Side:シグナム


博士の研究所に戻り、私の知って居る限りの事を話したら何時の間にやら夜の帳が下りていたようだな……随分と長く話し込んで
しまったらしい。
或いは、私が何者であるのかを知りたいがために、私は饒舌になってしまったのかも知れんな。



「軍師九葉……それが、お前の居た隊の指揮官か。」

「『血濡れの鬼』か……有名人だな。
 配下に精鋭を揃えてたって話だが……今じゃ生き残りを探すのも難しいぜ。ってなんだ、ジロジロ見てんじゃねぇ。」

「時継よ、不躾だがその身体は?」

「遠慮のねえ奴だな。」

「カラクリと言ってな、私が研究している技術で作った。
 身体の中には人の魂を封じてある――中身は正真正銘の人間と言った所か。――まぁ、其れは良いとして、横浜以前の事は覚
 えていないのか?」

「生憎とな。」

モノノフとして『鬼』と戦っていたのは確かだが、覚えているのは其れだけだ……それ以外の事は全く分からん。――故に、何故私
が此処に居るのかも分からないんだ。
せめて、何か手掛かりだけでも掴めると良いのだがな……其れは、希望的観測と言う奴なのだろうね。










討鬼伝×リリカルなのは~鬼討つ夜天~ 任務127
『時を越えたモノノフ、その名はシグナム』










其れで博士、私の話を聞いて何か分かった事は有るか?



「軍師九葉に横浜……状況からして、其れは十中八九、10年前のオオマガドキの戦いだろう。
 10年前、世界中に『鬼』が溢れ、人の世は半ば壊滅状態となった――我々は、其れを『オオマガドキ』と呼んでいる。」

「オオマガドキ……」

「その際に、北から押し寄せる『鬼』を迎え撃った最初の戦いが『横浜防衛線』だ――つまりお前は、10年の時間を飛び越えて此
 処に来てしまった事になる。」

「その可能性は、否定できんな。」

だが博士、貴女の推測が正しいとして、何故にそんな事が起こってしまったのだろうか?
……そうだ、横浜で戦っていた相手は、其れまで見た事も無い大型の『鬼』だったのを朧気ながらに覚えているが、其れが居なく
なったと思ったら空に穴が開いて、そうだ、其れに吸い込まれたんだ。



「……鬼門に飲み込まれた者は、時の迷子となって別の時間に流される。
 そう言う話を、昔聞いた事が有る。お前が飲み込まれた空の穴は、恐らく『鬼』の開いた鬼門だろう。
 『鬼』には時間の垣根が無く、過去、現在、未来を行き来すると言う――奴等が移動の際に開く鬼門は、あらゆる時間に通じてい
 る可能性がある。」



時の迷い子か……確かに今の私は、全く知らない時間軸に存在しているのだから、迷い子そのモノか――博士、他にも私の様な
状況に陥ってしまった人はいるのだろうか?



「極僅かだがな。此処では『彷徨者』と呼ばれているらしい。」

「話が奇天烈過ぎて付いてけねえや。」

「私からしたら、お前と言う存在の方が、遥かに奇妙奇天烈なのだがな時継よ……」

「ハハ、ちげぇねえ。
 って、誰が奇妙奇天烈だこのスットコドッコイ!今はこんな形だが、人間だった頃は、そりゃあいい男だったんだぜ?」

「自分で自分の事を褒める場合、大抵は過大な自己評価である可能性があるんだが、如何だろうか博士?」

「まぁ、間違ってはいないぞシグナム。
 あぁ、だが時継の場合、見てくれは兎も角として、声だけは凄く良かったから、カラクリになってもその声が出せるように可成り気
 を使ったな。」

「ふむ、確かに少し渋めのこの声は良いな?」

「声だけかオイ!!」



いやいや、声は大事だぞ時継?
たとえ話だが、幾ら見た目が絶世の美男子であっても、声がガラスを爪で引っ掻いたようなキンキン声や、ゴリラの様な濁りまくっ
た低音声ではガッカリだろう?



「そりゃあな?……ってか、ゴリラってなんでぇ?」

「そう言えばなんだ?」

こう、パッと頭に浮かんだんだが……失われた記憶の中にあったモノなのかも知れんな。
っと、話が脱線してしまったな?……『彷徨者』と言うのは、私の他にも僅かだが存在していると……この時代にも、私以外の彷徨
者は居るのだろうか?



「其れは分からん。
 だが、似たような話は以前からある――かつて、大陸の方で数百人の兵士が一度に失踪すると言う事件があった。
 夕餉を炊く火を残したまま、兵士達は忽然と姿を消していた。
 何処を探しても兵士は見つからず、人々は神隠しだと噂し合った――其れから10年後、近くの村の広場に、突如一人の青年が
 倒れているのが見つかった。
 調べると、彼は消えた兵士の一人で、10年前と全く同じ姿格好をしていた。
 介抱され目覚めた彼は、真っ先にこう言ったそうだ――『自分の夕餉は何処だ』と。」

「何と言うか、おとぎ話の浦島太郎もビックリな話だな?」

「遥か昔から、この世界には人知の及ばない何かが潜んでいるのさ。
 その何かと秘密裏に戦うのが、我々『モノノフ』だったが…………?」



――キィィィン……



「「「!!!」」」


な、なんだ此れは?
私の身体が光っている?此れは一体――!!



