生命維持装置兼治療ポッドでの治療が終わり復活を果たしたライトロードの面々は、十年前にハーメル村で稼津斗一人に壊滅させられた時よりも遥かに力を増しているようだ……単純に治療を施されただけでなく、ポッド内で強化も行われたのだろう。


「ルミナス、アレからドレだけ時が経っている?」

「十年だジェイン。」

「十年か……まさか、我等ライトロードがたった一人の鬼に壊滅状態にされるとは思っても居なかったが、十年の時を経て我等は復活し、我等を壊滅状態にした鬼の力も手に入れた。
 もう、我等に恐れるモノはない!」


ライトロードのリーダー格であるジェインが己の身体の状態を確認すると同時に、紫色のオーラが溢れ出す……そう、十年前にライトロードを壊滅状態に追い込んだ、稼津斗の『殺意の波動』のオーラだ。
本来光属性である筈のライトロードは、ポッド内での治療中に殺意の波動を其の身に宿していたのだ。普通ならば、光属性とは相容れない殺意の波動だが、十年と言う時間を掛けて身体に馴染ませた事で完全に其の力を己のモノとしたのだろう。


「ルミナス、お前は殺意の波動を身に付けなくて良かったのか?」

「召喚士にとって、過度な殺意は召喚術の質を下げる。殺意の波動を宿しては、恐らく我等の切り札たる『裁きの龍』を召喚する事は出来ない。だから、私に殺意の波動は必要ない。」

「確かにそうとも言えるか……時に、お前とエイリンは我等に先駆けて目覚めた訳だが、世界は如何なった?そして、失われた戦力の補填は?」

「失われた戦力は、エイリンが草薙家の前当主である草薙柴舟を倒し、ライトロードの光の力を植え付けた上で洗脳してある。前当主とは言え草薙家の末裔だ、戦力としては充分だろう?他には光属性のドラゴンとして、クリスタル・ドラゴン三体とカイザー・グライダー三体を呼び出してある。
 世界の方は……高町なのはが、十年前抹殺した不破士郎の娘がリベールの王となった。しかも、私達を壊滅状態にした鬼と、あの時殺し損ねた子供達や、私達が壊滅させた組織に作られた人造人間を仲間にしてな。」

「あの魔族の娘か……あの時は逃したが、生きていたと言う訳か。
 だが、魔族が治めている国か……ならば、そんな穢れた国は滅ぼさねばなるまい。此の世から魔族も悪魔も、魔の眷属は全て根絶やしにしなくてはならないのだからな。その上で、神族と神族に従順な人間のみで此の世界を治める、それこそが正しき事だ。」


先に目覚めていたルミナスから報告を聞いたジェインは、なのはが新たに王となったリベールを復活後初のターゲットに選んだようだが、その思想は此の上なく歪んでいるモノであり、なのはとクローゼの理想とは真逆の思想であった――とは言え、十年振りに動く事になるのだから、先ずはスッカリ鈍ってしまった身体と戦いの勘を取り戻す事が先になるだろうが。


「(しかし、こうして命を拾った訳だが、ハーメルで鬼によって壊滅させられ瀕死状態になっていた私達をこの装置で命を繋ぎ、治療を施し、殺意の波動を授けようとしたのは一体何者だ?
  私は召喚士であるから殺意の波動とは相性が特に悪いが、私以外のライトロードのメンバーだって殺意の波動との相性は悪い筈なのに、十年もの時を費やしたとは言えこうして馴染ませてしまうとは……ライトロードが復活したのは喜ばしい事ではあるが、何か私達の知らない大きな力が動いているのかも知れないな……)」


そんな中でルミナスは、瀕死状態にあったライトロードのメンバーを此の場所まで連れて来て此の装置で生命維持と治療を施し、殺意の波動を授けたのが一体誰なのかと言う事を考えていた。
一体誰が何の目的をもってして壊滅状態にあったライトロードをこうして繋ぎ止めたのか?其れは其れを行った者にしか分からない事だろう。











