「そんで、此れから如何すんの?」


その場に居た悪魔を全滅させた後に入ったレストランで、銀髪の青年――ネロは、スペアリブを齧りながら栗毛の女性にそう訊ねている。ネロと女性が悪魔を狩ったのは、単純に『悪魔が現れて街が酷い事になっているから助けて欲しい』との依頼を受けたからだ……尤も、女性は兎も角として、ネロは悪魔を見るとそんな依頼などなくても即フルボッコにしに行くのだが。……女性が言っていた『悪魔をボコるのが趣味なんです』と言うのは、あながち間違いではないだろう。
この二人が、何故悪魔退治をしているのかと言うと、其れは単純に生きる為には金が必要になるからだ――シャワーとキッチンと冷蔵庫の付いた車で各地を移動しながら、『悪魔退治』の依頼が入ったら、その場所に向かって悪魔を倒す。そんな生活をしているのだ。


「そうですね……前にも言いましたが、私の目的は神族と魔族とライトロード、そしてライトロードに加担した人間達への復讐です……ですが、復讐心だけでは復讐を成し遂げる事など到底不可能です。
 なので、私と同じ復讐心を持つ者と同盟を結ぶのが最適でしょう。」


栗毛の女性は、豪快にスペアリブに齧り付くネロとは対照的に、ナイフとフォークで上品に魚料理を口に運ぶ……その姿には、一種の気品すら感じられ、何も知らない者が彼女を見たらその佇まいに目を奪われるだろう。
だが、見る者が見れば分かるだろう……彼女の瞳の奥底には、暗く、しかし確かに燃えている、復讐の冷たい炎が宿っている事に。


「同盟ねぇ?あんまり集団行動は得意じゃねぇんだが、俺達二人だけでライトロードやその他諸々に喧嘩売るってのは確かに現実的じゃねぇよな?クソッタレな悪魔をぶっ倒すのとは訳が違うし。
 けどよ、同盟結ぶ相手に心当たりとかあんのか?」

「えぇ、ありますよ。姉の生存が確認出来ましたので。」


ネロの問いに対して、女性はそう答えると街で買ったのであろう雑誌の一つのページを開いてネロに見せる……其処に書かれているのは、『リベール王国にて、前代未聞の大事件発生!?クローディア皇女殿下、誘拐される!?』との見出しと共に、リベール通信で使われていたのと同じ写真が掲載されていた。……恐らく、リベール通信に許可を得ずに無断でリベール通信から転用したのだろうが。


「姉って……リベール王国の皇女様を誘拐したのが、お前の姉貴って事か?」

「はい、そう言う事です。
 この写真のクローディア皇女殿下を抱えているのは、大人になって幾分雰囲気が変わっている上に、望遠なので鮮明さに欠けていますが、間違いなく私の双子の姉の高町なのはです。」


写真でクローディア皇女を抱えている女性を指差して、『其れは双子の姉』だと告げる女性の名は『高町なたね』……十年前に生き別れたなのはの双子の妹だ。
彼女もまた、此の十年、静かに復讐の牙を研いでいたのだろう……憎き者達に復讐の刃を振り下ろす為に。

――だが、なたねとなのはには決定的な違いもあった。なのはが復讐の先を見据えているのに対し、なたねは復讐のみを目的としていてその先がないのだ……なたねには、なのはにとってのクローディア――クローゼに当たる人物が居なかったために、完全に復讐に囚われてしまっているのである。


「こいつがお前の……だけど、何だって皇女様の誘拐なんぞしたのかねぇ?リベールに喧嘩売る気かお前の姉貴は?」

「若しくは、皇女殿下を人質にして、リベール其の物を己の物とする心算かもしれません……国一つを手中に収める事が出来れば、神族にも、魔族にも、そしてライトロードにも対抗出来る戦力を確保出来る事になりますからね。
 特にリベール王国の王国軍の力は、周辺の隣国と比べても頭一つ飛びぬけていると言えますから。」


だが、だからこそ気付かないし考えない……クローゼがなのはの首に腕を回している事に。なのはが大切そうにクローゼを抱き抱えている事に……そして、なのはと自分の考えは決定的に異なってしまっていると言う可能性に。
十年前に生き別れた姉妹の再会が何時になるのか、其れは分からないが、その再会はきっと穏やかで感動的なモノにはならないだろう……









黒き星と白き翼 Chapter7
『偽物を、粉砕!玉砕!!大喝采!!!』










・ウミナリ



――バッガァァァァン!!!


