青天の霹靂とも言うべき、何の前触れもなく起きた襲撃に、しかし総督府の宮殿内部の混乱は極めて軽微な物であったと言えるだろう。
言わずもがな、その要因となったのは1−Aの面々の存在だ。


稼津斗組とネギ組に属する生徒は、その圧倒的な力を揮って召喚モンスターを撃滅し、それ以外のメンバーは舞踏会参加者の避難誘導を担当。
更に、千草がお得意の陰陽道でモンスター達と渡り合い、アスナの加護を受けたクレイグ達もまた、獅子奮迅の立ち回りを見せている。

此れを見る限り、舞踏会場に居た魔法世界人に犠牲が出る事は無いと見て良いだろう。




同時に、総督特別室では―――


「行きますよエヴァ!!」

「良かろう……お前に合わせてやる!!」



「稼津兄!!」


「あぁ、思い切りぶちかますぞ!!」

「全力でなければ満足できないからね!!」




「「ダブル雷の暴風!!!」」

「「「トリプル覇王翔哮拳!!!」」」



――ドッガバァァァァァァァァァァァァァァァァァッァッァアァァァッァァァァァアァン!!!


最早戦いとも呼べない、一方的な蹂躙が行われていた。
まぁ、天下無敵の稼津斗と、闇の福音たるエヴァンジェリン、そして闇の魔法を会得した事で人間辞めてるネギが居るなら、此れもまた当然の結果。


「こう言っちゃなんだけどよぉ、アイツ等が本気だしたら冗談抜きで世界征服できるんじゃねぇか?」

「私も少しばかり思いましたが、恐ろしい事を言わないでくださいよラカン……彼等に限っては、其れがあながち冗談では済まないのですから……」

そして其れは、かのジャック・ラカンが引き攣った笑みを浮かべてしまうくらいには凄まじいモノだったようである。











ネギま Story Of XX 162時間目
『闇に堕ちた邪の剣士……』











しかし、超絶無敵で余裕で最強状態の宮殿内とは違い、外の――隔離結界内での戦いは、何とも言えない微妙な空気が満ち満ちていた。


理由は言わずもがな月詠だ。
殺戮衝動の権化とも言うべき、人斬りの少女は、大凡考えられないような狂気をその身に宿していた。


が、其れだけならば『月詠が更に狂気に堕ちた』で済んだだろう。
しかし、月詠は異常とも言える狂気を宿していただけではなく、稼津斗とそのパートナー達の専売特許とも言える『XX』に酷似した強化をしたのだ。


「XX……とは思いたくないが、あまりにも似すぎているね?」

「稼津斗や、彼のパートナー達には遠く及ばないけれど……だけど相当に強化されたのは間違いないでしょうね……」

あまりにも劇的な変化に、思わずフェイトとディズも攻撃の手を止めて月詠に何が起きたかを見極めようと『見』に回り、警戒を強める。
更に、タダ見に回るだけではなく、状況が動いたその瞬間にフェイトは砂嵐を、ディズは水の剣を発動出来るようにしている故に隙は無いだろう。


「くふ……くふふっふふふふ!此れは思った以上に驚いてくれたおすな?
 まぁ、この力が稼津斗さんの持つモノと同種かどうかは此処では明かせまへんけど――せやったらもっと驚いてもらいまひょかなぁ?」


そんなフェイトとディズを尻目に、月詠は狂気の笑みを更に深くし、呪文を紡ぎ始める――月詠が知り得る筈のない呪文を。
否、仮に知っていたとしても使う筈がないであろう呪文を。


「プラ・クテ ビギナル。」

「「!?」」

其れは西洋魔術の起動呪文。
独自の起動呪文を持たぬ魔法使いが使う、最も初歩的な起動呪文ではあるが、本来は剣術と陰陽術が本領の月詠が、西洋魔法を使ったのだ。


「来たれ殺戮の闇 血塗られし凶刃。血と悲鳴と死と絶望 世界を斬り殺す無限の剣閃。
 我を斬れ 彼を殺せ 汝は只斬り殺す刃――冥帝の処刑刃。」

だが、其処から続いた呪文はフェイトもディズも聞いた事がないような物。

基本を覚えて、其処から東洋陰陽術を組み込んだ月詠のオリジナルスペルだろうか?――だとしたら、其れは驚愕に値するだろう。
オリジナルスペルの開発は、ネギのような天才肌やエヴァンジェリンの様な熟練の魔法使いであっても早々簡単に出来るモノではないのだから。

