豹変した稼津斗……其れは一体如何形容したものだろうか?

 血の様に赤い髪と眼に、暗い褐色の肌。
 そして古風な言葉遣いに…何よりその身から発せられる濃密なまでの『殺意』。


 明らかに何時もの稼津斗では無い。
 いや、普段の稼津斗なら自分の仲間を傷つけられた事に激昂してもこんな一方的な撃滅を即時決行はしない。

 だが、この稼津斗はクルトの護衛を一瞬で完全滅殺。
 手にした1人もあと少し力を加えれば、頭蓋が粉砕されて絶命だろう。


 「ひ…た、たしゅけて…」

 「…ふん、武力を持ちながら己が死ぬ覚悟は無いか…愚物が。
  ぬし如き、殺すにも値せぬ…精々無様に生き長らえるが良い…

 ソレもさも『興味が無い』とばかりに、まるでゴミクズの様に投げ捨てる。

 「稼津斗さん……」

 のどかもユエの治療をしながら心配そうに見る。
 稼津斗は普通では無い……。

 負けは無いだろうが、だがそれ以上に恐ろしい事になりそうな不安がのどかの中で渦巻いていた。

 …稼津斗が稼津斗でなくなってしまうのではないかと言う不安が…











 ネギま Story Of XX 90時間目
 『最強最凶の殺戮者』











 「覚悟は良いな?…失せろ!

 始まりは唐突だった。
 手にした護衛を投げ捨てた稼津斗が恐ろしいまでのスピードでクルトに肉薄し…

 「滅!!

 ジャンピングアッパー一閃!
 とは言えクルトも皮一枚ギリギリで掠るに留め、バックステップで距離をとる。

 「此れはまるで悪鬼…良いでしょう、魔を調伏する我が剣技を受けなさい!神鳴流奥義…斬魔剣・弐之太刀!!


 「アレは!!」

 「刹那と同じ神鳴流よ…クルトは詠春から直々にならってたから…」

 退魔の剣で反撃!
 其れは距離をものともせずに稼津斗を切りつけ、鮮血が舞う。

 「…温い!

 だが、そんな事をものともせずに稼津斗は地を滑る様に高速移動。
 残像まで残し、此れではとても的を絞れない。

 「残像分身…小賢しい事を!委細無駄ですよ!!」

 更に剣を振るい、誰が何処にいようとも関係ない斬撃を放つ。
 其れは全てでは無いが稼津斗にヒットし、新たな傷を刻み血が辺りを汚す。

 普通だったら激痛で動く事も出来ないだろう。
 にも拘らず、止まらない。

 止まらないどころか…


 「温いと言っている!…滅殺…ぬぅぅりゃぁぁぁ!!

 移動先から極大気弾発射!
 更に高速移動で肉薄し…

 「滅殺…!ぜい、せい…うおりゃぁぁぁ!!

 横に大きくスライドしながらジャンピングアッパーを3連発。
 黒い波動を纏った拳で、抉りこむように放たれる其れはバックステップでも避けきれない。

 何よりも恐るべきはその威力。
 掠っただけにも拘らず、服が裂け切り傷のような痕を刻んでいく。
 魔法で特殊な防護処置を施していない服だったら掠っただけでも終りだっただろう。


 「なんと言う…ですがその技は隙が大きい…!?」

 「隙が何だ…?