黒き星と白き翼 Chapter34
『復活の正義と焼滅の道と王達の日常と』










なのはから『暫くリベールで暮らしてみろ』と言われたなたねとネロは不動兄妹によって整備された車でロレントに向かっていたのだが、整備された車の性能には驚かされる事になった。
アクセルを踏んだ時の加速が良くなっただけでなく、ブレーキの効きも整備前とは段違いで、エンジンのトルクも相当に強化したのか可成りキツイ坂でも余裕で上れる位の馬力を獲得していたのだ。
此れだけの整備をしておきながら、『レトロなクラシックカーを弄れたのは貴重な経験だったから、その分を差し引いて代金は部品代込みで一万ミラで良い』と言った遊星は中々の職人気質であると言えるだろう。


「しっかし、あの遊星と遊里って奴はマジでスゲェな?坂道じゃヒイコラ言ってたコイツをこんなタフなマシンに仕上げちまうんだからな……没収されてる間のレッドクイーンとブルーローズの整備も頼んどけば良かったぜ。」

「まぁ、其処はなのはが巧くやってくれるでしょう。没収するだけしておいて手入れを怠ると言う事はしないと思いますので……と、見えてきましたよネロ。」

「OK、あそこがブライト家か。」


なたねとネロが向かっていたのは正確にはロレントではなく、ロレント郊外にあるブライト家だった。
と言うのも、なのはから『ロレントを訪れる事があったらカシウス・ブライトに会いに行くと良い。父さんと互角に戦った生粋の武人であると同時に、此の上ない人格者だから、きっとお前達に良い影響を与えてくれる』と言われていたからだ。
なたねとしても父である士郎からカシウスの事は聞いていたが実際に会った事はなかったのだが、己を圧倒したなのはが其処まで言うのであればとの事で先ずはブライト家を訪れる事にしたのだ。

車を路肩に停め、なたねとネロはブライト家の門をくぐって庭に入ったのだが……


「捉えた!」

「舐めんな!」

「桜花無双撃!」

「覇ぁぁぁ……鳳翼扇!!」


其処では京・アインスタッグとエステル・ヨシュアタッグによる壮絶な模擬戦が行われていた。
ヨシュアの絶影を京が鵺摘みで捌いて龍射りでカウンターをかませば、ヨシュアは持ち前のスピードでそのカウンターを回避し、エステルの棒術連続攻撃に対してアインスは蹴り足を地面に付けない連続蹴りを合わせ互いにクリーンヒットを許さない。
京とアインスは武道家として高い実力を有しているが、エステルとヨシュアも史上最年少でA級遊撃士になった実力があるので総合的な戦闘力では互角と言えるだろうが、より細かく分析するならば京とアインスのタッグが全てが高水準の隙の無いバランス型のタッグだとしたら、エステルとヨシュアのタッグはパワーとスピードに特化したタッグと言えるだろう。パワー特化がエステルでスピード特化がヨシュアと言うのが、此のタッグの特徴とも言えるだろう。
『普通は男がパワー担当で、女がスピード担当ではないか?』と言ってはいけない。エステルとヨシュアに限ってはエステルがパワー担当でヨシュアがスピード担当であり、下手すればヨシュアがエステルをお姫様抱っこするのではなく、エステルがヨシュアをお姫様抱っこをしかねないのだこのカップルは。
其れは其れとして、極端な特化型は型に嵌まれば此の上なく強く、バランス型を圧倒出来るのだが、この模擬戦に於いては少しばかり分が悪かった。


「く……は!……うわ!」

「へへ、ボディがお留守だぜ!……もうお休みかい?」

「く……未だです!!」

「ぐぬぬ……やるわねアインス……!」

「姉として、そう簡単に妹に負けてやる事は出来ないからな。」


エステルもヨシュアも史上最年少でA級遊撃士になった実力の持ち主ではあるが、本格的に遊撃士としての修業を始めたのは十五歳になってからだ。
だが京は六歳の頃から父の柴舟から『草薙家の次期当主』としての厳しい修業が行われ、アインスも幼い頃にブライト家に来てからエステルよりも早くカシウスに日々鍛えられて来た事で其の実力は凄まじいモノになっており、その結果京とアインスのタッグはバランス型でありながらも特化型を凌駕出来るだけの力があったのだ。


