「始まりの魔法使い――奴は一体何者だ?」

麻帆良の図書館島の地下深くにある、アルの居住区――と言うか、アルが生活している広大な空間に置いて発せられたのは重い一言だった。
決して稼津斗の言葉の調子が鋭いとか強いとかではない……寧ろ静かであるが故に、一切の誤魔化しを許さない強さが含まれていた。

「予想はしていましたが、此処まで直球で来るとは思っていませんでしたよ稼津斗君。
 まぁ、その問いに対する答えを持っているのは確かに私しか居ないでしょうが、私とて全てを知って居る訳ではありませんが――」

「構わない。
 火星の方は漸く計画が軌道に乗って来たからな……最後の不安要素は近い内に取り除くに限る――違うか?」

「違いありませんね。とは言え、先程も言いましたが私とて全てを知る者ではありません。
 ですので……そうですね、君が聞きたい事を尋ね、私が其れに可能な範囲で答える一問一答形式で行きましょうか?其方の方が面倒もない。」

「異論なし……天ヶ崎も其れで良いか?」

「構いまへんよ?
 まぁ、アルビオレはんには、東洋の呪術師であるウチにも分かるように説明してほしい所やけどなぁ?」

「ハハハ……まぁ、善処しましょう。
 何れにしても話は長くなりますので稼津斗君もお茶を――いや、君の場合はこっちの方が良いですかね?」


取り敢えず話をする方向でまとまったが、話が長くなるだろうからとアルが取り出したのはお茶ではなく、何とブランデー。
稼津斗が来る事を予想して買っておいたのか、それとも彼自身が其れなりに嗜むのか、真意の程は定かでないが、持ち出されたのは最高級品!

此れに酒好きの稼津斗が飛びつかない筈がない。


「有り難く頂くぜアルビレオ……取り敢えず瓶ごとくれ。」

「やれやれ……矢張りそう来ましたか……」










ネギま Story Of XX 149時間目
『異世界、東洋、西洋で意見交換?』











アルより最高級のブランデーを貰った稼津斗だが、流石に一気に飲み干したりはせずに、一口だけ飲んで本題を切り出す。

「一問一答って事だが……まず最初に聞きたいのは、お前の知る範囲で良いんだが『始まりの魔法使い』の起源についてだ。
 不滅の存在って言う事だから、相当に長い時間を生きているんだろうが――奴が歴史上初めて姿を現したのは何時頃の事なんだ?」

先ずは始まりの魔法使いが何時から存在しているのかと言うところを突いて来た。
確かに『不滅の存在』であるのならば、遥か昔から存在していたとして何ら不思議はない――ただ、何時から存在してるかが問題ではあるのだ。


「何時から…ですか。
 少なくとも私が生まれた時には既に存在していた事だけは間違いありません。
 更にキティを真祖へと改造したのもかの者ですので、其れを踏まえると、ドレだけ少なく見積もっても650年前には存在していた筈です。
 そしてかの者が歴史上初めてその存在を現したのは、魔法世界が出来上がった時期とも符合します――彼は正に不滅の存在であるのですよ。」

其れに対し、アルも普段の人を喰ったような態度ではなく、真摯に答えて行く。
アル自身も、始まりの魔法使いと言う、一種の自分世代の拭き残しを何とかしたいと言う思いはあったのだろう。


「思った以上に遠いな……最悪の場合は俺よりも生きている可能性もある訳か…
 天ヶ崎、日本で始まりの魔法使いの事を聞くようになったのは何時から位か分かるか?」

「そうどすなぁ……関西呪術教会に残っとる記録やと、日本古来の呪術と西洋魔術の激突が最初に確認されたんは江戸時代の頃。
 世にいう『天草の乱』が、呪術と西洋魔術のその後の対立に繋がる一戦やったと思います。
 天草軍の西洋魔術と、幕府軍の東洋呪術のぶつかり合いてな――日本で始まりの魔法使いの記述が出て来るのもちょうどその頃や。
 表にならん歴史やと『討ち取った天草が突如動き出し、某等の目の前から霧のように消えた』って記述も残っとりますからな……」