 確かに3発目のアッパーは大きく飛翔するため隙が大きい。
 クルトも其処を狙って反撃する心算だが……出来なかった。

 飛び上がった状態から一気に急降下する蹴りを放ってきたから。

 まるで槍が降ってきたかのような鋭さに、避ける事は叶わず。
 結果としてクリーンヒット。

 だが、それでも相打ち狙いで一太刀は喰らわせる。

 もう、稼津斗の身体には幾つの刀傷が付いたのか分らない。
 其処から流れ出した血で、黒い衣服がよりどす黒く染め上げられている…

 恐ろしい事この上ない。

 その姿はまるで不死の鬼そのもの。
 幾千幾万の刃や矢を受けても倒れずに、眼前の敵を葬る『戦鬼』。

 この空間を支配しているのは紛れもない『恐怖』だ。


 「それだけの傷を負い何故…?君には痛みを感じる神経がないのですか…!?」

 「痛み…?腑抜けた事を言うな小童、死合うに於いて己は無傷で居ようなど笑止千万。
  死合う相手の命を奪う覚悟のみならず、自らの命を差し出す覚悟は至極当然の事…

 一言一言がまるで物理的圧力を持っているかの様に重い――重苦しい。
 一歩一歩に、死が迫ってくるかの様な錯覚まで覚えてしまう。


 「斯様な事も分らずに力を揮うか?……愚かな、失せろ!

 「しまっ…!!」


 ――カッ!!!


 そして又しても一瞬の閃光。
 何が起きたのか確認する間も無く、クルトは満身創痍になっていた。

 眼鏡は割れ、鼻血を垂らし、大凡美形の姿では無い。


 「あ…ぐ…い、今のは…?」

 意識を保っているだけでも大したものだが、戦闘不能は間違いない。
 必死で自分が何をされたのか、どんな攻撃を喰らったのか考えるも、分らない。

 一瞬で瀕死のダメージを受けた、気が付いたら満身創痍だった…ソレしか分らないのだ。

 「瞬きにも等しい刹那に地獄を垣間見る滅殺の拳。
  一瞬千撃の極滅奥義――瞬獄殺。うぬを黄泉へと誘う、罪深き血塗られた技よ…

 「一瞬千撃……そんな馬鹿な事が…!!」

 「その口閉じるがよい、うぬの戯言は聞くに堪えぬ…!

 動く事すら難しいだろうクルトを蹴り飛ばし、更に気弾を放つ。
 其れは流石に、割って入った側近の少年が障壁を張って防ぐ。

 尤も、その少年も圧倒的な破壊力には耐えられず、障壁ごと吹き飛ばされてしまったが…


 「吹き飛んだとは言え我が一撃を防ぎ切るとは中々の技量…修練を積めば死合うに値する相手になるやもしれん。
  ……まぁ、ソレも今は関係なし……さて、そろそろ逝ねいクルト・ゲーデル、心の臓、止めてくれる…!

 再び瞬獄殺を喰らわそうと高速移動。
 次に喰らえば、間違いなくクルトは絶命するだろう。


 「ダメです!!」

 「む?

 ソレを止めたのはのどかだった。

 稼津斗の後ろから、抱きつくような形でしがみ付き、その移動を半ば強制的に中断させたのだ。

 「殺しちゃダメです稼津斗さん!夕映の治療は終わりました……気は失ってるけど無事です!」

 「…ソレが如何した?奴の愚行は許されぬ……その命を持って償わせるより他に道は無い…

 稼津斗の言う事は極論とも言えるものだ。
 当然のどかは首を横に振って否定する……『ダメなんだ』と。

 「稼津斗さん、前に話してくれましたよね?…勝つって言うのは如何言う事なのかって。
  相手を只倒す、ソレを突き詰めていったら待っているのは殺し合いで、その究極は戦争だって。
  武道家は只相手を倒すだけじゃダメだって、己の技と心を磨いて、その上で相手を制すものだって言っていたじゃないですか。
  自分の慢心に打ち勝ち、限界を超えた上で相手を倒してこそ本当の勝ちだって…!
  只倒す事だけを考えて、悪戯に命を奪うような安っぽい力を持っちゃいけないってそう言ってたじゃないですか!
  その稼津斗さんが、怒りのままに人を殺すなんて……そんなの絶対ダメですよぉ…」

 最後の方は殆ど涙声になっていた。
 のどかだって親友の夕映を傷付けられた事には心底怒っていた。

 それこそ、沸騰した感情は即座にXXになってしまうかと言う勢いだった。
 だが、ソレも此の稼津斗を見て急激に冷えていったらしい。

 夕映の治療を終え、そして改めて稼津斗を見て……怖いと言うよりもダメだと思ったのだ。
 明らかに何時もの稼津斗ではないその姿と話し方。
 殺す目的で揮われるその力は如何見ても邪悪そのものだった。