「此れで終わりだ……チェーンバインド!」

「きゃ!」

「しまった!」

「おぉぉぉぉ……喰らいやがれぇ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「へへ、燃えたろ?」

「私達の勝ち、だな。」


最後はアインスがチェーンバインドでエステルとヨシュアを拘束した所に京が大蛇薙を放ってターンエンド。
何方が勝ってもオカシクナイ戦いではあったが、最後の最後で経験の差が出た、そんな戦いだった――或は、ヨシュアが徹底的にスピードで攪乱していたら結果は違っていたのかも知れないが、其れはあくまでもifの話であり、今回の模擬戦の結果を変える事は出来ないのだが。


「あの黒髪……何だよあのスピード。俺でも捉えきれないぜアレは……!」

「茶髪の彼の炎は、焼滅の力を手にした私の炎よりも強い……?そんな馬鹿な……」


そして、その模擬戦を見たなたねとネロは衝撃を受けていた。
ネロはヨシュアのスピードに驚愕し、なたねは京の炎の強さに驚いていた……パワー特化のネロがスピード特化のヨシュアのスピードに驚くと言うのは兎も角として、なたねが身に付けた『焼滅の炎』以上の炎を操る京の炎は相当なモノだと言えるだろう。……『草薙始まって以来の天才』と称されている京の実力は伊達ではない。


「……来客みたいだぜ、カシウスさん?」

「うむ、其のようだ。
 我が家に何か用かなお二人さん?」


スパーリングを終えた京がカシウスに声を掛け、カシウスも門の所で立っているなたねとネロに声を掛ける。
京はスパーリングを終えて二人に気付いたのだが、カシウスは二人が門をくぐってきた瞬間に気付いていた。其れなのに声を掛けなかったのは、自分がこの二人に声を掛ける事でスパーリングを行っている四人の意識が其方に向いてしまうのは良くないと思ったからである。


「なのはとダンテがイメチェンした……って訳じゃないよな?」

「其れは流石にないよ京さん。陛下は兎も角として、ダンテさんにしては若すぎるし、ダンテさんの右腕はあんな異形のモノじゃなかったでしょう?」

「あのオッサン、腕切り落とされても自分で打っ倒した悪魔の腕無理矢理くっ付ける位の事はするんじゃねぇかと思うんだけど如何よ?あのオッサンが腕切り落とされる所なんて大凡イメージ出来ねぇけどな。」

「胸刺し貫かれても死なないんだから、腕の一本や二本、切り落とされた所で自力で再生出来るんじゃないのダンテさんなら?」

「「「確かに!」」」

「こりゃ、ダンテの奴は今頃ルーアンで盛大にクシャミしてるかもしれんな?
 其れは其れとしてだ……其方の女性、容姿や服装から陛下の関係者と推察するが、もしかして陛下が十年前に生き別れたと言う双子の妹君かな?」

「……初見で私が誰であるのかを見抜くとは、その観察眼には敬意を表しましょう。
 仰る通り、私は現リベール王である高町なのはの双子の妹、高町なたねと申します。以後お見知りおきを。」

「んでもって、そのパートナーのネロだ。」


なたねとネロは話を振られたので、先ずは自己紹介。初見でなたねがなのはの妹である事を見抜いたカシウスの眼力は流石と言うべきであろう。嘗て、王国軍にてその手腕を奮い、現在はS級遊撃士として名を馳せているだけの事はある。


「なたねとネロね、うん覚えた。
 俺の名はカシウス・ブライト。こっちは娘のアインスとエステル。そんでもってアインスの彼氏の草薙京と、エステルの彼氏であるヨシュア・アストレイだ……妻と、もう一人娘が居るんだが、今は生憎とロレントに買い物に行って留守だ。」

「父上、自己紹介だけでなく私達の事も纏めて紹介してしまうのは如何なモノかと……」

「良いじゃねぇかアインス、手間が省けてよ。」


カシウスは自己紹介すると、そのついでにアインスとエステルと京とヨシュアの事も紹介……確かに京の言うように夫々が個別に自己紹介する手間を省く事は出来ると思うが、果たして其れで良いのか?いや、良いと思ったからそうしたのだろう。


「貴方がカシウス・ブライトですか……なのはから貴方には会っておいた方が良いと言われ、そしてこうして貴方に会いに来ました。
 貴方に会えば、私達にも何か良い影響があるからと……」

