なのはとクローゼ、そしてヴィヴィオを取り込む事で完成した『神体』は『黒いエクゾディア』に姿を変え、その背には三対の翼が生えている――正に光と闇の双方の力を宿しているのは間違いなさそうだ。


「黒いエクゾディアに、羽が生えたぜ?」

「正直に言って非常に悪趣味ですね。姉さんとクローゼとヴィヴィオに対しての謝罪を要求します。」


黒いエクゾディア自体は其の巨躯もあって迫力満点なのだが、背に生えた三対の翼がなんともミスマッチである事は否めず、思わずなたねも苦言を呈してしまっていた。……若干ズレた部分があるのは否めないが。
そんな中で『神体』は翼を広げると飛翔し、その場から飛び去って行った……方角的にリベールではないが、リベールに向かう前に何処かの国を襲撃して其の力を試す心算であるのかもしれない。


「オイ、アレは何処に行ったんだ?完成したんだろ?」


神体が飛び去ったのを見ると、ネロは致命傷を負ったアルテナに向かって問う。
腹部を貫かれた傷は深く、最早治癒魔法や治癒アーツ、回復系の魔法カードをもってしても治す事は不可能であり、アルテナの命は正に風前の灯火なのだが、それでも彼女は最後の力を振り絞り、剣を杖代わりにして立ち上がるとネロの問いに答え始めた。


「ワイス……マン……と、スカ……リ……エッティの……野望は……この世界を……支配、する……事、です……それ、だけ……ならば……『世迷い事』と一笑……に賦すモノ……ですが……彼、等は……其れを、実現……するために……十年前、から……計画を……練っていたよう、です。
 十年前……に起きた……ライトロード、による……大量虐殺事件に始まり……此度、の……度重なる、リベールへの攻撃……そして、神体の完成……全ては、彼等の……計画の内。
 聖王……アウスレーゼ……高町、不破……そしてスパーダ……人、神族、魔族……悪魔……あらゆる種族の……最高の『血』を、一つに……纏める、事が……出来れば……世界の、支配はなる……そう、考えたのです……」

「スパーダの血まで……奪ったネロの右腕も組み込まれていると言う訳ですね?
 確かにそれだけの力を集結させれば世界を相手に戦う事も出来るでしょうが、しかしあの力で全てを薙ぎ払ったら何も残りません……教授とドクターは自分達以外の何者も居なくなった世界を支配するのでしょうか?」

「……リベールに攻め込む前に……他の国に赴き……其処を人造の悪魔に襲わせた上で……その人造悪魔を神体で焼き払う……最悪の、マッチポンプ、を行って……神体に人々の、感謝と……畏怖の念を……抱かせ……味方につける……そう、言っていました……その上で、リベールを……手中に収めるのだと……完成した以上……最早、アレを止める術……は……ほぼありませんが……貴方達ならば……精鋭が揃うリベールならば……或いは、アレを如何にか……出来るかも……知れません……出来れば……私の手で、止めたかったのですが……力及ばず、この様です……どうか……己の、役目を果たせなかった……聖騎士の願いを……聞き入れてくだ……さい……」


そこまで言って限界が来たのか、アルテナはその身体をネロに預けると、そのまま砂となって消えてしまった――聖騎士のアルテナは『光』だが、洗脳された際に強制的に『闇』の力を植え付けられた事で身体に歪が生じ、致命傷を受けた事で身体を維持する事が出来なくなってしまったのだ。
亡骸すらこの世に残す事が出来なかったアルテナは、魂までも完全に消滅してしまった事だろう。


「言うだけ言って死んじまうってのは反則だと思うが……遺言って事なら無視は出来ないよな?」

「そうですね……幸いにして彼女の言った事が真実であるのならば、あの悪趣味な人形がリベールに攻め込むまではまだ猶予があると考えられます。
 よって私達がすべきは、早急にリベールに戻り此の事を王室関係者に伝えて対策を練る事であると考えます。」

「ま、それ以外にはねぇよな。」


アルテナからワイスマンとスカリエッティの目的を聞いたなたねとネロはアルテナの剣を、彼女が倒れていた場所に出来た血痕に突き刺して簡易の墓標とすると、ベルカの『湖の騎士』の『転移魔法』でリベールへと帰還するのだった。










黒き星と白き翼 Chapter81
『取り込まれた絶対的な力~神体・完成~』










「王女殿下のみならず女王陛下、王妃殿下まで敵の手に落ちてしまうとは……矢張り無理やりにでも護衛を付けるべきだったか……?陛下と殿下の強さに些か信頼を寄せすぎていたのかもしれんな我々は……」

「其れは確かに否定出来ぬ……『王女殿下が人質に取られていようとも、女王陛下と王妃殿下ならば其れを打ち破ってしまうだろう』との考えが頭の片隅にあったのは間違いない事だからね。」


