突っ込みどころ満載の……と言うか寧ろ突っ込み所しかない驚愕の体育祭から早数日。
麻帆良学園全体の事を言うならば、特に何もなく平穏無事で天下泰平と言っても、概ね差し支えは無いだろう。

相変わらず『西洋魔法使い』にアレルギーを持った西の陰陽師が、取るに足らないちょっかいを出して来る事はあるが、如何と言う事は無い。

如何に式神と言えど、稼津斗とエヴァンジェリンとネギが出張れば大抵は其処でお終い!後続などないのだ。
毎度毎度完敗を喫して尚、麻帆良への襲撃を辞めない、古い考えの陰陽師にはある意味で頭が下がらなくもないが、堅すぎるのは問題だろう。



まぁ、其れは良い――何れは学園長の近右衛門が『鶴の一声』で何とかしてくれるのだろう。


其れとは別に、再び非日常満載の日常に戻った3−Aの面々も夫々が思い通りに過ごし、あるモノは他者に闘いを挑む事も有るが平和だ。

その平和な世界にて――


「そう言えば、今まで聞く事は無かったけどさ……亜子ちゃんの背中の傷って何で付いたものなの?」

「へ?」

亜子は絶賛クラスメイトに取り囲まれていた。
理由は簡単……此れまではうやむやになって居た、ある意味3−Aの最大の謎である『亜子の背中の傷』が話題に上がっていた。


女子中学生が背負うにしては余りにも大きな傷跡――其れは如何にして亜子の背に刻まれてしまったのだろうか……?











ネギま Story Of XX 141時間目
『不思議な不思議な傷跡は?』











「何時言われても、正確な日時は覚えとらへんて……確か小学生の頃やったと思うけど、気が付いたら病院の上やったもん。
 多分、何らかの事件や事故に巻き込まれたんやと思うけど、其れ等に関する記憶が一切なくなっとんねん……何でなんやろなぁ?」

だが、当の亜子はこの傷が如何して自分に付いたのか、その詳細はまるで覚えていないらしい。




――限定的な記憶の欠落。




何もオカシイ事では無い。
そもそも人は、強烈な恐怖体験や、命に係わる事態に遭った時に、其れが凄まじいトラウマとなって残る事はよくある事だ。
そして、それが余りにも強い場合、その恐怖から逃れようと、身体の防衛本能として其れ等に関する記憶を無くする事はそれほど珍しくない。

亜子の態度から、それ程凄まじい事では無いのかもしれないが、しかし亜子が覚えていないと言うのは嘘ではないだろう。


只少なくともアレだけの痕が残るのだから、決して小さな事故やら何かではないのだろうが……


「覚えてないんだ……だけどさ、亜子ちゃんもその傷は気にしなくなったよね?
 前だったら、絶対にこんな事は聞けなかったしさ。」

「せやなぁ……傷跡が何で有るかは兎も角、この傷痕の事を前ほど気にしてないのは確かや。
 まぁ、稼津斗さんがアンだけの凄い傷痕を顔に残しといて、其れでもまるで気にしてないからなんやろうけどね……この傷痕も私の一部やし。」

「あぁ……稼津斗先生の顔の傷も凄いよねぇ?
 確か、レーザーナイフを持ったミュータントと戦った時に付いたんだっけか?……改めてバイオレンスな世界で生きてたんだねあの人……」

だがまぁ、亜子自身がこの傷痕を前ほど『重荷』と感じて居ないのは良い事なのだろう。
稼津斗の存在が、亜子に『この傷痕もまた自分の一部』と思うようにさせたのは流石と言うところだが……


「時に亜子ちゃん、暑くないの?」

「へ?全然平気やけど?」


そして余談だが、今日の亜子は何時もと違い『人間状態』のクスハに抱き付かれている状態。
人間状態のクスハは亜子よりも身体が大きく、後ろから抱き着くとほとんどすっぽりと亜子を腕の中に収めてしまうのだ。

