Side:梓
大和から頼まれた故に、無視はできないが……一体初穂は何処に行ったのだろう?
樒もオヤッさんも知らないって言ってたからな……或は初穂は、誰にも知られずに孤独を抱えているのかも知れない…其れを取り除かねば。
っていた、初穂。
神木の前に居たのか――如何した初穂、何か悩み事か?節分の話の後、少し思い詰めていたようだったが……節分に何かあったのかな?
「梓……大和に何か言われた?」
「鋭い事で。お前の事を頼むと言われてしまったよ。大和自身では駄目だそうだ。
まぁ、私としてもお前のさっきの様子は気になったのも事実だがね――その、何て言うかだな、悩み事があるのならば誰かに話すだけでも
意外と気が楽になるモノだぞ?
其れに、普段ムードメーカー的なお前が、何か悩んでいると言うのは此方としても調子がくるってしまうからね。」
「むーどめーかー?……何それ?」
……あぁ、横文字はダメだったなそう言えば。
場の雰囲気を明るくしてくれるとか、場を盛り上げてくれるとか、そう言う事をしてくれる人の事だ。
初穂は意識してやってるのではないと思うが、お前の明るさがウタカタのモノノフ達の雰囲気を良い物にしているのは事実だからね。
「そっか……少しは、役に立ててたのね私も。
でも、そう言う事なら、ちょっと聞いて貰おうかな私の事――大和と私以外には知らない、私の秘密を。君になら、話しても良いと思うから。」
あぁ、聞かせてくれ。
何が出来るかは分からないが、話を聞くのはタダだからね。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務13
『時の迷い子と節分と神垣の巫女』
「私はね、浦島太郎なんだ。」
浦島太郎?唐突だな。
浦島太郎と言えば、確か虐められてる亀を助けたら、お礼に竜宮城と言う所に連れて行って貰って、其処で豪遊して戻ってきたら自分の知っ
ている世界ではなくなっていたと言うアレか?
「そう、其れ。……私は、40年前の世界から流されてきた……。
40年前、私はウタカタで暮らしてた。近所に大和が住んでて、弟みたいに思ってた。」
「40年前から……時を超えたと言うのか?
……それでか、大和に対しても姉であるかのように振る舞うのは。40年前ならば、大和は10歳だから、確かに初穂の方が年上だしね。」
「うん。でね、ある日、用があってウタカタを出たの。
でも、霧の中で道に迷っちゃって……あっちこっち彷徨って、やっと帰ってきたら、40年が過ぎてた。
――どうしてそんな事に成ったのか、今でも分からない。あんなに小さかった大和は、すっかりおじさんになっちゃってるし。
……『鬼』は時間の流れを歪めるから、それに巻き込まれたのかも知れない。そう、大和は言ってたわ。――当時は、神隠しだって騒がれ
たみたい。」
神隠し……どころの騒ぎじゃないだろう。
時空管理局の技術を持ってしても、時を超えるのは不可能だと言うのに、其れが超常的な力で引き起こされ、人が1人時を超えてしまったの
だからな。
「以来、私は1人ぼっち……お父さんも、お母さんも、友達も……みんな死んじゃった。」
「其れは、辛いな。
だが、お前は居なくなった者達の事を忘れてはいないのだろう?……ならば大丈夫だ。お前が覚えている限り、その者達の心は一緒だ。」
「そうかな?そうだと良いな……でも、大丈夫!私はお姉さんだから。
くよくよせずに、毎日楽しく生きて行くって決めてるの!だって、勿体ないじゃない?何時だって笑ってた方が、お得感があるって言うか。」
笑う門には福来る、だな。
確かに、くよくよしながら後向きに生きるよりも、笑いながら前を向いて生きる方が100倍良いに決まっている。
「でしょ?……聞いてくれてありがと。話せて、気が楽になったわ。
あ、でも他の人には内緒よ?あんまり心配されたくないから――そう言う訳で、これからもよろしくね!」
「了解だ。此方こそ、宜しく頼む。」
ふぅ……まさか、初穂が此処まで重い物を抱えていたとはな。
私も刹那の目覚めと、永き眠りを繰り返して1000年以上生きて来たが、其れとはまるで意味合いが異なるからね――いきなり40年の時を
超え、見知った人間が1人しか居ないなどと言う孤独は、想像も出来んよ。
ともあれ、話は聞いたからな――初穂も、取り敢えずは何時もの調子に戻ったから、一応大和に報告しておくか。
自宅の裏口から、何故か直結してる総合本部でな。……明らかに距離がオカシイ、一体あの家はどうなってるんだ、大和?
