で倒れる事もない。
序に言っておくと、仮に私が命を落としても、私の張った結界は解かれる事がない。と言うか力で破るか、私の意志で解かない限りは永久
的に張られているものだ――流石に、私の結界に私の結界を上乗せする事は出来ないけれどね。」
「……只のモノノフではないと思っていましたが、まさかこれ程とは予想外です。
いえ、魔法などと言う不可思議な力を宿している時点で、貴女をこれまでのモノノフの常識で考えるのは間違いでしたね……兎に角――」
――カンカン!カンカン!!
「!!」
「矢張り来ましたか……」
矢張りだと?秋水、お前知っていたのか!?なぜ黙っていた!!
「此れまでの鬼の行動から推察して、此方の戦力を二分にした上で別の一団が襲撃してくるであろう事は予測していました――と言うか、其
れを利用して結界を強化する心算だったのですから。」
「なんだと!?」
「大型の鬼が里に近付き、結界を攻撃して結界子が砕かれ、細分化する――鬼の方から進んで里の結界を強化してくれる筈だったのです。
だから黙っていたのですが――貴女が新たな結界強化策を見つけてくれた事で、其れが無用だと言うのをすっかり忘れていました。」
忘れていたで済むか、このバカ!
仕方ない、皆が戻って来てからにしたかったのだが、こうなっては四の五の言って居る場合ではないのでね……正式認可は受けていないが
結界の重ね掛けをさせてもらう!!
夜天の帳よ、我等を守護する盾となれ!!
――グン!!
此れで、結界は大丈夫だ。
其れよりも問題は鬼の襲撃だ!皆が出払って居る以上、私が出て討たねばならないだろうからね――大和!!
「嫌な予感ほど、よく当たるものだな。
奴等の陽動に嵌められた様だ……里の外には『鬼』共が犇めいている。」
「貴女が結界を重ね掛けしたとは言え、鬼の進行を完全に食い止める事は出来ないでしょう。」
だろうな……シャマルの結界ならば兎も角、私の結界は並以上ではあるとは言え、シャマルの張る堅牢な結界と比べたら強度は低いしね。
だが、そうなるとやる事は一つだけしかないな?
「打って出て、鬼を倒すほかない――出来るか?」
「愚問だな大和……出来るかどうかは問題ではない、やるかやらないかだ!
里を守るためだと言うのならば、一般的には無理だと言われる事であっても、道理を蹴っ飛ばして無理を押し通して何とかする物だ!!」
「頼もしい事だ……ならば行け。里を守れるのは、お前だけだ。
何れ他の者も戻る、其れまで持ち堪えろ。――里の命運、お前に託す。」
里の命運とは、随分と重いものを託されてしまったが、皆が戻るのを待つまでもない。陽動等と姑息な手段を使う連中如き、私1人で充分だ。
纏めて、叩き伏せて来るよ。
「待ってください。」
「橘花?如何した、私が結界を重ね掛けした影響でも出たか?」
「いえ、そうではありません。――梓さん、どうか、此れを持って行って下さい。」
綺麗な石だが、此れは?
「私の魂と結びついた結界子……その欠片です。私の声を、遠く離れた所に届けることが出来ます。
せめて、声だけでもご一緒させてください。」
「結界子……此れが。」
あぁ、有り難く頂くよ橘花。
声だけじゃない、お前の魂と結びついていると言うのならば、この結界子はお前の欠片その物と言えるから、魂もまた一緒さ。…ありがとう、と
ても、嬉しいよ。
「……ご武運を!」
「あぁ、行ってくる!!」
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・・・・・・
・・・
という訳でやって来たぞ、里に最も近い『雅』の領域に。
《聞こえますか?間もなく皆さんが戻ります……それまで、如何かご無事で。》
橘花か、よく聞こえているよ。
だが、さっきも言ったが皆の帰りを待つまでもない……私1人で充分だ!
『『『『ギャギャギャギャギャ!!』』』』
『『『『シャァァァアァッァ!!!』』』』
ガキとササガニ……雑魚中の雑魚が群れているようだな?
ガキの中には、何体か『黄泉』個体が見て取れるが、その程度の戦力でウタカタの里を落とせるとでも思っているのか?私が、里の守りに残
ったのは、お前達にとって最大の不幸だったかもしれないな。
黄泉路に向かうが良い!!
――ズババババババババババババババババババ!!!!
私の居合は、一振りで10の鬼を葬ることが出来る。
故に貴様等の様な、雑魚が何体来たところで相手にならんぞ?私を倒したいのならば、百鬼夜行ではなく、最低でも億鬼夜行でないとな。
《次、来ます。》
ふ、まだまだ来るか……良いだろう、せめて準備運動位にはなってくれ。
『『『『『シャァァァァァァ!!!』』』』』
『『『『ガオォォォォォォ!!!』』』』
『『『『ガガガガガ!!!』』』』
今度はササガニと、ドリュウと、ヌエか。
ヌエの黄泉個体は、小型の鬼としては比較的強力な部位に入るが、それでも私の敵ではない。何よりも、橘花が出現を教えてくれたお陰で、
既にお前達を倒す準備は出来ていたのでね。
「封縛!吠えよ!!」
――ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!
他愛もない……深き闇の中で、永遠に眠るが良い。
さて、これで終わりか?だとしたら、余りにも呆気ないが……
《気を付けて下さい……とても、強力な鬼が近づいています……来ます!》
矢張り大将が控えていたか……そうでなくては歯応えがなさすぎるのでね――来い!!