要するに亜子は現在進行形でクスハが背中から覆いかぶさっていると言っても良い状態なのだが、亜子本人は全く気にしていない様子。
或はこれも慣れなのか……兎に角今日も『亜子クスハコンビ』は健在!ある意味で此れも3−Aの名物と言えるかもしれない。


「亜子ちゃんが良いなら何も言わないけど……ホントにクスハちゃんは亜子ちゃんのこと好きだよねぇ?」

「亜子のお揚げは世界一〜〜〜♪
 其れに亜子は稼津斗とは別の意味で安心できるから……なんかお母さんの匂いがするし〜〜〜♪」

相変わらず、亜子大好きのクスハであった。



「HR始めるぞ〜〜〜!」

「全員席に座るように。」

「いや、其のままで良いぞ?」

「ダメだろう?何言ってるの君?」

「お前こそ何言ってるんだ?
 担当教師の居る授業なら兎も角、担任か副担任が執り行うHRで一々着席させる事もないだろう?
 此方からの伝達事項をちゃんと聞いていればそれでよし!――そもそも、この面子が俺やネギの前で大人しくするなど有り得ないからな。」

「だからこそ着席させるべきだと思うんだけどね僕は?」

「言っても無駄な事は、疲れるからしないに限るってな?」

そんなところに副担任と担任代理参上。
本日はネギとディズが魔法世界に出払っているために、如何にも合いそうにないこの2人が3−A最高責任者であるらしい。

基本『最低限の礼儀さえ忘れなければ良い』と言う稼津斗と、全てに於いてキッチリしており所謂『杓子定規』なフェイトではそりゃ合わない。
更に人生経験の差から、フェイトは稼津斗には口では絶対に勝つ事は出来ない。

まぁ、ある意味このやり取りは『仕事仲間の軽口』の類なのかもしれないが。


「まぁ、特に連絡事項もないんだがな。
 ただ一つだけ――早乙女……俺と大人ネギと大人小太郎をモデルにした発禁物の薄い本を作るのは本気で止めろ!」

「え〜〜〜〜?
 其れは無理っすよカヅっち〜〜〜!!この本て、この前のイベントでも売れ行き凄かったし、一番の目玉商品なんだからさ〜〜〜!!」

「だったらせめて健全ノーマルものにしろ!!
 何が悲しくて、俺がネギと小太郎相手に『放送禁止』『検閲により削除』『観覧厳禁』『子供は見ちゃダメよ?』な事をせねばならんのだ!!
 肖像権の侵害で訴えるぞ、この腐女子!!!」

「BLは文化だ!腐女子のたしなみだ!!古事記にだってそう記されている!!!」

「嘘八百並び立てるな!!!」

腐女子は何やらやらかしていた。
個人的な趣味や趣向をとやかく言う権利は誰にもないのだが、無許可で自分がその妄想に使われているのは、矢張り見逃せないだろう。

「あ!!若しかして子供相手が不満?
 だったら高畑先生とか、瀬流彦先生とか、神多羅木先生を相手にすれば良い!?」

「尚の事悪い上に、そんなモノは遺伝子レベルで全力拒否だ!!!」

本日のHRは、何ともびみょ〜〜〜〜〜なカオス空間を醸し出していた。








――――――








放課後、亜子は部活の最中に高等部の女子生徒と話をしていた。


「ウチをスカウトって……本気ですか先輩!?」

「本気だよ亜子ちゃん?貴女の活躍は、この間の体育祭で見せて貰ったからね。
 あの運動神経は間違いなく即戦力になってくれる――是非とも貴女を高等部の『女子サッカー部』にスカウトしたいんだけど…ダメかな?」