 だから、気付いたら飛び出していた。
 稼津斗の血が身体にこびり付くのも厭わずに、しがみ付いて止めていた。



 稼津斗に人殺しになってほしくなかったから…



 「夕映は大丈夫です!それにクルトさんだってあんなにボロボロです……もう良いじゃないですか。
  稼津斗さんが怒りのままに誰かを殺したりしたら、私は……私達は嫌ですよぉ…」

 遂には泣き出してしまった。
 ボロボロと零れる涙……しかしその効果はあった。


 ――シュゥゥゥ…


 濃密だった死の気配が霧散したのだ。

 稼津斗の身から発せられていた殺意と殺気も綺麗サッパリ消えてなくなっている。
 何よりも稼津斗の姿が、何時もの黒目黒髪なって肌の色も元に戻っている。


 殺意の波動が形を潜めたのだ。
 取り敢えずは大丈夫だろう。


 「………」

 「稼津斗さん?」


 ――ドサリ


 「!!」

 だが今度は稼津斗が意識を失って倒れた。
 本当に糸が切れた操り人形のように。


 加えてタイミングが悪いのは…

 「危険な力ですね其れは…!」

 クルトが、復活した。
 吹き飛ばされた側近の少年が持ち直して、クルトに治癒魔法をかけたのだ。


 稼津斗が元に戻ったは良いが、状況は一転して悪くなった。

 いや、戦力的にはネギとアスナとのどかと言う布陣に隙は無い。
 だが問題はクルトの技…

 『切れない物を切る』神鳴流の太刀は、魔法主体のネギとのどかにとっては天敵以外の何者でもないのだ。


 「ですが助かりましたよ…彼のおかげで義はこちらにある。
  仮にも一国の総督に対する此処までの暴力は、君達を捕縛するには充分すぎる理由になる。
  私の攻撃の事は、ソレこそ権力と言うもので如何にでも誤魔化し揉み消す事が出来ますからね…!」

 「いい気にならない方が良いわよクルト……まさか、私の事を忘れた訳じゃないでしょう?
  切れない物を切る神鳴流の技も、私の能力の前では一切無力よ?」

 ソレを上手く切り返したのはアスナだ。
 権力をちらつかせて捕縛しようとするクルトに対し、有利なのはこっちと伝えて牽制。

 確かに、『完全魔力無効体質』を持つアスナには物理攻撃以外は一切効かない。
 切れない物を切ると言っても其れは『気』を応用した技ゆえにアスナには無力だ。

 「此れは此れは…お姫様、少し大人しくしていただきましょうか?…斬空閃!」

 「そんな物は効かないって…!」


 ――ズバシュ!


 否、無力のはずだった。

 「「アスナさん!?」」

 「え?…な、何で?」

 「…此れは意外ですね…弾かれるなり消されるなりされると思いましたが…」

 放ったクルトも弾かれる事前提だったのだろう…意外そうな顔だ。


 無理もない。
 何故か今の技は消滅も何もせずに、アスナの肩口を切り裂いたのだから。


 幸い切られたのは肩だし、鋭い斬撃のせいで派手に出血はしたが、逆に傷口が固まるのも早い。
 戦闘不能ではあるが命に別状は無い。


 だが、此れで状況はいよいよ悪い。
 クルトの技を唯一無効に出来る要員だったアスナが戦闘不能では、ネギとのどかの攻撃も防御もクルトには決定打になり得ない。

 仮にのどかがXXに変身して出力を上げてもさほど変わらないだろう。
 アーティファクトで覚えた近接戦だって、あまり得意では無いから効果は望めそうにない…

 「魔力量では圧倒的に君達の方が上でしょうが、それでも技が効かないのでは意味ないでしょう?
  君達の技は私には通じず、私の技は君達には有効そのもの――ソレでも抵抗しますか?」

