稼津斗達の前に現れた、オスティア総督『クルト・ゲーデル』。
 嫌味たっぷりに、邪悪に顔を歪ませて発したるはネギの母を侮辱する一言。



 大凡聞き逃せるはずのない暴言。
 ――が、ネギはそれに対して瞬間沸騰して激昂する事はなかった。

 「おや……意外ですね?もっと泣き叫ぶなり何なり、取り乱すと思っていましたが…」

 「母さんの事はラカンさから聞いています…だから驚きはしませんよ…」

 「成程…いや、其れを差し引いても君を些か過小評価していました――認識を改めましょう。」

 事前にラカンから己の母の事は聞いていたから慌てる事は無い。

 だが、ネギの心中は穏やかでは無い。


 当然だろう。
 自分の母親を侮辱されて、果たして怒りが煮え滾らない者が居るだろうか?

 いや、極一部には居るかもしれないが、ネギはそれにはカテゴライズされない者だ。
 故に…


 「驚きはしませんが…僕の母を侮辱しようと言うなら只冷静で居られません!」

 魔力が逆巻き、ネギの怒りを具現化する。
 なんにせよこの邂逅は『平穏無事』とは行かないようだ。











 ネギま Story Of XX 89時間目
 『メ覚目ノ意殺』











 逆巻く雷と風の魔力の嵐。
 ネギを中心にして発生した其れは、余波であるにも拘らず、上級魔法に匹敵する強さだ。

 稼津斗が『絶気障』を展開して、のどかや乙女騎士団の面子を護っている辺り相当だろう。



 一触即発。
 それ以外に今の状況を言い表す言葉は無いだろう。

 ネギは戦闘時準備完了。
 稼津斗も其れは又同様に。

 クルトは相変わらずニヒルで嫌味な笑みを浮かべているが、それでも『目的』を達成しているのだろう。


 空気が張り詰める。
 もしも指一本でも動かそうものなら、其れが信号になって戦闘開始は必至。

 其れゆえの膠着状態。
 誰も動く事が出来ない様な空間なのだ。




 只1人を除いては。




 「安い挑発にも程がある…」

 そう、稼津斗だ。
 この膠着状態にあって尚、稼津斗には微塵も緊張は見られない。

 踏んできた場数の違いと言うものだろう。


 「その安い挑発にナギ…もとい、ネギが逆上して攻撃する事でも期待していたのか?
  まぁ、確かに此方から手を出せばお前達に『正当防衛』が成り立つからな。」

 「此れは此れは…中々に頭も切れる方なんですねぇ、氷薙稼津斗君。
  ですが、君の言う通りだとして私達に正当防衛が成り立って……さて、如何すると言うのでしょうか?」

 だからと言って膠着状態が変わるわけでは無い。
 双方臨戦態勢は維持したままだ。

 「惚けるな――正当防衛が成り立ったら、其れを理由に俺達を捕縛するつもりだろう。
  其れに、ネギとアスナの捕縛には更に正当な理由が付くからな……『賞金首確保』と言う。」

 クルトの狙いなどはとっくに看破している。
 ネギ達も其れは恐らく理解しているはずだ。

 怒りを顕にしながらも、ネギがクルトに殴りかかったしなかったのがその証しと言えるだろう。



 「其処までですよクルト・ゲーデル総督。貴方に彼等を捕縛・逮捕する権利は無いわ。」

 その一触即発の場に現れたのは騎士団のセラス総長。
 実は、クルトが現れた直後に、ビーことベアトリクス・モンローが騎士団用の秘匿回線でセラスに連絡していたのだ。

 エミリィがクルトに対応したのもビーから注意を逸らす意味もあった事になる。
 この辺の阿吽の呼吸は流石『お嬢様と侍女』と言ったところか。



 其れは其れとして、現れたセラスもクルトに負けず劣らずの一団を引き連れてきていた。
 彼女の直属である、騎士団の中でも選りすぐりのエリート騎士団をだ。

 少なくともこの騎士団の力量はクルトの『護衛』と互角かそれ以上だろう。
 更に、セラスは現状はネギ達を擁護する立場をとっている。

 そうなれば正面衝突となった場合クルトの側に勝ち目は先ず無い。


 にも拘らず、この総督はまるで慌てる素振りを見せはしない。
 よほど肝が据わっているのか、それとも只の馬鹿か――或いは稼津斗とネギを相手取って尚、勝てると言う自信があるのか。

 何れにせよ油断はならない。

 「捕縛などと心外ですね総長殿。
  私は…そう、あくまで一般市民との会話を楽しんでいただけですよ?」

 白々しいにも程がある物言いだが、そう言われるとセラスも何も言えない。
 如何に騎士団の総長といえど、政治的権力はクルトの方が格段に上。
 犯罪者の逮捕・捕縛に関する権限は兎も角、その他の権限では口出し手出しできない現実があるのだ。


 「まぁ、尤も彼等が貴女の言うように逮捕・捕縛せねばならない危険人物というのならば話は別ですがね?
  如何にルールのある試合とは言え、かのジャック・ラカンを倒した偽ナギ本人と大会優勝者の揃い踏み。
  彼等が真に危険人物ならば強硬手段もやむを得ないでしょうが………彼等の力は実に素晴らしい、そう思いませんか?」

 其れを分っての白々しい態度だろうが、其れが今度は稼津斗達の力を賞賛し始めた。
 一体何を考えているのだろうか?


