Side:シグナム


私が横浜で戦っていた頃から10年が経ったのが今なのだが、其の10年の間に一体何があったんだ紅月?



「10年前のオオマガドキで、この世界は大きく変わりました。
 『鬼』が世界に溢れ、大半の人々は殺されてしまいました――明治政府は倒れ、今や『モノノフ』が唯一の統治機関です。
 霊山を頂点に、複数の里で僅かに残った、人の勢力圏を護っているのが今の状態です……その勢力圏を、私達は『中つ国』と
 呼んでいます。」

「僅か10年の間に、人の世は滅びの危機に瀕してしまったと言う事か。
 ……と言う事は、あの横浜での戦いでは『鬼』を殲滅する事は出来なかった訳だな……今の世界の実情は、10年前の私達の
 不甲斐無さが招いてしまった結果と言う訳か――此れは、謝って済む問題ではなさそうだな。」

10年前の私達の不甲斐なさが、此の世界を作り出してしまったのだと言うのなら、私は命を賭して『鬼』と戦わねばなるまいな。
そうでもしなければ、今を生きる人達に申し訳が立たん。



「シグナム、その考えはいけません。
 ドレだけの戦力をもってしても、10年前のオオマガドキを防ぐ事は出来なかった――人が全滅しなかっただけでも僥倖だったと
 考えるべきです。
 オオマガドキは、防ごうと思って防げるモノではなかった……ですが、其れを防がんと、10年前の貴女を含めたモノノフは死力を
 尽くした……其れで充分です。
 10年前のオオマガドキに関して、貴女が罪を感じる必要はありませんよ、シグナム。」

「紅月……」

あの戦いに参加していた身としては慰めにもなっていないが、その言葉には救われたよ……10年前の横浜で『鬼』と死力を尽くし
て戦ったのは、無駄ではなかったと思えるからな。



「いえ、大した事ではありません。
 他に、詳しく知りたい事は有りますか?」

「他に知りたい事か……」

正直な事を言うのならば、知りたい事だらけだが、其れを全部言ったら紅月でもパンクしてしまうだろうから、聞く事を幾つかに絞
っておいた方が良いだろうな此れは。









討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務132
『10年間の空白を埋めましょう』










取り敢えず、まず一番に聞きたいのはオオマガドキの原因だな?
我等モノノフが尽力しても防ぐ事の出来なかった厄災――その原因は一体何だったんだ?10年経った今でも、原因不明か?



「その通りです。オオマガドキの原因は、未だによく分かっていません。
 突如、北の地に鬼門が開き、其処から『鬼』が溢れ出て来たと言います。
 その『鬼』を迎え撃った戦いが、貴女の戦った横浜防衛戦です。」

「結局の所は、原因不明と言う事に帰結する、そう言う事か?」

「そう言う事になってしまいます……調べようにも、里の外の領域は『鬼』の瘴気で満たされていて、モノノフでない人間が立ち入
 れば、5分と経たずに死んでしまう死の世界と化していますから、調べようもないのです。」



何と最早、其処まで世界が危険な事になっているとはな――オオマガドキについては分かったが、その発端となった横浜防衛戦
は最終的にどうなったんだ?



「伝聞なので、些か齟齬があるかも知れませんが、横浜の護りに付いた部隊は、激戦の末殆どが殺されてしまったそうです。
 そして、軍神九葉だけが生き残った――『血塗られた鬼』と呼ばれながら……」

「矢張りそうか……博士の話から覚悟はしていたが、実際にそうだったと言うのを聞くと、些か堪えるな。」

尤も九葉は生きていると言うのを聞いて安心したのも事実だが――アイツが『血塗られた鬼』と呼ばれているのは納得できんな?
何故九葉がそんな名で呼ばれている?