事実、フェイトもディズも驚いている。



だがしかし、月詠は更に2人を驚かせる行動に出た。


術式固定(スタグネット)……掌握(コンプレクシオー)!」


「そんな馬鹿な!!」


「其れはまさか……闇の魔法!!」

そう、有ろう事か月詠は、その魔法を固定し更に取り込んで見せたのだ。

其れは紛れもなく、現状ではネギとエヴァンジェリンしか使用する者の居ない究極の禁忌。
最強の力を得る代わりに人である事を対価として差し出さねばならない禁断の秘術――闇の魔法そのものだった。


「月詠さん……如何して君が其れを!!」

「んははははぁ……始まりの魔法使いさんに教えてもろたんですぅ?
 本質が闇でなければ扱えない秘儀と言うなら、闇その物のウチが会得できへん道理はありませんし………其れに暴走に関してもウチはもう…」



確かに、闇の魔法を会得する絶対条件として、本質的な己の属性が『闇』である事が求められる。
ネギも、自身の根底には大きな闇があったからこそ、命懸けではあったが会得できたのだ。(但しエヴァンジェリンが下地は作って居たが……)

なれば成程、月詠が会得できない道理はないだろう。
だがしかし、如何に本質が闇であろうとも、闇の魔法を己が力とするには強靭な精神力もまた要求される。

使用者の心が弱ければ、あっという間に闇に飲み込まれて化け物街道一直線が確定していると言う、トンでもない代物なのだ闇の魔法は。


「うふ……うふふふ……あはぁ〜〜……やっぱり最高ですなぁ、闇に身体が取り込まれて行くこの快感。
 ホンマに最高やなぁ……此れだけのエクスタシーを感じながら、最強の力を得られるんやから……うふふふふふふ……あはははははははは!」


――ビキ……バキ……バキィィィィィィン!!!


「まさか……こんな事が……」

「コイツ……暴走を抑えるどころか、敢えて暴走に支配されて化け物になる道を選んだの!?
 いえ、自我は保ってるみたいだから……支配されてるんじゃなくて、暴走状態の化け物化そのものを、己の闇の魔法の形とした?」


狂気の嗤いを上げた月詠は、次の瞬間には大凡『人』とは形容できない姿になって居た。
その肌は、まるでブロンズ像を思わせる鈍色となり、肘や肩からは鋭利な棘が生え、手指の爪は湾曲した刃物の様に鋭く伸びている。
更に目の色は反転し、髪は眩いばかりの蒼銀で、背には硬質な翼が生え、額からは二本の大きな角が生えてその存在を主張している。




――




恐らく、多くの人が今の月詠を見たらそう言うであろう。
絶対にして最強の力を欲した月詠は、その身を人有らざる存在にしてしまったらしい。


「うふふふふ……やっぱり最強になるには人ではあきまへんなぁ?
 考えてみれば、稼津斗さんにネギ君に闇の福音にフェイトはん達……最強レベルの力を持つ者は揃いも揃って人間ではありませんもんなぁ?
 よくよく考えれば、去年ウチを倒した刹那先輩かて純然たる人間とは言えへん……人の限界を超えるには人でなくなるしかないんおすな。」

「稼津斗が聞いたらブチ切れるわよそのセリフ。」

「だけど、月詠さんの言う事も真実ではあるだろうね。
 それでも、敢えて言わせてもらうよ月詠さん――如何に人でない存在になったとしても、人の心まで失っては、本当の力は得られないってね。」

「くはははは……此れはまた、所詮は人形に過ぎない分際で面白い事言いますなぁ?
 真の強さを得るんには、人間の小賢しい理性なんて不要なだけや……必要なのは、理性も何も取り払った獣の闘争本能だけですえ?」


無論そこまでして得た力は半端なモノではない。
たった一太刀が、鎌鼬を発生させ、そして斬撃の衝撃が地を割って砕くほどなのだから。


そしてこの月詠の凶悪な強化と狂化はフェイトとディズにとっては何とも有り難くない事に他ならない。
己の存在の特異性ゆえに、殺されてしまう事だけは絶対に有り得ないが、だからと言って今の月詠には対抗するのが難しいのもまた事実なのだ。


現実に、この暴走月詠はフェイトの砂の障壁も、ディズの水の障壁も一切関係なく、只力任せに斬り込んでくるのだから堪らない。
辛うじて直撃を避けてはいるが、何れ直撃するのは時間の問題だろう。




だが―――




――ガキィィィィィン!!!