道場の入り口が派手に吹っ飛び、其処からなのはと偽恭也が飛び出し、偽恭也が放って来る剣を、なのははレイジングハートを使って見事に捌いて行く……なのはの本来の戦闘スタイルは遠距離の射撃・砲撃型なのだが、こうして近接戦闘も熟せると言うのだから正に隙なしと言えるだろう。尤も、流石にガッチガチの近接型に勝つ事は出来ないが。


「疾っ!」

「!!」

「バスター!!」

『Disappear rotten outer road.(消え去りなさい腐れ外道。)』


レイジングハートの柄で恭也の剣を弾いて間合いを離すと、其処に得意の直射砲をぶちかまして偽恭也をブッ飛ばす……姿形は兄であっても、偽物であるのならば戸惑う事など何もなくブッ飛ばせるのである。――なのはならば、本物であっても父である士郎を裏切った相手であるのならば容赦なくブッ飛ばすだろうが。


「く、中々やるな?だが、此の街の住民は既に俺の手下だ!やれ、下僕共!コイツをぶち殺せ!!」


バスターでブッ飛ばされても生きていた偽恭也は、洗脳した街の住民を使ってなのはを襲わせる……如何になのはが一騎当千の実力を持っているとは言え、街の住人全部を相手にすると言うのは多勢に無勢と言うモノであり、普通ならば絶体絶命のピンチなのだが――


「行きます……アラウンドノア!!」

「電刃……波動拳!!」


なのはに襲い掛かろうとした街の住民に、クローゼが水属性のアーツを発動してびしょ濡れにし、其処に一夏が電刃波動拳を叩き込み一撃でスタン!雷属性の波動拳は、元々相手を気絶させる事が出来るのに、水で良く濡れてる所に叩き込まれたら堪ったモノではないだろう……このコンボを喰らった住民は、皆頭がアフロになって口から煙を出して居るが、身体が痙攣してるので生きてはいるのだろう。
いや、街の住民だけでなく、道場の門下生も倒しはしたが、しかし命までは奪っていない……暫くは病院のベッドと仲良くする事になるのは間違いないが、全員が生きているのである。
街の住民は偽恭也に操られているだけで何の罪もない人々であり、なのは達もそんな操られているだけの人間の命を奪う心算は毛頭ないので相当に手加減しているのだろう……『水で濡らした所に電撃』で手加減しているのかと思わなくはないが、一夏がフルパワーで電刃波動拳を放って居たら、喰らった住民は全員が感電死して居たのは間違いないので、手加減は一応しているのだ。

そして、手加減をしながらも数で勝る相手に対して優勢を保つ事が出来ているのは、個々の能力が住民達よりも高いのは当然として、なのは達のチームはバランスも取れているからだ。
夏姫とシェンは気功波も魔法も使えないので、気で自己強化をして戦う完全近接型だが、ここに居る他の鬼の子供達は近接戦闘と気弾・気功波を柱として戦う為に不得手間合いは基本存在せず、クローゼもメインはアーツだがレイピアを使っての剣術も出来るので苦手な間合いはないし、璃音もセラフィムレイヤーから放たれるビームとセラフィムレイヤーを使っての近接戦闘、そしてリベリオンのメンバーになってから覚えた魔法を駆使して戦うので矢張り不得手な間合いはない。
なのはに至っては、本来の戦闘スタイルは完全遠距離型であるにも拘らず、レイジングハートを槍代わりにした近接戦闘まで熟すと言うトンでもなさだ。
つまり、シェンと夏姫以外は全員がどんな間合いでも戦う事が出来るのだが、一夏達『鬼の子供達』とシェンが前衛を務めてくれている事で、クローゼはアーツに、璃音はビーム攻撃と魔法に集中する事が出来て、なのはは恭也以外の相手には砲撃と誘導弾で楽に相手をする事が出来ていた。