「此れも伝聞ですが、軍師九葉は横浜防衛戦の後もモノノフの指揮を執り、『鬼』との戦いに尽力したのらしいのですが……『鬼』
 との戦いが熾烈さを増す中で、北の地を見殺しにしたと。
 故に、非常な手段を是とする『血塗られた鬼』と呼ばれているそうです。」

「馬鹿な、九葉がそんな事をするとは思えん!」

九葉は、私が知る限りでは、多くは語らずに口調も冷徹だったが、人の命を数で数える様な冷血漢ではなかった……何も考えず
に北の地を斬り捨てた筈はないんだ!!
記憶を失くしてしまった私でも断言できる……九葉は、只無駄に里を捨てる選択をする冷血漢ではないと!



「九葉本人も納得してねぇ選択だったのかもしれねぇな――其れこそ、オオマガドキなんて異常事態じゃなけりゃ見捨てなかった
 かも知れねぇ。
 北の地を斬り捨てなきゃ人の世は完全に滅びてた……逆に言うなら北の地を犠牲にすれば人は生き延びられる、そう考えたの
 かもな。」

「時継……」

オオマガドキとは、其れ程のモノだったのか……100を救う為に1を斬り捨てる選択をしなければならない程に。
やり切れん話だな、
そう言えば、今現在のモノノフと言うのはどうなっている?



「モノノフは『鬼』と戦う影の秘密部隊でした。
 ですが、オオマガドキで自分達の存在を隠す事を止め、里の結界を解き、外様の人々を受け入れ、共に暮らすようになったので
 す――他に、知りたい事は有りますか?」

「いや、其れだけ分かれば取り敢えず十分だ。」

「以上が、此の10年間に起きた事です……貴女には辛い話かも知れませんが……」

「……別にいいじゃねぇか。」



……焔?



「まだ生きてんだろ?
 なら、何も終わっちゃいねぇ――10年経っても喧嘩は続いてる。此処も横浜も大して変わりゃしねぇ。
 記憶を失くした?上等じゃねぇか……仕切り直しだ。喧嘩は最後に勝ちゃいいんだよ。
 勝ち目がない程、喧嘩は面白れぇ。テメェもそう思うだろ?」

「何とも、豪胆な事だな焔……だが、勝ち目がない程面白いかどうかは別として、戦と言うのは最後に勝てば良いと言うのには少
 し同意できる部分もある。
 勝てば官軍、そんな言葉もあるくらいだからな。」

「話が分かるじゃねぇか。」

「……不器用な励ましですね、焔。」

「ざっけんなよ、誰が励ましなんぞするかよ。」

「素直じゃねぇ野郎だ。
 もっとも、言った事は間違っちゃいねぇ。
 シグナム、お前は里のモノノフになった――此処からが始まりだ、『鬼』との戦いのな。」

「共に戦ってくれますかシグナム?」



言われるまでもなくその心算だ紅月。
何よりも八雲は、私の事をお前に預けると言った――つまり私は近衛でもサムライでもないと言う事だから、必然的にお前達と共
に戦う事になる訳だからな。
此方こそ、宜しく頼む。



「ありがとう、シグナム。」

「……そんじゃ、俺は寝るぜ。火の始末、宜しくな新入り。」

「……焔、皆任務で疲れています。
 後始末は貴方がやって下さい。日頃不真面目な罰です。」

「はぁ?俺が何したっつーんだよ!」

「……身に覚えがないと?」



……で、流れで焔が火の番と言う事になりそうだが、紅月の笑顔が怖い。
此れが世間で言う所の『背筋も凍る笑顔』と言う奴なのだろうか?……いや、背筋が凍るどころか、相手によっては普通に殺せる
ぞあの笑顔は。
焔も何も言えなくなっているし……紅月と焔の力関係は、よく分かった。



「ハハ、ざまぁねぇな?」

「時継、貴方も一緒にお願いします。1人では危険ですから。」

「って俺もかよ!」

「……ごしゅーしょーさん。」



ヤレヤレ、まるで漫才だな?
だが、此の空気にどこか懐かしい物を感じる……そう感じるのは、同じような空気の中に、記憶を失う前の私は身を置いていたか
らなのかも知れん。

