Side:シグナム
さてと、主計は本部に居るとの事だったか……受付に居る眼鏡を掛けた彼がそうかな?
「こんにちは、何か御用かな?
おや、君は……シグナム君だな。紅月君から報告を受けている――証の儀に合格おめでとう。とても優秀な成績だ。
紅月君が褒めていたよ――彼女は里で最強だ、誇ると良い。本部を代表して、新たな仲間を歓迎しよう。」
「恐縮だ。」
私は私の為すべき事した、其れだけだからな。
だが、そうであっても、己の行いを称賛されると言うのは悪い気分ではないな。
「私は主計、此処の事務官をしている。
本部では、『鬼』の情報を集約して、個々のモノノフに討伐依頼を出している。今後は君にも依頼する事になるだろう――只、無
理は禁物だ。
彼を知り、己を知らば百戦危うからず――任務の内容に、自分の実力が追い付いているか、よく考えて受ける事だ。」
「ふ、至言だな主計殿。」
だが心配せずとも私は己の力量は分かっているから、無茶な任務を受けて命を散らす心算は毛頭ない――死して護るよりも、生
来て護る事が大事だと言う事は理解しているからな。
「其れならば安心だ。
だが、最後に幾つか決まり事があるから、日頃から注意してくれ。」
「無論だ。決まり事は守らねばならないからな。」
世の中には『決まり事は破る為にある』などと言う輩が居るが、そんな奴はホントに一度、頭をカチ割ってやった方が良いのでは
ないかと思う……その地の決まり事があるのならば、其処で暮らす者として、其れを守るのは最低限の義務だ。
ふふ、私の考えは、少し固いかも知れんがな。
討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務133
『初めての共同戦線と、そして……』
其れでだ主計殿、マホロバの決まり事とは?
「一つ、職務を疎かにするべからず。
一つ、モノノフ同士争うべからず。
一つ、神垣ノ巫女を軽んずるべからず。
最後に、お頭に背くべからず。」
「成程な……だが、最後の決まりは……」
「……今は、無効だね。
お頭は、2年前に亡くなってしまった――里には、必ず指導者たるお頭が居るモノだが、マホロバでは空席のままだ。
色々、複雑な事情があってね。」
「複雑な事情……」
里の指導者たるお頭が、2年もの間不在と言うのは流石に異常事態としか言えないが……どんな事情が有るにせよ、此のままと
言う訳には行くまい?
指導者が不在のままでは、里が一つに纏まる事も出来ないだろう?
「其の通りだ。
しかし、近々『お頭選儀』がある。里の全員で、新たなお頭を選ぶんだ。
シグナム君も、誰に票を入れるか考えておくと良い。
近衛の隊長・八雲と、サムライの隊長・刀也が候補だ。」
「あの2人か……」
其れならば圧倒的に刀也だな私は。
八雲のようにお喋りな男よりも、必要な事だけを静かに語る男の方が好感が持てる――だが、其れも候補がその2人しか居なけ
ればの話だ。
私としては、その2人よりも紅月がお頭になるのが良いんじゃないかと思うんだが、如何思う主計殿?
「私も、出来れば彼女に立候補して欲しいんだが……あの事を考えると難しい――スマナイ、余計な事を言ったな。
最後に一つ、気をつけて欲しい事がある――『行動限界』だ。
『鬼』の住む異界には、『瘴気』と言う毒が満ちている。此れを1度に取り込み過ぎると死ぬ。
正常な場所に居れば排出されるから、危険だと思ったら直ぐに里に戻ってくれ。長居は無用だ、良いね?」
「了解した。」
行動限界か……モノノフが裏の存在であった頃には無かった概念だな。
人の世に現れる『鬼』は瘴気を纏ってはいたが、其れはモノノフにとっては取るに足らない程度の物だった……が、『鬼』によって
作り替えられてしまった異界は瘴気で満ちており、モノノフであっても長時間は活動できないと言う訳か。
「他に困った事があったら相談を。
モノノフを支えるのが、私達の仕事だ。では、此れから宜しく頼む、シグナム君。――汝に英雄の導きがあらん事を。」
「あぁ、此方こそだ主計殿。」
主計殿……中々に好感が持てる人物だったな。
さてと、次は鍛冶屋だな。時継が色々と教えてくれるんだろうが……時継だけじゃなく、紅月と焔も一緒か。
其れで、私は何をすればいいんだ――何て聞くまでもないな?鍛冶屋で、武器か防具を新たに作れと言うのだろう?