「ぐ……洗脳するだけでなく、気による強化も行っていたと言うのに、其れが全く役に立たないだと!?」

「阿呆か貴様?
 道場の門下生ならばいざ知らず、街の住民の多くは戦闘経験もなく、武術に関しても素人だろうに……そんな奴等を幾ら気で強化した所で、其の力は高が知れていると言う事も分からんのか?
 戦いのイロハも知らん筋肉達磨では、武術の達人たる老人に勝つ事が出来ないのと同じだ。」

「俺の兄弟子の姿パクっておきながら、そんな事も分からねぇのかテメェは、あぁ!?」


如何に住民の数は物凄いとは言え、其処は戦いの素人が大半であるので、そもそもなのは達の敵ではない――偽恭也以外の実力は、精々『一般人に毛が生えた』程度であり、実力の差が有り過ぎるのだ。ドレだけ強い蟻が居た所で、ドラゴンに勝てないのと同じだ。
そして、偽恭也の剣もまたなのはには届いていなかった。
揮う剣は、確かに恭也の、士郎の剣其の物であり、本物の恭也が揮った剣であったのならば、なのはも対処するのに苦労しただろうが、偽恭也の剣は完璧なコピーでしかない上に、其の実力は十年前のモノなので、此の十年間で己を鍛えて来たなのはの敵ではないのだ。


「クソ!何故だ、何故当たらない!此の剣は不破士郎の、魔王の剣だぞ!俺は其れを左右反転しているとは言え完全にコピーしたと言うのに、何故その剣がお前には通じない!
 遠距離砲撃型の魔導師であるにも関わらず近接戦闘も出来るとは、そんな事がある筈がない!!!」

「遠距離砲撃型の魔導師が、単騎での戦いに向かない事など百も承知なのでな、私は防護服の防御力を極限まで上げる事で其れに対応したのだ――乱暴な言い方をするならば『攻撃を耐える事が出来るのであれば避ける必要はない』だな。
 攻撃を耐える事が出来れば、必殺砲撃のチャージ中に攻撃されても攻撃を中断する事は無くなるからな。
 そして、お前の攻撃が私に当たらないのは、お前の剣は所詮借り物に過ぎないからだ。
 確かにお前は完璧に兄さんの、父さんの剣を模倣しているが、模倣は所詮模倣であり、父さんに鍛えられた本物の兄さんの剣と比べれば重さが全く無い……その剣は、貴様の様な出来損ないのデッドコピーに使い熟せるモノではない。愚直なまでに己を鍛えていた兄さんにしか、使い熟せない力なんだよその剣は!!」


偽恭也の剣をレイジングハートで弾くと、其処にカウンターでの近距離砲撃、クロススマッシャーを叩き込んで再び吹き飛ばす……砲撃魔法はレイジングハートを使わねば撃つ事が出来ないと思っていた偽恭也にとって、レイジングハートを使わずに掌から発射された砲撃と言うのは完全に虚を突かれた形と言えるだろう。


