休息をとる為にダイオラマ内部にやってきたまき絵と桜子の前に現れたのは魔物と化したネギ。
 黒く染まった身体と、鋭い爪が生えた四肢に長い尾…大凡人とは思えない外観だ。

 何よりも暗く濁って鋭く釣りあがった目は、とても普段のネギからは想像もできない禍々しさだ。

 「ネギ…君?」

 「うそ…だよね?」

 余りにも普段のネギとはかけ離れたその姿にまき絵と桜子も絶句。
 3−A屈指の明るいムードメイカーも、この予想外の展開には付いてく事は出来ないようだ。


 「うぅ…がぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁ!!!!」

 尤もネギにはそんな事は関係ない。
 闇の浸食を受け、暴走した状態のネギにあるのは『目に映るもの全てを滅せよ』と言う闇の本能のみ。
 つまりは、まき絵と桜子であっても、今のネギには『攻撃対象』でしかなくなっているのだ。

 「うがぁぁぁあぁぁぁぁあっぁぁ!!!」

 「「!!!!」」

 だから迷いも何もない。
 大切な生徒だろうとも、攻撃対象としてしか見れないのであれば攻撃するは必然!

 凶暴な闇の力が襲い来るが…


 「?」

 その直前でネギの動きがピタリと止まった――正に寸止めだ。

 「ネギ君…?」

 「ぐぅぅぅ………」

 どうやら、闇に侵食されて暴走すれども、理性を完全に失っているというわけではないようだ。










 ネギま Story Of XX 107時間目
 『Beauty&The Beast』











 だが、その直後、ネギを巨大で強大な魔力が打ち据えた。
 その魔力は凄まじい冷気を帯び、次の瞬間にはネギは見事に氷漬けとなってしまった。

 「…やれやれ、マッタクもって自分で編み出した術とは言え、此処まで凄まじいか?
  いや、或いは相性の良いネギだからこそ、この暴走状態で此処までの力を引き出すのか…」

 ソレをやったのは言うまでもなくコピーエヴァ。
 まき絵と桜子を襲おうとして、しかし動きを止めたネギを容赦なく氷漬けにしたのだ。

 まぁ、同様にイクサが動きを止めたネギの足をバインドで拘束していたからこそ巧く行ったのだが。


 「む?何だ貴様等か…休みにでも来たか?…だとしたら最悪のタイミングで来てしまったな?
  椎名桜子が一緒ながら、これを回避出来なかったとは…ネギの侵食は相当に深いと見える。」

 「エヴァちゃん?え、此れはやっぱりネギ君なの?」

 だが、まき絵と桜子からしてみれば一切意味が分らない。
 魔物と化したネギの事も、目の前のエヴァの事も、そもそもなんでネギがこんな事になってるのかも全てがだ。


 「まぁ、ネギで間違いない。……マッタク、目的の為とは言え、自ら闇を受け入れるとはトンでもない奴だ。
  最もそのせいで、闇の浸食を受け、今はソレの治療中だ――手加減抜きの荒療治だがな。」

 務めて偽悪的な笑を浮かべて言うコピーエヴァに、2人とも息を詰まらせる。


 無理もない。
 如何に魔法世界でトンでも体験をしたとは言え、目の前の光景はソレとはあまりにもレベルが違いすぎる。

 自分達の理解の範囲を超えた出来事で有るのは疑いようも無いのだ。


 「とは言え、氷漬けじゃあ休ませる事も出来ないだろうに…取り敢えず溶かすぞ?」

 そんな2人を尻目に、イクサが『ダイナマイト・ナックル』で氷を溶かしてネギを氷塊から帰還させる。

 だが帰還したネギは相当に辛そうだ。
 まるで熱病に罹ったかのように呼吸は荒く、脂汗が止まらない。

 暴走が強制遮断された事で、暴走と侵食の反動に襲われているのだ。


 「「ネギ君!!!」」

 そんなものを見てはまき絵と桜子も黙って居られない。
 今までの驚きなんて何処かに吹き飛ばして、殆ど勢いのままネギに近付き、その手を握る。

 風邪を引いて苦しんでいる子供の手を母親が握るかのように。


 「うぐ……う…ふぅ……」

 「あれ?」

 「落ち着いた…?」

 とっさの行動だったのだが、ソレが意外にも効果があったらしい。
 ネギの体色が元に戻り、呼吸も安定してきたのだ。

 「ほう?…此れは予想外だ……うむ、此れは良い。
  おい、貴様等2人でネギを介抱してやれ。貴様等が触れてやっているとネギの侵食も幾分和らぐらしい。」

 理由は不明だが、ネギが安定しているのは事実。
 まき絵と桜子としては『何故そうなった!?』的な超展開だろうが、自分達の存在がネギを落ち着かせるというなら悪い気分では無い。