「はい。『鬼』を倒す武具は『鬼』からしか作れない……里を襲う『鬼』を倒しながら、より強い武具を鍛えて行って下さい。
其れを繰り返して行けば、何物にも負けないモノノフとなるでしょう。」
「確かに其の通りだな紅月。
だが、私の連結刃『十束』は、私専用に作られた特別製の武器だから新たに作る事は出来ないだろうさ。
何よりもこの剣は、ゴウエンマやクナトサエ、ヤトノヌシと言った最上級の『鬼』の素材から作られているから、これ以上鍛えよう
もない……まぁ、防具に関しては幾つか他の物を作っておくべきかも知れないがな。」
「お前さんの武器は特別だからな。
新たに作る事は出来ないが、其れでも鍛錬する事は出来る――これ以上鍛えようがないとは言っても、其れは10年前の話だ
ろう?
今の鍛冶屋の技術なら、更に鍛え上げる事は出来るかも知れねぇからな。」
「俺の仕込鞭だって10年モンだ。今更変える気にはなんねーな。」
ふふ、長年使ってきた武器は相棒、或いは己の半身とも言うべきモノだからね……何よりも、私にとって十束は10年前の戦いを
知る唯一の存在だから尚更だ。
まぁ、私の場合は十束だけでなく、必要と有れば拳や蹴りを使っての戦いも行うから、手や足の防具は強化しておくべきなのかも
知れないね。
「考え方は、人夫々、自分に合ったやり方を見つける事です――尤も、貴女は既に見つけている様ですねシグナム。」
「あぁ、私のやり方は既に決まっているよ。」
「なら問題はねぇな。
手に入れた武具と素材は、自宅の武具箪笥と収納箪笥に入れとくんだな。
あの家は、元々カラクリ研究所の物置だ。倒れてたお前を運び込んだ時に、博士が片付けたのさ――あの野郎が、自分で働く
なんざ珍しいぜ……
っつう訳で、誰に気兼ねする事もねぇ、好きに使いな。」
「勿論、そうさせて貰おう。」
「……最後に一つ、私から頼みがあります。」
頼みだと?何だ紅月。
「依頼と共同作戦についてです。」
「依頼と、共同作戦?」
「この里で生きているのは、私達だけではありません。
住民の方々や、他のモノノフも大勢います……そうした人々に手を貸す事もまた、モノノフの職務の一つです。
良い機会です、私と一緒に人助けをしてくれませんか?
里の周辺に、困っている人や『鬼』と戦っているモノノフが居る筈です。そうした人達に手を貸しに行くのです。」
「ふ、是非もない。」
「オイオイ、面倒臭えな……」
「ガタガタ言ってねぇで行くぜ。人を助けてこその勇者だ。」
「勇者ねぇ……」
「行きましょう、シグナム。」
応!
其れがモノノフの使命だと言うのなら、私は其れを果たすだけの事だ……困っている人々、そして『鬼』と戦っている他のモノノフ
を助けないと言う選択肢は無いからな。
ならば早速外のマホロバ兵陵地に向かうか……何らかの依頼か、共同戦線が展開されているかもしれんからな。
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と言う訳で里周辺を回っていたんだが……見つけたぞ共同戦線!
相手はモノイワの大群か……下級の『鬼』だが、固い甲羅に覆われていて、高い防御力を誇る厄介な相手だな?……助太刀さ
せてもらうぞ!
「援軍!恩に着る!」
「モノノフ同士、助けるのは当然の事だ。」
堅い相手が此れだけ集うと厄介な事この上ないからな……何体かは倒したようだが、鬼祓いをする暇もなかった様だ――が、そ
れが逆に好手となる。
十束!!
――ギュルン!
連結刃状態でモノイワの骸を絡め取って連結刃を巻きつけ……そして其れを一気に引っ張って高速回転をさせながら他のモノイ
ワにぶつけてやる。
名付けて『鬼ベーゴマ』だ。今考えたモノだがな。
モノイワの甲羅は確かに堅いが、それ故に武器として使う事も可能なのだ……金剛石を削るのに金剛石を使うように、モノイワ
の甲羅は同じモノイワの甲羅を砕く事が出来るからな。
しかしだ、高速回転するモノイワの骸が、次々と他のモノイワを弾く様は圧巻だとは思わないか?