「おろ?」

「禍々しい気配がしたので、転移符を使って来てみれば……矢張り貴様だったか月詠。」


何度目かの攻撃がフェイトとディズを襲わんとしたその瞬間、月詠の凶刃は突然の闖入者によって完全に止められていた。


「去年私に切り倒されて、其れでも貴様は何も分かって居なかったようだな月詠?
 強さを求めるあまり、人である事を捨ててしまうとは………最早、憐みの言葉すら思いつかん!!」

其れを行ったのは刹那。
半妖である彼女ゆえの鋭さか、月詠から発せられている如何ともしがたい負の闘気と、闇その物の妖気を結界越しに感じ取ったらしい。

そして、己の師である千草に頼んで、転移符でこの結界内に転移し、月詠の凶刃を捌いてみせたのだ――烏族の力を全開にして。

仮契約カードの衣装として登録した烏族の装束に身を包み、頭髪は雪のように白く、瞳はルビーの様に透き通った赤色。
背から生えた一対の純白の翼と、手にした大剣『建御雷』の存在が、まるで和製の『戦天使』を思わせる。


鬼となり果てたであろう月詠と比べて、刹那は見る者を魅了してしまう程の『美しい強さ』をその身に宿していた。



「刹那先輩……その姿で現れてくれるとは感激ですわぁ……心行くまで斬り合って殺し合いたいくらいですわぁ……」

「貴様の異常性癖に付き合ってやる心算は毛頭ないが、此処でやりあうと言うならば相手にはなってやる。
 ――だが、もしもそうだと言うのなら覚悟を決めておけよ?……去年の様な峰打ちでは済まさん、今度は迷わずに一刀両断してくれる!!!」



――轟!!



更に、刹那の放った裂帛の気合と燃え盛る闘気にはフェイトもディズも、そして月詠でさえも驚愕を禁じ得なかった。
最も大切な者を護る覚悟、心を許せる友と戦場を駆け抜ける覚悟――そして、敵の命を奪う覚悟……考えうる全ての覚悟を決めたが故の闘気!

其れを刹那は身に付けていたのだ。



「くふ……あはははははっは…まさかこれ程とは予想外ですわぁ先輩。
 本音を言うなら、今直ぐここで殺し合いたい所やけど――其れはまたの機会に取っておきましょか?……ラストダンジョンで相見えましょか?
 まぁ、生きてこの場を切り抜けられたらの話ですけどなぁ?………億鬼夜行!!」



――ズルゥゥゥゥ


それを見た月詠は、何とも満足そうな笑みを浮かべ、しかし打ち合う事はせずに大量の召喚魔を呼び出して自身はあっと言う間にこの場から離脱。
或はこれが作戦だったのか――其れを知る由はない。


「逃げたか……最終決戦の舞台が私とお前の決着の場になると言うのならば乗ってやる。
 だが月詠、私は半妖であっても退魔の剣を使う者だ――人有らざる道に堕ちた貴様を斬り捨てる事に一切の躊躇はないと覚悟を決めておけ!」


逃げ果せた月詠を深追いする事はせず、しかし刹那は近い内に訪れるだろう完全決着戦で月詠を滅する覚悟を決めていた。



その覚悟を決めた、純白の剣士が放つ剣気は、フェイトとディズが思わず見入ってしまう程に美しく、そして洗練された物だった。



刹那、ドッグエリアに向かって、飛空艇で総督府から離脱するわ。

「アスナさん……了解しました、フェイトとディズを引き連れドッグエリアに向かいます。」


同時に、アスナから離脱の旨を聞き、思考を切り替えてこの場からの離脱に専念する。



総督府に現れた月詠が、最終章の鐘を鳴らす存在であったと言う事は、如何やら間違いないようだ。









――――――








一方、この大混乱かつ超バトルが行われている総督府の映像を、一人で眺めて居る者も居た。


黒いローブに身を包んんだ、長身で細身の男――言わずもがな、ナギを乗っ取った始まりの魔法使いである。


『愚かな……失せろ!!』

『うおぉぉぉぉぉ……雷華崩拳!!!』


その物が見詰めるモニターに映し出されているのは、正真正銘に無敵にして最強の証である稼津斗とネギが召喚魔相手に無双かましている状況。


一騎当千――如きでは生温いだけの圧倒的な戦闘力を、しかし惜しげもなく発揮している二人に対して始まりの魔法使いの興味は尽きなかった。



「闇の魔法を会得したネギ・スプリングフィールド、そして絶対無敵の力を有する氷薙稼津斗……ククク、此れはまた間違いなく最強だろうさ。
 精々此処までやって来い主人公……今度こそは、貴様を打ち倒して、私は真に世界の王となる……必ず殺してやるぞ、氷薙稼津斗!!!」


手にしたグラスを握り砕き、仄暗い部屋の中で、始まりの魔法使いは少しずつ、しかし確実にその牙を研磨し決戦に備えているようだった。














 To Be Continued…