「オラ、寝てる暇なんぞねぇクソがぁ!!」

「がはぁ!?」


更に、ダウンした偽恭也を、シェンが胸倉を掴んで強引に立たせると、其の顔面に情け容赦ないヘッドバッドを叩き込む!
人体の最も鋭く硬い部分は膝と肘だが、人体の最も固い部分となると其れは額だ……大切な脳を保護する為の頭蓋骨の強度は全身の骨の中で最強であり、古代の闘志達によって行われたベアナックル時代のパンクラチオンにおいては、相手の拳打を己の頭で受けると言うのはメジャーな防御法であったりするのだ……そして、その場合は殴った側の拳が砕けると言う結果が待っているのである。
そんな人体の最も固い部分で攻撃されたら大ダメージは不可避だろう――特にシェンは石頭を越えたダイヤモンドヘッドであり、頭突きで瓦十枚は楽に粉々に出来るのだから。

その攻撃を喰らった偽恭也は額が割れ、其処から鮮血が流れ出す……鏡が作り出した偽物であっても、其処は流石に普通に人体を再現しているので、怪我をすれば出血もするらしい。


「ぐが……馬鹿な、こんな馬鹿な!!俺は、此の街を支配し、ゆくゆくは此の世界の全てを支配する筈だったんだ、其れがこんな所で貴様なんぞに!……クソ、自分の技で死ね!!」


満身創痍の偽恭也は、此処でなのはの十八番の砲撃魔法を放って来た……鏡写しの偽物だけに、真似るのは大得意のようだ。
だが、なのははその砲撃を片手で弾き飛ばすと、偽恭也との間合いを一足飛びで詰めると同時に、レイジングハートでの強烈な突きを繰り出して偽恭也を串刺しにしてから釣り上げる……大の大人をレイジングハートの先端に吊るした状態で持ち上げてしまうとは、なのはは腕力も可成りの物である様だ。
そして、この間に街の住民クローゼと一夏達でほぼ制圧してしまったので、勝負は決したと言って良いだろう――一夏達が近接戦闘を行っている所に、クローゼが強力なアーツを叩き込むと言うコンビネーションは単純ではあるが、途轍もなく強力だったのである。


「覇ぁぁ……真・昇龍拳!」

「行くわよ!神龍拳!!」

「行きます……昇龍裂破!!」

「これに耐えられるかい?真空竜巻旋風脚!!」

「ファイヤー!オリャリャリャリャリャリャ!破壊力ーーー!!……今だよ、お姫様、璃音!!」

「行きます……グランストーム!!」

「喰らえーー!エアロガ!!」


そして残った住民も、一夏の強烈無比の拳打、刀奈の錐揉み回転するジャンピングアッパーカット、ヴィシュヌの連続昇龍拳、ロランの超高速旋風脚、グリフィンの肘打ち→裏拳→超高速連続パンチ→アッパーカットのコンボを叩き込まれた所に、クローゼと璃音の風属性最強クラスのアーツと魔法が炸裂して完全KO!!
辛うじて、ダメージを受けなかった住民も夏姫のガンブレードによる峰打ちと、マドカのナイフと誘導気弾によって意識を刈り取られているので完全に全滅した訳だ。


「こんな、馬鹿な……」

「魔王と熾天使の双方の血を引く私と、私の仲間達を舐めるなよ貴様?
 私は己を最強だ等と言う心算はないが、其れでも十年間鍛えてきた力は、魔王であるアーナス、ルガール、悪魔将軍に負けないモノが有るとは自負している……鏡如きが作り出した貴様の様な偽物に負ける筈がないだろう?
 まぁ、其れは良いとしてだ……貴様は一体何時生まれた?そして貴様を作り出した『映し身の鏡』は一体何処にある?」

「俺が何時生まれたかだと……十年前だよ。
 本物の恭也が士郎と訪れたアンティークショップに俺を作り出した鏡があり、其処に偶々映り込んだ恭也の鏡像を作り出して俺が生まれたのさ……俺を作り出す程に恭也は、鏡に気に入られたらしいな?あのアンティークショップは、かなり昔から存在しているが、鏡像を作り出したのは俺が初めてだからな。
 そして鏡が何処にあるのか……其れを俺が言うと思ってるのか?」