 「うん…」

 「頑張って、ネギ君。」

 特に反論もなく、まき絵と桜子はネギの手を握ってやる。
 ソレをされたネギは、本当に穏やかな顔で眠っていた…








 ――――――








 「そっか〜〜まき絵も今のネギ君の状態を知ったんだね?」

 「うん…とっても大変な事になってるって。」

 夜――とは言ってもダイオラマ内部でのことだが。
 まき絵と桜子は、小屋で待機中だった稼津斗組の面々と一緒に居た。

 尚、日が暮れる頃に、休息目的で高音と愛衣も此処に来ている。

 「ぶっちゃけ、行き付く先は地獄か人外の道かの二者一択だかんね〜〜…」

 「それ!それだよゆーな!其処までしてネギ君がしなくちゃいけないことって何!?」

 「幾らなんでもやりすぎだと思うな〜〜?」


 「…それには異を唱えますわね。」

 ネギが何故に自分を其処まで追い込むのかは2人には分らない。
 いや、『父親の手掛りを探す』と言う当初の目的を持ってしても解せないのだ。

 だが、ソレは高音がキッパリと断する。
 彼女には分るのだ、ネギが何でこれ程までに己を追い込んでいるのかが。

 「ネギ先生は此れまで誰も成した事が無い事柄をやろうとしているんです。
  その己の目的のためには、手段を選ばず己が被る苦痛も厭わない……正に真なる正義を宿した姿だと思いますわ。
  私としても見習う部分が多いですもの……口先で綺麗事だけを言う輩よりもずっと立派ですわ。
  そう言えば、貴女のお母様もそう言う方だったと聞いていますが……明石裕奈さん?」

 「へ?」

 ソレを説明しつつ、話の矛先は裕奈に向かった。
 父親が魔法先生で、自身もまた魔法関係者である裕奈だが、実は幼い頃に他界した母の事はあまり知らない。

 その母の事をイキナリ、言ってしまえば他人の高音から振られたら驚きもするだろう。

 「お姉様!その話は、明石教授から口止めされて…!」

 が、当の裕奈よりも驚くと言うか慌ててるのは高音の従者である愛衣だ。
 裕奈の父である明石教授から、母親の事は言わないようにと、そう頼まれていたのだろう。

 「えぇ。ですから此れは私の独断です。
  そもそも、彼女は既に此方側――魔法関係者であり、実力的にも高畑先生に匹敵、或いは変身状態では凌駕するでしょう。
  何時までも隠し通せる筈がありませんし、知らないままと言うのは逆に危険です。」

 高音も伊達や酔狂で言った訳ではない。
 真実を知らずに、魔法世界や魔法の事に係わっていくのは良くないと思っての独断だったのだ。

 「うそ…ゆーなのお母さんも魔法使い?」
 「マジンコですか…」

 「麻帆良学園都市の創始は、そもそも我々魔法使いです。
  現学園長も高位の魔法使いですし、其処に務める教員の多くが魔法使いでもなんら不思議はないでしょう?
  ……明石教授は貴女の事を思って秘密にしていたようですが…」

 既に魔法を知っている特別クラスの3−Aだが、よもやクラスメイトの両親が揃って魔法使いとは思わなかっただろう。
 まして、母親がそうであったと初めて知った裕奈は…

 「……ふ〜〜…やっぱりね。だろうと思ったよ♪」

 意外とさばさばしていた。
 完全に予想していた、と言うことだろう。

 「てかちょっと考えれば分るでしょ?パパが魔法先生で、その古い友人のドネットさんが魔法世界の案内人だったんだよ?
  加えて、ドネットさんはママとも面識あったんだよ?それでママが一般人とか有り得ねーでしょ流石に。」

 流石の洞察力と言うべきだろうか?
 自分を取り巻く人々の、人間関係云々から独自の答えを導き出し――ソレは大当たりだったわけだ。

 「明石、お前あんまし驚かねぇのな…」

 「いや、考えてもみなよ千雨ちゃん。
  私ってば京都で死に掛けて、人外になって、魔帆良祭では超サ○ヤ人に覚醒した挙句に時間旅行。
  極め付けに、今は火星に居るんだよ?今更ママが魔法使いだからって驚くほどの事じゃないでしょ?」

 「いや、ソレを言ったらそうなんだけどよ…」

 確かにトンでも状況を体験しまくった身としては母親が魔法使いだといっても驚くほどの事ではないだろう。
 尤も、ソレをスンナリ受け入れられるのは裕奈の度量と言うか度胸がなせる業なのだろうが。