「知らん。あの家を建てた大工も、もう居ないのでな。其れよりも、初穂は?」
「話を聞いたよ……全く予想外だったけれどね。」
「そうか……聞いたか。
初穂がどうやって40年の時を超えたのか、俺にも分からん。神隠しと言えば聞こえがいいが……」
「鬼の力が干渉した可能性は否定できない、か?」
「其れもあるが、初穂にとって、此処は異世界と同じだ――俺も、異世界の住人の一人に過ぎない。
だが、お前は違う。対等な立場の人間だ。とんだお転婆だが、支えてやってくれ。」
対等な立場か……確かにそうかも知れないな。
40年前の世界からやって来た初穂と、文字通り別の世界からやってきて、梓の魂と融合した私……何方も『今』の世界の住人ではないのだ
からね。
「分かっているよ大和。強がってはいるが、自身に降りかかった理不尽な出来事を、そう簡単に割り切れるものでもない。
初穂自身があまり望んで居ないから、過剰な干渉はしないようにするが、せめてあの子が寂しい思いをしない様にだけは努めてみるさ。」
「頼む。
アイツは、今も俺にとっては、口うるさい姉の様な者でな…」
年下の姉代わりか……大和も大和で複雑だろうな。
さてと、今日は特にやる事もないが、休むには少し早いな……昨日は桜花と飲んだから、今日は富嶽辺りでも誘って飲むとしようかな?
って、何を飲む事前提で考えているんだ私は?……前の世界では別分飲む方ではなかったのだが、此れも或いは、梓と融合した影響か?
意外と、飲兵衛だったのかな梓は。考えても仕方ないか。
結局、富嶽を誘ったんだが、何処で聞きつけたのか息吹も混ざっての酒の席となったな。
ただ、酒だけだったのが少し寂しかったので、今度よろず屋で肉や魚を購入して燻製でも作ってみよう……矢張り、酒の肴は欲しいからね。
で、翌日。
当然の如く今日もお役目を消化中で、只今の相手はカゼキリ。――素早い動きは、意外と厄介だが……封縛!
――ガキィィィン!!
『が!?』
「こうして、バインドで四肢を拘束してしまえば機動力は完全に奪う事が出来るし、此れはお前の力では破る事は出来ん。
そして、私も此れを解いてやる心算は無いのでね?桜花、初穂、那木……殺れ。」
「何やら不穏な字が当てられた気がしなくもないが、最大の武器である足が止められたのならばカゼキリとて脅威足り得ん。華と散れ!」
「便利よねぇ、魔法って。兎に角、喰らいなさい!」
「此れにて終幕にございます。」
――ズバァ!!
――ザシュゥ!!
――ザクゥ!!
見事に決まったな、3連続の鬼千切りが。
其れを喰らって、まだ生きているのだから『鬼』の生命力には感服するが……私の封縛に捕らわれた時点で、お前は完全に詰んでいる!!
吠えよ!
――バガァァァァァン!!
封縛は、只の拘束魔法ではなく、炸裂させて相手にダメージを与える事も出来るモノでね?鬼千切りを3発喰らった身体には効いただろう。
そして、これで終わりだ。
この戦いが始まった時に、既にこの空間に、見えないようにハウリングスフィアを4つ設置していたのでな。
ハウリングスフィアは、触れると爆発する魔力球体だが、其れその物が砲台としても機能する……深き闇に沈め、ナイトメアハウル!!
――ドゴォォォォォォン×5
『ガァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
「此れにて、任務完了だな。」
「マッタク、その魔法と言うのは凄い物だな本当に?
近接戦闘では剣術と体術、中距離異常では魂のタマフリと魔法、更には複数体のミタマを宿せる事で、理論上は攻・防・迅・癒・穏・空・魂・
賭・献・懐・操の全てのタマフリを使う事も出来るのだから、本当に隙が無いな梓は。」
まぁ、大分反則的な存在であるのは確かだろうね。
此れまでの任務で、新たに癒と穏と賭のミタマを手に入れた事で、戦いの幅も広がって来たからな――元々、戦いに於いて不得手な事等は
存在していないけれどね。
ともあれ、此れで節分前の御役目は全て終わったかな?