その内容は亜子のスカウト。
如何にもこの間の体育祭での活躍が、高等部の女子サッカー部の目に留まり、現部長が直々にスカウトにやって来たようなのだ。


勿論、亜子とて自分の能力が評価されているのは嬉しいし、今はマネージャーとは言えサッカーをやるのは好きだ。
単純に中等部に女子サッカー部がなかった故に、男子サッカー部でマネージャーを務めているに過ぎないのである。


「ダメや在りませんて!
 ウチもサッカーは好きですから、高校に行ったら女子サッカー部に入る心算ではいたんです。
 せやけど、直々にスカウトされるとは思ってなかったんで、驚いてもうたんですよ――勿論、その話は受けさせてもらいます♪」

「本当?……ありがとう亜子ちゃん!
 これで、来年は若しかしたら全国制覇が出来るかもしれないわね!!」

「そんな……言いすぎですよ先輩?」

照れ隠しに苦笑いする亜子だが、それでも嫌な気分だけはしなかった。



そんな事が有った部活も終わり、今はクスハと共に帰路に付いている。(今はクスハは子ぎつね状態で亜子の頭の上。)
今日は和美が稼津斗の所に行く日であり、自分は特にする事もない――精々、クスハの晩御飯用のお揚げを買って帰る位だ。

「亜子、今日の晩御飯なに〜〜〜?」

「お揚げにノリとシラスとネギを詰めて焼いたのと、油揚げのお味噌汁や♪」

「お〜〜〜……大好きメニュ〜〜〜♪」

「クスハはお揚げ料理やったら何でも大好きやろ?」

談笑しながら歩く。
何とも微笑ましい光景だ。

「そう言えばクスハ、私が『お母さんの匂い』がするって如何言う事やの?ちょお気になったんやけど……」

「ん?ん〜〜〜〜……亜子からは、私のお母さんに似た匂いって言うか、気配って言うかそう言うのを感じるんだよね〜〜?
 初めて会った時はそうでもなかったんだけど、オリハルコンの力を得てから其れが強くなって……そのせいでついつい懐いちゃうんだ♪」

その最中、亜子はクスハに少しばかり気になった事を聞いてみた――自分から『お母さんの匂いがする』と言うアレである。
亜子自身は分からないが、妖狐であり人間よりも感覚的に鋭いクスハならば感じる事が有るのだろうと思ったのだ。

で、聞いてみれば答えはある意味でビンゴ。
クスハは感覚的に、亜子から『母の気配』らしきものを感じ取っていたらしいのだ……だがその理由は不明である。


尤も、亜子自身はクスハに懐かれるのは嫌じゃないし、慕ってくれるのは素直に嬉しい事だ。
稼津斗からは『いっその事クスハと契約してみても良いかもな…』とまで言われた事すらあるのだから。

だがまぁ、良好な関係であるのならば其れで良いだろう。『仲良き事は美しきかな』である。


しかし、適当に談笑しながらお揚げ購入の為にスーパーに立ち寄ろうとしたところで其れは起きた。


「「!?」」


――グラリ……


路肩に停めてあったダンプカーの荷台に積まれた建設用の資材がバランスを崩して荷台から転げ落ちそうになったのだ。
しかも、そのダンプの近くには子供の姿が!!!


「危ない!!!」

とっさに亜子はXXを発動し、更に風の上級精霊と融合して最速でその子供の救出に向かう。
雷天双壮のネギには及ばないが、風の上級精霊と融合した亜子ならば100mを僅か1.3秒で移動できる……此れなら救出は楽勝だろう。


だが……


――危ない!!


救出に向かう亜子の脳裏に、嘗ての記憶が蘇って来た…


――アカン……間に合ってぇぇぇぇ!!!!


其れは、忘れていた背中の傷痕に関する記憶……この傷痕を背負う事になった事故の記憶……


――そうや……あの時も私はこんな感じで突っ込んで、それで……


――ガラガラガラ!!!


「おぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


――バシュン!!!