「陛下が……ふむ。」


なたねがそう言うと、カシウスはじっとなたねの顔を見て、それからネロの顔を見る――只それだけの事なのだが、見られたなたねとネロは指一本動かせない位のプレッシャーを感じていた。
殺気とかそう言った負のプレッシャーではなく、まるで自分の事を全て理解されているかのような強烈なプレッシャー……此れまでになたねもネロも感じた事のないモノが二人を襲っていたのだ。


「……アインス、エステル、茶と菓子を用意してくれ。但し、高町なたね君にはキャラメルカフェオレをな。」

「え?あ、うん、分かった。」

「お茶請けは……この間、志緒にお裾分けで貰った水羊羹で良いか。」


暫し二人を見たカシウスは、何かを察するとアインスとエステルに茶と菓子を用意しするように言い、なたねにはキャラメルカフェオレを出すようにと付け加える。
そして程なくして茶と菓子がガーデンテーブルに運ばれ、カシウスの正面になたねとネロが座る形に……京とアインスとエステルとヨシュアは立った状態でソーサーとカップを持っている。


「陛下に言われて俺に会いに来たのは良いが、俺に会ってお前さん達は何がしたいんだ?」

「其れは分かりません。ですが先ずは単刀直入に聞きます、復讐と言う行為について貴方は如何考えていますかカシウス・ブライト?」

「復讐ね……俺個人の意見を言わせて貰うなら、復讐なんてモノは新たな復讐を生むだけのモノだからしないで済むならしないに越した事はないと思ってる……が、其の一方で復讐ってのは一種の正統な権利だとも考えている。
 復讐を本気で考えてるってのは、其れだけの怒りと憎しみを抱えてる証拠でもあり、復讐を果たす事でしかその怒りと憎しみを晴らす術がないってんなら、復讐もまたアリだとは思ってる――尤も、復讐を果たした暁には、今度は自分が復讐の対象になる事を覚悟する必要があるがな。」


先ずは直球で斬り込んできたなたねに対し、カシウスは持論を展開する。
復讐はしないで済むならしないに越した事はないと言いつつも、一方的に復讐と言う行為を否定せず、されど復讐を果たしたその時から今度は自分が復讐他の対象になると言うのは、此れまでのカシウスの豊富な人生経験があればこそだろう。


「復讐が正当な権利であると言うのであれば、此の私の復讐心もまた正しきモノである筈。
 ならば、母を追放した神族、母を殺した魔族、父と姉を殺したライトロードと人間……それら全てに復讐を行うのは当然の事である筈です……ですがなのはは其れを否定しました……復讐すべき相手はライトロードだけであると。」

「ソイツは陛下の言う通りだな。
 高町桃子殿を追放した神族と、殺害した魔族が何者かは知らんが、少なくとも無差別の復讐ってのは大間違いだ。復讐をするなら、復讐すべき相手にだけやるべきだ。無差別に復讐と言う名の攻撃を加えたら、其れはもう復讐者ではなく只の破壊者だ。其処には何も存在しないだろう。」

「其れが、其れが分からないのです!
 なのはは神族は母を追放しただけで其れ以外の事はしていないし、母を殺した魔族は悪魔将軍によって粛清されてもう居ない、復讐すべき相手はライトロードだけだと言っていましたが、なぜそのように割り切れるのです?」

「そりゃ、アンタと違ってなのはは未来を見てるからだろ?」


此処で京が割って入った。


「未来を、ですか?」

「アイツは、ライトロードへの復讐の先に『全ての種が差別なく暮らせる平和な世界』って未来を見てる……けどアンタは如何だ?復讐の先の未来ってのを考えてんのかよ?
 大方、復讐がゴールになっちまってるんじゃねぇのか?復讐が通過地点のなのはと、復讐がゴールのアンタじゃ、復讐って行為の意味合いはマッタク別なんじゃねぇのか……アンタとなのはの差は、其処にあると思うぜ。」

「……!」


京の言った事に、なたねは何も言えなかった。
なのはにも同じような事は言われたが、マッタクの他人に言われたと言うのはなたねにとっては大きな衝撃だったのだろう――其れはつまり、真っ赤な他人から見てもなたねの目は復讐の炎で濁り切って居たと言う事の証でもあるのだから。