他に出されていた御役目は、息吹と富嶽が当たっていたし、速鳥は速鳥で独自に御役目を消化していたみたいだからね。
そんな訳で、戻って来たぞ大和。今日も今日とて対して苦戦はしなかったぞ?
「……お前が本当に新米なのか、一度霊山に問い質したくなるが、有り難い誤算と言う事で深くは聞かないでおこう。
其れよりも、任務ご苦労だった。どうやら『鬼』の掃討は済んだようだな?――ちょうど明日は節分だ、今日はもう帰って休め。」
自分で言って居れば世話ないが、私は言うなれば存在が犯罪らしいからね。(主とリバースユニゾンした私と戦った、小さき勇者がそう言って
いたしね。)
しかし、明日はもう節分か……よろず屋で海苔と適当な食材を購入して恵方巻を作らないとな。
「……だが、油断はするな。
季節の変わり目には『鬼』が出る……何が起こるかは分からんからな。」
「気を抜かずにか……無論承知しているよ大和。
例え節分で任務がなくとも、モノノフは常在戦場の心を持たなくてはならない――そうでなくては、咄嗟の襲撃に動く事が出来ないしな。」
「ふ……分かっているのならば其れで良い。
時に梓、お前は中々上等な酒を持っているそうじゃないか?桜花から聞いたんだが、今度俺にも飲ませてくれ。」
大和、お前も酒好きか?……まぁ、好きそうな顔をしているか――相分かった、今度持って来るよ。
此れは追加の酒もよろず屋で買わないといけないかもしれないな……ん?――アレは、橘花と秋水?珍しい組み合わせだが、何を………
「という訳で、如何でしょう橘花さん?」
「………………」
「里を守るには、最善の方法と自負していますが……貴女には相当の負担を強いる事に成るでしょう――矢張り、止めておきますか?」
「……私を、侮っておいでですか?――其れで里が守れるのならば、やりましょう。」
「そう言って頂けると思っていました。――では、準備を進めておきますよ。」
「………姉様……」
……距離があるせいで、よく聞き取れなかったが、如何やら秋水は橘花の、神垣の巫女の力を使って里を守る手段を考えたらしいが、その
方法は橘花に負担がかかる。
だが、里を守るためならば橘花は其れを辞さない…と言った所か。
橘花に無茶はしてほしくないが、それでもあの子は里の為ならば無茶をしてしまうのだろうな……せめて、魔力を分け与えて負担を軽減させ
てやるか。あの子はあの子で、頑張っているのだからね。
しかし秋水は、どうにも何を考えているのか分からない部分があるな?
敵という訳ではないが、だからと言って完全な味方かと言うと、ウタカタのモノノフとは意図的に微妙な距離を取っているように見える――私
の杞憂であればいいのだが、如何にも何かを考えている気がしてならん……一応、同行は注視しておくか。
で、家に戻って来たんだが……何故普通に居る、桜花、そして那木、更に初穂!!
「いや、この前はご馳走になったから、今度は私がと思ってね?丁度よろず屋で、上物の純米酒を手に入れたから一緒にと思ってな。」
「舶来の品である『ちーず』なる物が有ったので、珍しいので買ってみたのでございます。どうせなら、梓様も一緒にと思いまして。」
「私は、桜花と那木が梓の家に入ってくのを見たから、其れに付いて来ただけ。」
要するに、酒盛り目的か……まぁ良いさ、私も好きだからね。主に梓の魂のおかげだが。
節分の前夜祭だ、酔いつぶれないように楽しむとしようじゃないか。
「「「賛成!」」」
で、大いに楽しんだが……まさか那木が買ったチーズにブルーチーズが混じっていたとな……私は、何とか大丈夫だったが、桜花と初穂は流
石に駄目だったか……一口食べてKOされたからね。
そんなこんなで、節分当日!!
「梓さん、起きてますか?」
この声は、木綿だね?あぁ、起きているよ。
昨日は結構飲んだはずなんだが、全く持って身体に残って居ないのだから、この身体のアルコール分解能力は途轍もなく高そうだ……それ
で、何か用か木綿?