「シグナム……その身体は、如何した?」



分からない……だが、此れは、この感覚は――!!



「なんだ、どうなってる!!」

「此れは……!クッ……私を見ろシグナム!お前は此処に居る!他の何処にもいない!!
 私が其れを知っている!私を信じろ!!
 私が此処に居るように、お前も此処に居ると信じろ!」

「私は、此処に?」

私は此処に居る……他の何処にも存在しない――私は、今此処に居る……あぁ、そうだ。奇妙な話だが、私と言う存在は、確か
に此処に、マホロバに存在している。
其れは、紛れもない事実だな。



――キュゥゥゥン……



如何やら収まったようだな。



「ど、どうなってんだ……?」

「…………」

「おい博士、何か知ってるなら説明しろ。」

「私も、何かを知っているのなら教えて欲しい。」

「……私にも、分からん事位あるさ。
 だが……コイツは、シグナムは本来此処に居ない筈の人間だ――この世界にとっては異物。
 其れを弾こうとする力が働くのかも知れん。」



異物を排除する力か……其れはつまり、私はまた別の時間に飛ばされる可能性があると言う事だろうか?……其れは、流石にゴ
メン被りたいが、自分では如何にも出来んか。
今の様な事は、今後も起こるのだろうか?



「……かもな。
 シグナム……其れは時間を越えた代償……呪いだ。
 其のままではどうなるか分からん――かと言って、元の時代に戻るのは不可能に近い。……お前が所属していた隊も、恐らく現
 存していない。」

「呪いか……言い得て妙だな。
 だが、其れよりも私が所属していた隊が現存していない、だと?」

「横浜で戦ったモノノフは全滅した……生き残った者は殆どいない――其れでも過去との接点を求め、失った記憶を探すのならば
 其れも良いだろう。
 だが、過去ではなく、未来を求めるなら……此処で、私の助手として働く気はないか?」



博士の助手として、だと?



「お前は、何時何処に流されるか分からない。
 だが、この世界との関わりを深めれば……或いは、其れを止められるかもしれん。
 取引だ、私はお前の呪いを解くのに手を貸そう。その代わり、お前は私の研究に協力しろ。――お前が何者かは問わない。お前
 の意思がお前の全てだ。
 私の助手をしながら、この世界で生きてみろシグナム。」

「……そうだな。
 どうせこの世界での当てもない……貴女の助手としてこの世界で生きると言うのも、存外悪くは無さそうなのでな、そうさせて貰
 うとしよう。」

其れに私は、九葉の直属になる前にも誰かに仕えていた事をぼんやりとだが覚えている。
私は、誰かの配下として生きるのが性に合っているらしい。



「……良い返事だ。」

「……やめとけシグナム。骨の髄までしゃぶられるぞ。」

「じゃあ、コイツが消えるまで放置するか?」

「……誰も、そうは言ってねぇ。」

「……決まりだな。今日からお前は私の助手だ。助手一号は時継だ、仲良くしてやれ。」

「誰が一号だ!ったく、どうなっても知らねぇぞ!!!
 コイツは、人をこき使う天才だ。好き勝手されねぇように気をつけろよ。」



人をこき使う天才、か。
確かに苦労しそうだが、九葉程ではないだろう?……他のモノノフが出払ってるからって、普通ゴウエンマの討伐を私一人に任せ
はしないだろう?
其れだけ、私の実力を買って居てくれたと言えば其れまでだが、あの単独任務は本気で死ぬかと思った……記憶の大部分を失っ
ているのに、其れは覚えてるんだから相当に強烈だったんだろうさ。
因みにだが、そのゴウエンマはちゃんと倒したぞ。



「博士、お前ゴウエンマを1人で倒せるか?」

「いや、無理だろうな……先程の『鬼』との戦いでも分かった事だが、シグナムは私達とは少し違うモノノフらしいから、ゴウエンマ
 が相手でも単騎で勝てたのかも知れんがな。
 まぁ、其れは今は如何でも良い――お前が腕の立つ奴だと言う事が分かっただけだからな。
 そして、当面の生活場所だが、さっき目覚めた小屋を覚えているか?アレをお前にやる。自宅として好きに使え。」

「忝い……有り難く頂くとしよう。」

「明日から忙しくなる……今日は其処でゆっくり休め。いいな?」



あぁ、そうさせて貰うよ。
流石に色々あって疲れた……今日はもう、ゆっくり休むのが上策だな――













 To Be Continued… 



おまけ:本日の禊場