千草の言う事は、俗に言う『表の歴史から隠された歴史』なのだろう。
如何に高名な歴史研究家であっても、天草の乱の裏で西洋魔術と東洋呪術が激突していたとは夢にも思わない筈だ。


「何れにしても、『始まりの魔法使い』の本当の姿を知っている者は、この世には存在していないと言う事か。マクダウェルも顔は覚えてないだろうし。

だが、此れを聞いた稼津斗は全く別の事が気になって居た。
と言うよりもむしろ今の2つの質問は、本命の前段階と言った方が正しいのだろう。


「魔法世界での事と、今の話を総合して考えると、始まりの魔法使いが『他者を乗っ取る』能力を有してるのは間違いない。
 とするなら、そいつは一体どんな状態でターゲットを乗っ取るんだ?」

「「え?」」

「考えてもみろ、魔法世界での最後、俺達の前に現れたナギは、ネギとアスナの一撃を喰らって『リライトされたように消えた』んだぞ?
 だが、ナギは魔法世界の出身者じゃないから、アスナの能力であっても消し去る事は出来ない筈だろ?
 あくまで仮説だが、始まりの魔法使いはターゲットを乗っ取る事は出来ても、乗っ取ったターゲットをあまり自由には操れないんじゃないか?
 だから、宿主となった者のコピーと言うか、活動用のデコイを作って操っているのだとしたら、あの消え方にも納得は――まぁ、一応出来る。」


更に其処から、始まりの魔法使いが有してあるだろう能力についてもある程度の予想が出来ているようだ。


「その上で聞きたい……アル、10年前の戦いで一体何があった?
 なぜナギは奴に乗っ取られている?そして――ネギの母親、アリカ女王は一体如何なった?」


そして核心に切り込む。
ナギが乗っ取られている以上、10年前の戦いで何かあったと考える方が自然であるし、その時アリカにも何かあったと考えるもまた道理である。





「…………分かりました、お話ししましょう。」

暫し黙っていたアルだが、沈黙は金にならずと考えたのか、10年間語る事のなかった『真実』を語る事を決めたようだ。


「先ず大前提として、その戦いは10年前ではなく、正確には9年前であったと言う事を言っておきます。
 つまり、その戦いの時にネギ君は既に誕生し、ウェールズのあの村に預けられていたのですよ『戦いが終わるまでの間』だけね。
 実際、アリカ女王とナギは自分の息子が平和に暮らせる世界の為に戦っていたと言っても過言ではありませんから。
 戦いそのものは、ナギとラカンと言うバグとチートを内包していた我々が圧倒的に有利で、彼方の戦力など塵芥同然。最早アレは蹂躙でしたね。
 ですが、最後に立ちはだかった『始まりの魔法使い』はそうではありませんでした。
 大戦期にナギに倒され、多少の弱体化はしていましたが其れでも尚その力は無双の其れであり、魔法世界の出身者は敵う筈もなかった。
 ただ1人、始祖アマテルの血を引くアリカ女王だけは始まりの魔法使いの力にも屈する事はありませんでしたがね。」

明かされた真実は、其れこそ魔法関係者が知る近代史を大きく揺るがしかねない事だった。
こと10年前と思われていた戦いが実は9年前だったとは、一体どれだけ大規模な記録の改変を行ったのか想像もつかない。

ただ、時期をずらしたのは偏にネギの存在を隠すためだろう。
戦いが10年前であるのならば、現在10歳のネギが誕生して居る筈はない――そう思わせるための裏工作であるのは疑いようもない。