己の記憶を思い出しつつ、圧倒的なスピードを持って、亜子は下敷きになりかけていた子供を救出!
勢い余って盛大にすっころぶ結果となったが、自分にも子供に大きな怪我は無いのだから無問題だろう。

「だ、大丈夫か?」

「う、うん……ありがとうお姉ちゃん!!」

無事助けられた子供は、亜子に礼を言うと直後に現れた母親と思しき女性の元に。
女性もまた亜子に何度も礼を言うと、子供と共に帰って行った――因みに、ダンプの運ちゃんが亜子に平謝りしたのは言うまでもないだろう。


だが、亜子にはそれよりも己の蘇えった記憶の方が大事な事だった。


――そうや…あの時も、建設資材の下敷きになりそうな狐を助けようとして今みたいに。
   せやけど、あの時は今とは違って直撃を躱すので精一杯で……其れで、私も巻き込まれて背中に大きな傷を負ったんやったね……


「亜子、大丈夫?」

「大丈夫やクスハ……せやけど思い出した……この背中の傷の原因を。
 小学生の頃に、私は今みたいな感じで、狐を助けた事が有ったんや……やけど直撃を躱すんが精一杯で、私もその狐も大怪我負ったんや。
 背中の傷はその時についたもの……そして、私が助けた狐は、今にして思えばクスハのお母さんやったんやね…」

「えぇ!?」

同時に明かされる驚愕の真実!
亜子が背中に傷を負いながらも助けた相手は、クスハの母親であると言うのだ……此れは驚かない方がオカシイ。


「あ……でも、そう言えばお母さんも脇腹と左の後ろ脚に大きな傷跡があったなぁ……
 事故に遭ったって聞いてたけど、『人間の女の子が助けてくれた』って言ってたし……若しかしたらそうなのかな?
 お母さんは自分を庇ってくれた女の子に自分の力の一部を譲渡して、怪我が早く治るようにしたとも言ってたし…だから亜子からお母さんが…」

だがクスハもクスハで納得する部分はあったようだ。
すでに他界した己の母は、自分を助けてくれた人間の女の子に力の一部を譲渡して怪我の回復を早めたと言うのだから。
其れが亜子であったのならば、亜子から自分の母親の気配を感じるのは何もオカシイ事では無い――亜子の中にクスハの母は居るのだから。


「思い起こすと、尻尾が8本もある不思議な狐やったからなぁ……まさかクスハのお母さんやったとは驚きやで?」

「私もびっくりだよ?」

だからと言って、この2人には其れは大した事では無いのかもしれない。
ただ、分からなかった事が分かった――其れだけの事に過ぎないのだから。

亜子は傷の真実が、クスハは亜子から感じて居た母の気配の正体が分かれば其れだけで充分だ。


「まさか、あの時助けた狐の子に懐かれるとは思ってなかったわ……」

「お母さんと亜子の意外な繋がりにびっくりだよ〜〜〜!」

己に付いた埃を払いながら、亜子は改めてクスハを頭に乗せると、当初の予定通りにスーパーに。



尚、この亜子の活躍は翌日の朝刊に『お手柄女子中学生、大参事を未然に回避!』の見出しと共に写真付きで載る事になるのは別の話。







そして翌日――



「え〜〜〜〜と、和泉?」

「何ですか新田先生?」

「その頭の子狐は、何時もは教室の隅で寝ていたと思ったんだが……」

「まぁ、私の頭の上が気に入っとるんでえぇんとちゃいます?私に実害在りませんし。」

「う〜む……授業の妨害をしている訳でもないから別に良いのだが……重くないのかい?」

「大丈夫ですよ?」

「♪」

全ての授業において、亜子の頭に張り付いているクスハの姿が目撃される事になった。
亜子とクスハの仲が更によくなったらしいのだが、その理由は稼津斗ですらも分からなかった。


何故なら其れは、亜子の背中の傷が繋いだ、本当に不思議な不思議な、だけど特別な2人だけの絆なのだから。













 To Be Continued…