満身創痍の偽恭也を地面に投げ捨てると、なのははレイジングハートの先端を偽恭也に向けて問う……ただレイジングハートの先端を向けているだけではなく、其処には桜色の魔力が集中していると言うのが恐ろしい。答えによっては、即刻至近距離での砲撃が炸裂するだろう。
だが、そんな状況においても偽恭也は自分が生まれたカラクリは口にしても、映し身の鏡其の物が何処にあるのかまでは口を割らなかった……今も件のアンティークショップにあるのか、其れとも別の誰かの手に渡っているのかを言う気はないらしい。


「思っていないさ。だが、己の命が係っている状況ならば口を割るかも知れないと言う希望的観測から聞いただけだ……言う気が無いのならば、もう貴様に用はない。
 兄さんの姿をしたモノが無様に散る様と言うのはあまり良い気分ではないが、此れ以上貴様に兄さんを穢される事の方が我慢ならならないのでな……もう、死ね。」


其れを聞いたなのはは、表情を一切変える事なく、無慈悲なまでの直射砲撃を至近距離からぶちかまして、偽恭也を一撃で粉砕!玉砕!!大喝采!!!して、父と姉の仇とも言える偽恭也を文字通り、欠片も残さずに撃滅したのである。


「あの、倒しちゃって良かったんですかなのはさん?倒してしまったら、本物のお兄様が囚われている映し身の鏡の在り処が分からないのではないでしょうか?」

「いや、そうでもない。
 『鏡によって作り出された鏡像』と言う事を考えれば、100%正解とは言えないが限りなく正答に近い答えを導き出す事が出来る……さて、此処で此の場に居る全員に問題だ。
 奴の様な『鏡によって作り出された鏡像』にとって、最も恐れる事は何だろうな?」


偽恭也を倒した後、『偽物を倒してしまって良かったのか』とクローゼが聞くと、なのははこんな問題と言うか、質問をして来た――其の答えが、なのはの辿り着いた『限りなく正答に近い答え』なのだろう。
其れを聞いた一同は真剣に考える……脳筋で喧嘩上等なシェンだけは頭の上に『?』が大量発生しているみたいだが。シェンは決して馬鹿ではないのだが、基本的に直感で動く為、物事を深く理論立てて考えるのは苦手なのだ。『算数は出来るけど数学は出来ない』と言った感じだ。


「若しかして、鏡を砕かれる事かしら?」


その中で、いち早く答えを口にしたのは刀奈だった。何処から取り出したのか、手にした扇子に『鏡が砕かれたら自分も消える』と表示してだ。そして、其れだけではなく、次には『若しかして正解?』と別の文字を浮かべていたのだから謎である。


「刀奈、お前のその扇子は一体如何なっているんだ?」

「なのはさん、其れは聞くだけ無駄だって。十年以上一緒に居る俺達でも、其れこそカヅさんでも刀奈の扇子が如何言う絡繰になってるのか全然分からないんだからな……アーティファクトの類かも知れないぜ?」

「だとしたら、完全に古代技術の無駄遣いですね……」

「マッタク持ってその通りだなクローゼ……が、其れは其れとして、正解だ刀奈。
 奴が映し身の鏡によって作り出された偽物だと言うのならば、その創造主たる映し身の鏡さえ無くなってしまえば鏡像は存在出来なくなる……尤も、簪が調べた結果によれば、映し身の鏡に囚われた本物を助ける為には、鏡像を倒した上で鏡を砕く必要がある様なので、直接鏡を砕いた場合には囚われた者を救う事は出来ないのだろうが、単純に鏡像を倒すだけならば鏡其の物を砕いてやれば良い。
 さて、そうであるならば鏡像は己を作り出した映し身の鏡を如何すると思う?」

「其れは勿論、砕かれる可能性が低い場所に保管するのではないでしょうか?……あ、と言う事はつまり、映し身の鏡はあの道場の何処かにあると言う事ですね?」

「其の通りだよクローゼ。
 鏡像にとって、映し身の鏡は最大の弱点だ……ならば、奴が何らかの形で其れを自分の手元に置いておいた可能性は極めて高い。件のアンティークショップから買い取ったのか、其れを買い取った者から買い取った、あるいは譲り受けたのか……買い取った者を殺して奪ったのか、其れは分からんがな。」