グランセル城の『謁見の間』にてなたねとネロから事の次第を聞いた王室親衛隊のメンバーと、王国軍情報部のメンバー、そして魔王達はまさかの結果に驚くと同時に、己の判断の甘さを悔いていた。
『あの二人ならば』……その考えが、今回の結果を招いてしまったのだと。
とは言え、其れも致し方ないだろう。
なのはは莫大な魔力にモノを言わせて数の差をモノともせずに戦える一騎当千の猛者であり、クローゼは単騎ではなのはほどの戦闘力はないモノの、その身に宿した精霊『エクゾディア』は一度解放されれば、其れこそ一撃で国を滅ぼす事が出来るだけの力を有しているのだから、なのはとクローゼの二人が直接出向くとなれば大抵の事はどうにかなる、どうにかなってしまうと考えるのはある意味で当然の事と言えるのである。


「確かにやばい状況だけど、俺達がやるべき事は結果を悔やむ事じゃなくて、これからどうするか、だろ?
 その二人の話だと、其のエクゾディア擬きがリベールにやってくるまでにはまだ時間があるって事みたいだからさ……どうやって『最強』を迎え撃つのか、其れを考えるべきじゃね?」

「一夏君……確かにその通りだな。」


此処で一夏が『此れからの事を考えよう』と話題を変え、其処からは『神体』がリベールに侵攻して来た際に如何対応するかが話し合われた――大筋は前回のエサーガ国の襲撃の際と同じだが、相手が相手だけに各地の防衛能力の底上げが提案され、ロレントとツァイス以外には、新たに不動兄弟が開発した『量産型パテル=マテル』が配備される事が決定した。
また前回の戦闘にて自我を取り戻した千冬と美由紀は『王室親衛隊』の隊員となっている。


「ねぇ、ちょっと気になったんだけど良いかな?」

「はい、どうぞ姉さん。」

「なのはとクローゼちゃんとヴィヴィオちゃんは、神体に取り込まれてるんだよね?
 でもって神体は其の三人とネロ君の右腕を取り込む事で完成して、黒いエクゾディアになった……って言う事は、少なくとも取り込まれた三人は生きてる訳で、三人を中から引っ張り出す事が出来れば、神体ってめっちゃ弱体化するんじゃないのかな?」

「良い目の付け所ですね姉さん、その通りです。」


その美由紀が気になっていた事は、実はとても大切な事だった。
ヴィヴィオだけでなくなのはとクローゼを取り込む事で完成した神体は、逆に言えば内部で其の三人が生きた状態で存在していなければその真の力を発揮する事は出来ない。
なのでなのは達はどんな形であれ神体の中で生きた状態で存在しており、逆に言えばなのは達を中から引きずり出す事さえ出来れば神体は図体だけのタダの木偶人形になり下がるのである。


「とは言え、其れは簡単な事ではありません。
 私も姉さんを目覚めさせようとレイジングハートにルシフェリオンで通信を入れているのですが一向に繋がりません……と言うよりも、ルシフェリオンはレイジングハートと回線を開いているのに繋がらないという状況になっています。
 まるで、レイジングハートが此の次元に存在しているのかいないのか判断出来ないとでも言うかのように。」


とは言え、其れは簡単な事ではない。
なたねもルシフェリオンでレイジングハートに呼びかけてはいるのだが、通信回路は開けているのに通信其の物は繋がらないと言う何とも不可解な状況なのである。


「此の次元に存在していない……其れはある意味で正解よ。」

「おや、いいタイミングですねプレシア・テスタロッサ。」


そんな折、空間を割いて現れたのは『稀代の魔女』たるプレシアだ。
五百年を超える時を生き、ありとあらゆる魔法、魔導、アーツその他諸々に精通しているプレシアは、レイジングハートが現在どのような状況にあるのか凡その見当が付いているようだ。無論、あの戦いを『時の庭園』から見ていたからではあるが。


「して、レイジングハートはいずこに?」

「悪魔界……其処にあるわ。
 ワイスマンにスカリエッティ、此の五百年の間にもあれほどの外道を見た事はなかったけれど、同時に頭も切れるわ……なのはさんとクローゼさんを神体に取り込む寸前にレイジングハートを悪魔界に放り込んでしまったのだから。
 レイジングハートは人格搭載型のデバイスであり、主と認めた者以外に操作する事は出来ないから、レイジングハートを神体に取り込んでしまった場合、レイジングハートが何らかの形でなのはさんの意識を呼び覚まそうとするのは先ず間違いないですからね……なのはさんは神体にとって必要なパーツであると同時に、其れはあくまでも意識がない状態である事が大前提。内部で覚醒されて暴れられたら……ね。」

「まぁ、姉さんの意識が覚醒すれば、エクゾディアの姿をしただけの存在など内側から全力全壊間違いなしですが……しかし、悪魔界とは中々考えましたね彼等も?
 悪魔界は並の人間では訪れる事が出来ないだけでなく、そもそもにして人間界と悪魔界は大雑把な網のような結界で隔てられているので簡単に行き来する事は出来ませんからね……普通ならば。」