 「裕奈…」

 「杞憂でしたか…」

 正直、此れを聞いた裕奈が取り乱すのでは無いかと言う不安がなかった訳ではない。
 が、蓋を開けてみれば何のその!
 アキラと高音が安堵したのも当然だろう。

 「と、高音先輩、一つだけ質問いいですか?」

 「えぇ、何なりとお答えしますよ?」

 「そいじゃあ遠慮なく。
  え〜っと…ママは私が5歳の時に海外旅行中の事故で死んじゃった…って事なんですけど、ソレもやっぱ違う…んでしょうか?」

 「!!」

 だが今度は流石に絶句。
 母の死の真相ともなれば、それは今までの話よりも重いものとなる。

 高音も詳細は知らないものの死の真相については知っているが、おいそれと口に出来るものでもない。

 「その、大丈夫です。お願いします。」

 普段の様子は何処へやら。
 改まって頭を下げる裕奈に、しばし考えた後に高音が折れた。

 「…分りました…私にはその権限がないので此れも独断ですが、貴女の心の強さを信じてお話します。
  ――貴女のお母様は本国政府の任務中に殉職された…と、そう聞いています。
  そして、その任務は恐らく今回の戦いと無関係ではありません。」

 「え?」

 今度は裕奈が驚く番だ。
 事故死ではないとは予想していたが、よもや政府からの任務で殉職していたとは流石に予想外だったらしい。

 「せーふのにんむって…?」

 「明石夕子さんは麻帆良からメガロメセンブリアに派遣されたエージェントでした。
  詳しい事は私にも分りません…申し訳ありませんが。」

 「へ?いやいや、良いですよ高音先輩!ママの事が分っただけで満足ですって。
  てかエージェントって何?良くあるスミスとか名乗ってたとか?あはは、カッコイイじゃないですか〜。」

 努めて明るく振舞うが…ソレは続かなかった。

 「はははっは……ふぅ…馬鹿だなパパ、教えてくれてもよかったのにさ……帰ったらお仕置きだよ…」

 静かにそう呟いた裕奈の頬には、一本だけ…だがハッキリと涙の流れた痕が付いていた…








 ――――――








 ――地球・日本・麻帆良学園都市


 広大な学園都市の小高い丘にある墓地、其処に1人の男がいた。
 明石教授である。

 魔法世界では数ヶ月が経過しているが、地球ではまだ夏真っ盛り。
 ゲートが寸断された事による時間の流れの差異が起きているのだ。


 ソレはソレとして、この炎天下に墓地に来たのは勿論墓参り……言うまでもなく自分の妻のだ。

 「おや?」

 「よう。」

 其処にもう1人。
 花と水を手に現れたのは『ヒゲグラ』こと神多羅木。
 明石夕子とは面識が有ったらしい。

 「10年か…裕奈ちゃんが大きくなるわけだ。
  学園祭でのヒーローユニットとしての大活躍…あの元気さは夕子さん譲りだな。
  ……だが、矢張り心配だな裕奈ちゃん。」

 「まぁ、ゲートが破壊された以上は向こうの状況を知る術はないですからね。
  更に時間の差異も生じるから、魔法世界では3〜4ヶ月経っているはず…ソレだけあれば何が起きても不思議じゃない。」

 親としては矢張り心配だろう。
 幾ら自分を凌駕する力を持っているとは言え、父にとって娘は娘なのだ。

 「まぁ心配しなさんな。裕奈ちゃんはお前達の娘だろ?
  それに、『アノ』氷薙稼津斗の従者なんだ……早々下手踏む事はないだろう?」

 「あれ?意外ですね神多羅木さん、稼津斗君の事を嫌ってると思ったんですけど?」

 「考え方が相容れないだけで、俺もガンドルフィーニもアイツの実力は認めてるよ。なに、無事に戻ってくるさ。」

 意外にも神多羅木は稼津斗の実力は認めていたようだ。
 考え方の相違から対立関係になっているが、だからと言って心底嫌いと言うわけでもないらしい。


 さて、此れだけならば只の墓参りと世間話で終っただろう。
 だが、事はそう簡単には終らない。


 ――ヒィィィィン…


 「!!神多羅木さん、此れは!!」

 「あぁ、トンでもない魔力だ…此れは世界樹か!!」

 突如感じた膨大な魔力。
 その発生源は考えるまでもなく世界樹――すぐさま現場に直行は当然だろう。


 「な!!」

 「馬鹿な…こいつぁ、なんて魔力だ!日が沈んだら一般人にも目視できるぞ…!」

 そして辿り着いた世界樹での異常な光景――それは煌々と輝く世界樹の姿。




 有り得ない――次の発光は22年後のはずなのだ。
 だが、現実に凄まじい魔力を放ちながら発光している様は幻ではない。

 更に移動中に掛かって来た近右衛門からの電話が状況を複雑化させていた。


 『その発光現象…向こうで何か起こっているとしか考えられん。』

 「向こうって…魔法世界――旧オスティアで!?馬鹿な!
  麻帆良学園と旧オスティアを繋ぐ図書館島地下のゲートは20年以上前に破棄されたはずじゃ!!」

 『うむ、だが破壊はされておらぬ…此れこそが彼奴等の目的かもしれん…!』

 トンでもない事になっているようだった。


 即座に学園都市中の魔法関係者が学園長室に集められ、緊急会議開始!