「ですが、其れでも尚かの者の力は強く、最終的には相討ち同然の形でナギが倒しました――其れが相手の狙いでもあった訳ですけれどね。」

「狙いって……まさか、始まりの魔法使いはナギはんを乗っ取る心算で!!」

「えぇ、大正解です千草さん。
 始まりの魔法使いは、自分と互角以上に戦ったナギを次の憑代にしたらしく、すぐさま瀕死のナギを乗っ取ろうとしたのですが――

「其れを防いだのがアリカ女王だった――そう言う事か?」


頷き、アルは先を進める。


「始まりの魔法使いがナギを乗っ取る刹那、アリカ女王は持てる力の全てを使ってナギを護ろうとしました。
 ですが相手は魔法世界の全てを掌握する存在、始祖アマテルの血を引くアリカ女王と言えどその力を完全に防ぐのは至難の業です。
 尤も、同様の事は始まりの魔法使いにも言え、正当な血統のアリカ女王を一撃の下に屈服させるのは難しかったようです。
 ――結果だけ言えば、ナギは乗っ取られましたが、しかし完全ではなく、ナギの自我がある程度残っていると言う状態になって居るのです。
 しかし、そのある程度の自我が残った代償として、アリカ女王は己の存在そのものを差し出す結果になってしまいました。
 この図書館島の地下に安置されていたのは、封印された始まりの魔法使いだけではなく、石膏像の様になってしまったアリカ女王も居るのです。」

「「!!!!」」


驚愕と言う言葉すら生温いだろう。
千草はおろか、稼津斗でさえアルの口から語られた『真実』には言葉もなかったのだから。


「その事はネギは当然知らないよな?」

「えぇ……何れ知る時は来るでしょうが、如何に強くなろうとも若干10歳の少年にこの真実は重い……出来れば黙っていて下さい。」

「そうおすな……坊ちゃんにこれ以上の荷物を背負わせるのは気が引けますからなぁ?」

「ありがとうございます。
 ですが、あのような状態にあってもアリカ女王は生きています……始まりの魔法使いを倒す事が出来れば、元に戻る筈です。」


だが救いは残されている。
アリカの復活は始まりの魔法使いを倒せばなる――そして其れは同時にナギの解放にもつながるのだから。



「私が知っている事は以上ですが――今度は逆に此方から聞きます。
 稼津斗君、君は若しかして始まりの魔法使いに関して、何か心当たりがあるのではないですか?」

己の知る事を包み隠さず話したアルは、今度は今までとは逆に鋭い視線を稼津斗に向ける。
其れは何時もの飄々とした雰囲気からは想像も出来ない、正に『歴戦の勇士』を思わせる鋭いモノ――一般人なら此れだけで屈してしまうだろう。

だが其れを受けた稼津斗は何のその。
とは言っても誤魔化す心算はないようだが………


「確信が持てないから何とも言えないが――若しかしたら俺が知る奴かも知れないと言う程度のモノだ。
 俺がこの世界と違う世界からやって来たと言う事は話したと思うが、俺が居た世界のミュータントとそっくりだったんだ、殴った時の感触がな。
 質量はあるのに殴った手応えが薄い――流体金属を殴ったような妙な感触は、ミュータントの親玉にそっくりだった。
 尤もそいつは俺が最強の一撃で葬り去った……だからこそ少しばかり気になってな……」

「稼津斗はんが元々いた世界のラスボスの特性って……偶然の一致にしては出来過ぎてるやろ!?」

「ですが、そうだとしても時代が余りにも合わない。
 万が一そうであるとしたら、其れが遥か昔に存在しているのはオカシイ事になりますよ?」

「分かってるさ……だからこそ俺自身も迷っている。
 始まりの魔法使いとやらは奴なのか、其れともよく似た能力を備えた全くの別物であるのか――正直判断が出来ん。」



此方の内容も目ん玉がぶっ飛ぶレベルの驚愕情報。
可能性は極めて低いが、始まりの魔法使いが、稼津斗が元居た世界のミュータントの親玉であるかも知れないとは、最早なにがなにやらだ。


「仮に君の知る存在だったとして、だとしたら君は如何する心算ですか?」

「分かりきった事を聞くなアル。」


一瞬アルを見やったと思うと、稼津斗はアルから貰ったブランデーを一気に飲み干し、狂戦士とも言うべき獰猛な笑みを浮かべ言う。


「始まりの魔法使いが、万が一にも奴であったなら、今度こそ細胞の一欠片も残さずに焼き潰す――其れだけだ。
 尤も仕掛けるのはまだ先――次の夏休みくらいになるだろうがな。」


その稼津斗に対し、アルも千草も何も言う事が出来なかった。


最強の戦士が醸し出す闘気は、其れこそ全てを焼き潰しかねないモノだったから。



ともあれ、幾つかの事がハッキリし、始まりの魔法使いの事も此れまでよりは把握する事が出来たと言うのは大きな収穫だろう。








終章の幕が上がるまではあと少しだ……














 To Be Continued…