「で、男2人に火を任せて私達は如何するんだ?」

「監視小屋で休みましょう。
 簡単なモノではありますが布団もありますから……ただ、数が少ないので火の始末を終えた焔と時継が別々に寝る事を考える
 と、私と貴女は同じ布団になってしまいますが。」

「ならば、布団は紅月が使うと良い。
 私は壁にでも背を預けて寝るさ――やろうと思えば、立ったまま寝る事も出来るしな。」

「ダメです。」

「いや、だが2人だと狭い……」

「ダメです。」

「ならば、焔と時継を一緒に……スマン、今のは無しだ。
 時継の見た目がアレだから軽く言ってしまったが、男2人が同じ布団とかおぞましい事この上なかったな……」

「一部では需要があるそうですよ?」

「知らん!」

結局、押し切られる形で紅月と同じ布団で寝る事になってしまったが……いざ、同じ布団に入ってみるとあまり違和感は感じなか
ったが、同時に記憶の一部が脳裏に蘇って納得した。
私は、嘗て一緒の布団で寝ていた女性が居たらしいからね――とは言っても、その相手は10歳ほどの少女だったようだがな。



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そして、翌朝。



「さて、では里に戻りましょう。準備は良いですか?」

「あぁ、準備は万端だが……時継。」

「おうよ。
 その前に、お前等に渡してぇモンがある――博士からの預かりもん、『鬼の手』だ。」

「此れを、私達に……?」

「博士が言うには、使い手が多い程に良いらしい。
 私の『証の儀』が終わったら渡すように言われてな。」

「オイオイ、また爆発したりしねぇだろうな?」

「大丈夫だ。
 俺とシグナムは普通に使ってるだろ?……ドレ、付けてやるよ。」



お、オイ時継!其れは付けたら――



「(余計な事言うなよシグナム。)」

「(お前、無理矢理外そうとしたら爆発するっていうのを黙ってる心算か!?)」

「(ったりめーだ。俺達だけこんなもんつけられて堪るかよ。)」

「(完全に道連れ!?其れで良いのか、勇者!!)」

「(……勇者ってのは、時として非情な判断をしなきゃならねぇ時もあるってもんだ。)」

「(まさかの、勇者=外道説!)」

九葉よ、お前は『血塗られた鬼』と呼ばれているようだが、今この瞬間に、私はお前以上の『鬼』を見た気がするぞ……時継、お前
は勇者以前に『鬼』だ、『鬼』!!


結果として、紅月と焔に鬼の手は装着されてしまったがな。



「此れが『鬼の手』ねぇ?そんな大したシロモンにゃあ……」

『おはよう、諸君。』

「い、今の声は?」

『私だ。鬼の手を使って呼び掛けている。』



で、話に割って入って来たのは博士か。
遠隔通信が出来ると言うのは昨日の時点で分かってはいたが、私だけでなく、全ての鬼の手を通じて通信が出来ると言う訳か?
此の通信機能を個別に分ける事が出来れば、更に鬼の手の性能は向上するかもしれん。



『全員に鬼の手が行き渡ったようだな?順調に使い手が増えて何よりだ。
 可能な限り鬼の手を使ってくれ。私の研究・開発が進む。
 シグナム、2人に使い方を教えてやれ。――一応断っておくが、無理に外そうとすると爆発するぞ。
 扱いは慎重にな。以上通信を終わる。』



博士……私が言わなくても意味はなかったな時継。



「……時継、シグナム、爆発するとは?」

「……知らん。時継に聞いてくれ。」

「シグナム!テメェ、卑怯だぞ!
 えと此れは其の、つまりだな、深い事情ってもんがあって……何つーか、俺としては不本意だったんだが、博士の奴がどうしても
 研究成果が欲しいってんで、そんで俺もシグナムも――いや、シグナムは関係ねぇなうん。」