 「します。」

 「のどかさん!?」

 それでも、のどかは抵抗を選んだ。
 勿論何も考えていない訳では無い。

 「クルトさん…私物凄く物覚えがいいんですよ?どんな技でも一度見れば完璧に使う事が出来るんです。
  だから……私も使えるんですよ――瞬獄殺…」

 「!?」

 此れは流石に嘘だ。
 のどかは、殺意の波動に目覚めた稼津斗の技は一つたりとも覚えてはいない。

 つまりは心理戦。

 自分が抵抗できるだけの力が、有効打が有ると思わせる事で機会を伺っているのだ。


 そしてソレを察したのか、エミリィ達も近くに集まってきている。
 彼女達は稼津斗一行達と行動を共にすることが、既にセラスによって決定されているのだから此れは当然の事。


 「成程…確かにアレならば私を退ける事ができるでしょう。
  ですが、彼に人殺しになるなと言った君がソレを使うのですか?」

 「生憎、威力その他制御も完璧に出来るんですよね私は。
  貴方を殺さずに戦闘不能にするくらいは訳無いことですよ――それに夕映を切った事はやっぱり許せませんから。」


 ――轟!


 XXに変身し更に睨む。
 大凡少女とは思えない迫力と胆力だが……

 「では是非ともやっていただきましょうか!」

 クルトの方が心理戦は上だった。
 長刀を構え、切る気は満々と言ったところ。

 のどかとて端からやり合う気は無く、隙を見て瞬間移動で転移する心算だった。
 だが、此の距離では着弾より前に飛べるかどうかは微妙な所だろう。




 しかし、その緊張は意外な事で破られる。



 ――ボウン!!



 「「「「「「!?」」」」」」

 突然の煙幕。
 ネギやのどかがやったわけでは無い。

 全く別の誰かが放り込んだものだ。

 「こっちだナギ!ぼさっとしてんじゃねぇ!」

 「急げ嬢ちゃん!!」

 「撤退です先生!」


 「「!!」」

 聞こえてきたのはよく知る声。
 ソレを聞いたネギとのどかは、夫々稼津斗とアスナを背負って声のするほうへ離脱し、エミリィ達もユエを背負ってソレに続く。


 そして瞬間移動!


 もう此の場には居ないだろう。



 「く…此の煙幕は、逃走用の…!
  魔力感知妨害に追跡探知妨害…中々に高度なものですね……追跡は不可能ですか…」

 煙幕が晴れれば其処にはクルトの一団と、セラスの一団以外には誰もいない。
 完璧に逃げられた形だ。


 「あの、総督…脇腹…

 「ん?…おやおや、私のスーツが……稼津斗君に可也壊されたとは言え、新たにねぇ?」

 そしてクルトのスーツには真新しい打撃痕が2つ。
 去り際にのどかとネギで一発ずつかまして行ったのだろう……極めて軽い一発だが。


 「流石はネギ君…そしてあのお嬢さんも口だけでは無いようだ…」
 ――とは言え、搦め手は効果なしと来た……さて如何するか?
    幸い招待状は稼津斗君の上着に捻じ込めたから、大丈夫でしょうが…ふむ…


 「…少しばかり攻め方を変えてみますか…招待状の内容もある程度は此方から遠隔変更も出来ますしね…」

 クルトの考えは誰にも分らない。


 だが、今此の場この時のクルトは、決して先程までの濁った嫌味な目をしては居なかった。
 尤もソレを知る者は居ないのだが…


 「取り敢えずは事後処理です、セラス総長――お願い出来ますね?」

 「…総督命令なら、騎士団総長の私に断る権限は無いでしょうに…
  一団の即時撤退と怪我人の手当て…それから事を広めないように…と言ったところかしら?」

 「話が早くて助かります。
  それにしても……世の中と言うのは、本当に自分の思った通りに事が進んでくれないものだ…」


 オープンカフェである此の場所は、さっきまで死の舞台であったことが嘘のように、今は静寂に包まれていた…














  To Be Continued…