「俺やオッサン、バージルみたいに悪魔の血を引いてるなら悪魔界に行っても全然問題ねぇし、悪魔界への道なら閻魔刀で切り開く事が出来るから何も問題はねぇな。」


レイジングハートは、なのはが神体に取り込まれる瞬間に特殊な転移魔法によって悪魔界へと放り込まれてしまったらしい。
悪魔界は人間には毒にしかならない魔の瘴気に満ちている上に、偶に人間界に現れる悪魔とは比べ物にならない程の力を持った悪魔が跋扈する世界なので、普通ならとてもレイジングハートを奪還しに行くことは出来ないだろう。
だがしかし、リベールには伝説の魔剣士『スパーダ』の血を引く者が三人も存在する上に、魔族に半妖、天使の血を引く者、魔族の血を引く者、オロチを倒した草薙と八尺瓊の末裔、現在リベールに駐屯中の魔王と、悪魔界の瘴気が毒にならない者達が多数存在している上に、戦闘力に関しても全員が上級悪魔を圧倒出来るだけのモノを持っているのでレイジングハートの奪還はそれほど難易度は高くないと言えるだろう。


「では、レイジングハートの奪還はこの私に任せて貰っても構わないかね?」

「ルガール殿?……貴方ならば実力的にも不安はないが、何故魔王が自ら……」

「悪魔界の魑魅魍魎と一戦交えるもまた一興……そして、此処まで用意周到な計画を練っていた彼等がタダ単純に悪魔界にレイジングハートを捨て去ったとも思えぬ――おそらくは我々が奪還に向かう事も見越して、レイジングハートに番人を付けているはずだ。
 そう、私と二度に渡って戦った、精神体のみで存在する事が出来る魔人、ベガがね……精神体ならば瘴気の影響も受けない上に物理攻撃は一切効かぬだろうからね……殺意の波動とオロチの暗黒パワーをもってして完全に消滅させる他ないだろう?」

「其れならば稼津斗殿でも良さそうだが……貴方自身の手でベガにトドメを刺したい、そう言う事でいいだろうか?」

「うむ、結構だユリア殿。」


悪魔界にレイジングハートを奪還に行くのにはルガールが名乗りを上げ、其れについては誰も異論はなかったのでルガールが悪魔界に向かう事になり、万が一の時の為に王室親衛隊から『鬼の子供達』が同行する事になった――『鬼の子供達』は『波動のバリア』で悪魔界の瘴気を無効化出来るので問題ないのである。
取り敢えず一通りの方針を決めた後に、ユリアはリベール通信社からナイアルとドロシーを呼び寄せて今回の事を話すと同時に、なのは達の不在が国民に悟られないように情報を上手く誘導するように要請していた。
王と王妃、王女が敵の手に落ちたとなれば国内の混乱は避けられないので、此の措置はある意味で苦肉の策だが致し方ないだろう――同時に同盟国に対しても国王クラスの一部の人間を除いては伝えられず、今回の一件に関する情報は広まらないように徹底されたのだった。

ルガールが『準備がある』との事で、悪魔界に向かうのは三日後となり、本日はこれで解散となり、ルガールに同行する『鬼の子供達』は悪魔界に向かうまでの間に更に己を鍛えるのだった――そしてその中で、一夏は千冬とガチの勝負をした上でギリギリ競り勝って見せた。
純粋な剣術のみならばまだまだ千冬の方が圧倒的に上だが、剣術以外の要素(体術、気功波、暗殺拳等々)をフル活用すれば一夏の方が僅かばかり上だったようで、負けた千冬はいつの間にか大きくなっていた弟の成長を喜んでいるようだった。









――――――








エサーガ王国から飛び立った神体は、近くの小さな国に降りたっていた。
その国には突如として悪魔が現れ、手当たり次第に国民を襲い、悪魔を退治するために出撃した軍も圧倒的な悪魔の数に対処しきれず、巨大な兵器をもってしても悪魔の大軍を倒す事は出来ていなかった。
誰もが『もうお終いだ』と思ったその時、天より降り立った神体が一撃で悪魔達を駆逐して見せたのだ――その圧倒的な力は絶望していた人々にとっては正に救い其の物であり、この国の者達はあっという間に神体を『神』として崇めるようになってしまった。
そしてこれはアルテナの言っていた通りの事であり、この国に現れた悪魔はワイスマンとスカリエッティが人工的に生み出した『人造悪魔』であり、神体によって其れを倒すと言う最悪のマッチポンプだったのだ。



――パチ、パチ、パチ……!



その光景を遥か遠くの高台から眺め、無機質な拍手を送る男が居た。
銀色の髪に象牙色のコート、そして腰に差した少し変わった形の剣が目を引くその男の名は『レオンハルト』。
ヨシュアの姉であるカリンの恋人であると同時に、武者修行で世界各地を回って剣の腕を磨き、『剣帝』の異名をとるまでになって、今や『剣聖』カシウスとも互角に戦えるだけの実力を備えている剣士だ。


「大した演技力だな外道共が……だが、其の名演技は長くは演じる事は出来ん――確実に訪れる破滅の日が来るまで、精々己に酔っているといい。」


レオンハルトは冷めた目で神体を見やると、コートを翻して其の場から去るのだった……










 To Be Continued 







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