私の忠告を聞き入れなかった罰だ。
まぁ、精々頑張って言い訳を重ねるんだな。



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そんなこんなで、里に帰る道中でガキやらササガニやらを倒しつつ、里に戻って来たな――ただいまだな、博士。



「お帰り、諸君。」

「博士、本部にお出でとは珍しいですね?」

「助手の門出を祝いに来たのさ。」



助手……私の事だな。
大した事はしてないが、祝ってくれるというのならば其れは素直に受け取っておこう。



「シグナム、無事に里のモノノフになれたようだな?流石、横浜で戦っていたというだけの事は有る。
 そんなお前に、贈り物がある。」

「贈り物?一体それは何だ?」

「良い事尽くめの逸品だ。
 鬼の手の機能を拡張する。――お前達が鬼の手を使ってくれた事で、私の方でも色々と研究が進んでな、ミタマの潜在能力を
 引き出す方法を見出した。
 その名も、ニギタマフリだ。」



ミタマの潜在能力を引き出すとは、其れが本当ならばモノノフの力は大きく向上する事になるな?だが、ニギタマフリとは?



「平たく言えば、防御用タマフリみたいなものだな。
 鬼の手がミタマの意思を感じ取り、反射的に其の力を発動して使い手を守る――ミタマの力を防具に宿しておけば、後は勝手に
 やってくれる。
 折角複数のミタマを宿しているんだ、其れを活用しないとな。」

「つまるところ、現状では私限定の拡張機能と言う事か。」

基本的に1体のミタマしか宿せないモノノフではこの機能は使えないが、複数のミタマを宿す事の出来る私だからこそ使える機能
だと言う事か。
だが、其の力は頼りになりそうだから、早速機能の拡張を頼む。



「任せろ……こんな所だな。
 ニギタマフリがあれば、『鬼』との戦いも有利になるだろう――暫くは、其の力の実証実験を進めてくれ。
 巧く行けば、将来的にもっと強力なミタマの力を引き出す事が出来るかも知れん。」



了解した。
ミタマの力を更に引き出す事が出来るようになれば、『鬼』との戦いに於いて大きな戦力になる事は間違い無いからな。

其れでだ、其れは其れとして先ずは何から始める――等と言う事はないな?
証の儀を終えてマホロバのモノノフになった以上、受付の主任に挨拶をせねばなるまい――此れから、何かと世話になるだろう
からな。



「そんじゃ、挨拶が住んだら鍛冶屋に来な、武具の作り方を教えてやるよ、其れが出来ねぇと始まらないからな。
 主計に挨拶が住んだら来いよ。
 それと、一つ忠告だ。
 外様と鬼内のいざこざに巻き込まれるなよ?」

「外様と鬼内……其れは、一体何なんだ?」

「オオマガドキ以前からモノノフの里で生きて来た者を鬼内、反対に表の世で普通に暮らしていた人々を外様と呼びます。
 オオマガドキが起きた事で、多くの外様の人々は難民となりました。
 其れをモノノフが受け入れたのです。マホロバは、その中の一つです。
 ……ですが、歴史のまったく異なる2つの民……潜在的な対立は、根強く存在しています。
 マホロバでは外様がサムライ部隊を、鬼内が近衛部隊が纏めていますが……両討伐隊は、対立しているのが現状です。」



その対立が最近激しくなってきな臭くなってると言う訳か。
確かに下手に係わるべきではないかも知れん――藪をつついてヤマタノオロチを出した等と言う事になったら、流石に笑えないか
らな……と言うか間違いなく死ぬからね。
其れを考えると近衛かサムライ、何方かに所属する事になったら面倒な事になったであろう事は想像に難くない……私を紅月に
預ける判断をしてくれた八雲には、一応感謝をしておくか。

さて、晴れてマホロバのモノノフになったのだ……受付の主計に挨拶をしに行くとするか!










 
To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場