「……此れを圧巻と言わずに何とするって感じだぜ。」
「つーかよ、小型とは言え、『鬼』ってのはあんなに吹っ飛ぶもんなのか?」
「其れは分かりませんが、此れはシグナムの作戦勝ちと言った所でしょう。」
敵の力を利用するのもまた兵法だからな。
さて、大丈夫だったか?
「おかげで助かった。感謝するわ。
私の名は翡翠。サムライ部隊のモノノフだ――お前達の事は、刀也隊長に伝えておこう。」
「翡翠か、良い名だな。」
サムライ部隊のモノノフだったか。
此れからも共に戦う機会があるかも知れないな。
「目的を達成したようですね?お見事ですシグナム。」
「ざっとこんなもんだな。」
「んじゃ、里に帰ろうぜ。腹減ったぜ。」
焔……だがまぁ、目的を達成した以上は長居は無用だろう。
取り立てて周囲に危険な『鬼』の姿は確認できないからな――此処からだと、鬼の手を使って岩壁を登って行った方が近道か?
つくづく、鬼の手は便利なモノだね。
さてとマホロバに戻って来た訳だが……
「えぇい、まだ見つからないのか!」
「はっ……申し訳ありません、捜索範囲があまりにも広く……」
「愚か者どもめ、深追いするなと厳命した筈だぞ……」
何やら問題が発生したようだな?……如何した、何を揉めている?
「……八雲、何かあったのですか?」
「……紅月か……」
「……近衛の一隊が、異界から戻らない。」
なん、だと?
「大型『鬼』を追尾中だったらしい……恐らく、殺られたな。」
「貴様、言葉を慎めよ。」
「……現実を直視したくないなら、其れで構わん。
どのみちサムライも近衛も、異界の捜索で瘴気を取り込み過ぎた……行動限界だ。
これ以上の行動は不可能――自力で戻って来るのを期待するんだな。」
「……穀潰しが。
所詮外様は外様、下賤な血は隠せんと見える。」
「……言いたい事は、其れだけか?」
一触即発とはこの事か……だが、双方動くな!
――ジャキ!!
「「!!」」
八雲の喉元に十束の切っ先を、刀也の喉元に鞘の先端を向けてやれば大人しくせざるを得まい……人体急所の喉を突かれた時
の苦しみは想像を絶するからな。
「新参者の私だが、其れでも近衛とサムライの対立は知っている――が、お前達は近衛やサムライである以前に、『鬼』を討つモ
ノノフだろう。
過去にどんな因縁があろうとも、協力するのが約定だろう。」
「シグナムの言う通りです。
自らが立てた誓いに背く、それが誇り高きモノノフの道ですか!」
紅月も一喝したか――とは言え、此のままでは収まらんだろう……だから、この場は私が預からせて貰うぞ。
「……何の心算だ、東のモノノフよ?」
「八雲、お前達に手を貸そう。」
「何だと?」
私達が救援に向かう、それで良いだろう?
「オイオイ、俺達が探すのかよ?」
「悪かねぇ考えだが、異界は広大だ……俺達だけじゃ、時間がかかり過ぎるぜ?」
「その点は心配するな。」
博士、来てたのか!
「貴様は、魔女……」
「出たな、地獄耳。」
酷い言われようだが、貴女が心配するなと言うのならば、効率的に探索する術があると言う事だと思って間違いないか博士?
「うむ。
『鬼』の痕跡を辿る手段がある――全域を探索せずとも部隊を発見できるはずだ。部隊が消息を絶った場所は分かるか?」
「……安の領域の遺跡の近くだ。連絡要員を残して消えた。」
「なら、其処から痕跡を辿れば良い。
シグナム、現場指揮はお前が取れ。鬼の手の扱いに、最も長けているのはお前だ。――鬼の手を使って痕跡を辿る。
通信で指示を出すから、その通りに行動しろ。」
「了解した。」
「時間が惜しい、直ぐにでも取り掛かるぞ。」
無論だ、是非もない。
行動限界の事を考えると、一刻の猶予もならないからな……消えた近衛の部隊、必ず探し出して見せようじゃないか――!!
To Be Continued… 
おまけ:本日の禊場
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