「大体にして、憎しみに囚われちまった奴ってのは碌な事になりゃしねぇって相場が決まってるんだぜ?
 六百六十年前から今の今まで、草薙家への恨みと憎しみを糧に続いて来た八神家もあるが……草薙と袂を別っちまった御先祖様は、草薙と八神がこうなっちまった事を後悔してたからな。
 恨みや憎しみってのは、マッタク全然持つなって方が無理な話だが、そいつに囚われちまったらどうしようもないだろ?過去に囚われるよりも、未来を見ろよ?少なくとも未来を見てる方が過去に囚われてるよりもずっと良いと思うぜ、俺は。」

「未来を……」

「陛下はライトロードへの復讐は考えているが、その先に全ての種が差別なく平和に暮らせる世界を作ると言う未来を考えていらっしゃるからなぁ?……お前さんは如何だい?復讐の先の未来は考えているのか?」

「……復讐の果てなど考えた事がありません。
 この十年間、復讐だけを考え、其れを果たす為だけに生きて来ましたから……復讐を果たした暁には死んでも構わない、其れ位の事は思っていましたので。」


なたねとなのはの最大の違いは、矢張り復讐の先があるか否かと言えるだろう。
そして其の違いは、魔族の血を引いている己に手を差し伸べてくれた存在の有無だ……なのははクローゼによって人の温かさを知ったが、なたねは其れを知る事なく同じくライトロードに恨みを持つネロと出会って行動を共にして来た。其れが復讐心のみを増大させてきたのだろう。


「まぁ、お前さんはまだ若いんだ、今すぐ答えを出す事も無いだろう。
 陛下に言われて俺に会いに来たと言っていたが、正直今のお前さん達じゃ俺に会った所で何も得るモノは無かったんじゃないか?だから、リベール全土を回ったらまた俺に会いに来ると良い。
 其の時なら、きっと得るモノはあるだろうからな。」

「……如何やら其のようですね。
 貴方に会えば何か変わるかも知れないと、安易に答えを求めてしまったようです……先ずはリベール全土を見て回り、なのはが王となった国がどの様な国になっているのか、其れを見た上で又来るとしましょう。」


今回の訪問では何かが得られた訳ではないが、まず最初に訪れたのは時期尚早だったと言う事で、なたねとネロはリベール全土を回ってからもう一度ブライト家を訪れる事にした……先ずは見聞を広める事の方が大事だと、そう考えたのだろう。
こうしてなたねとネロは、改めてリベール一周の旅に出たのだった。








――――――








その頃なのはは、クローゼとヴィヴィオと共にルーアンを訪れていた。
『王として自らの目で夫々の都市を見ておく必要がある』との事で本日はルーアンを訪れており、市長邸の視察やカジノの様子などを見て回っていた……倉庫街を訪れた際にはガラの悪い連中に絡まれ掛けたが、其処はルーアンの新米遊撃士チーム『レイヴン』が割って入った事で特に問題はなかった。……チンピラ風情、なのはならば瞬殺、クローゼならば秒殺、ヴィヴィオならば滅殺出来るのだが、レイヴンに任せる事で新米遊撃士の対応力を見定める事にしたのだろう。
『女王陛下一行の危機を救った』となれば、レイヴンにとっても遊撃士として自信が付くと言うモノだから。


「なのはママ、クローゼママ、お腹減った~~!」

「そう言えば、そろそろ良い時間だな?」

「お昼にしましょうか?」


そろそろお昼に良い時間になったので、何処かの店に入ろうと思ったのだが……


「待てコラ食い逃げ~~~~!!」

「待てと言われて待つかボゲェ!!」



其処に食い逃げ犯が出没!
食い逃げをしたであろう店の娘に追い掛けられ、真っ直ぐになのは達の方に向かって来ているが、なのは達の事には気付いていない様だ……此のまま行けば正面衝突は避けられないだろう。


「父直伝当て身投げ。」

「べぶらっちゃあ!?」


だがなのはは、食い逃げ犯と接触すると、殆ど掴む事なく食い逃げ犯のダッシュの勢いを利用してゴミ捨て場に投げ飛ばす……相手の勢いを利用した合気投げを応用した技だが、其れでも見事にぶっ飛ばしたモノである。