 ――のどか…

 ――ダメです、強固な通信妨害みたいなものが使われてるみたいで…思考が読みきれません…!


 無論のどかが読心を試みてはいるが、通信傍受&通信妨害の魔法が使われているらしく読みきれない。
 言うなれば虫食いのように穴だらけの文章にしかならないのだ。

 尤も念話自体は問題なく出来るようだが…


 「いやいや、実際彼等の力は千の…否、億の賛辞に値する。
  空前絶後、前代未聞と言っても過言では無い……が、君達はその力をもってして一体何をなすと言うのです?
  平和な国に戻って、平穏な学園生活を送る?…いやいや、それではつまらないでしょう。
  それとも、君達を襲ったアーウェルンクスとその一味を殴って満足しますか?…否小さすぎる。
  君達はそんな小さな男では無いでしょう?力ある者は…「その辺にしておけ、総督殿。」……何です?」


 饒舌、ともすれば只のお喋りを止めたのは矢張り稼津斗だった。
 聞くに堪え無いと言うところだろう。

 「俺もネギも、自分の力の使い方は自分で決める――お前如きに決められる謂れは無い。
  そもそもにして、力有る者は何だ?『世界を救うべき』だとでも言うつもりか?……大概にしろ。
  如何に個人が強い力を持っていようとも、其れで世界を救うなど傲慢極まりない。
  力で世界を救う事など出来ない……俺は其れを身をもって知っているのでね。」

 「其れに、父さん――ナギ・スプリングフィールドは大戦を終結させただけで世界を救ってはいないでしょう?
  戦争は終っても、地方都市の治安は悪いままだし、大戦期の奴隷制度も未だ残ってるんですから。」

 稼津斗とネギ、共に己の力で世界を救うなどは考えていなかった。
 稼津斗は、元の世界での事が有り、強い力をもってしても世界を救う事は出来ないと痛感している。
 ネギはネギで、実際に魔法世界を目の当たりにして、ナギは世界を救ったわけでは無いと感じていた。


 だからこそ、クルトの物言いは受け入れられない。
 『力有る者は世界を救うべきだ』と言わんばかりの態度は。

 「無論、自分の大切な人や親しい人、手の届く範囲の人は自らの力で護らんとは思っている。
  其れが結果として世界を救ったと言うならそれも悪くは無い。
  だが、少なくともお前のような奴に言われて世界を救う心算など毛頭無い。
  通り一遍等の『正義の味方』の勧誘は他所でやっていただきたいな、総督殿?」

 「僕達は僕達の正義に従う――貴方とは相容れませんよ。」

 そして完全拒絶の言葉。


 のどかとアスナもクルトには侮蔑的な視線を送っている。
 いや、ユエにコレット、果てはエミリィにベアトリクスまでもだ。


 「もう少しばかり綾瀬と話がしたかったが、とんだ邪魔が入ったな。
  総督殿、お前とは話す価値も何も無い……精々自分勝手に喚いて謀略を巡らせれば良い。」

 「ですが、貴方が如何に策を労しても、私達は其れを超えます……其れを忘れないでくださいね?」

 これ以上話す事は無いとばかりに背を向け、オープンカフェを後にしようとする。


 其れを見たセラスは直ちにエミリィやユエ達に念話で指示を飛ばして、稼津斗達に付いて行く様に言う。
 一介の新米騎士が、総督と正面切って舌戦とは言えやりあったとなっては大変宜しくない。

 その意味でも、稼津斗達に『連れ去られた』とした方が都合がいいのだろう。


 ――ごめんなさいね稼津斗君…その子達を…

 ――任せておけ総長殿、今更4人増えたとて問題ないし、綾瀬は元々俺達の仲間だ。


 念話を受ければ稼津斗も了承。
 『連れ去り』に関しては犯人はぼかすと言うので、動きが制限されることは無いだろう。


 だが……

 「おやおや…勝手に退場されては困りますね?」

 クルトはそうで終らない。
 手にした長刀をゆっくりと抜き、稼津斗達に向ける。

 実力行使と言うところだろう。

 「そうですね……では、どうしても私の言う事を聞かざるを得ない状況を作るとしますか。」

 意味が分らない。
 分らないが……



 ――ザシュ…



 「え?」

 長刀を一振りした瞬間、鮮血が舞った――ユエの身体から。

 「夕映!」
 「ユエ!!」

 「夕映さん!!」
 「「ユエさん!」」

 「綾瀬!!」



 ユエはそのままその場に倒れこみ、皆が集まる。


 その傷は余りにも酷い。
 右の肩口から左の脇腹にかけての袈裟切り。

 幸い内臓には達してい無いから即死は免れた。
 が、あくまでこの一撃で死ななかっただけであり、深い傷は放置すれば其処から化膿して命に関わる。
 それ以前に止血をしなければ、10分もしないで失血死だろう。