刀奈が口にした答えは正解だったらしく、其処から映し身の鏡が何処にある可能性が最も高いかにまで辿り着く……リベリオンの武闘構成員は、戦闘力だけでなく知力や洞察力にも長けた者が多いらしい。
そして、其処まで分かれば充分なので、一行は偽恭也の道場に入り、道場の奥の部屋の前に……他の部屋とは違い、扉は頑丈な鉄製である上に、ダイヤル式のロックまで施されていると言う厳重さから、この扉の向こうに映し身の鏡があるのは略間違いないだろう。


「シェン、頼んで良いか?」

「おうよ、此処は俺の出番だな?覇ぁぁぁぁ……体重×握力×スピード=破壊力!!」


その鉄製の扉も、シェンの必殺の拳打で粉々……どころか、一部は砂鉄レベルにまで砕けてしまっている。……並の人間がシェンの本気の拳を喰らったら、一撃で骨は砕かれて内蔵は破裂して即死だろう。己の力を極めた脳筋と言うのも中々に恐ろしいモノがある様だ。
シェンによって砕かれた扉の向こうから現れたのは、アンティーク調の鏡台……此れこそが偽恭也を生み出した『映し身の鏡』なのだろう。


「私とクローゼと璃音以外は部屋の外で待っていろ……この鏡、恐らくは己よりも低い魔力を持つ者の鏡像しか作り出せないと見た。剣士としては超一流だが、魔力は低かった兄さんがコピーされたのがその証だからな。」


そしてなのははシェンと鬼の子供達に『部屋に入って来るな』と言うと映し身の鏡の前に立ってレイジングハートを構える。そして――


「不破流剣術奥義の壱……牙突零式!!」


得意の砲撃ではなく、レイジングハートを槍に見立てての零距離の突きをぶちかまして、映し身の鏡を文字通り粉々にぶち砕く!鏡面だけでなく、鏡台其の物が跡形もなく粉々になってしまったのだから、相当な威力だったのは間違いないだろう……なのはは本当に遠距離型の砲撃魔導師なのかを疑いたくなるが。
だが、映し身の鏡が砕かれた後には気を失った恭也が……映し身の鏡に囚われている間は時が進まないのか、恭也の姿は十年前のままで、服装も映し身の鏡に囚われた当時のモノだった。


「そう言えばライトロードによって父さんと姉さんが殺されたあの日は冬で、兄さんも長袖を着ていたな……だから左腕の傷が隠されていて、誰も奴が偽物だったとは気が付かなかった訳か。
 まぁ、本物の兄さんを取り戻す事は出来た訳だが、だからと言ってこのまま此処から去ると言うのも良い気分ではないからな……クローゼ、街の住民を回復してくれるかな?」

「了解ですなのはさん。
 光よ、その輝きで傷つきし翼達を癒せ。リヒトクライス……!」


映し身の鏡から恭也を開放したなのはは、街を去る前にKOしてしまった住民の回復をクローゼに頼み、頼まれたクローゼはアウスレーゼ家に伝わる秘術である『リヒトクライス』を使って住民だけでなく恭也をも回復する……尤も、恭也も住民も回復はしても目を覚ますのはまだ先になるだろう――十年間映し身の鏡に囚われていた恭也と、完全KOされた住民の意識は未だ飛んだままなのだから。
因みに、アウスレーゼの秘術のリヒトクライは癒しの秘術だが、クローゼのリヒトクライスは死者の蘇生をも可能にするモノであり、『真のリヒトクライス』とも言うべき物だったりする……このリヒトクライスを使う事が出来たのは、アウスレーゼ家の始祖たる女性だけだと言われていたのだが、クローゼは長いアウスレーゼ家の歴史の中で初めて始祖以外に、真のリヒトクライスを会得した存在となる訳である。