「ふむ、意外に吹っ飛んだな?手加減はしたのだが……」

「なのはママ凄い……」

「なのはさんは魔法だけでなく体術も中々の腕前ですからねぇ?」

「一流どころには流石に体術では勝てんがな……さてと、何やら立て込んでいたようだが、要るか此れ?」

「そりゃ食い逃げ犯だから勿論要るけど、力持ちなのね……」


食い逃げ犯は結構大柄な男であり、体重はドレだけ少なく見積もっても90㎏はありそうだが、そんな大男を殆ど手を触れずに投げ飛ばしてしまったなのはに、食い逃げ犯を追っていた少女も驚きだ。
そして其の大男を片手で摘まみ上げていると言うのも驚きに値する事だろう。


「まぁ、食い逃げ犯を捕まえてくれた事は礼を言うわ。
 そうだ、お昼まだならウチの店で食べて行かない?アタシ、店で働いてる凰乱音って言うんだけど、味には自信あるのよウチの店。」

「ふむ、何処で食べようかと思っていた所だ、入らせて貰おうか?クローゼとヴィヴィオも構わないか?」

「折角誘って貰ったのに、無碍に断るのは無礼ですから。其れに自信の味と言うのにも興味ありますし♪」

「もうお腹ペコペコだからどこでも良いよ~~。」


乱音と名乗った少女は、食い逃げ犯を捕まえてくれた事に礼を言うと、『お昼まだならウチで食べて行かない?』と言い、なのは達もその誘いを受けて乱音が働いている食堂『白飯店(ぱいはんてん)』に入店。
店は東方の料理専門店であるらしく、店内も東方の雰囲気満載で龍虎の彫刻や東方の焼き物の壷、屏風などで彩られ、東方特有の笛と弦楽器で奏でられた音楽が異国情緒を感じさせてくれている。


「中々良い店内だな……ふむ、此れは料理にも期待出来ると言うモノだが、お勧めは何かあるか?」

「そうねぇ?全部お勧めと言えばお勧めなんだけど、アタシの一押しはやっぱりエビ蒸し餃子と生春巻きかな?
 どのメニューも全部美味しいんだけど、この二つだけは絶対に食べて欲しいって言う位にお勧めよ!」

「成程。
 ならエビ蒸し餃子と生春巻きを三人前。エビ蒸し餃子はランチセットで。其れから、此れと此れと此れを大皿で。あと、ドリンクバーを付けてくれるか?」

「畏まりました!」


乱音からお勧めを聞いたなのははそのお勧めを三人前と他に三品を大皿で注文する。ドリンクバーも忘れずにだ。……ドリンクバーでは、ヴィヴィオが早速ミルクティーにサイダーを混ぜると言うチャレンジをしていたが。

程なくして料理が運ばれ、夫々にエビ蒸し餃子と生春巻きが配られ、ターンテーブルには青椒肉絲、紅鱒の唐揚げ油淋ソース、麻婆茄子が。エビ蒸し餃子はランチセットなのでご飯とスープ(エビ団子入り)付きだ。


「「「いただきます!」」」


先ずはお勧めのエビ蒸し餃子と生春巻きから。
エビ蒸し餃子は皮が良い感じに半透明になって具のエビの鮮やかな赤色が透けて全体が綺麗な桜色になっていて食欲をそそり、生春巻きもスモークサーモン、パクチー、ニンジン、チャーシューと言った具材が断面を彩っており実に美味しそうだ。


「此れは……とても美味しいです!」

「エビがプリップリ!生春巻きもめっちゃおいしい!!」

「うむ!」

「よ~し、よし!味の分かる客は好きよ♪」


そして其れは実際に美味であり、クローゼとヴィヴィオは素直に美味しいと賞賛し、なのはに至っては何処から出したのか『天晴』と書かれた扇子を広げて見せるほどだ。無論、青椒肉絲、紅鱒の唐揚げの油淋ソース、麻婆茄子も絶品だった。


「乱音と言ったか、先程のような事は良くあるのか?」

「食い逃げの事?
 最近では少なくなったけど、前の王様の時は結構あったわね~~。遊撃士の人達だけじゃ手が足りなくて、ウェイトレス兼用心棒であるアタシも食い逃げ犯をとっちめてたんだけどさ、ドイツもコイツも三下ばかりで相手にならないっての。もっと強い奴と戦いたいわ!」