 其れほどまでにユエの傷は大きいのだ。


 「夕映、夕映!確りして!!い、今回復魔法をかけるから!」

 「確りしてユエ!!」

 「ユエさん!!…く、ビー!」

 「既に用意してありますお嬢様!」

 すぐさまのどかが中心となって応急手当を開始。
 のどかのオリハルコンから供給される魔力を使えばこの刀傷も跡形も無く治す事ができるだろう。

 其れは良い。
 だが、今のクルトの行為を黙って見過ごせるかと言われれば其れは否。

 断じて否!

 「クルト…20年前と比べると、トンでもない下衆に成り果てたわね…!」

 「何故夕映さんを…!僕達に用が有るなら、僕達だけを狙えばいいでしょう!」

 アスナとネギは怒り爆発。
 特にアスナは、今の『アスナ』になってからは初めてかもしれない『完全激昂』状態だ。


 「君達を狙っても防ぐでしょう?
  如何に切れない物を切る我が剣術とは言え、君達相手では些か真価を発揮できませんからね?
  ですが、見習い騎士に過ぎない彼女なら話は別…攻撃は必ず通る。
  そして、君達は傷ついた仲間を放置して自分達が撤退する事などは出来ないでしょう?」

 「クルト…!」

 「貴方と言う人は…!」

 更に怒りが募る。


 ネギは『雷天大壮』を発動し、アスナも天魔の剣を掲げている。
 相手が総督だろうと関係ない。

 己が仲間を傷つけた者は厳しく罰すべし。

 3−Aの暗黙のルールが、或いはこの2人を突き動かしたのか……


 だが、一つだけ。
 一つだけ反応がおかしい人が居る―――稼津斗だ。

 静かに俯き、表情はまるで見えない。

 唯一分るのは、身体から湯気の如く立ち昇る闘気。



 そして、濃密なまでの殺気と殺意。
 其れはクルトとその『護衛』に向けられている故に、ネギ達に影響は無い。

 クルトと護衛も殺気や殺意にはある程度の耐性がある。

 だからこそ、クルトもあんな物言いが出来たのだろうが…



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…



 稼津斗から発せられる闘気と殺気と殺意は更に強くなる。

 其れこそソレが物理的圧力を持って、オープンカフェの机やイスを粉砕するほどに。


 「!!此れは…!」

 驚く暇もなかった。

 ゆっくりと稼津斗が顔を挙げた次の瞬間!



 ――カッ!!



 眩い閃光が走り、そしてその瞬間に全てが終っていた。


 「…稼津斗、さん?」

 閃光が治まった其れは正に地獄絵図だった。

 クルトの護衛の兵士は、全員が地に服している。
 無事なのはクルト本人と、側近と思われる少年のみ。

 他は全滅。
 全員が重厚な鎧を砕かれ、有る者は腕がありえない方向に曲がり、有る者は血達磨だ。


 ソレをやったのは言うまでもなく稼津斗。
 護衛兵士1人の頭を、今にも握り潰さんばかりに掴み、クルトに視線を向けている。

 両の手は返り血で赤く染まり、着ている物にも血がこびり付いている。

 そして何よりも異様なのはその見た目。


 肌は茶褐色に染まり、眼が赤く輝き、頭髪も血の様に赤く染まっている。

 XXとも違う不気味かつ『死』をそのまま具現化したような姿だ。

 「…弱い…死合うにまるで値せぬ…

 特筆すべきはその言葉遣い。
 普段とはまるで違う古風な物言い。

 「……一瞬で私の護衛を…!君は一体…!!」

 それには今まで余裕を保っていたクルトも狼狽。
 ホンの一瞬で、自らの護衛兵団が全滅ともなれば当然だろう。


 「クルト・ゲーデル……うぬが愚行、断じて許されぬ…
  我が怒り、うぬの命を奪う事以外には静まる術を知らぬ…!


 一歩。
 たった一歩の歩みが、そのまま死が歩いてくるような錯覚さえ覚える。





 目覚めてしまったのだ――稼津斗の中の凶悪かつ強大な力『殺意の波動』が。

 全く関係ないユエを狙った非常かつ外道な行いが、稼津斗の怒りの臨界点を突破させたのだ。

 そしてその怒りに呼応して、殺意の波動が覚醒。
 愚かにもクルトは、自らの行いで起こしてはいけないものを起こしてしまった。


 「我は拳を極めし者――うぬ等が無力さ、その身をもって知るがいい。


 其れは、最強の殺戮者が降臨した瞬間でもあった…
















  To Be Continued…