『キシャァァァァァァァァァァァ!!』
「ミフチか……良いだろう、相手になってやる!」
生憎と、まだ火属性の刀はもって居ないが、それでもオヤッさんの鍛えた業物ならばどの刀でもお前を切り裂く事など造作もない事……文字
通りに児戯に等しい行為だ。
其れにだ、ミフチはウタカタに就任する前に既に倒している……お前など、所詮は踏み台に過ぎん!!
――ズバァ!!!
『ギ?』
「故に、お前の爪が私を捕らえる事はない……此れから始まるのは戦いではなく、一方的な虐殺と知れ。
弱い者苛めは趣味ではないが、里に危害を加えると言うのならば話は別だ。里に来て、一月程度とは言え、あそこは私の大切な場所なの
でな……其処に攻め入る敵は、誰であろうと排除する!」
――ズバババババババババババババババババ!!!
『ギャァァァアァァァァァァァ!!!』
逆手連続居合斬で、足も爪も全て吹き飛ばして、此れで全部位破壊だが、これで終わりではないぞ?……封縛!!
――ガキィィィン!!
『ガァァ!!』
「如何にお前が大型の鬼とは言え、動きを完全に止められては何も出来まい……覚悟を決めるが良い。」
《す、すごい……此れが、モノノフの力……!!》
そうだ、此れが人を鬼の脅威から護るモノノフの力だ橘花!そして、その究極系をその目に焼き付けろ!!
遊びは終わりだ!!泣け、叫べ、もがけ苦しめ、そして死ね!!だが、楽には死ねんぞ……これで、燃え尽きろぉ!!!
――ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ、ドガァァン!!ズバァア!!ドッガァァァァァァン!!!
『ギヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
「夜天の空を見るたび思い出せ。」
刀での斬撃と魔法を合わせた乱舞攻撃だ。
技名はまだないが、威力の方は申し分ない……精々、あの世で赤鬼の責め苦に会うが良い。鬼が鬼に苦しめられるとは皮肉だがね。
《梓さん……良かった。》
いや、お前が鬼の出現を教えてくれたおかげで、とても楽だったよ橘花。
ミフチの骸を払ったら帰還する――取り敢えず、里は守れたようなので良かったよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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・・・
「里は無事か……!よく持ち堪えてくれた、梓!」
「てめ、此れを一人でやったのか……?ったく、大した奴だぜ。」
皆戻ってきていたのか。
あぁ、里の守りを任されたのでね、全力でやらせて貰ったよ……だが、ちょっとつまらなかった。皆が一緒だったら、私の新技を見て貰う事が
出来たのに…!!
「其れは、またの機会にという事にしておこう。
しかし、此れは……結界が強化されているのか……?」
「あぁ、出撃前に、私の結界を重ね掛けしておいたからね。」
「きみが言って居たアレか?……そうか、それでは、橘花への負担は――」
此れまでと変わらないだろうね。
或は、多少は軽減されているかもしれないぞ?
私の結界は、他の結界に重ね掛けした場合、その結界の補助的な事もするから、橘花の結界に干渉して、出力を補助して、橘花への負担を
僅かばかりだが、軽減している筈さ。
「本当か!!
あ……あぁぁ……ありがとう梓……此れで、これ以上橘花に負担をかける事がなくなった……ありがとう……ありがとう……!!!」
「なに、此れ位は当然の事だ。」
橘花の覚悟は見事だと思うが、だからと言って負担を強いるのは間違いだからね。――私は、私に出来るだけの事をしただけに過ぎないよ。
何よりも、仲間を助けるのは当然の事だろう?
橘花はモノノフではないが、巫女として鬼が里へ侵入するのを防いでいると言うのは、別の形で鬼と戦っているのだからね。
其れよりも桜花、橘花の元へ行ってやれ。
あの子はあの子で、姉が死地に赴いている事を心配していたからな。
「分かった、橘花に無事に戻って来た事を報告して来るよ。」
「そうすると良い。」
何にしても、鬼の陽動に乗せられた形になってなってしまったが、里を守ることが出来て良かったよ。
だが、其れとは別に、矢張り秋水の事は注意しておいた方が良いな?如何に里の守りを固める為とは言え、巫女への負担が増大する手段を
平然と選ぶと言うのは正気とは思えないからね……
To Be Continued…
おまけ:本日の禊場
さてと、任務が終わったら、穢れを落とす為に禊は当たり前なのだが……秋水、何故いるし。
「其れは僕のセリフです。――今は、男性の時間であったと記憶していますが?」
「少しばかりフライングしてしまったと言う奴だ、あまり気にするな。」
「其れは些か無理があるかと……その、出来れば背を向けて頂けるとありがたいのですが……」
「だが断る!」
「貴女には恥じらいと言う物は無いのですか梓さん!」
見られて恥ずかしい所など何処にもないから、問題ない。
其れに禊は、白い禊装束を着て行うモノだから恥ずかしくもない!それ以前に、既にこの身体は、主に……いや、其れは言う事ではないな。
「微妙に透けていますが……」
「腕を組んで居れば見えないから大丈夫だろう?」
「……何を言っても、無駄の様ですね。」
うん、だから諦めろ。
そんな訳で秋水と禊をした――次の任務で鬼の骸や部位を払ったら、素材が2個手に入るかも知れないな。
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