「其れはまた、何とも豪気なモノですねぇ……」

「ま、王様が新しくなってからは治安も良くなって食い逃げも激減したんだけどね。
 アタシは新聞も雑誌も読まないからリベールの新しい王様がどんな人かは知らないんだけど、少なくとも前の王様よりはずっと良いって言うのは分かるのよね……王様が新しくなってルーアンもアタシが小っちゃかった頃の活気が戻って来てるしね。」

「そうか……」


其のまま乱音との談笑を交えながら食事をし、あっと言う間に皿は空になった。


「実に満足のいく味だった。馳走になったな。」

「御馳走様でした。」

「御馳走様!美味しかったよ!」

「お粗末様でした!少し送るわよ。」


食事を終えたなのは達は勘定を済ませて店を出て、乱音も近くまで見送ると言って付いて来た。


「いやはや、思った以上に美味しくて少し食べ過ぎてしまったかもしれん。食後の腹ごなしをしたい気分だ。」

「満足して貰えたなら良かったわ。……それよりも、一つ聞きたい事があるんだけどいいかしら?」

「ほう、何だ?」



――ガッ!!



その帰り道、乱音はなのはに聞きたい事があると言い、なのはが其れは何かと聞いた瞬間に鋭い拳を放って来た――普通ならば反応出来ずに直撃しているところなのだが、なのはは悠々とその拳を掴んでいた。


「アンタ何者?」

「お前風に言うならば力持ちだ。武力に権力に色々とな。」

「なのはさん、その言い方は如何なモノかと……」

「なのはママ、悪役全開……」


なのはは偽悪的な笑みを浮かべ、其れに対しクローゼとヴィヴィオが突っ込みを入れるが、乱音の闘気は高まっており、なのはの闘気もそれに呼応して高まっているので幾ら突っ込んだ所でもう手遅れだろう。


「リベールの新しい王様ってのに興味が湧いたわ。腹ごなし付き合うわよ!手加減なしで!」

「私がリベールの王と知った上で挑んで来るか。しかも手加減なしとは……良いのか?」

「当然!!」


乱音はなのはが新たなリベールの王だと勘付いていたらしい……食い逃げ犯を投げ飛ばしたのを見て『只モノでは無い』と思い、店内での僅かな遣り取りからなのはの正体に気付いたと言う事なのだろう。中々に洞察力があるようだ。
とは言っても、そのリベールの新たな王に拳を向けるのは如何なモノかと思うが……何にしても次の瞬間、なのはと乱音の闘気が炸裂したのだった。




そして――


「なのはさん、良かったのですか?」

「王に拳を向けたと言うのであれば大問題だが、彼女は私の腹ごなしに付き合ってくれただけだから何も問題はあるまい?」


数分後、なのは達はルーアン港からグランセル港に向かう船の上に居た。――なのはは全くの無傷なので、乱音との『腹ごなし』はなのはが圧倒したと、そう言う事なのだろう。


「モノは言いようですね……其れで、今回のルーアン視察は如何でしたか?」

「そうだな……活気があって実によろしい。」


クローゼの問いに、なのはは笑顔で答える。乱音からの挑戦もまた、なのはにとってはルーアンの活気を示すモノでしかなかったようだ――逆に言えば、なのはに『活気があって良い』とまで言わせた乱音の元気っぷりも凄いのだが。


そして其の乱音はと言うと……


「ちっくしょ~~、少しは手加減しろっての王様……こんなんじゃウェイトレス兼用心棒の面目丸潰れだっての。」


ルーアンの路地裏で大の字になっていた。
乱音の功夫は見事だったが、なのはは其の攻撃を全て見事に捌き切り、当て身投げでカウンターを決めた後はタックル、肘打ち、掌底のコンボを叩き込み、トドメは両手を地面に叩きつけて魔力の刃を発生させる技で乱音をKOしたのだ。……意識がある辺り、なのはは『手加減なし』と言われてもそれなりに加減はしたのだろう。


「負けっ放しってのは嫌だから絶対にリベンジしてやる!
 ……って、アイツ王様なのよね?グランセルのお城に行けばまた戦えるかな?いや、でも一般市民が王様と戦うってのは無理?え~と、如何したモンだろ?」


乱音はなのはへのリベンジを誓うも、なのはと簡単に戦えないと言う事に気付いて頭を悩ませる事になったのが、取り敢えず今現在リベールは平和で世に事も無しであるのは間違い無いだろう。









 To Be Continued 







補足説明