取り敢えず、此れで恭也も街の住民も回復出来た訳だが、此処で新たな問題が発生!それは、恭也をどうやってリベリオンの拠点まで運ぶかと言う事だ。
クローゼはなのはが連れて行くので、恭也は他のメンバーが連れて行く事になるのだが、シェンと一夏は『野郎が野郎を抱えたくない』と言う理由で拒否し、女子組は『女の子が男の人を抱えるってどうなの?』と言う理由から拒否っていた……まぁ、何方の場合も絵面的には微妙だろう。前者は一部の腐女子が喜びそうではあるが。


「仕方ない、此れを使うか。」

「なのはさん、何それ?」

「お前を買ったオークションで手に入れたアーティファクトだよ。神聖な生き物であるドラゴンを呼び寄せる事が出来るらしい。確か『ドラゴンを呼ぶ笛』だったかな?」


此処でなのはは、レイジングハートに収納していたアーティファクトである『ドラゴンを呼ぶ笛』を取り出して、その笛を奏でた……そしてその音色は美しく、そして何処か哀しみを感じさせるモノだった。
そして――


『グガアァァァ!!』


その音色に誘われたかのように一体のドラゴンがなのは達の前に現れた……眉唾な力を謳ったアーティファクトではあったが、如何やら本物だったらしい。
なのは達の前に降り立ったのは、黒い身体に紅い目のドラゴン――闇の属性をその身に宿したドラゴンであり、其の力は相当に高いだろう……闇属性のドラゴンが召喚されたのは、ドラゴンを呼ぶ笛を奏でたのが闇属性のなのはだったからだろう。


「お前が笛の音に応えてくれたドラゴンか……ならば、此れから先頼りにさせて貰うぞ?」

『グルル……』


現れたドラゴンの背に恭也を乗せると、一行はリベリオンの拠点に戻って行った――取り敢えず、なのはの復讐の第一幕は見事な結果であったと言っても過言ではあるまい。
父と姉の仇を討っただけでなく、本物の兄を取り戻す事が出来た訳だからね。








――――――








・リベール王国:ロレント市郊外



「ウイッと……今夜はちと飲み過ぎたかな?」


ロレントの酒屋で晩酌を心行くまで楽しんだ柴舟は、家路に付いていた。如何やら今夜は少し飲み過ぎたようであるが。――晩酌については妻である静と、息子である京も何も言わないが、帰りが遅くなるとなれば話は別だ。
帰りが遅くなれば、其れだけ静と京からの追及は激しくなるのだ……って事はつまり、『外に女がいるんじゃないのか?』と疑われていると言う事であり、夫であり父親である柴舟としては否定すべきなのだが、『一々説明するのも面倒くさい』との理由で放置してたりするのだ――そら、実の息子から尊敬も何もされる訳ないわな。


「失礼。貴殿は草薙柴舟ととお見受けするが、間違いないか?」

「如何にもワシが草薙柴舟だが、ワシに何用かな?」


そんな柴舟の前に突然現れたのは、眩い衣を纏った褐色肌の女性だった――如何やら柴舟に用があるらしい。


「如何にも……私と戦ってくれはしないだろうか?伝説の草薙の技、是非ともこの目で見ておきたいからな。」

「ほう?ワシと戦いたいとな?良かろう、その挑戦は受けて立とう――じゃが、火遊びは危険じゃぞ?」


女性の提案を受け入れた柴舟は、女性とのバトルとなり――そしてその五分後には、血みどろになって柴舟は倒れ伏していた。身体に刻まれた傷痕が、戦闘の激しさを物語っていると言える。


「伝説の草薙の力、確かに貰い受けたぞ。」


柴舟と戦っていた女性は、其れだけ言うと柴舟の身体を掴んでその場から転移したのだった……









 To Be Continued 







補足説明