 「諸君等も知っての通り、世界各国11箇所のゲートが何者かに破壊され、2週間全く向こうと連絡が取れん!
  テログループの詳細と目的は不明…故に此れまでは打つ手がなかったのじゃが…此度の世界樹の発光現象で分った!
  十中八九、犯人グループは『完全なる世界』の残党である事は間違いない!」

 「「「「「「「!!!!!」」」」」」」

 絶句!
 かのサウザントマスターの最強の相手の残党ともなれば息を呑むだろう。

 無論ソレは何年も前に掃討されたはずだと言う意見も出るが、問題はそこでは無いと告げる。

 最大の問題はゲートの寸断により、魔法世界には莫大な魔力溜まり出来ている可能性があるのだ。

 そしてそれだけの魔力が示すモノはただ1つ――20年前の強制リライトの再現だろう。
 もしソレが行われたら、この麻帆良とて如何なるかは全く予想が付かないのだ。

 「何れにせよ、向こうの諍いで此方に被害が出る事は避けねばならん!
  あらゆる可能性を考慮して事に当たる!働いてもらうぞい!!」

 「「「「「「「ハッ!!!!!」」」」」」」

 其処からの近右衛門は凄かった。
 即時に各々の持ち場と役割を決め、更に一般生徒に被害が及ばないように言うのも忘れない。

 そして、自身も任せるばかりではなく直々に動くらしい。


 麻帆良の方もまた、魔法世界で起こりうる事に備えているのだった。


 ――ワシも出来るだけの事はするが…いざと言う時には頼むぞい、稼津斗君、ネギ君!!








 ――――――








 再び魔法世界。
 すっかり夜の帳が落ちたダイオラマ級内部なのだが…

 「矢張りこの風景か…」

 「右も左も摩天楼…ニューヨークさながらでござるなぁ…」

 「此処が稼津さんの生きていた世界…」

 稼津斗、楓、亜子の目に映るのは聳え立つ摩天楼群!

 そう、此処はダイオラマ内部ではない。
 闇の魔法の巻物を利用して訪れた、稼津斗の深層風景なのだ。

 再生されているのは、稼津斗が人間だった頃に生きていた世界の街並みだ。



 自らに眠る殺意の波動と、強制的に送り込まれた暗黒パワーを制御する為に此処に来たのだ。

 1人での制御は不能なこの力を、ならば精神世界にダイブし、直接叩いて言うことを聞かせたほうが早いと思ったのだ。
 同行者に楓と亜子を選んだのは戦力バランスを考えての事だ。


 「せやけど何にも無いで稼津さん?」

 「本当に現れるでござるか?」

 「現れるさ…必ずな。」

 全く何の気配も無い場所に、亜子も楓も訝しげだが稼津斗が『現れる』と言った以上は絶対なのだろう。



 そのまま一点を睨みつけるように見やる。
 その場所は次第に気が高まっているようにも見える。


 そして――


 「ウヌが真の、見せてみよ!

 「君の死に場所は此処だ…!

 現れた稼津斗に酷似した2人の成人男性。


 片や黒い胴衣を身にまとい、紅い髪と目をした稼津斗。
 そしてもう1人は、肌がライトグレーに染まって、髪が翡翠色になった稼津斗。
 言うまでも無く殺意の波動と暗黒パワーが作り出したものだろう。


 「イキナリ2つ両方?…流石に少しキツそうだな…」

 だが、稼津斗の顔に恐怖はない。
 楓と亜子にだって迷いはない。


 即座に戦闘モードになったのは見事だろう。



 内なる凶暴で強大な力を制御するための戦い。
 数の上では稼津斗達が有利だが、相手は究極レベルの闇の力の化身…だが負ける気はない。



 ――轟!!



 即座にXXに変身して相対する。



 精神世界での最強vs最強の戦いは、今此処に…


 「覇ぁぁぁ…覇王翔哮拳!!!」

 「温いわ…滅殺…ぬおりゃぁぁぁぁ!!

 稼津斗と殺意の波動の極大の気功波のぶつかり合う音をゴングに、その始まりを告げたのだった。













  To Be Continued…