「はい、今日は節分です。
え~と、先ずは日ごろからお世話になって居る人達に挨拶をして回ります。その際に『鬼は外、福は内』と声をかけてあげてください。
その後、皆さんで集まって、再度『鬼は外、福は内』と唱和します。其れで厄払いは終わりです。
いつも任務ばかりですから、今日くらいは気を休めて下さいね。」
「了解だ。わざわざありがとう。」
一口に節分とは言っても、私の居た世界とこっちの世界では、違いもあるようだな。
まぁ、この世界には現実に『鬼』が居る故に、『鬼は外』の意味合いも相当に重く感じるけれどね……取り敢えず、皆に挨拶回りと行くか。
――節分の挨拶回り中だ。少し待っていてくれ。
ふふ、矢張り節分はモノノフであっても、少し気分が違う様だ。
初穂は鬼は外の唱和に戸惑いがあるようだし、那木は相変わらずの説明魔、速鳥は天狐相手に隠形の訓練、息吹は相変わらずの伊達男っ
振りが健在だったな――と言うか、私は天然なのか?息吹の問いに思ったように答えただけなのだがな。
節分なんて関係ないと、鬼はブッ飛ばして福は誰かにくれてやれと言うのは実に富嶽らしかったな。今度一緒に御役目を受けた際には倒した
『鬼』の数で勝負だな。
そして桜花からは、ムスヒの君なる人物の事を聞かされたな。
何でもモノノフの始祖で、あずまの地の果てに暮らしていたとか――何やら不思議な力を持っていたがそれ故に『鬼』と恐れられたはな。
果たして、其の物は如何なる思いで『モノノフ』を作ったのか……其れは想像もつかない事だ。だが、良い話を聞かせて貰ったと思うよ。
其れに、梓自身もあずまの出身故に、ムスヒの君とやらがあずまの出身と言うのには親近感を覚えるからね。
総合本部では、大和に初穂と一緒に思い切り豆をぶつけてやったが……其の後で滅茶苦茶怒られた。
木綿には、起こしに来てくれた礼として恵方巻をプレゼントして、秋水にはこの間の任務で拾った良く分からない物を渡しておいた……以前に
『任務で良く分からないものを拾った時には持って来てくれ』と言う趣旨の事を言って居たから別にいいだろう。
あとは橘花だが……
「梓さん……今日は任務はお休みですか?」
「あぁ、今日は節分なのでね――行き成り大型鬼が里を襲撃して来た的な事が無い限りは、今日は一日暇だよ。」
「そうですか……一つ、お願いしたい事があります――私を、此処から連れ出して頂けませんか?里をゆっくり見て回りたいんです。」
なんだ、其れ位は別に構わないぞ?
と言うか、大和の配慮でそれ程不自由は無いのだろう?自由に出歩けばいいじゃないか。
「確かに、お頭の配慮である程度の自由はあるのですが、それでも外を出歩く時は決められた護衛が付くので本当の意味で自由では……」
「成程、そう言う事か。」
神垣の巫女は、里にとっては無くてはならない存在だから、絶対に失う事は出来ない。
大和は橘花を窮屈な部屋に閉じ込めるような事はしないが、それで外出の際は決められた護衛を付けなばならないから里を自由に歩く事は
儘ならない……其処で私か。
確かにモノノフが一緒ならば、神垣の巫女が外を出歩いても不思議ではないし、橘花1人を護る位は私にとっては雑作もないからね。
では、行くとしようか。
「よろしくお願いします。では、行きましょう。」
「あぁ、行こうか。」
其れから、橘花と一緒に里を見て回った。
オヤッさんの所にいった時に、少しは身体を動かせと言われたので、ベースボールを勧めてみたのだが、まさか桜花から180度以上間違い
だらけの知識を授かっていたとは驚きだったよ……如何してアレが武術に代わってしまうのか、桜花に問い質す必要があるな。
挨拶回りを終えた後は、橘花の願いで神木の前で一休みだ……落ち着くな此処は。
さて、ソロソロ―――って、里のモノノフ達か、何かあったのか?
「橘花様、梓様、直ぐに総合本部にお戻りください。
既に皆が集まっておられます――秋水殿から、何か大事な話があるとか。」
「……始まりましたか――戻りましょう、梓さん。」
始まったとは、何がと聞くのも野暮だな。
恐らくは、この間秋水と話していた事なのだろうが、態々皆を集めるという事は、可成り重要な事なのだろう――だが何故だ、途轍もなく嫌な
予感がする。ともすれば、橘花の優しさと強さに浸け込む悪意を感じてしまう様だ。
秋水、お前は一体何をしようとしているんだ?
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
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